「教えて!ピックアップ」リリース!

キリストの母であるマリアは、その父母が記載されていません。
一方、父であるヨセフについては、四〇数代の家系が並べ立ててあります。
陰の薄いヨセフの方が、長々と説明されているのに反し、
なぜ、キリストを産んだ肝心のマリアの方は、祖先が無視されているのでしょうか?

A 回答 (10件)

どうも、嫌みたっぷりの聖書マニアです(笑)


簡単に言うと、マタイの系図はヨセフ、ルカの系図はマリアです。
かなり骨がありますが、図解にすると、ダビデの本家はヨセフ、マリアは分家になります。

マタイはユダヤ人向けに書かれた福音書であり、その為ユダヤ人の社会や慣習に従ったもの、また堕落を繰り返さないような戒め、ついでに元取税人らしく金回りに詳しいなどの特徴があります。ユダヤ人社会では、完全な男性優位であり、女は男の跡継ぎを産むためだけの機械です。こんなことを言った政治家がいましたね(笑)

対してルカは異邦人、つまり主としてギリシャ人やローマ人に向けられた福音書であり、また、医師でもあるため、奇跡などについてや、道具についての記述がところがあります。ルカはマリアの肖像を最初に描いた人物とも言われていますし、ルカは医師として、母マリア(=確実に繋がっている血筋)について証したかったのでしょ………。

と、思いますでしょ?

実は福音書の成立はかなり時間があるんです。
最初に完成したのがマルコ、これがイエスの死後約30年、福音書は様々な記憶、伝承、噂、省略が密集した、言わばファンアートのようなものなので、そもそも考えても元から材料がない可能性があります。
まあ、そこを考えるのがロマンなのですが。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
4種の福音書を比較すると、面白いでしょうね。著者やその意図を対照できると、興味深いのでしょうね。
<ファンアート>
の福音書を、史実やフィクションなどに分析すると、これまた楽しいでしょね。
<ルカは医師として、母マリア(=確実に繋がっている血筋)について証したかったのでしょ………。>
は、今気になっているところです。

お礼日時:2016/02/01 11:41

そんなモノどうでもいいじゃない。

どうせただの一個人だし。
キリストなんかが何をしたの?
下らないインチキ宗教の元になっただけでしょ。
って言うか、宗教なんか皆同じでインチキだけど。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
たしかに
<そんなモノどうでもいいじゃない>
ですね。

お礼日時:2016/02/07 14:55

削除されたが答える相手を間違えた。

うかつだった。
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自分でもしつこいなぁーと思ってしまいますが、あえて追加します。


➀地母神信仰がありました。これと、マリアが結びついて、マリア信仰が発生した、と誤解しました。②(地母神信仰もある社会状態で、しかも、彼女はキリストの実母であるのに) なぜマリアが軽視されていた、のかが疑問でした。 ③そして、当時も男性社会だったのですね。

