【大喜利】【投稿~9/18】 おとぎ話『桃太郎』の知られざるエピソード

ラジオで、俳人の西村和子さんが、次の説明していました。
「昔は、"実家"というのは、嫁いだ娘が自分の生まれたり育った家のことをいった。」
当時、家を継いだ長男以外の息子は、自分の生まれたり育った家を、どのように表現していたのでしょうか?

A 回答 (7件)

誤解が広がるとよくないので、正しいことを書いておきます。



最近、男性でも「実家」という言葉を使うようになりました。私は個人的にはすごく違和感があります。少なくとも私が20代だった30年ぐらい前は男性が「実家」という言い方をすることはほとんど無かったでしょう。

ただし「本家」という言い方も違和感があります。本家というのはあくまでも「その家系の主たる系譜が住んでいる家または家族のこと」であって、そもそも親が次男などで結婚して本家から独立した分家であれば、その家を「本家」とは呼ばないからです。そんなことをしたら、本家や総本家のある土地柄では「あのウチ、分家の次男なのに自分の子供には本家って呼ばせているらしいわよ」と恥ずかしいうわさを立てられてしまうでしょう。

元々は「生家」が主流だったのだとも思います。
日本の本家・分家というのは必ずしも結婚して分かれれば分家になるか、というとそうでもないのです。なぜなら、分家だろうが「家」である以上は独立して生活できるだけの田畑が必要だったからです。
 「タワケもの」という言葉があるように、兄弟に田んぼを分割して言ったら、3代目には生活がなりたたなくなるぐらい小さくなってしまいます。そのため田畑は「長男が継ぐもの」であり、次男や三男は婿の要請があるか、学問や商売で身を立てることができなければ部屋住みで終わったわけです。いまからすればおぞましい風習だといえますが、結婚した後に長男が死去すれば、次男などがそのまま本家の当主になり、奥さんもそのまま次男の嫁になることも多かったのです。

したがって、単なる自分の出身の家を「本家」という人はほとんどいなかったはずです。

また、次男や三男で婿に行けば「実家」になります。そもそも「実家」というのは『自分が成長するまでに住み、出自の根本・生来の姓があるところ」だからです。婿に行った男性は妻側の姓に変えるわけですから「実家」という言い方は、苗字を変える一般的な嫁と同様に「実家」でいいのです。

昔の男性にとって「家を立てる(建てるじゃありません)」ということは非常に難しいことでした。戦後サラリーマン家庭が増えるにしたがって、家を立てることと建てることが同義になっていったといえます。そのため、ベビーブーマー世代までは立派な表札にこだわりがあります。
その後の世代である今の30代や20代では、すでに「家」という概念が相当に変質していると思われます。男女とも結婚して戸籍を新たに作ることが「家を立てる」ことと同等になっているのです。ですからどちらも「新しい家を立てた→両親のいる場所は実家=昔の家族の場所」という概念に変わってきているのでしょう。離婚して、昔の家族の場所に戻れば男女とも「実家に帰った」といえば住むわけです。

男女平等がここまで進んだ、という考え方をすればいいことなのでしょう。日本語も時代によって変化していくわけです。

さて「男女平等」についても、正しいことを記載しておきましょう。
日本と西欧どちらのほうが「男尊女卑」だったか、ということです。ただし誤解のないように記しておけば、日本に男尊女卑が無かった、ということではありません。

そもそも日本には西洋の女性のように「財産権そのものが無かった」という時代がありません。日本の女性は男性と同等に財産権も生活権も有していたのです。その証拠が持参金の扱いです。日本の場合離婚するには、妻が輿入れする際にもってきた持参金を全部返す必要がありました。西洋では持参金は「一旦入れたら家の金」になってしまったのですが、日本では妻の金は妻の金であって、離婚するなら返す必要があったのです。また、日本の場合妻が家を相続することも可能でした。「婿入り」という言葉があるように、男が妻の姓になるように結婚したのです。必殺人シリーズでは昔は藤田まことが、最近では東山紀之が「婿殿!」と起こられていますが、彼らは妻に財産のすべてを握られていて、小遣いすらままならないため、ご飯を食べるためには家に帰らざるをえず、そのご飯まで無い、といういびられ方をするのです。
  
 ちょうど今、英国貴族の相続を描いた「ダウントンアビー」というドラマがやっていますが、イギリスはまったく違います。1837年に不動産などの財産が女性にも配分されるようになり、独立した完全な財産権をイギリス女性が獲得したのは1882年です。ダウントンアビーの時代設定は第一次世界大戦の前後1900年ぐらいからスタートしますが、先代の遺言によって女性は相続できない状態(限嗣相続)が残っており、また現伯爵婦人のコーラが持参金として持ってきた財産(それも莫大な財産)も家に入れた以上は離婚しても返すことができない、という法律になっていたのです。日本では江戸時代であってもありえない男尊女卑の財産法だったのです。

