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ドイツ語の古典を読もうと思ってドイツ語勉強中の者ですが、不定代名詞とは何か、というか、何が不定代名詞なのか、が良く分からないので質問します。

1.man, jedermann, jemand, niemand, etwas, nichitsあたりが不定代名詞の代表選手らしいのですが、それ以外で、allerとか、vielだとかwenigも不定代名詞らしい。welcheとかkeinerはどうなのか。はたして、不定代名詞を全部列記すると何になるのでしょうか。それとも全部を列記する事は出来ないのでしょうか。

2.あるソースによると、不定代名詞と思えるeinem(m3)とか eines(n 1)などは、不定限定詞という名前が着いています。不定代名詞と不定限定詞はどう区別されるのでしょうか。また不定限定詞はリストアップ可能でしょうか?

3.manが不定代名詞で、der Mannが名詞であることを考えると、jedermannはなぜjedermanではないのか、語源的なぎもんが生じます。jedermannがなぜ男性だけを示す語形になったか、ご存じの方がいらしたらご教示ください。

どれか一つでも良いですので、ドイツ語にお詳しい方よりアドバイス頂けると有り難いです。

A 回答 (3件)

便宜上、2番目の質問から始めます。


「不定限定詞」という用語は、ドイツ語の文法では使いません。
ほかの言語でもほとんど聞きません。
英語などで「限定詞」という場合、それは名詞の前に置かれてそれを修飾し、
名詞の意味を明確にする語を指します。
http://www.efjapan.co.jp/eigo-resources/english- …

some booksというときのsomeは、booksを限定するものの、漠然とした数(不定)です。
someが単独で使われる場合は、不定代名詞ですが、
名詞の前に置かれて形容詞的に機能する語を限定詞という呼ぶので、
「不定限定詞」という言い方をするなら、それは、
「不定代名詞の形容詞的用法によって名詞を限定する」ということになるはずです。
検索で調べてみましたが、ウィキペディアの「ドイツ語の文法」を御覧になったのでは?
もしそうなら、einerだけを不定代名詞から区別するようなその記述は誤りです。
日本語で書かれたドイツ文法にしろ、ドイツ語で書かれたドイツ文法にしろ、
不定代名詞の項目でeinerを特別な機能として定義しているものはありません。
私は日本語版のウィキペディアを全く信用していませんが、
その記事の代名詞の冒頭の説明からして不適切ですね。
ドイツ語文法ではなく、英語文法の考え方で書いているようですし、
量もわずかで、10年前から更新されていません。
「不定代名詞の形容詞的用法」ということなら、ほかの不定代名詞もそういう用法が可能です。
不定代名詞(Indefinitpronomen)の多くは形容詞的な用法が可能で、
ドイツの文法では、そういう用法で使われた不定代名詞を、冠詞類(Artikelwörter)として記述することもあります。
単独で不定代名詞として使うなら、
Jedes ist gut.(どれも良い)/ Alles läuft perfekt.(全て完璧に行く)のようになり、
冠詞的(形容詞的)に使うなら、
Jedes Buch ist Abenteuer.(どんな書物も冒険である)/ Alle Leute laufen davon.(全ての人が走り去る) のような形になります。
通常、どちらの用法の場合も、「不定代名詞」という呼称で通しています。

「何が不定代名詞かわからない」という御質問は、
この「不定限定詞」という妙な用語による混乱からきているのではないかと思いますが、
不定代名詞というのは、不特定の人、物、概念などを表す語で、それほど難しいことではありません。
ただ、先ほど書いたように、単独で代名詞として使う場合も冠詞的に使う場合も不定代名詞と呼ぶため、
それもわかりにくい原因の一つになっているかもしれません。

どういう語を不定代名詞と定義するかや、その意味や機能による下位区分は、
ドイツの文法でも統一されていませんので、列記される語も文法書によって異なると思います。
日本の文法書では、まず人を表す不定代名詞として、man, einer, keiner, jemand, niemand, jederman、
ものを表す不定代名詞として、etwas, nichts などがまず挙がります。
人を表す不定代名詞には、さらにirgendwer, irgendjemandなどがあり、
ものを表す不定詞にもirgendwasなどがあります。
人を表す不定詞には、「誰かのような人(達)」を表す、-gleichenで終わる語もあります。
これは、すべての人称で作成できるので、
meinesgleichen(私のような人、誰か)deinesgleichen, seinesgleichen, ihresgleichen,
unseresgleichen, euresgleichen, Ihresgleichenとなり、次のように使います。
Seinesgelichen findet man nirgendwo.(彼のような人はどこにもいない。)
人、物、両方に使えるものもあります。たとえばall-ならば、
Alles ist vorbei.(全ては終わりだ)/ Alle waren freundlich.(みな親切だった)のように使います。
このようなタイプの不定冠詞を含め、以下のような不定冠詞がまだあります。
alle, andere, beide, einige, etliche, irgendein, irgendwelche, jeder, manche, mehrere, sämtliche, viele, welche, wenige
(sämtlicheは、基本的に冠詞的用法が主となります。)
口語では、irgendwerやetwas, irgendwasを、wer, wasと短く言うので、これも入ります。
また、文法書によっては、単独で使わない語も不定代名詞として挙げていることがあります。
allesamt, ein bisschen, ein wenig, ein paarなど。
これらを不定代名詞としてとらえるのは少しわかりにくいかもしれませんが、副詞的な用法ということになります。
Die Tests sind allesamt gut verlaufen. テストはどれもみな順調に経過した。
Ich habe noch ein wenig Geld. 私は、まだ少しお金を持っている。