❶地母神信仰と、マリア信仰とは、全く関係ないと思います。 地母神信仰は"一般的な多産、肥沃、豊穣をもたらす神、豊穣をもたらす大地などの象徴的体現、生命を産む根源の神"と考えていいでしょう。 マリア信仰をイシス神と繋げたり、多くの女神信仰と関連付けて説明しようとするヒトもいます。 例:http://www.ozawa-katsuhiko.com/10christ_hikari/c … しかし、キリスト教などは基本的に一神教です。三位一体と称する理解で神を一本化します。そこに地母神や女神様が入り込んでは、めちゃめちゃです。キリスト教者として、誰もが納得しないハズです。 マリア信仰が起こり、排除されることなくマリア信仰が続けられてきたのは、マリアへの崇敬はすべて神への信仰とつながるものだからである。(キリストを生む処女として神から選らばれた最高の恩恵を受けたマリア)に、自分も神の信者として自分の願いを神に取り次いでもらうような気持ちがあった、周囲の人々もそうした心情を理解してマリア信仰を受け入れたということでしょう。 マリアの処女性を高く評価するのは、地母神信仰とは別であることがすぐにわかると思います。 (イエスの言葉を伝える伝道師、聖人)を崇めるのと、(キリストを生む処女として神から選らばれた最高の恩恵を受けたマリア)を崇めるのは、一神教のキリスト教でも排除されてないのです。
❷始皇帝、アレキサンダー大王、織田信長、マホメット、釈迦牟尼、卑弥呼、エリザベス女王、クレオパトラ女王、パルミラの女王ゼノビア、ソクラテス、プラトン、エジソン、ビルゲイツ3世などでも、生母はいます。生母だからというだけで、その生母の祖先名を何代も並べて情報伝達し、後世にも残るように文書にしておくという習慣は、どこにもないと思います。 そうした情報を伝達しないのは必要性がないからです。ある情報を伝達する必要性がないということと、軽視するということとは別です。 飲食や呼吸、排泄行為は人間には不可欠の重要な行為ですが、そうしたことに関する情報を人物に関連付けて記録に残すことは、通常はしません。 イエスに関してでも、パンや磔刑、処女受胎のようなことは大事な情報だから聖書に記録し伝えます。 当時の社会では、たぶん、尊貴の対象者に関しては《誰の子であるか、父は、その父は、そのまた父は、………》を伝える一般的状況があったから、イエスについても、延々と造りだしたのでしょう。 http://blog.goo.ne.jp/toyosenkyo_gjs3/e/26e56aea …
もちろん創作です。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%93 …  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question …
❸当時の社会でも、その後の社会でも、女王は時々出現します。 時々しか出現しないのを《当時も男性社会だった》というのであれば、そうです。 "男性社会"という語で何をイメージしているのかが、わかりません。 動物によって雌雄の行動の範囲や仕方には若干の違いがあることが多いです。 人間の場合、社会的動物と言われるように、社会的に分業する行動様式で、文明を創り出し、他の動物を圧倒して地球上に最強の動物種となっています。 このように分業するとき、幼年壮年という区分、男と女という区分は、大きな要因になります。 例外は多くあっても、子の養育は母の役目です。 人間の場合、二足歩行と大脳の大きさのために、幼年期がとても長く、その間は養育担当が必要です。 結果として、男の壮年が食糧獲得やテリトリー確保に従事する役目を担当せざるをえない時間が多くなり、そうした事情が数千年、数万年と続いたので、骨格や筋力も男が女よりも強いという動物に人間はなって来ています。 また、食糧獲得やテリトリー確保を社会集団で行うには組織編成、指導、被指導の役割分業も必要です。 そうした分業は農耕、採取、狩り、戦闘、土木作業、祭事、一般的な行政(組織統率)で起きます。 そうした社会集団内のでの分業組織の統率に長ける人物の出現率を考えた場合、男が女よりも高くなるのは、その社会での実際の社会集団内のでの分業による組織活動に従事する中でえる学習と実地教育の結果です。 誰がそうした面で優秀になるかは単純には決まりません。属性だけで決まるものではないです。 ただ、統率する役目を果たす人物の周囲で育ち生活する人物がそうした面で能力を高めやすいとは言えます。 また、そうした組織統率・行政能力の継続的発揮が必要な地位については、育児業務の役割をあまり担わない男が得やすいとは言えます。 優秀なシャーマンの卑弥呼がいても、日常の行政は弟が担ったというのも、男ならば行政の専門担当をするのに都合が良いということもあったのでしょう。 当然例外はいます。 いつも男がトップということはないです。 知力、統率力、実行力、胆力、人間的魅力で、他を圧倒する人物がタマタマ女で、その人物が、権力の中枢近くにいれば、女王として君臨するということも起きます。 ただ、出現率は、男よりも低いのは止む得ません。 幼少期にどのような教導を受けたのかを考えると、生物的資質が似た男女がいた場合、女が組織活動の指導的地位にふさわしい能力を獲得出来る可能性は、男よりも低くなります。 "男性社会だったので"という語で済まさない方が良いと思います。
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この回答へのお礼

