利用規約の変更について

神社の参拝マナーで、ふと疑問がわきました。

私がよく行く神社には本殿の前に門があります。

その門は、三つの門があり、中央が大きく、両サイドは小さな門(通用門?)になってます。

正中を開けるため、中央の門を使用せずに両サイドの門を使用したほうが良いのか、

その際は、一礼したほうがよいのか教えてください。

また、皆さんは帰る際に「門」とか「一の鳥居」で一礼してから帰られますか?

私はしたことがなかったのですが、いかがなんでしょう?

暇なときで結構です。回答をよろしくお願いします。

A 回答 (5件)

三つの門がある場合は、両サイドの通用門を通ります。


真ん中の大きな門は、神様のお通りになられる専用門です。
もし、門が一つしか無い場合でも、端っこから入ります。

それだけでは無く、参道も真ん中を歩いてはいけません、真ん中は神様がお通りになられる所です。
端っこを歩きましょう。
初詣などの混雑する時でも、本来は参道の真ん中は、開けるべきなのですが、守られていません。
私は、いくら混んでいても真ん中は通りません。

<また、皆さんは帰る際に「門」とか「一の鳥居」で一礼してから帰られますか?>

もちろんです、入るときも出るときも、必ず一礼します。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

やっぱりそうなのですか・・・

今度から私もそうしてみようと思います。

お礼日時:2013/10/28 21:58

 どの門から入っても構いません。

出入りの際に一礼をするしないは自由です。でも神様が寛大とは限りませんので一礼するのがいいのでは。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

なんにしても神様に感謝の気持ちを持って、

自分の気持ちを現すことが大事だと受け止めました。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2013/10/28 22:03

鳥居の真ん中を通るな・・・これは全くのデタラメです。

最近では神社本庁まで言い始めているのであきれ返ります。
その証拠に古い写真や絵画等を見てください。だれも端っこ等通ってはいませんし、現在でも初詣では皆道一杯に広がって歩いていますよね。
御神体が神聖で絶対不可侵であれば、正中も絶対不可侵であるはずで「例外」などありえません。
遷宮の映像を見ても神職どころか衛視が中央を通ったりもしています。
他にもいくらでも証明できますが省きます。ほかに書いてあるので探してください。

テレビ等でバカ丸出しに鳥居の傍をすり抜けるような映像がありますけど、とんでもないことです。あんな所を歩いたら鳥居の根元が掘れてしまいます。つまり鳥居を破壊する行為なんですよ。とくに敷石がある場合は敷石の上を歩いてください。

古来門の最も大きなものは位の高い人が通る門です。神に限らず天皇、代官、寺では住職、神社では宮司などです。
例えば庄屋や本陣の家では主ですら大門は通りません。その他は脇から入るのです。
でも近年そのような風習がなくなり三連の門でも大門があいていれば大門から入って構いません。なぜなら風習に従うなら大門は閉まっているはずだからです。あけておいて入るなはありえません。

それに江戸時代まで庶民が境内に入れるのは村社や小さな鎮守までです。由緒ある神社は庶民の立ち入りを禁止していました。伊勢の神宮に至ってはほとんどの人が入れなかったんですよ。
なので本来一般人が参拝するのは鳥居の外、或いは門の外です。

神社の常識を主張している物の多くは神社など知らない連中とそれに感化された勉強しない怠慢な神職くらいです。
本来は鳥居をくぐるのに一礼するんじゃありません。玉垣を越えるときに一礼するんです。
一の鳥居(一番外側の鳥居・昔、逆に一番内側だった時代もある)がどこにあるかご存知ですか?
出雲や弥彦神社などとんでもない所にありますよね。これは氏子の堺を意味します。氏子と言っても実際に神事に参加するような人々です。神宮も実際には松阪のあたりにあったんですよ。
コレを知らないから「鳥居をくぐるときは一礼」なんて言ってるんです。弥彦神社の大鳥居は道路の真ん中にありますけど、こんな所で一礼してどうします、って自動車はどうします。

神宮では拝所をくぐるときというか、ここは一般人は入れませんから脇から入る際に一礼します。
ではなぜ鳥居をくぐったらというのでしょう。
街中の神社はたいてい鳥居の脇に石を組んだ柵がありますよね。コレを玉垣といいます。狭義の神域というのは玉垣の中なんです。伊勢の神宮では拝所の周囲に玉垣がありますね。
小さな神社では玉垣ご門の代わりに鳥居を建てているから、鳥居をくぐるときに一礼するんです。この玉垣をめぐらした鳥居を最近では「玉垣鳥居」といいます。
でも本来なら玉垣鳥居の中に手水場があるのはおかしいんです。なぜなら清めてから入るのではなく、入ってから清めるという矛盾が生じる。この辺が神道のアバウトさとしかいえませんね。
そもそも拝殿前の参拝は正式でもなんでもないんですから・・そのものが略式でしかない。高級レストランのマナーを大衆呑み屋で守れっていてるようなもんです。
つまり神道でマナーだとか常識だとか決まりだとか考えるのはヤボということです。

