2011年に東日本大地震において甚大な被害を出し、その被害や精神的な苦痛はまだまだ癒えて居ません。
その甚大な被害において日本の仏教界はどのような支援や救済をしたのですか?

私には日本仏教界は国内で一番人気のある「信者の多い」東西本願寺や総国分寺である東大寺、大乗戒壇に奔走した最澄を起源とした比叡山延暦寺が大震災に対し宗派を挙げて救済、支援に乗り出したとは寡聞にして聞きません。

日本キリスト教や神道各派も同様かもしれませんが、日本仏教は衆生の救済をするが為に存在しているのではないのでしょうか?
私には日本仏教が葬式、観光にて生きながらえている資本主義にしか見えず、全く理解出来ません。
お経は常人には全く理解出来ず、ワザと難しくして有難がらせているのではないかと勘ぐってしまいます。
偉い坊さんが付き人を連れて法要しているのを見ても、浄土真宗が親鸞の血脈を誇っているのを見ても全く偉いとは感じません。
釈迦の時代の個人の解脱を目指す仏教とは大きくかけ離れているのは理解していますが、衆生の救済をするはずの大乗仏教がこの体たらくであるのが腹立たしいです。

これでは日本仏教の凋落は必然ではありませんか?

過去、大和国を支配した興福寺、激烈な信徒を抱えた日蓮宗、天才空海が始祖の真言宗、莫大な寄進がある成田山新勝寺は大震災に対し一体何をしているのですか?救済しないのでしょうか?

私の曲解や間違い、言葉足らず、不知は良く解っていますが特に仏教関係者からの意見をお伺いしたいです。

質問者からの補足コメント

  • 申し遅れましたが私は日本仏教を毛嫌いしている訳ではありません。日本仏教は日本型の進化を遂げ、大乗仏教の更に先を行っていると認識しています。
    各宗派に対し奮発して頂いたらって思うのです。私は過去に永平寺にて若い僧が一生懸命に修行している姿も見ています。
    ただ、今現在の日本仏教の姿は誤解を招きやすいと思います。その最たる物が伝統を糧とした観光仏教や多額な葬式代であり、戒名に価格がある事だと思います。
    東日本大地震に対して多大な支援や救済をしているのは解りました。しかし、それに世間一般の認識は無いのではないでしょうか?
    浄土真宗を広く広めた蓮如の真似をしろとは言いませんが、もう少し現世での救済に突っ込んで、なおアピールもしてみてはいかがでしょう?

      補足日時:2017/05/14 21:45

A 回答 (8件)

>日本仏教は衆生の救済をするが為に存在しているのではないのでしょうか?



浅はかな考えです。

こうした大規模災害を背景に、宗教的持論を持ちだす事は構わないが、良く考えて欲しいのは
一時的なものと、根底にあるものとを良く分けて考えて欲しいという事です。

宗教の本来の目的、、、民衆の救済にあります。これは、仰られている通り。
しかしながら、何からの救済をするのか、、、これは、ただ単に表面的な事柄に手を差し伸べれば
良いと言うわけではない。

確かに、日本全国、もしくは東日本は発生当初パニックになっていたのも事実で、復興、復興と叫び
ながら未だに完全には復興していなことも事実です。物質面だけではなく精神的障害を患ったり、何ら
かの変調を訴えたりした人も少なくは無いでしょう。また、震災後風評被害により、言葉による暴力を
浴びせられ、人生を狂わされた人々もおります。
こうした事は、何も東日本大震災だけではなくて、先の阪神淡路大震災、熊本地震も同等だと思います。

そんな中で、そうした自然災害と宗教の在り方として一番大事な点は、『正しい法のキチンとした認識』
にあるのですよ。
そうした災害を受けてしまう、大変な思いをしてしまう、どうしようもない事態にさらされてしまう。

何故、、、そうなんだ??