財産というのは、その人の「自立」を決める決定的なものです。イスラムの国では、いまでも女性に運転免許を取ることを許さない国もあります。もちろん財産権も認めない国もあります。父親が自分の保護者ならいいのですが、父が亡くなり、兄などが財産を継げば、結婚しない限り兄に従うしかありません。そういうのが男尊女卑の根本にあるわけです。

先ほど、男性は「部屋住み」という形見の狭い状態があった、と書きましたが、これは財産権があってもその財産を作る仕事などに恵まれていない状態です。では当時の日本女性に男性の「部屋住み」に相当する用語があったでしょうか。ないんですね。つまり女性は行き遅れという状態はあっても、もしかしたら当時の部屋住みの男性よりもよほど自由であったかもしれないわけです。
今でも、男性だと「ニート」で肩身が狭いけど、女性なら「家事手伝い」でスルーできる、という風潮と同じである、といえます。日本には「男性だけ社会的責任が厳しい」わけです。

また「家」について考えた場合、昔の日本の家には男女に別々の役割がありました。男性は外向き、女性は奥向きの役割です。たとえば、武家や商家、または農民で庄屋レベルになると家の仕事と家族の仕事が別になります。武家は戦争のための武具や家来の給料など、商家も商売の会計と自分の家の会計、庄屋だと村や役所から依頼された仕事の会計と自分の家計、などです。
 日本の場合、外向きの会計は男性が行ったのですが、自宅の家計は奥様が行うことが多かったのです。武家などは使用人もおり、外向きの使用人と家庭の使用人では給料の出る場所が違ったので、自宅の家計に関する使用人などは奥様が管理していたのです。

この点も西洋では原則として大きくちがいます。そもそも、女性に会計を任せる、なんてことはありませんでしたし(すごい才女で手伝っていた人はいるでしょうが、それは内助になります)、現在でも西洋だけでなくほとんどの国の家計は男性が握っているのが普通です。
日本の場合だけ「奥向きの用は妻が取り仕切る」という風習があって、給料のすべてを奥さんに預けてしまうのです。

ですから「奥様」は尊敬語です。主人というのは「社会に対して、その家を代表している人間」であって、妻が隷属しているわけではないことは、奥向きは女性が取り仕切る(つまり男性は口出しできない)ことでも現れています。

こういう前提を見逃して、日本と西洋の男女関係を比べることはできません。日本に男尊女卑がない、とはいえませんが、そもそも日本の女性は西洋にないほどの権利が元々あったのです。西洋の女性が日本の女性と同等の権利を有したのは、国によっても違いますが、最終的にはフランスの1975年の民法改正まで待たなければなりませんでした。つまり、つい最近ですね。

またレディーファーストが女性に敬意を表しているようにみえますが、これもとんでもない誤解です。たしかに、レディファーストは女性に敬意を表している、とはいえます。しかし、ダウントンアビーをみても出てくるのですが「大切な話はご婦人方が控えに移動してから男性だけで」なのです。誰かを呼んで会食をする際に、西洋は男女同伴がマナーです。しかし、食事が終わってビジネスや政治の話になると、女性たちは退席します。そのときに男性たちは必ず立ち上がって「敬意」を表すのですが、表すのは敬意だけで女性からすれば「自分たちの知らないところで全部が決まる」といえます。これと財産権の関係性を考えてみれば、男尊女卑の具体的なイメージが沸くと思います。

ようするにレディファーストは「保護してやる男性の力強さと忍耐力を表す」行為であって、女性を本質的に敬っているわけではないです。
これに対して、日本では「女性は3歩下がって歩く」といわれてます。
これも敬意の表し方ですが、ひとつには暴漢などに襲われたときに女性を守ることができること、もうひとつは、外にでているときは誰にいつ会って社会的な会話などをする必要があるかどうかわからないので、妻はその中に入らないようにしている、ということです。

結局「妻は男同士の会話(社会的な会話)には入らない」ようにするために、西洋ではレディファーストで女性が出て行くように促し、日本では女性が遠慮して3歩うしろを歩く(入り口でも誰と挨拶するかわからないから、後から入る)という同じ行為の別バージョンでしかないのです。

日本人はこういうことを知らないために、西洋とあまりにも違う文化であることを誤解されています。話が脱線しましたが「実家」「生家」というだけでも、長い歴史的な意味があり、家族のあり方、家系という考え方に結びついているのです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
古今東西に亘った論証を頂きました。
<元々は「生家」が主流だったのだ>
のですね。
<単なる自分の出身の家を「本家」という人はほとんどいなかった>
ということですね。社会(世間の方が正確かもしれませんが)のなかでの、
難しいことを質問したものだ、と感じています。