でも、どなたかのとても世話になっている恩師や恩人の家を訪れたとき、それがもんのある立派なお屋敷なら門をくぐるときや玄関に入るときに一礼し、帰るときも玄関だけではなく、門を出て振り返って一礼しませんか?なにはお願い事があればなおさらでしょう。
それと同じように神社でも入るとき出たときに一礼するって、自然にする動作だと思いますよ。これも「決まり」じゃなくて自然な心の表現ですから、しないからどうってことはないです。そう言えば先日番組で鉄ヲタの南田マネージャーが旅先からプロデューサーに電話するとき正座していましたね。あれと同じ、要するに心の持ちようです。

ちなみに伊勢神宮には敷石がないのに、街中の神社には敷石がある。なぜでしょう。
私はこれは神仏習合時の名残だと考えています。寺の多くは不殺生戒を護るために敷石を置いて土の中の生物を守りました。これは今でもタイ等の一部では僧は木の葉を敷いた上しか歩かない宗派があるそうですがその流れです。
神仏習合の時代にこれが神道に取り入れられたのです。つまり敷石を外れて歩く方が常識はずれという事になります。
まぁ今ではあまりというか、神職でさえ敷石以外でも歩きますけどね。

どこを歩いても構いませんが、神殿側から人が来たときや神主や巫女さんが来たときは端に寄って道を開けます。敷石が狭いときは敷石をはずれ、立ち止まって神主や巫女が通り過ぎるのを一礼して見送ります。
それができるくらいにゆとりが現代には特に必要だと思いますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

正直、びっくりしました。本当はそうなの?

参考にさせていただきます。

お礼日時:2013/10/28 22:00

鳥居で一礼は、他の人の邪魔にならない状況ならやるかな。



門については、正面の大きな…というのは神様本人用という気がする。
ので横の門から入るかな。

でも、その神社の成り立ちやまつってる神様のことがわからないからなんともいえない。

神主さんに門の成り立ちとどうしたらいいかを聞くほうがいいのでは?

…神主さんってめったにあえないけどw
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

門は横からですか、私も中央の門は気が引けていたのですが・・・

やはり、それで良かったのかな?と思いました。

でも、回答者さんのおっしゃるとおり、一度聞いてみようと思います。

お礼日時:2013/10/27 14:38

普通は鳥居の前で一礼し帰りも一礼して来ます。



並んで設置している鳥居は大きな正門鳥居から参道に進んだ方がいいかもね。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。

そうですか、やはり帰るときも鳥居でされているんですね。

いつも一礼していないので、なんか気になって仕方がなかったのですが・・・

これからは一礼して帰ります。

お礼日時:2013/10/27 14:31

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禁止されている場所以外は、他の参拝者などに支障がなければOKです。
公開する場合は移りこんだ人の顔の処理もお願いします。

それさえ守れば、基本的にかまいませんよ。
その他の留意点は以下のとおりです。

お寺の場合は小さな所では個人住宅兼用の場合があるので注意しましょう。
普通の神社で私たちがお参りしているのは拝殿です。拝殿は“神様の居る場所”ではありません。
ですから不敬でもなんでもないのです。

不敬に当たるのは神殿、しかし正面でなければ問題ありません。
「昔から決まっている常識」という人が居ますけど、カメラが世に出て一世紀程度ですから昔からそんなきまりなどあろうはずがありません。
ただしご本尊やご神体に対しては「直視しない」という礼儀がありました。これは帝に対しても同様です。
このことから「写真も撮るべきではない」という解釈にいたったのです。
つまり、拝殿はもちろんのこと、本殿も扉が閉まっているとか御簾が下がっていれば、真正面でない限り、この風習に触れることもないと理解できます。
神社好きの人々はどんどん撮っていますから。

私の場合、鳥居の外では自由に撮っています。
鳥居をくぐり、手水を使った後は写真を撮りません。
まず参拝をし、「写真を撮らせていただきます」と申し上げ、その後拝殿やその他の施設を撮影します。
私は本殿にのみ賽銭を差し上げ、摂社・末社は参拝のみですが、撮影は必要を感じれば撮影しています。

禁止されている場所以外は、他の参拝者などに支障がなければOKです。
公開する場合は移りこんだ人の顔の処理もお願いします。

それさえ守れば、基本的にかまいませんよ。
その他の留意点は以下のとおりです。

お寺の場合は小さな所では個人住宅兼用の場合があるので注意しましょう。
普通の神社で私たちがお参りしているのは拝殿です。拝殿は“神様の居る場所”ではありません。
ですから不敬でもなんでもないのです。

不敬に当たるのは神殿、しかし正面でなければ問題ありません。
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仏壇前に座ったら、遺影か位牌をジッと見て無言でご挨拶をし、ろうそくに火がついていればそれで線香1本に火をつけます。
りうそくに火がついていなければ自分でつけます。
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お祈りが終わったら一礼して、座ったまま向きを変え、ご遺族の方を向いて軽く一礼します。

お祈りは、宗派によって、「なむあみだぶつ」、「なんまいだー」、「なむみょうほうれんげきょう」など色々ありますが、声を出すわけではないので自分の家の宗派流で良いですよ。
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