文法書によっては、alle, jede, mancheなどを「不定数冠詞」として冠詞の章で扱っています。
以上のように、単独で使う場合も、形容詞的、冠詞的に使う場合も不定冠詞と呼んだり、
冠詞類の一種として扱ったりするところは、わかりにくいと言えるかもしれません。

回答No.2に続きます。
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この回答へのお礼

なるほど、日本語のWikipediaはやはり問題が多いです。

私は、Wikipediaと東京外国語大学(TUF)のドイツ語モジュールと、京大の法学部の先生が個人的に書いているサイトをよく見るのですが、ドイツ語に関してはWikipediaの日本語サイトは観ないことにします。

ドイツ語を学ぶにはドイツ語のサイトが良いに決まってると思うのですが、まだドイツ語の理解力が怪しいので、ドイツ語でドイツ語に関して読むのはもう少し先かなと思っています。

信憑性に確証がないネット上の情報は観ないで、古典的な関口存男の文法書でも購入した方がよいでしょうかね?
なにか一つ、最後に戻ってくるべき文法書があると安心ですよね。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2017/08/27 23:43

>古典的な関口存男の文法書でも購入した方がよいでしょうかね?


>なにか一つ、最後に戻ってくるべき文法書があると安心ですよね。

関口存男はさすがに古すぎます。用語にも奇怪な造語が多く、
独訳の問題文にも滑稽なものが多く、独訳の例も使えないものがたくさんあります。
一度も海外へ出ず、文献のみで研究した人なので、今でも評価する人はいますが、
現代に実用になるドイツ語習得には向きません。
大著が多いのですが、講話のような内容で無駄話も多く、
Frakturという旧字の活字のものもあります。
すでに著作権が切れているので、ダウンロードできるところがいくつかあります。
特にお勧めはしませんが、一応有名なものなので、保存しておくのもよいかとは思います。
私もダウンロードしてはありますが、使ってはいません。
一部、なぜかアダルトの広告が出てしまうサイトがあるので、
リンク先はすべてプロフィール・ページの方に張っておきます。
用が済みましたら削除します。

文法書は、やはり複数必要と思います。初級の文法書を既にお持ちなら、
中級の充実したものを2~3冊。私も最近、確認したいことがあって1冊買い足しました。
ただ、辞書も文法書も、最終的にはドイツのものを見ないと細かいところ、
微妙なところがどうしてもわかりません。ドイツのものは何冊も見ています。
辞書では、現在入手困難ですが、白水社の『ドイツ語不変化詞辞典』が手放せません。
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この回答へのお礼

