野茂選手のことを良くDr.Kって呼びますよね。野茂選手だけではないかもしれないですが。
まず、「K」=三振というのは分かります。なぜ三振は「K」なのか?
StrikeOutのKを取った説、三振の三画からKを取ったなど諸説はありますが、
正しい説を教えていただきたいです。
そして、何故「Dr」なのか?何故医者なのか?それとも医者ではないのか?

よろしくお願いいたしますm(__)m

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A 回答 (6件)

 まず「K」はStrikeOutのKを取った説が正しいです。


 何ゆえかは知りませんが^^;

 「ドクターK」はメジャーの三振王ドワイド・グッデンにはじめて使われましたが、
 なぜDr.なのかは…グッデンが医師免許を持っていたという説がありますが、裏は取れてないです。
 ただ彼からDr.K=三振を取る人のイメージがつきました。

 ちなみにハーシュハイザー投手(今の所属は失念)は「ドクター0(ゼロ)」と
呼ばれてました。
 彼の場合は失点が少なかったためにこう呼ばれてました。
 今年日本でも一時期千葉ロッテの"ジョニー"黒木投手がそう呼ばれてましたね
 
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この回答へのお礼

は、新たなDr.説が生まれましたね。
裏が取れたらまた教えてくださいね。
ハーシュハイザー投手はまだ現役なんですね。
今もあの「ハンガーカーブ」をなげてるんでしょうかね?
ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/25 19:14

あのさ、三振のことを英語でノックアウト(knock out)っていうんじゃないの?英和辞典とかでしらべてみれば?ボクシングのKOはもろそれですが、だからその頭文字をとってスコアブックにKと書くはずです。

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確か、野球のスコアブックで三振のマークがKの字に似ているからだと思います。


思い違いだったらごめんなさい。
Dr.というのは、医者でなく、博士という意味で使っていると思いますよ。
医者も医学博士ではありますけど。
三振奪取の専門家といったイメージです。
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この回答へのお礼

三振のマーク自体Kなのではないでしょうか?
どうもDr.は専門家という意味合いが強いみたいですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/25 19:17

私も知りたかったんですよ。



私は、Drのほうは、てっきり漫画からとっていたのかなって思っていたのですが。
(マガジンか何かで、Dr.Kってありませんでしたか?)

誰か教えてくださいね。
(回答でなくて申し訳ありませんでした。)
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この回答へのお礼

oh_saturnは満足されましたでしょうか?
応援?ありがとうございましたっ。

お礼日時:2001/06/25 19:11

三振をKで表すのは決定的な説明は出来ないようです。



また、Dr.というのは医者ではなく、博士つまり三振をとるのが専門の人という意味で使われているのだと思います。

Mr.Kでもよさそうですが、それだとバッターが「三振王」になってしまいますからね。

参考URL:http://www.yomiuri.co.jp/yomidas/digi/kigen/kige …
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この回答へのお礼

なるほどDr.の意味はわかりました。やっぱKに対しての定説はないみたい
ですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/25 19:10

確か現在でもハッキリとした由来はわかっていなかったと思います。



「StrikeOut」の頭文字をとって「S」や「S.O.」とすると、「盗塁」「盗塁死」
とまぎらわしいため「K」を取った、という説が最有力だそうです。

「三振の三画」説はでまかせの可能性が高いですね。
なんといっても「三振」も「三画」も日本にしかない言葉ですから、ボックス
スコア発祥のアメリカでそれが取り入れられたとは考えにくいですから。
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この回答へのお礼

私も何とかそこまでは検索でたどり着いたんですが、ちゃんとした
定説はどうもないみたいですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/25 19:09

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三振をアルファベッドの「K」であらわしたりするのは何故ですか。

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お世話になります。

過去の質問によりますと(参考URL)、
「Strike Out」の「K」を採った・・という説と、
スコアブックにストライクの数を書き込む際、3つのストライクで「K」の字ができる事から(日本で数を記入する際「正」の字を使いますよね)という説が有るみたいですね。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=94941

Qピッチャーが三振を取った後、

ピッチャーが三振を取った後、
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最後はピッチャーに返されるとは思うのですが・・

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Aベストアンサー

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左打者なら2→5→6→4→3→4→3→1

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こんにちは!

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Aベストアンサー

長島茂雄は朝日新聞のインタビューに「ドジャースからオファーが来た」と話していました。
ここから、推測すると王貞治もオファーがあっても不思議じゃありませんよね。
あと元広島の野村謙二郎も引退した後に出演したニュースステーションで全盛期に「メジャーからオファーもあり、悩みました」と言っていまいた。しかし、野村謙二郎の全盛期となると野茂がドジャースに入団する前を示しているのか後を示しているのかは微妙です。
95年から野茂はドジャースでプレーしていますが、野村がまさに全盛期を象徴するトリプル3を達成したのも95年でこの年の活躍に目に付けたのであれば野茂の後となりますが、95年以前から盗塁王を三度獲得する選手でしたので、以前であった可能性も否定できませんが、個人的な推測からすると、おそらく後だと思います。

Q野茂の前にMLBに行く人は何故居なかった?

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彼の前には何故挑戦する選手がいなかったのでしょうか?

行くこと自体は可能だったがそういう発想が無かった?

システムが確率されていなかった?スカウトや代理人が居なかった?

行っても通用しないという概念しかなかった?

海外へいくという風習が当時は国内で受け入れがたかった?

