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仏教について教えて下さい。
仏教について学んだことがないので、質問内容が分かりにくいかもしれませんが、よろしくお願い致します。
知り合いに欲がない人がいます。鬱などの病気ではないのですが、本当に欲がありません。
・物欲がありません
・良く学び成績もいいです
・働き物です(スポーツも得意です)
・体型もスリムで、食欲も普通にありますが、食べたい物がないようです。(←食欲がないといっていいのでしょうか?)生きる為に、周りに合わせて食べている感じです。

・人の好き嫌いがなく、みんなに同じように接するので人望が厚く、困っている時は必ず手を差し伸べてくれる人が現れます

あえて言うなら睡眠欲(本当に寝る時間が長い)くらいでしょうか?

今のところ、こつこつと目の前のことを積み重ねていくことが結果に繋がっていますが、もう少し欲を持ち目標や憧れをもったら、実力を発揮できると思います。例えば、昇進したいと思ったらやり方や内容も変わってくると思います。与えられたこと以外にもいろんなことを学びたいという姿勢があれば、伸びると思います。
この人にはその力もあるので、もったいないな〜と感じています。
最近 流行っている自己啓発や実存主義の話しなどをしてやる気を出させようとしているところです。

しかし、仏教の教えの中には、欲を捨てるということをなんとなく聞いたことがあります。
この方は、欲を捨てられている状態なのですか?だとすると、私のやっていることは余計なお世話になるのでしょうか?
教えて下さい。

A 回答 (3件)

ジムニー99さん こんばんは



結論からいえば、その方の問題は、食が細いということと、睡眠時間が長いことです。
だから、生きる意欲が感じられないのですね。

仏教では、縁起(物事の繫がり)と知彗(原因と結果)によって、問題を解決します。
たぶん、私もそうでしたが、肝臓などの食欲に関する部分が普通の人より弱いので、気力がわかないのだと思います。

肝臓が弱いのなら、そこに気を付けて生活すれば元気になります。
あるいは、ストレス等の精神的なことならば、貴方が明るく振舞えばその方の力になるかもしれません。

仏教は、誰でもいつか直面する生老病死等の四苦八苦(自分の思うようにならないこと)を克服することが目的です。
インドでは、昔、カースト制度という身分制度によって、自分の職業までも決まっていました。
これは、輪廻転生を誰もが信じていたからです。
そこで、お釈迦様は輪廻転生から解脱することで、誰もが自由に生きることができると悟られたのです。

私たちは、現在でも、過去の経験が全て正しいと信じて生きています。
人間は自分の経験したことだけで世界を見てしまっています。
何故なら、人間の脳はストレスを軽減するために脳に、様々な認知バイアスを作ってしまうからです。
煩悩ともいえる、この認知バイアスを捨てることが欲を減らすということです。

私たちは、過去の歴史に学んで、自分で縁起と知彗によって未来に希望を持つことができるのです。
過去は記憶にすぎないのですから、未来に向かって生きてゆきましょう。
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仏教の教えの中には、欲を捨てるということをなんとなく


聞いたことがあります。
  ↑
その通りです。
お釈迦様は、我欲を捨てればあらゆる悩みから
解放されると、諭しています。




この方は、欲を捨てられている状態なのですか?
   ↑
捨てているのではなく、生まれつきなどで
欲望が薄いというだけでしょう。





だとすると、私のやっていることは余計なお世話になるのでしょうか?
    ↑
余計なお世話かもしれませんが、それはそれで
続けたら、と思います。

欲望を捨てているのであれば、それはお釈迦様と同じ境地に
たっしていますから、誰が何を言おうと変わらない
でしょう。

欲望に乏しいのであれば、欲望が芽生えるかもしれません。
欲望に芽生えれば、悩みも増えますが、快楽も増えます。
社会に貢献もできます。

歳喰ってから欲望に目覚めるよりも、今目覚めた
方が本人にとっても利益でしょう。
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この回答へのお礼

今まで仏教を学んだ事のない私には難しい話しでした。その中でわかりやすく解答していただけたので、ベストアンサーに選びました。
ありがとうございました。
確かに、相手の方も仏教を学んだ訳ではないので、生まれつき欲がない状態なのだと思います。欲が生まれることは嫌らしさを生むことなのかと思い戸惑いましたが、社会貢献も出来ると背中を押していただきありがとうございました。

お礼日時:2017/12/21 14:37

仏教の大勢にしたがって回答します。



仏教で教えているのは「中庸を取ること」です。
欲を捨てろとも教えていませんし欲を張れとも教えていません。
「欲を取れ」と言われてもそれは「過ぎたる欲を持つな」ということです。

お釈迦様の悟りまでの修行(苦行と楽行の果ての中庸のさとり)にそれがはっきり書かれていることからも、これは大乗上座部問わず仏教のかなめとなる思想です。

中庸すなわち調和、これを保つのが上座部なら自分の心大乗なら世の中を涅槃たらしめる極意である、というのが仏教の考えです。
したがって仏教的に欲というものを考えるなら
・彼の欲が彼の心あるいは彼を取り巻く世の中を調和たらしめているか
ということが中心課題となります。
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