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キリストは死んで英雄になったが、
生きているうちに勝利しないと意味が無いのでしょうか。

「磔になって、死んでしまっては意味が無い、生きている間に勝利するべきだ。その点で日蓮は長生きして~どうたらこうたら」、と知人(仏教系の信者)が言うのです。

それって長いものに巻かれろってことでしょうか。
曲がらねば世は渡れぬって言いたいわけでしょうか?
でも、テンプル騎士団とか、ジャンヌダルクとか、火刑にはなったけれども、高潔に生きようとした人は後世に生きる者に勇気と希望を与えてきたのだし、そうした偉人を侮辱する言い方はどうなのかなって。

キリストが磔になった理由はなぜですか?
宗教的にではなく、史実の考察を知りたいです
どうすればキリストは磔を回避できたのでしょう、そしてなぜキリストはそれを回避しなかったのでしょう、そしてキリストの死は敗北なのでしょうか、それとも勝利なのでしょうか?

私はキリスト教徒ではないし、他のいかなる既存宗教も特別信仰していないです
他意はありません、ただ、理想に生きた(?)人の死を冒涜する言い方を耳にして、
ちょっと疑問に思って。

質問者からの補足コメント

  • うーん・・・

    モーツアルトは生きている間は評価されず、借金地獄でした
    死んでから有名になって人々に大きな影響を与えた
    エバリストガロアのような数学者も同じ。
    私から言わせれば、キリストもジャンヌダルクも、敗北したことにはならないと思うのですが。
    生きている間に勝利しなければ意味が無いという考え方はどうなのだろうか。
    でも、確かに、生きている間の勝利というのは私には魅力的に映ります。

      補足日時:2017/12/25 08:48
  • うーん・・・

    その知人はこう言っていました、「だからキリストはバ×なんだ、死んでしまったら意味が無い。生きている間に勝利する宗教(=彼の信仰する新興宗教、というほのめかし)でないと!」 私はキリスト教徒ではないが、いくらなんでも酷い言い方だと思って、ガッカリしました 余計に彼の仏教系の新興宗教に対する印象が悪くなりましたね

      補足日時:2017/12/25 08:51
  • どう思う?

    あっ、でも、彼の仏教系の新興宗教って、確か、
    開祖が2人いて、その二人は第二次世界大戦中に戦争に反対して不敬罪を理由に獄中死しています。
    じゃあ、彼の論理でいくと、その二人もバ×ということになる。
    だって死んでしまったんだから。彼からすれば、死んだら敗北なんでしょ?
    ならば、知人の信仰する仏教系の新興宗教も同時に否定されてしまいます。
    単に己の新興宗教を正当化したいだけの詭弁では

      補足日時:2017/12/25 08:58
  • 御回答、どうもありがとうございます。
    イタリアの奴隷解放戦争の英雄スパルタカスの映画があるんですけど。
    2004年くらいに制作された様な記憶が
    類似のスパルタカス映画がたくさんあるんで、そのなかのどれかというと、ちょっと説明しづらい
    最後に、結局スパルタカスは破れ、
    ユダヤ人が磔になって殺されるシーンがあるんですが
    そのとき、死の間際、彼が言うんです
    「I'll be back. I' am Milliions」 あのセリフが、忘れられないんです 脳裏にやきついている

      補足日時:2018/01/03 13:19

A 回答 (10件)

キリストの存在が史実かどうか、はともかくとして


彼は「死んで再び蘇る」ことで自分の存在を高めようとしたのでしょう。
そのためにはまず死ななければならなかった。
どうせ死ぬのなら衝撃的なほうが効果的だから、わざと弱きを演じて磔になった。
そんなところじゃないでしょうか。
つまり、死んだ時点で勝ち負けはなかった。
その後に蘇ったことで勝利を手にした。
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この回答へのお礼

御回答、どうもありがとうございます。
イタリアの奴隷解放戦争の英雄スパルタカスの映画があるんですけど。
2004年くらいに制作された様な記憶が
類似のスパルタカス映画がたくさんあるんで、そのなかのどれかというと、ちょっと説明しづらい
最後に、結局スパルタカスは破れ、
ユダヤ人が磔になって殺されるシーンがあるんですが
そのとき、死の間際、彼が言うんです
「I'll be back. I' am Milliions」 あのセリフが、忘れられないんです 脳裏にやきついている

お礼日時:2018/01/03 13:19

>キリストが磔になった理由はなぜですか?