有難うございます。
早速、新ドイツ語大講座をダウンロードさせていただきました。

白水社のドイツ語不変化辞典は、1975年に購入し、死蔵していたものが蔵書にありました。ほとんど使用した形跡がありません。カビ臭いですが、使ってみようと思います。

文法書に関しては、「中級ドイツ語のしくみ」清野智昭著をネットで注文しました。書評が良かったのと、検索型ではなく、読み物風の書物が良いとおもったからです。

今回も大変貴重なアドバイスを頂きありがとうございます。

頂いた情報をできるだけ活用して、「ドイツ語が読めるようになる」という目標を実現したいと思います。

お礼日時:2017/08/28 08:30

jedermannの-mannですが、manと(der) Mannの語源は同じです。


Mannは、今はもう男性の意味しかありませんが、最初はただ「人」を表しました。
古高ドイツ語と中高ドイツ語のmanにはまだ「人」「人間」の意味が所々残っているそうですが、
その意味はmanの方に残り、Mannは男性の意味に限られてきます。
語源の解説は非常に込み入っていて理解しにくいのですが、
「人」「人間」を意味する古インド語のmánuh(人)や、
タキトゥスがゲルマン民族の祖である神の名前として書いている、
ゲルマン祖語*mannan-由来のラテン語Mannusと関連があるとのことです。
ヨーロッパ諸語の同義語の大部分の語源と考えられているのが印欧祖語の*manu- もしくは*monu-ですが、
nの数の違いは、ゲルマン祖語と印欧祖語の間での違いと関係があるように見えます。
そして、これらの語源として考えられているのは、印欧祖語の*men(ə)-ですが、*men-の可能性も考えられています。
*men(ə)-の方は、「考える」「興奮している」などの意味で、mahnenなどもこれが語源とされますが、
こちらに従って、「考える者」というのがMannの原義という説明が主です。
もう一方の*men-は、「突出している」「そびえ立つ」の意味で、
こちらに従った場合は「そびえ立つ者」「直立して歩く者」という意味になると推測されています。
そしてこれは、「山」を意味するラテン語のmōnsが語源とのことなので、
そうなった場合、英語のmountainと語源が同じということになります。
jemandやniemandの中のmanも、「人」を表すmanが入っていることになりますが、
jedermannの-mannも元の意味である「人」「人間」であって、「男」の意味は入っていません。
こちらになぜnが二つ残ったのかまではまだ調べていませんが、
男女平等がうるさくなってきて、女性を考慮すべき微妙な状況では避けられるようになったということです。
こういう傾向は1970年代から始まっており、
たとえば、「学生たち」というときに、男性形Studentの複数形Studentenではなく、
間に大文字のIを挟んだ die StudentInnen という綴りや、
動詞studierenを名詞化した die Studierenden を使う習慣は数十年前からあります。
jedermannも、それに相応する女性形jedefrauという語が作られたそうですが、
私がドイツ語圏にいた頃は一度も聞いたことがなく、比較的最近のことかもしれません。
Dudenなどの辞書にはすでにjedefrauが収録されているということです。