再三のご回答ありがとうございました。
密度の濃い説明に、恐れ痛みます。
1.<そこに地母神や女神様が入り込んでは、めちゃめちゃです。>
教義の純粋性や整合性からみたら、確かに、地母神などは、排除すべきことです。その後のキリスト教の隆盛をみると、取入れなかったことは、結果的に成功しました。しかし、当時の時代には、現実的に(布教の面で)、地母神などを取り込み、マリアを重要視することの方が、相応しいのだろうな、と思います。
2.<生母だからというだけで>
マリアの家系を連ねるべきだった、とは私は言っているわけではありません。養父のようなヨセフの家系を遡るより、血の繋がった生母のマリアの方が納得し易い、と思ったからです。
3.”男性社会”は、
<女が組織活動の指導的地位にふさわしい能力を獲得出来る可能性は、男よりも低くなります。>
の気持ちで使用したつもりです。

お礼日時:2016/02/01 21:43

> ➀<祖先を言い立てるのは、正統性を言い立てるため>なのですね。

②ところで、母なるマリアは、<その祖先が有力な王とか貴族に繋がっていなかったので、>養父のようなヨセフ側を使って、先祖を遡ったのですね。

誤解があるようです。母マリアに関して正統性を言い立てる必要が全くなかった・必要性を全く感じていなかったために、祖系を述べることはしなかったのです。 もしも、"マリアの血統的正統性を述べた方がこの状態では良い"と考えていたら、それなりの名前の連鎖を作り記載したでしょう。イエスだってそのような事情があったから、《アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図。アブラハムはイサクの父であり、イサクはヤコブの父、ヤコブはユダとその兄弟たちとの父、ユダはタマルによるパレスとザラとの父、パレスはエスロンの父、エスロンはアラムの父、 アラムはアミナダブの父、》のような造り上げた系統を記載したのでしょう。<その祖先が有力な王とか貴族に繋がっていなかった>ので記載しなかったのではないと思います。
新訳ができた頃には、マリアに関する関心そのものがほとんどなかったようです。ですから,マリアの出自や血統などを創出する必要もなかったのでしょう。
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bit …
イエスならば、ただその人物がスゴイというだけでなく、系図も記載しておくことが大事だという意識が、周辺の人物の社会的価値意識や布教活動上の都合で起きたのでしょうが、それ以外の人物にはそうした正統化、系統的確かさなどの属性はいらないとしか思えなかったのでしょう。
現在でも、大統領や首相などに関して系統を言い立てる場合も、父系の系統をいうのが普通であって、母系の系統を言うことはほとんどないです。 その社会が、系統を問題にするのはどんな時か、またその系統とはどのようなものを指すのかを思い起こせば、想像出来るのと同じです。 通常の状態では、系統・血統のようなことを問題にすることさえあまりないです。
私自身も四代前の父系は知りません。母系は祖母までしか知りません。他人に関して、その母がどういう出身かを問題にするケースはとても希だと思います。タマタマ有名人の子孫である女性が母であるならば、○○の母に関する情報として誰の子孫であるというようなものがつくことがあるとしても、それ以外で、母に関して誰の子孫であるという情報がついて伝えられることはほとんどないと思います。
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございました。
<新訳ができた頃には、マリアに関する関心そのものがほとんどなかったようです。>
この認識を新たにしました。言訳けになりますが、私が誤解をしたことを書きます。当時、社会の裏側あるいは底辺で、地母神信仰がありました。これと、マリアが結びついて、マリア信仰が発生した、と誤解しました。(このマリア信仰は、後年のことなのですね。)したがって、なぜマリアが軽視されていた、のかが疑問でした。しかも、彼女はキリストの実母であるのに。
そして、当時も男性社会だったのですね。

お礼日時:2016/01/31 21:45

ネットで有名なお坊さんであるらしい


蝉丸pがどういうわけか
教えてgooやokwaveの一利用者に粘着して
ツイッターでフォロワーの信者相手に
皮肉をつぶやいているとでも言えばいいのか?