という事なのです。

私は、当日、間一髪で救われた人間の一人です。本来ならば、相馬市で津波に巻き込まれていたかも知れません。
その日の朝、小名浜のコンビナート付近で仕事をしていました。その後、相馬市に向かう途中で、一枚のメモ
により急きょ内陸にある田村市に向かいました。そこで地震が起きたのです。

そうした、チョットした事かも知れませんが、そのメモがあったおかげでその後の人生が大きく変わってしまう
様な事は、人それぞれの人生において良くあることだと思います。縁と言おうか、業と言おうか、そうした自分
自身の身の上に起きてくる事象を乗り越えて、本来の人間の目的に生きる事こそ、本来は宗教の持つ目的なのです。

そのためにも、先ずは『何が良くて何が悪いのか』を正しく認識して、自らを改め、『善』に生きる事こそ必要
な事なのです。それこそ、本来各宗派の僧を始め、政府関係者、民衆が実践しなければならない事なのです。

もちろん、一時的な救済も必要ですし、現に私の所属する団体では会館を開放し、被災者を受け入れ、無償の
ボランティア行為を、阪神淡路大震災より行ってきています。
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この回答へのお礼

了解しました。回答者様のご意見は大変参考になりました。
震災に遭われ全くお気の毒です。

私は「表面でない救済」とはまさに宗教なのだなって思いました。一般的な市民感覚ではその日の暮らし、将来への不安こそが救済であると思うのです。
それこそ物理的な救済なんでしょうが、私には仏教がそれを全力で実施するものだと認識していました。
宗教家というのはまた違った次元で被災者へ救済しているのだということが解りました。

お礼日時:2017/05/14 12:38

現世での不幸に対してこそ宗教家が救済して欲しいと私には感じます。


ご意見ありがとうございます」←天変地異は 未来にもある筈です・・

それに 死は必然的なもの・・

だから 人の死が 何で在るのかが理解出来ればイイだけ・・
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この回答へのお礼

遺族からすると中々納得するのは大変だと思います
時間もかかるし、時間が掛かっても解決するかは解らないですよね

お礼日時:2017/05/17 11:25

とにかく 日仏連は堕落している事は承知の事実です


日本人が無宗教なのは この僧侶の堕落が原因です

何がああっても 寺にこもるだけ 何もしない

くだらない 修行で直ぐ僧侶になれるんだから
無知 無学があたりまえ 
まともに経典の講義や説法 ができる 僧侶など
見た事ない
瀬戸内じゃくしょう みたいな エロババアがなれるんだから
その堕落ぶりはお分かりでしょう

冠婚葬祭で金を取るだけ

昔の僧侶は 学識 見識があり 地域のよき相談相手だった
今は形式 格式 ド派手なコロモに でかい態度に高級車

こうさせた責任は 我々にもあります 心当たり ありませんか

少しは東南アジア諸国の僧侶を見習え と言いたい
彼等は質素そのものだ 小乗教ながら 皆から尊敬されている
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この回答へのお礼

日本仏教はそこまで堕落しているのですか??(゚∀゚)

お礼日時:2017/05/14 17:16

佛教は外の世界を作り変えることを教えていません。

自分の内面世界を変えることを説いています。
衆生済度といっても大変だと、おっとり刀で現場に駆けつけなければならないということになりません。
しかし、外界も自分の目に映じ自分の内なる世界でもあるのですから、それなりの救済活動があってしかるべきでしょうね。
坊さん方も当然何がしかの対応を取られたのだと思いますよ。
でも、聖職者がこれ見よがしにここが布教のチャンスと目立つように入っていくというのも胡散臭さを感じます。

しかし、まあ、亡者しか相手にしていないような佛教者はけしからんといえばけしからんね。
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この回答へのお礼

解りました
世の中には自己中心的なエセ宗教家が存在するという事かもしれませんね

伝統仏教がそのような物ではない事が理解出来ました

お礼日時:2017/05/14 12:43

其処では無いからです・・



宗教が 震災被害や他の災害の度に 毎回 何かを しなきゃ いけないのか?

するべき所は 其処では無い・・

イエスキリストだって言ってる「死人の事は死人に任せろ」・・と・・

この意味を知れば納得出来る・・(意味をキチンと理解しないと間違えるよ・・)
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この回答へのお礼

中々難儀です。
現世での不幸に対してこそ宗教家が救済して欲しいと私には感じます。
ご意見ありがとうございます

お礼日時:2017/05/14 12:48
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先の回答者様も書かれておりますが、質問者様は仏教に関して根本的な誤解を持ってるようにみえます。


曲解や間違い、不知を良く解っているつもりで解ってないかと。
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この回答へのお礼

うーむ、解ったような解らんような気です

お礼日時:2017/05/14 10:43

仏教関係者じゃなく学もないのですが


お書きの宗教が、日蓮宗以外、来世救済主義の宗派ばかりがそぞろな気がするのですが。
現世利益は、各宗派にたいしてお門違いな要求では?
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この回答へのお礼

解りました
参考にします

お礼日時:2017/05/14 10:39

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