参考
Mannの語源
http://www.wissen.de/wortherkunft/mann
https://www.dwds.de/wb/Mann
jedermann
https://www.korrekturen.de/beliebte_fehler/jeder …
~~~~~~~~~~~~~~~
knowledge, intelligence, wisdomの質問も拝見していたのですが、
仕事で時間がなく、投稿はできませんでした。牽強付会には困ったものです。
この質問とは関係ないのであまり書きませんが、部分集合にはならないと思います。
intelligenceは、知識をつなげて活用する「知力」と考えます。
良いか悪いかには関係なく、ITの知識を豊富に持っているものが、
それを巧みに活用する知力を持ってウィルスを作成したりハッキングを行ったりする場合も、
intelligenceの内に含まれると考えます。wisdomは、そういうことをしても良いことはない、
と判断する賢明さでしょう。
普通、knowledgeとwisdomの比較は割とありますが、intelligenceはあまり比較されないような気がします。
ドイツ語ではWissenとWeisheitですが、ドイツのテレビで放送した『西洋の思想家たち』という
対談番組のシリーズでは、その1回がWeisheitに当てられていて、Wissenとの違いを語っていました。
ここで最初にWeisheitの例として挙げられているのが、ブレヒトの戯曲『コーカサスの白墨の輪』です。
戦乱のさなかに親と離れ離れになってしまった子供を育てた女性と、
血のつながった母親が、自分こそが母親であると主張し、
裁判官は、白墨で引いた輪の中に子供を立たせ、二人に子供の手を引かせます。
育てた方の女性は、子供が裂けてしまうことを恐れて途中で手を離してしまいますが、
裁判官はそれを以て、育てた女性を本当の母親と言い渡すものです。
現代ならば、DNAで判定し、法律の知識を活用すれば、実の母親が確実に勝利しますが、
こちらはintelligenceという知力の範囲と私は考えます。


聞きとりにくければ、文字に起こした書籍もあります。
以下、回答する時間があればと思って見つけておいたサイトだけ紹介しておきます。
間に合わなかったので、私はほとんど読んでいません。

Information, Knowledge & Intelligence
https://philosophynow.org/issues/98/Information_ …

knowledge
http://www.iep.utm.edu/knowledg/

wisdom
https://plato.stanford.edu/entries/wisdom/

教育の観点からは、下のような図を多く見かけました。
http://ritholtz.com/wp-content/uploads/2010/12/u …
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この回答へのお礼

大変興味深いサイトをご紹介いただき、有難うございます。

私のドイツ語力ではまだ聞きとれませんが、このDenkers des Abendlandesを覚えておきます。名前も素敵ですしね。


Information, Knowledge & Intelligenceに関しても有難うございます。
私の問いと同じ問いが他所でも議論されていると思うと、なんか嬉しいです。

ご紹介いただいた図ですが、この図上にintelligenceを位置づけたらどうなるのか、興味津々です。
でも、部分集合の関係にはなさそうですね。相互になにが差分となっているのか、問題意識を持って考えてゆきたいと思います。

DNA鑑定よりも、人間の英知による判定の方が「より良い」感じがしますね。
真実よりも良い判断があるという事が、哲学など人文科学を学ぶ動機になります。

重ね重ね御礼を申し上げます。

お礼日時:2017/08/27 23:57

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と思います。

Qドイツ語の"r"の発音(後に母音が続かない場合)

ドイツ語初心者です。標記の件について、ずっと疑問に思ってきたことを質問します。
ドイツ語で、後に母音が続かない場合の"r"の発音の仕方は、どうも二種類あるようです。

(1)日本語の「ア」に近い発音の場合。
(2)日本語の「ル」に近い発音の場合。

手元のドイツ語の入門書には、ところどころカタカナで発音の補助が書かれています。
(できるだけこのカタカナには頼らないようにしていますが、この"r"の場合は無視できない問題のようですので)
それで、今まで勉強してきた中で、「ア」に近いとされている場合、「ル」に近いとされている場合を、集めてみました。それらについて、辞書にある発音記号も一緒に記します。
(発音記号中の記号"´"は、アクセントを意味します。)

(1)「ア」に近いとされる場合
der[der] →「デア」(×「デル」?)
Arbeit[´arbait] →「アァバイト」(×「アルバイト」?)
sterben[´∫tεrbәn] →「シュテァベン」(×「シュテルベン」?)
er[er] →「エア」(×「エル」?)

(2)「ル」に近いとされる場合
entfernt[εnt´fεrnt] →「エントフェルント」(×「エントフェアント」?)
lernen[´lεrnәn] →「レルネン」(×「レアネン」?)

これらの違いは、何なのでしょうか。何か規則性はあるのでしょうか。また、それぞれの一番右に()内に書いたように、例えばderを「デル」のように、lernenを「レアネン」のようには言わないのでしょうか。

よろしくお願い致します。

ドイツ語初心者です。標記の件について、ずっと疑問に思ってきたことを質問します。
ドイツ語で、後に母音が続かない場合の"r"の発音の仕方は、どうも二種類あるようです。

(1)日本語の「ア」に近い発音の場合。
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それで、今まで勉強してきた中で、「ア」に近いとされ...続きを読む

Aベストアンサー

その入門書のカタカナ表記はまずいですね。

rの発音は、舌先を震わせる方法もありますが、
口蓋垂(のどひこ)を震わせる発音の方が標準なので、
舌の動きの阻害ということでは説明できません。

日本語でドイツ語のrを表記するときは、
「ル」か「ア」のどちらかにするのが習慣ではありますが、
「発音がルに近いか、アに近いか」という分け方は無理です。
正しいのは、rが「子音として発音される」か、
または「母音化するか」という区別の仕方です。

「子音として発音される」というのは、つまり、
口蓋垂を震わせる「ルルル・・・」という音です。
基本的には、r+母音のときにのみ、このような子音として発音され、
母音+rで終わる場合や、母音+r+子音の場合のrは母音化されます。