どうしてこう次から次と宗教関係者が
粘着して来るんだ?
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この回答へのお礼

心配をおかけしてしています。
世の中には、かわいそうな無能な人がいますね。自分の心情を出せるところや機会が無く、他人に認めてもらいたく
<粘着して>
じゃれつき・寄生している人達です。建設的な方向に目を変えれば、もう少し自分の真価を発揮できるだろうにな、と同情しています。

お礼日時:2016/01/31 08:26

誤字とかミスとかいいかげんとか、てきとうとか様々あるから


どうでもいいし、わずかな文章でどうのこうの言っても仕方ないのだけれど

実体というのがちょっと気になった。


現象ではないのだな。意外だと思った。

あと

無自性よりも、

今ぱっと思いついたのが
自性清浄とか。
でもどうしてだろうと思ったら、

ブラジュロンヌさんが質問していた。

《自性清浄心》と《聖なる甘え》
http://okwave.jp/qa/q7498789_2.html

なるほど。
まあ、どうでもいいや。
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この回答へのお礼

わからぬ

お礼日時:2016/01/31 08:14

~~~~~~~



蝉丸P@脱厄年
‏@semimaruP
ネットのながれは絶えずして、しかも本の流行にあらず。モニタに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。データにある人とクランと、またかくの如し。人間も物理的な実体があるだけで無常・無自性という面ではなんら変わらんので他人事とちゃうねんで?というのがブディズム!

https://twitter.com/semimaruP/status/69338304761 …


~~~~~~~~

>データにある人とクラン


せっかくなので、太陽の末裔

イクシュヴァーク王の系譜も。

~~~~~~~~~

Suryavansha
https://en.wikipedia.org/wiki/Suryavansha

List of monarchs[edit]

Frieze of King Sagar's great-great-grandson, Bhagiratha in penance.
The following is a list, in chronological order, of some of the prominent monarchs of the dynasty;[citation needed]

Manu or Vaivasvata Manu:

Ikshvaku

Bhagiratha

Aja

Dasaratha

Rama

Lava and Kusha

Śuddhodana, leader of the Shakya Ganarajya at Kapilavastu. His son was Siddhartha Shakya, founder of Buddhism and came to be known as Gautam Buddha.

Prasenjit II (Pasenadi)

Sumitra

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この回答へのお礼

猫に小判ですね。

お礼日時:2016/01/30 22:28

哲学の問題ではなくて、その社会の慣行、風習でしょう。


