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○ 冤罪の危険があるから審理を慎重にしよう
× 冤罪の危険があるからその執行をしないようにしよう

だと思います。

みなさんは いかがお考えですか?

A 回答 (3件)

>○ 冤罪の危険があるから審理を慎重にしよう



大きな事件や殺人事件などの場合は、これが当て嵌まりますが、
普段地方裁判所で行われている小さな事件では、
この事は当て嵌まりません。

仮に、ヤクザと一般市民がトラブルを起こした際、
一般人が嘘をついても裁判でそれが認められるケースの方が多いというのが今の日本の現状です。

そこに冤罪の危険があるから審理を慎重にしようという志はありません。

質問者は実際の現実や裏側の事情をまだ知らな過ぎます。

誰がどう思おうとそれはその人の自由ですが、
死刑に関しては、確実に「冤罪の危険がある者へはその執行をしないようにしよう」
という方法が取られています。

つまり、国が出している最終的な答えは、
貴方とは反対の答えだという事です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2016/06/10 11:40

その通りだと思います。



ただし、死刑制度廃止を求める人は
「冤罪の恐れがあるから審理を慎重にしよう」→「しかし人間が裁く以上、いくら慎重に審理しても判決が常に100%正しいとは断言できない」→「もし冤罪であった場合、死んでしまえば名誉回復は不可能になる」→「だから死刑制度は廃止しよう」
ということではないですか?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2016/06/10 11:41

個人的な意見としては、まったく同感であります。



冤罪で死刑にしてしまうということはつまり、
制度を誤って運用してしまった結果、死者が出るということです。
それは確かにまったく理不尽な死であります。

しかし、利便性と引き替えに死者が出るなんて、
現代社会では当然のようにありえることです。

冤罪の危険性があるから死刑を執行しないのであれば、
たしかに制度を誤って運用したことによる死者は出ませんが、
それによって「所詮死刑にはならない」となって、
殺人の被害者が増えてしまう可能性もあるわけです。

これは、「死刑のある世界」と「死刑のない世界」の対比であって、
統計的な根拠を提示することはできませんが、
私は
「たとえ冤罪の可能性があっても粛々と死刑を執行し、
 それによって凶悪犯罪が減り、被害者が減ることで、
 理不尽な死を迎えざるを得ない市民の絶対数が減る」
という世界観を支持します。

もちろん冤罪は少なくあるべき(理想はゼロ)ですから、
おっしゃるように、できうる限り慎重に審理すべきという前提です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2016/06/10 11:41

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