母音化されたrをすべて「ア」で書き表すことに無理があり、
「ア」と書くと不自然な場合や読みにくい場合に「ル」と表記することが多いので、
カタカナ表記だけを見ると「ア」と「ル」の2種類があると錯覚します。
どちらのように書かれるか(聞こえるか)は、後続の子音の種類とは関係なく、
rの前の母音の種類によります。

Arbeitのrは、子音のrとしては発音されず、母音化されますが、
「アァバイト」「アーバイト」ではありません。
もしどうしてもカタカナ表記をするなら、「アウバイト」の方がまだ少しマシかもしれません。
ar, er, ir, or, urのいずれの場合もrは母音化されますが、
これらが語末ではなく語中にあるとき、それを「ア」と表記してもおかしくないのは、erとurの場合で、
erlauben「エアラウベン」やUrlaub「ウアラウプ」なら問題ないのです。
しかし、irgendを「イアゲント」と表記して、
日本語の「ア」のように口を広げて発音されては困りますし、
Dorfを「ドアフ」、vorneを「フォアネ」と表記するのも適切ではありません。
なので、「イルゲント」「ドルフ」「フォルネ」を書くことになるのですが、
この場合もrはのどひこを震わせる子音のrではありません。

この点で、お使いになっている入門書は中途半端で、
Arbeit「アァバイト」 sterben「シュテァベン」
entfernt「エントフェルント」 lernen「レルネン」
と書いてあるそうですが、「アァバイト」「シュテァベン」という書き方をするのであれば、
ほかの二つも「エントフェァント」「レァネン」と表記すべきです。

母音+rが語末にある場合は、どの母音の場合も「ア」と考えて大体問題ありません。
-ar: Nachbar ナッハバー
-er: Lehrer レーラー
-ia: Safia ザフィア
-or: hervor ヘアフォア
-ur: Merkur メルクーア

derやerは、標準語の会話では「デア」「エア」で、
原則として「デル」「エル」とは発音されません。
ただし、演劇や音楽の歌唱などの場合の「舞台語」としての発音では、
「デル」「エル」と発音されることがありますし、
地方によってはrの母音化が少なく、子音として発音されることが多くなります。
また、標準語の会話でも、何らかの理由で強調したい場合、
ふざけて言う場合、電話などで声が聞こえにくい場合、
住所、氏名などの綴りを正確に書き取ってもらいたい場合などに、
通常母音化されるrを子音として「ルルル・・・」と発音することはあります。

それから、アクセントのない前綴りとして出てくるer-や-er-は、
速く、軽く発音される場合は、「エア」よりも、ほとんど単母音「ア」のように聞こえます。
(もちろんこの場合も日本語の「ア」ではなく、もう少し曖昧な「ア」です。)
erlauben エアラウベン → アラウベン
verlaufen フェアラウフェン → ファラウフェン
zerbrechen ツェアブレッヒェン → ツァブレッヒェン

実際の発音を聞いた方がよいので、動画を二つ紹介しますが、
母音化の分け方が両者の間で少し違っています。

最初の動画では、短い文の中のrのどれが子音として、
どれが母音化されて発音されるかを説明しています。
(説明の部分は聞くのがまだ難しいと思うので、発音だけ聞いてください。)
母音化されたrは[ɐ]という発音記号で書かれています。
[r]の発音になっているのは、r+母音になっている2か所のみ、
RobertのRoと、Tanzpartnerinのrinだけです。

Robert hat sich am Fuß verletzt.
Wirklich? Beim Sport?
Im Tanzkurs. Er ist seine Tanzpartnerin über die Füße gestolpert.
Der Arme!
ローベルトは足を怪我したんだって。
本当? スポーツをしているとき?
ダンス教室でよ。パートナーの女性の足につまづいたの。
かわいそうに。
https://www.youtube.com/watch?annotation_id=annotation_201062565&feature=iv&src_vid=LBqBSbNya1k&v=kQ69R8MWf90

上の動画の説明を見る限り、子音として発音されるのはr+母音のときのみということになります。
これは、ほかの発音に関するドイツ語による説明の多くでもそうなっています。
しかし、次の動画では、a+rの場合と短母音+rの場合は、
rは母音化されるのではなく、弱い子音のrという説明です。
その例としては、wahr, Bart, fertig, Geschirr, Wort, Wurst, wärmen, störrischなどが挙げられています。
これは、どちらが正しいということではなく、どちらもあり得ると思ってください。
実際にドイツ語圏でいろいろな人と話すと、発音は様々です。
この動画も、説明の部分は理解できなくてもかまわないので、
単語の綴りと発音を聞いてください。
なお、ここでは発音をよりよく理解するために、
辞書に書いてある発音記号とは違う表記をしていると前置きしています。
https://www.youtube.com/watch?v=KGstphq2sLo

その入門書のカタカナ表記はまずいですね。

rの発音は、舌先を震わせる方法もありますが、
口蓋垂(のどひこ)を震わせる発音の方が標準なので、
舌の動きの阻害ということでは説明できません。

日本語でドイツ語のrを表記するときは、
「ル」か「ア」のどちらかにするのが習慣ではありますが、
「発音がルに近いか、アに近いか」という分け方は無理です。
正しいのは、rが「子音として発音される」か、
または「母音化するか」という区別の仕方です。

「子音として発音される」というのは、つまり、
口蓋垂を...続きを読む

Qドイツ語のgeräumigの読み方を教えて下さい。

私の創作である江戸系ファンタジーの漫画のため、参考です。

Aベストアンサー

geräumigの読み方を日本語表記するなら「ゲロイミヒ」です。
「ゲロイミク」は方言の発音。

ただ、一つ前の「広美」の質問に来た回答を見て尋ねているのなら、geräumigは使えません。
geräumigは、部屋とか箪笥の中などの空間が十分広いときに使う言葉です。
あそこに書いてあることは、たぶん先に日本語の文を書いてから機械翻訳にかけたものでしょう。
geräumige Stimmungなどという言い方も普通はしませんが、
使うとしても、それは、ある部屋に入った時に「広く感じる」という意味にしかなりません。

「広美」というのが名前なら、普通は「広」と「美」の間に修飾関係はあまり感じないので、
単純に「広くて美しい」という意味でしょう。
この二つを同時に表現できる一語というのはないので、
そのまま「weit und schön」とするしかないです。
もしあえて修飾関係で訳すなら、風景の描写のしかたとして、

広大な美 weite Schönheit