祖先を辿るという行為が必要になるのは、どんな場合か。1つは婚姻で近親婚を避けるためということもあるでしょう。しかし、多くの動物では近親婚を避ける特別の仕組みはないので、人間の場合にそうした必要が大昔から存在しているとは考えにくいです。別のケースでは、相続などの継承で正統性を問題にする場合があります。土地や物財ならば現に占有占拠しているか,テリトリーを守りあるいは拡張できる実力があるかが大事で、正統性は二の次でしょう。たぶん、王権のような支配の地位を継承するときに、その都度実力争いや先着順(椅子取りゲーム)という争いをするのではなくて、血統で継承する方が、具合がよいと考えた社会構造があったのだろうと思います。 そうした地位の相続で血統を問題にするのが集団内の支配の地位にあるとすると、軍事や農耕、狩猟や集団移動・集団行動の指揮権が一番問題になるでしょう。(財産相続なら母系という方が過去は多かったようです) その社会での軍事や農耕、狩猟や集団移動・集団行動の指揮権を(実力ではなく)血統の正統性で問題にする社会が成立してから、支配者は誰の子か、そのさらに親は誰かと、正統性を遡って主張するような社会にあれば、支配者でなくても、支配者になる可能性がほとんどなくても、(祖先を辿る場合は、集団指導権をにぎっていたハズのヒトを書き連ね、述べ立てる)習慣が一般化します。
親は両性いるはずなので、単に親を捜し求めるなら、1代前が2名、2代前が4名、3代前が8名、4代前なら16名になる可能性があります。昔の20歳前後で子をもうける時代なら80年前で16名、100年前で32名の祖がいたのかもしれません。そのような祖を引き合いにだすことは、社会的に意味がないでしょう。 
親を問題にし、祖先を言い立てるのは、正統性を言い立てるためなのですから、拡散するような主張は意味がないです。 そうすると、そのある時期に実質支配権を揮っていたのは誰かということよりも、支配の継承系列をきちんと今すらすら言い立てていることがより大事で、そのとき男女混合の系列より、スッキリ男系を言い立ててしまって(はい。これが私の祖先であり、私はその正当な継承者です)と当然の顔をしている方が一番効率的です。
そのようなことが一般化している状態の社会で、母系を連綿祖先に遡り3代、4代と言い立てるのは、ほとんど意味がない、あるいは馬鹿しかやらない行為です。
旧約聖書や新約聖書が成立したときには、王権というのがどのように継承されるのかは、その社会の周辺の人々にも十分に知られていました。 だから、誰かが、祖先を男系で言い立てても、内容の真実性に仮に疑念を感じたとしても、祖先を男系で言い立てる行為は、さほど不思議ではなかった可能性があります。 でも、奴隷が祖先を男系で言い立てる行為は、素直には受け取られなかったでしょう。 また王族や貴族でも、自分の祖先を母系で数代遡って言い立てるということはあまりなかったと思います。 仮にそういうことがあったとしても、それはその祖先が有力な王とか貴族に繋がっていることを言い立てるためでしかなかったでしょう。
マリアはそうした人物ではなかったとしたら、マリアの祖先を言い立てるということに意味や価値を感じるヒトは誰もいないと思います。
ヨセフでも、その正統性を主張する必要があってヤコブの名が出て来る。さらに正統性を求めれば祖先祖先を次々挙げて大本まで持っていくことになるというだけのことでしょう。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
いつものことながら、綿密な論証でした。
<祖先を言い立てるのは、正統性を言い立てるため>
なのですね。ところで、母なるマリアは、
<その祖先が有力な王とか貴族に繋がっていなかったので、>
養父のようなヨセフ側を使って、先祖を遡ったのですね。

お礼日時:2016/01/30 22:27

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ブッキョウシソウノゼロポイントサトリトハナニカ
仏教思想のゼロポイント―「悟り」とは何か―

魚川祐司著

日本仏教はなぜ「悟れない」のか――? 大型新人鮮烈デビュー作!!

ブッダの直弟子たちは次々と「悟り」に到達したのに、どうして現代日本の仏教徒は真剣に修行しても「悟れない」のか。そもそも、ブッダの言う「解脱・涅槃」とは何か。なぜブッダは「悟った」後もこの世で生き続けたのか。仏教の始点にして最大の難問である「悟り」の謎を解明し、日本人の仏教観を書き換える決定的論考。

http://www.shincho-live.jp/ebook/result_detail.p …