どれなのでしょうか?解説をお願い致します。

Aベストアンサー

前の回答者様の言う、マッシーこと村上雅則投手がサンフランシスコ・ジャイアンツに在籍していますね。

ただ野茂英雄投手については、MLBに挑戦というより、当時の状況ではMLBに”行かざるを得なかった”という問題があります。近鉄とトラブル(今では当たり前の代理人交渉を近鉄が拒否。何しろ近鉄にとって選手=社員程度の扱い)になって他球団への移籍は出来ず、かといってクオリティの低い他国リーグへの移籍も出来ない。行き場がMLBしかなかった、という事情があります。近鉄はあれだけの成績を収めた投手を”干す”目的で”任意引退”扱いにして、他球団移籍の道を完全に閉ざしてしまったわけで。野球選手を続けるには、日本プロ野球の影響の及ばない、アメリカMLBしか場所はなかったと。
※ちなみにこの野茂の騒動が元で、現在では任意引退で他国へ移籍することも禁止になりました。

MLBにとっては今もそうですが、日本プロ野球の扱いは3A以下のマイナー、あるいは独立リーグ扱いです。WBCでどれだけ連覇しようが、MLBにとってWBCはエキシビジョン&オープン戦にすぎないのでたいした価値はなし。むしろ人材を見出すための見本市の様相です。実際WBC後に移籍する日本人選手はWBCでの活躍で契約に有利に働いていますし。

今でこそそうしてMLBから日本人選手を”活躍しそうだから”獲得に動くという活動はありますが、当時以前に限れば日本プロ野球の選手のMLBでの活躍は”あり得ない”という意見がほぼ全てでした。しかも、当時の日本プロ野球選手の獲得には、とにかく日米プロ野球界の常識に乖離があり過ぎました。

前述の村上雅則投手にしても、元々南海が(冗談半分に存在を忘れていたとも言われていますが)アメリカに野球留学した村上と契約の有無を明らかにしなかったことで、村上側が戦力外と判断してサンフランシスコ(以下SF)と契約。そこで活躍したもんだから(シーズン途中からの加入で1勝1敗、防御率1.80…SFにとっては十分過ぎる成績)、SFが2年目の契約を結ぼうとしたところで、南海がうちの契約があると勝手に前年からの契約を締結。結局メジャーリーガーとしてバラ色の未来があるはずだった村上投手は、ガメつい南海のワガママによって(SFと南海では、留学した選手をSFが獲得した際、保証金として1万ドルを支払う契約があり、南海はその1万ドルを受け取った上で村上を戻した)、それ以降それほどパッとしない日本プロ野球の投手としての野球人生を送る羽目になりました。

この時の契約のゴタゴタ(保証金取った上で契約横取り)がMLBの所属チーム全体に広まり、MLB側が意図的に日本人選手と契約しないよう暗黙の了解が出来上がった、とさえ言われています。村上のSF退団から野茂英雄のドジャーズ入団まで31年もの間”消極的な日本人排斥”が行われていたわけです。その途中晩年期の江夏豊があの丸々とした体を揺すってメジャーに挑戦しましたが、報道では惜しくもメジャー契約ならずということで報じられましたが、実際は挑戦と決まった時からMLB全球団は江夏を獲得せず、と決まっていたようです。
※その30年の間に日本プロ野球史上最悪害人の呼び声高い、ジョー・ペピトーン事件もありましたし。MLBは日本人を獲得しない、日本プロ野球もMLB選手の移籍に背を向ける、そういう両国野球界の冷戦期にも含まれています。その意味では名の知れた日本人選手のMLB挑戦での最大の被害者は、あの江夏豊だったのかもしれません。

野茂にしても後の伊良部にしても、その後の評価はあくまでもMLB移籍後の成績で決まったと言えばいいでしょうか。野茂はセンセーショナルな序盤の活躍は見せたものの、MLBでの通算勝利数が少なすぎたので野球殿堂には入れなかった(日本のものには入れましたが)。一方伊良部は結局MLBでの評価が”太ったヒキガエル”以外聞かれない、鬼籍に入った方に言うセリフではありませんが、MLBにとって存在自体が”なかったこと”に値する評価だったわけです。

入札制度で移籍し活躍したイチロー、FAで移籍して数字的評価は大きくないが何しろあのヤンキースの主力として記録も記憶も残した松井秀喜、この両名が移籍する以前までの日本人のMLB挑戦は、不遇というしかないかもしれません。それ以降の選手も投手はそこそこ当たりがありますが、打者についてはほぼ総崩れの現状では、MLBにとって日本人で必要なのは”投手”なのかもしれません。

長文失礼しました。ただ1つだけ付け加えるなら、野茂の前にMLBに移籍した選手、移籍しようとした日本人選手は実は数多くいたということ。ただその中で唯一の成功例が村上雅則投手だけだったので、その間の30年を空白期間とみられるのかもしれませんが。

前の回答者様の言う、マッシーこと村上雅則投手がサンフランシスコ・ジャイアンツに在籍していますね。

ただ野茂英雄投手については、MLBに挑戦というより、当時の状況ではMLBに”行かざるを得なかった”という問題があります。近鉄とトラブル(今では当たり前の代理人交渉を近鉄が拒否。何しろ近鉄にとって選手=社員程度の扱い)になって他球団への移籍は出来ず、かといってクオリティの低い他国リーグへの移籍も出来ない。行き場がMLBしかなかった、という事情があります。近鉄はあれだけの成績を収め...続きを読む


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