美しい広大さ schöne Weite

のような言い方は可能です。

「広大な美 weite Schönheit」の使用例
砂漠の広大な美
(die) Weite Schönheit der Wüste
自然の広大な美
(die) Weite Schönheit der Natur

「美しい広大さ schöne Weite」の使用例
https://www.tripadvisor.fr/LocationPhotoDirectLink-g60627-d6665723-i222000795-Waimea_Canyon_State_Park-Waimea_Kauai_Hawaii.html

日本の名前を紹介するドイツのサイトで「hiromi」を引くと、
「広」の訳にgroßやausgedehntが出ていますが、
großは「大きい」という意味なので、意訳としてしか使えません。
たとえば、große Schönheitと言えば、「偉大なる美」という意味にもなり得るので、適切ではないでしょう。
ausgedehntという語は、一応「広い」という意味で使えますが、
ずっと先まで「伸びている」というニュアンスの「広さ」です。
風景の描写にも使うことはありますが、
このausgedehntをSchönheitと組み合わせてausgedehnte Schönheitとしてしまうと、
これは、タトゥー(刺青)のデザインに関して使われることが多いのでやめた方がいいです。

ausgedehnte Schönheit(タトゥー)
https://www.google.co.jp/search?q=%22Ausgedehnte+Sch%C3%B6nheit%22&hl=ja&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwia_8-8gejVAhWBzbwKHRLFCtEQ_AUICigB&biw=1829&bih=914

geräumigの読み方を日本語表記するなら「ゲロイミヒ」です。
「ゲロイミク」は方言の発音。

ただ、一つ前の「広美」の質問に来た回答を見て尋ねているのなら、geräumigは使えません。
geräumigは、部屋とか箪笥の中などの空間が十分広いときに使う言葉です。
あそこに書いてあることは、たぶん先に日本語の文を書いてから機械翻訳にかけたものでしょう。
geräumige Stimmungなどという言い方も普通はしませんが、
使うとしても、それは、ある部屋に入った時に「広く感じる」という意味にしかなりません。

「広美...続きを読む

Q広美と言うドイツ語はありますか?

単語でもなんでも構いません。

Aベストアンサー

geräumige Stimmung mit entspanntem リラックスした広々とした雰囲気
schöne うつくしい
∴geräumige Stimmung mit entspanntem und schönem リラックスして広々とした雰囲気でうつくしい

Hiromiはリラックスして美しいと広々とした気分を意味する、私の親愛なる親によって最高の貴重な贈り物として命名された。
➡Hiromi bedeutet geräumige Stimmung mit entspannt und schön, die von meinen lieben Eltern als das beste kostbare Geschenk benannt wurde.

Qドイツ語について教えてください。 heiβen は自動詞と他動詞がありますが、 自動詞の意味が、とい

ドイツ語について教えてください。


heiβen は自動詞と他動詞がありますが、
自動詞の意味が、という名前である
と書いてありました。
なぜこれは、目的語をとるにも関わらず、自動詞になるのですか?

Aベストアンサー

前の人がリンクを張っているWiktionaryの日本語版はまちがいが多いので、参考にしないでください。

heißenは、自動詞、他動詞両方の用法があります。
「~という名前である」という意味の場合、「名前」は目的語ではなく主格補語です。
英語のSVCのCと同じで、S=Cの関係になり、格は1格です(目的語なら4格です)。
つまり機能としては、sein動詞を使う場合と同じです。

Ich bin Peter. 私はペーターです。(主語+自動詞+主格補語)
Ich heiße Peter. 私の名前はペーターです。(主語+自動詞+主格補語)

このように、動詞heißenで結ばれたものが同一で、「~は~という名前である」という意味のときは、
「名前」の部分は目的語ではなく、heißenは自動詞です。
人の名前とは限りません。

“Berg” heißt auf Japanisch “yama”. 「Berg」は日本語で「山」と言います。

下のように、補語なしで使うこともできます。

Er heißt nach seinem Großvater. 彼はおじいさんの名前をもらった。
(彼は、彼の祖父を元にして名乗る、の意)


主語が表している人が、別の人を「~と名付ける」という場合は、
nennenという動詞を使い、これは他動詞ですが、
この場合も「名前」ではなく「名づける相手」が目的語です。

Wir nennen unseren Sohn Peter. 私たちは息子をペーターと名付ける。
(目的語:unseren Sohn)

heißenという動詞も、かつてはこのnennenと同じ意味で使われていたので、その場合は他動詞です。

(古)Wir heißen unseren Sohn Peter.

現在、heißenをこれと似た様な意味で使うのは、「名前を付ける」場合ではなく、
「~を~と呼ぶ」という意味で使うときで、文体としては高尚な表現になります。

Das heiße ich Mut. これが勇気というものだ。
(これを私は勇気と呼ぶ、名づける。heißenは他動詞、dasが目的語。)

heißenという動詞には、ほかにもいろいろな意味があり、やはり自動詞、他動詞どちらにもなり得ます。


自動詞としての用法

「~という意味である」「~ということである」
Erwachsen werden heißt Verantwortung übernehmen.
大人になるということは、責任を負うということだ。
Was soll das heißen?
これはどういう意味だ?(これはいったいどういうことだ?)

「すなわち」「つまり」
Morgen ist Sonntag, das heißt, ich kann endlich ausschlafen!
明日は日曜日だ、つまり、やっと好きなだけ寝られるということだ。

非人称の主語esとともに「~と言われている」
Es heißt, dass er krank ist.
彼は病気だそうだ。


他動詞としての用法

「命ずる」(高尚な表現、日常的には使わない)
Er hieß mich stehen bleiben.(hießはheißenの過去形)