~~~~~~~~~~~~~

本の情報を調べるのに、amazonで調べたけれど、
amazonのリンクを貼る気がしなかった。

上のリンクは新潮社。配信日だから電子書籍のサイトだろうけれど。
あれこれ検索するのが面倒だった。

ニー仏さんのnoteを見たらこれが面白かった。


~~~~~~~~~~~
ニー仏
2014/08/09 16:18
そう問うあなたは何者ですか?

「なぜ仏教徒を名乗らないのですか」と質問されることがしばしばあるのだが、これは実に不思議な問いだなあといつも思う。私としては、そういう人たちが私に対して「仏教徒を名乗るべきだ」と考える理由のほうに、むしろ関心を抱いてしまうところだ。
https://note.mu/neetbuddhist/n/n1c2426fdff1c

~~~~~~~~~~~~


読んでもいない本を批評すると
また読んでもいないくせにと、言われるのでこれ以上はいいです。

ニー仏さんは、ミャンマーにいるらしいから
こんな教えてgooとか見ていないでしょう。



質問に戻りますが、

マタイ福音書とルカ福音書で家系図が異なっている。
これをどう考えるかだと思います。



第1章
1:1アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図。
1:2アブラハムはイサクの父であり、イサクはヤコブの父、ヤコブはユダとその兄弟たちとの父、 1:3ユダはタマルによるパレスとザラとの父、パレスはエスロンの父、エスロンはアラムの父、 1:4アラムはアミナダブの父、アミナダブはナアソンの父、ナアソンはサルモンの父、 1:5サルモンはラハブによるボアズの父、ボアズはルツによるオベデの父、オベデはエッサイの父、 1:6エッサイはダビデ王の父であった。
ダビデはウリヤの妻によるソロモンの父であり、 1:7ソロモンはレハベアムの父、レハベアムはアビヤの父、アビヤはアサの父、 1:8アサはヨサパテの父、ヨサパテはヨラムの父、ヨラムはウジヤの父、 1:9ウジヤはヨタムの父、ヨタムはアハズの父、アハズはヒゼキヤの父、 1:10ヒゼキヤはマナセの父、マナセはアモンの父、アモンはヨシヤの父、 1:11ヨシヤはバビロンへ移されたころ、エコニヤとその兄弟たちとの父となった。
1:12バビロンへ移されたのち、エコニヤはサラテルの父となった。サラテルはゾロバベルの父、 1:13ゾロバベルはアビウデの父、アビウデはエリヤキムの父、エリヤキムはアゾルの父、 1:14アゾルはサドクの父、サドクはアキムの父、アキムはエリウデの父、 1:15エリウデはエレアザルの父、エレアザルはマタンの父、マタンはヤコブの父、 1:16ヤコブはマリヤの夫ヨセフの父であった。このマリヤからキリストといわれるイエスがお生れになった。
1:17だから、アブラハムからダビデまでの代は合わせて十四代、ダビデからバビロンへ移されるまでは十四代、そして、バビロンへ移されてからキリストまでは十四代である。

マタイによる福音書
http://bible.salterrae.net/kougo/html/matthew.html

~~~~~~~~~~~~~~~


3:23イエスが宣教をはじめられたのは、年およそ三十歳の時であって、人々の考えによれば、ヨセフの子であった。ヨセフはヘリの子、 3:24それから、さかのぼって、マタテ、レビ、メルキ、ヤンナイ、ヨセフ、 3:25マタテヤ、アモス、ナホム、エスリ、ナンガイ、 3:26マハテ、マタテヤ、シメイ、ヨセク、ヨダ、 3:27ヨハナン、レサ、ゾロバベル、サラテル、ネリ、 3:28メルキ、アデイ、コサム、エルマダム、エル、 3:29ヨシュア、エリエゼル、ヨリム、マタテ、レビ、 3:30シメオン、ユダ、ヨセフ、ヨナム、エリヤキム、 3:31メレヤ、メナ、マタタ、ナタン、ダビデ、 3:32エッサイ、オベデ、ボアズ、サラ、ナアソン、 3:33アミナダブ、アデミン、アルニ、エスロン、パレス、ユダ、 3:34ヤコブ、イサク、アブラハム、テラ、ナホル、 3:35セルグ、レウ、ペレグ、エベル、サラ、 3:36カイナン、アルパクサデ、セム、ノア、ラメク、 3:37メトセラ、エノク、ヤレデ、マハラレル、カイナン、 3:38エノス、セツ、アダム、そして神にいたる。

ルカによる福音書


http://bible.salterrae.net/kougo/html/luke.html
~~~~~~~~~~~~~~~






>1:6エッサイはダビデ王の父であった。
ダビデはウリヤの妻によるソロモンの父であり、 1:7ソロモンはレハベアムの父、レハベアムはアビヤの父、アビヤはアサの父、 1:8アサはヨサパテの父、ヨサパテはヨラムの父、ヨラムはウジヤの父、



>3:30シメオン、ユダ、ヨセフ、ヨナム、エリヤキム、 3:31メレヤ、メナ、マタタ、ナタン、ダビデ、 3:32エッサイ、オベデ、ボアズ、サラ、ナアソン、



家系図の順番が逆なので紛らわしいですが、ダビデ以降の家系図が異なっています。


これがなんなのか私はわかりません。
こういうのに詳しくて凄く嫌みたっぷりに解説してくれそうな人も昔は居たのですが
見かけなくなりました。

よかったら誰か教えてください。この家系図の話も確か誰かに教えてもらったものです。
検索して調べたのは教えてもらったからだったと思う。
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この回答へのお礼

折角の、長文のご回答でしたが、理解できませんでした。

お礼日時:2016/01/30 22:13

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