お礼日時:2015/10/11 17:10

わたしも「生家」がよいと思います。



日本人というより、日本語が昔の伝統文化を残していることや、家でも祖先からの言い伝えなどから、日本人の伝統文化として色々な「なんでこうなるの?」という言葉はたくさんあります。

たとえば、家庭で配偶者をどのように呼ぶでしょうか? 夫は妻をどのようにゆ呼んでいるでしょうか。
・なにも人称代名詞を使わない。「それをとってくれ」
・名をよぷ「たとえば、『花子それをとってくれ』」
・自分より劣る立場の人にしか使えない人称代名詞を使う「おい」とか「おまえ」など

友人知人が、男性の配偶者を呼ぶには「奥様」とか「奥さん」、女性の配偶者を呼ぶ場合には「ご主人」とか「旦那様」など。

使っていてとても違和感がある言葉でもあります。 男尊女卑の徹底したものだからです。 実は、英国にも根強い男尊女卑はありました。この点は日本とほとんど変わらず、女性が人権をもてたのは英国でも近世になってからのことです。 レディーファーストという、英国のマナーがありますが、これなどは、男尊女卑を起因するものです。  このレディーファーストは、現代イギリスでは「弱者優先の意味」に置き換わっています。 ですから、なにも女性が優先されるわけではなく、社会的弱者のほうが優先され、その社会的弱者の中でも女性のほうが先で、次が男性で、細かく弱い順番に順位がきまっています。 イギリス人男性は、生まれたときからこういう教養を身に着けるようで、それは、ものの見事にレディーファーストをやります。やるというより、自然にできるように家庭教育されているようです。 ですから、極東アジアの国、日本からいくと「かなり恥」をかきます。 我々は、自然にそれができないからです。 まあ、わたしはある意味、西洋ではかなり昔に改善された社会的差別が、日本ではまったく野放し状態だとおもまいます。 イギリスでは、法律で細かく整備されているので、そもそも差別はできないのですが、日本で法律に明文化されているねは、せいぜい同和問題だけだったと思います。またこの法律も期限付きの法律でした。

話がそれましたが、英語は、配偶者を呼ぶ言葉がとても豊富で、しかも美しい。 my love , honey , my sweet, darling , my angel など、多岐にわたり、どれも、男性から女性、女性から男性、どちらにも使えます。 また、偶然ですが、英語にも「おい」があります。oiと書くと思いますが、おおよそ日本語と同じような使われ方をしますが、英語のoiは、女性から男性にも使えますが、あとに続くことは、批判的な事柄になります。

おしまいに、戻って日本の戸籍法では、これらの男尊女卑や家制度はありません。第二次世界大戦後に、日本国憲法が発布されてから、戸籍法も変わり、現在は、日本人古来の家制度は、戸籍にはありません。

ですから「嫁をもらう」とか「家を継ぐ」というのは、伝統文化で残っているだけで、戸籍制度には、存在しません。 戸籍では「家を継ぐ」人などだれもいません。 結婚すると同時に、子は、親の戸籍から除籍され、新しい戸籍が、夫になる人か妻になる人を筆頭者として新しく作られます。 本籍も、日本国内ならどこにもでも自由に設定可能です。 

戸籍の筆頭者も「整理のための索引」以外の意味はありません。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
昔、息子たちは
<生家>
を使っていたのですね。
社会慣習は、昔と今とは大きく変化したのですね。

お礼日時:2015/10/10 19:20

かしこまっていうときは「本家」、平たくいうときは「母家 (おもや)」です。



建築用語「母屋」の同音異字です。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<母屋>も使われていたのですね。私は、この言葉を聞いたことがありませんが。

お礼日時:2015/10/10 14:59

「本家」ですね。

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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<「本家」>
ですね。

お礼日時:2015/10/10 14:56

次男は(長男が万一亡くなった場合の)継承用予備に長男の家(離れなど)で「厄介叔父」として長男、その子(甥)と一緒に住んでいた。

(次男、三男は養子に行くこともあったがやはり「実家」と呼べる)
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この回答へのお礼

さっそうのご回答ありがとうございました。
<次男、三男は養子に行くこともあったがやはり「実家」と呼べる)>
ですね。実家は広く使われていた、ということですね。

お礼日時:2015/10/10 14:55

「生家」でしょうね。


本来はこちらを使うべきかと・・・
例えば田舎から出てきて「私の生家には、両親と兄夫婦が住んでいます」
こんな感じですね。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<生家>
ですね。男女共に使える言葉ですね。

お礼日時:2015/10/10 14:53

昭和生まれの人ですが、義父の弟は、「本家」と言っています。


家から出た男兄弟の家は「新宅」と言っています。
分家とも言いますよね。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<本家>ですね。昔の人は良く使っていましたね。家制度が強かった時代の言葉ですね。

お礼日時:2015/10/10 14:46

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