彼は私に立っているよう命じた。


ほかにも用法はありますが、一度に覚える必要はないでしょう。
辞書には、自動詞、他動詞それぞれの意味と例文が載っていますので、
その都度読み返して確認してください。

前の人がリンクを張っているWiktionaryの日本語版はまちがいが多いので、参考にしないでください。

heißenは、自動詞、他動詞両方の用法があります。
「~という名前である」という意味の場合、「名前」は目的語ではなく主格補語です。
英語のSVCのCと同じで、S=Cの関係になり、格は1格です(目的語なら4格です)。
つまり機能としては、sein動詞を使う場合と同じです。

Ich bin Peter. 私はペーターです。(主語+自動詞+主格補語)
Ich heiße Peter. 私の名前はペーターです。(主語+自動詞+主格補語)

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Qインドネシア語の歌詞和訳お願いします! AnjiのTernyata Cintaです。 Ingin s

インドネシア語の歌詞和訳お願いします!
AnjiのTernyata Cintaです。

Ingin sungguh aku bicara
Satu kali saja
Sebagai ungkapan kata
Perasaanku padamu
Telah cukup lama ku diam
Di dalam keheningan ini
Kebekuan di bibirku,
Tak berdayanya tubuhku

Dan ternyata cinta
Yang menguatkan aku
Dan ternyata cinta...

Kau yang sungguh selalu setia
Menemani kesepianku
Menjaga lelap tidurku,
Membasuhku setulusnya

Dan ternyata cinta
Yang menguatkan aku
Dan ternyata cinta
Tulus mendekap jiwaku
Dan ternyata cinta
Yang menguatkan aku
Dan ternyata cinta...

インドネシア語の歌詞和訳お願いします!
AnjiのTernyata Cintaです。

Ingin sungguh aku bicara
Satu kali saja
Sebagai ungkapan kata
Perasaanku padamu
Telah cukup lama ku diam
Di dalam keheningan ini
Kebekuan di bibirku,
Tak berdayanya tubuhku

Dan ternyata cinta
Yang menguatkan aku
Dan ternyata cinta...

Kau yang sungguh selalu setia
Menemani kesepianku
Menjaga lelap tidurku,
Membasuhku setulusnya

Dan ternyata cinta
Yang menguatkan aku
Dan ternyata cinta
Tulus mendekap jiwak...続きを読む

Aベストアンサー

意訳や部分的な言い換えがあります。

Ingin sungguh aku bicara                あぁ、話したい とても
Satu kali saja                      1度だけでも
Sebagai ungkapan kata                 想いの丈を 伝えたい
Perasaanku padamu                   あなたへのこの想いを
Telah cukup lama ku diam                でも ずっと押し殺す
Di dalam keheningan ini                  沈黙という闇の中 
Kebekuan di bibirku, 凍てつく程の沈黙で
Tak berdayanya tubuhku                 唇さえも動かない

Dan ternyata cinta                   それが私の愛だった
Yang menguatkan aku                 愛で私は強くなり
Dan ternyata cinta...                  それが愛だとわかるのよ

Kau yang sungguh selalu setia             あなたはいつも忠実で
Menemani kesepianku                 私の孤独につきあうの
Menjaga lelap tidurku,                 私を眠ったままにして
Membasuhku setulusnya                どっぷり愛で染めあげる

Dan ternyata cinta                   それが私の愛だった
Yang menguatkan aku                 愛が私を強くする
Dan ternyata cinta                   それが私の愛だった
Tulus mendekap jiwaku                 魂の底から抱きしめて
Dan ternyata cinta それが私の愛だった
Yang menguatkan aku                 愛が私を強めるの
Dan ternyata cinta...                  それが愛だとわかるまで

字数を合わせ、歌詞らしくしました。
尚、最初のIngin sungguh aku bicara は、I really want to talkですが、文を倒置化することで、逢いたい気持ちを強めました。
Telah cukup lama ku diamは  I have been quiet for quite some timeですが、沈黙を押し殺して、唇が凍りついて動かない。それほどまでに愛する気持ちが強いことを表現しました。
最後の Dan ternyata cinta...は、And it turns out the love ...ですが、そしてそれが愛だとわかる。。。。とするよりは、.....を活かして、愛だとわかるまでとしました。
想いの丈を強調した意訳の醍醐味が伝わると嬉しいです♡

意訳や部分的な言い換えがあります。

Ingin sungguh aku bicara                あぁ、話したい とても
Satu kali saja                      1度だけでも
Sebagai ungkapan kata                 想いの丈を 伝えたい
Perasaanku padamu                   あなたへのこの想いを
Telah cukup lama ku diam                でも ずっと押し殺す
Di dalam keheningan ini                  沈黙...続きを読む

Qwann ____ Kerstin und Peter in Deutchland? ↓ Morge

wann ____ Kerstin und Peter in Deutchland?

Morgen.Sie ___ heute in Osterreich.

この文の訳と空欄に入るsein動詞の形を教えて下さい。(上の文と下の文は会話文です)

二つ目の空欄はおそらくsindだと思うのですが他のことは全然わかりません、、

クリスティーンとペーターはいつドイツにいるの?

明日だよ。あなた方は今日オーストリアにいるよ。

ですか?(笑)めちゃめちゃな文になっててわからないです。
説明もつけてくれると嬉しいです。お願いします。

Aベストアンサー

sein動詞の現在形の変化は文法書に載っていると思います。

一人称単数 ich [bin](私)
二人称単数 Sie [sind](敬称:あなた)/ du [bist](親称:君)
三人称単数 er/sie [ist](彼・彼女)
一人称複数 wir [sind](私たち)
二人称複数 Sie [sind](敬称:あなたたち)/ ihr [seid](親称:君たち)
三人称複数 sie [sind](彼ら)

単数の名詞がundで並べられているときも、
その全部を合わせて主語とするので、動詞は複数形になります。


Karl ist groß. カールは背が高い。(単数)
Peter ist groß. ペーターは背が高い。(単数)

Karl und Peter sind groß. カールとペーターは背が高い。(複数)

会話の質問の文の主語は「Kerstin und Peter」、二人なので動詞は複数形。
答えの文の「Sie」は「あなた方」ではなく「彼ら」、
つまりケルスティンとペーターのことです。
文の頭だから「Sie」と大文字で書き始めているだけで、
文の途中なら小文字で「sie」と書きます。
文頭の「Sie」は、それだけでは「あなた」なのか「あなたたち」なのか「彼ら」なのかわからないので、
前後の関係で判断します。

質問文冒頭の「wann」は大文字で書き始めましょう。
「Osterreich」の「O」はウムラウトで「Ö」です。打ち方わかりますか?

Wann sind Kerstin und Peter in Deutschland?
ケルスティンとペーターはいつドイツにいるの?
Morgen. Sie sind heute in Österreich.
明日だよ。彼らは今日オーストリアにいるよ。

日本語の会話としてはこれでも少し変に聞こえると思いますが、
初級の練習問題なので直訳にしてあります。
答えの文から考えると、質問の文の実質的なニュアンスは、
「ケルスティンとペーターはいつドイツに着くの・戻るの?」
ということでしょうね。

sein動詞の現在形の変化は文法書に載っていると思います。

一人称単数 ich [bin](私)
二人称単数 Sie [sind](敬称:あなた)/ du [bist](親称:君)
三人称単数 er/sie [ist](彼・彼女)
一人称複数 wir [sind](私たち)
二人称複数 Sie [sind](敬称:あなたたち)/ ihr [seid](親称:君たち)
三人称複数 sie [sind](彼ら)

単数の名詞がundで並べられているときも、
その全部を合わせて主語とするので、動詞は複数形になります。


Karl ist groß. カールは背が高い。(単数)
Peter ist gro...続きを読む

Q次の表現をドイツ語で

摂氏27.5度(27.5 ℃)を、ドイツ語でなんというのでしょうか。
英語は知っています。
"twenty-seven point five degree(s) celcius"

それと、ドイツでは温度は摂氏でしょうか、華氏でしょうか。合わせてご教授お願い致します。

Aベストアンサー

温度は摂氏です。正確な読み方は、

sieben und zwanzig Komma fünf Grad Celusius
(Celusiusはツェルージウスと発音)

ですが、日常的にはCelusiusまでは言わず、Gradだけです(天気予報など)。

Qドイツで貰ったTシャツに書かれた文字が気になります

表はなんとかクリニックだと思いますが、裏(右側)は何やらメッセージ性がありそうです。
DER KLÜGERE KIPPT NACH!とは何でしょうか。Googleで検索するとビールを飲む人の画像が出てきます。同じくGoogle翻訳をすると・・・意味不明です(笑)

ドイツ語に詳しい方、教えて下さい。

Aベストアンサー

これは、ドイツのことわざ、Der Klügere gibt nach. のパロディーです。
このことわざの意味は、「より賢い者は譲歩する」、つまり、
日本語のことわざでいう「負けるが勝ち」と同じような意味です。

kippenは、おもに酒などを飲むことを表す動詞で、nachがそれに付くと、
あとから、さらに、という意味が加わります。
つまり、「より賢い者は飲み続けよう」というような意味になります。
飲むことの言い訳として、若者が考え出したことわざのパロディーらしいのですが、
詳しい由来はよくわかりません。

ドイツのテレビのトークショーにも、Der Klügere gibt nachというタイトルのものがありますが、
このトークショーの設定は、一軒の飲み屋に集まる人たちが、
政治、社会など、その時々に話題になっている時事問題について議論するというもので、
その際、飲み屋の亭主が客のグラスに酒を注ぎ続けることから、そういうタイトルになっています。
ただし、この番組は2015年からで、言葉自体はそれ以前からあるので、
この番組に由来するものではありません。

それ以上の深い意味はないと思います。
Tシャツの表の「クリニック」と矛盾する言葉に見えますが、
そういう名称のクリニックはどうも実在しないようなので・・・

これは、ドイツのことわざ、Der Klügere gibt nach. のパロディーです。
このことわざの意味は、「より賢い者は譲歩する」、つまり、
日本語のことわざでいう「負けるが勝ち」と同じような意味です。

kippenは、おもに酒などを飲むことを表す動詞で、nachがそれに付くと、
あとから、さらに、という意味が加わります。
つまり、「より賢い者は飲み続けよう」というような意味になります。
飲むことの言い訳として、若者が考え出したことわざのパロディーらしいのですが、
詳しい由来はよくわかりません。

ドイツ...続きを読む


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