 民をかどわかす罪を犯し、罰として見せしめ処刑されたのでは。

>どうすればキリストは磔を回避できたのでしょう
 弟子という取り巻きを連れずに、細々と一人旅をすれば変わった奴で終わったかと。

>なぜキリストはそれを回避しなかったのでしょう
 さして賢くなかったか、気弱だったのか。
 弟子たちの赴くままに、って感じかと。

>キリストの死は敗北なのでしょうか、それとも勝利なのでしょうか?
 キリスト本人は何もしていない気がします。
 弟子たちが「蘇生/復活」というイベントを公の「死体」を使い伝承した。
 故に、弟子たちにとってはジーザス君 Good Job ! でしょうね。

ベートーヴェンも表敬訪問するくらい
モーツァルトは、若い頃から高い評価を受けていた。
寧ろ、生前に(しかも友人の情け)で1枚しか売れなかった
ゴッホの方が残念なのでは。

>生きている間に勝利しなければ意味が無いという考え方はどうなのだろうか。
 自己顕示欲が強い人にとっては「必須」だろうが、
 自身が「やりたいことをする」という自己満足型には関係ないかと。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます

お礼日時:2018/01/03 13:15

至って簡単・・



異端者だと思われたく無いのであれば 当時の祭司や立法学者の様な 身なりでイエスは現れれば良かっただけ・・・

敢えて それを しなかった・・

身なりや 地位 名誉 財産・・等とは 無縁の意味を表してるのです・・

聖書は その出来事が重要では無く 聖書の文字に隠された比喩や喩えを 如何に理解し 隠された本当の意味を知る事で 初めて役立ちます・・

死など 関係無かったのです・・

イエスで無くても出来るので・・
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます
聖書の内容が重要というご意見は参考になります

お礼日時:2018/01/03 13:15

キリスト教に限らず 仏教だって


多くの殉教者はいる

化学の分野でも 哲学 革命の分野でも
イヌ死にもあれば 後世に有益な死も多くある

死を避けようとした人もいれば 
全く恐れない人もいれば
嘆き悲しんで死んだ人もいる

ただ 
キリストと日蓮の死に方を比べて論じるのはどうかと思う
宗教は死に方とか 長生きがメインではない
その教義 生き方 人生観とかを学び論ずるべきです



キリストと仏教
http://sannkuto66.3zoku.com/newpage35.html



調べてみると
闇討ち 襲撃 処刑場に 島流し2回
当時の最高権力者にあえて歯向かい
死を避けようとしない

日蓮を自慢したがるのも分かるが?

キリスト等の殉教者も 崇高な精神の持ち主です
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます
日蓮が消されなかったのは、坊主殺しが地獄行きという権力サイドのドグマと歯車がかみ合ったからでは?
それに、結局、今のその新興宗教は権力の手先みたいになってます

お礼日時:2018/01/03 13:13

視点を本人目線で捉えるか、世界目線で捉えるかの違いですね。



「生きてる間に勝利」というのは本人目線です。だから魅力的なんです。誰だって認められて人生を終えたいでしょ。

「意味が無い」って言ってる人の意味とは、本人にとっての意味です。世界にとっての意味ではない。

偉人やキリストが死後有名になっているのは世界目線で捉えらているからです。本人の心情は関係ありません。

「死を冒涜すべきではない」という、あなたの主張に同意します。世界が認めていることに勝利・敗北等の評価をつけることに意味が無いからです。

新興宗教は信者獲得のために様々な手段を講じます。普通言われてない言説で衝撃を与えて、油断してる相手に巧みに接近する手法でマインドコントロールの1つです。

大型魚類が小型魚類を捕らえる時に、驚かせてクラクラしてる小型魚を勢いよく大口で飲み込むのに似ています。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます
キリスト教も以前は新興宗教でした
そして、そうとう過激なことをしてきました、
もともと存在したグノーシス系の宗教も根こそぎ、当時新興宗教であったキリスト教に塗り替えられた
だが今は違う(と、思う)
時代を経て、文化や歴史などと融合し、けっこう成熟した宗教だと思う
私はキリスト教を信仰していないけど、キリストを批判されて頭に来たのは何故かな?
いや本当に、特にキリスト教を信仰していないしキリストのことはよく知らないんですが
多分歴史の重み、そこにある人類史、そのなかで生き、そして散って行った人々の嘆き、絶望、怒り、理想、希望、
そういったものが無意識に蓄積されていたからかな。 
その人々の人生を・・・・汚されたと感じたからかな
同じ理由で、たぶん、仏をこき下ろされれば、私はやはり頭にくると思います
多分、新興宗教はアイデンティティーが未熟だから他宗教を攻撃することによって心的に安定を図ろうとするのかな?

お礼日時:2018/01/03 12:21

正しいこと・本当の事を言ったりすると、既存の既得権益を持つ者・その時代の統治者(キリストの時代だとパリサイ派宗教学者やローマ帝国の権力者)が嫌がります。

彼らが持ってる権利・システムに庶民が疑問を抱くようになり、彼らの生活が脅かされるからです。今の時代でもピラミッド構造のトップにいる、各国の王族(日本だと天皇と後続)、政治家、大きな宗教団体、巨大企業にとって都合の悪い発言をする者は嫌がられて殺されます。逆に言うと、利権を持つ者にとってさほど脅威にならない人や、処世術が上手で脅威にならない程度に真実を語る人だけが生き残れるのかなと思います。

私は「権力に媚びずに、本当の事を言って人々を救おうとするから殺される」が真実かなと思います。有名なところでは、キリスト、ガンジー、ジョン・レノン、リンカーン、ケネディ、マルコムX、マーティン・ルーサー・キングなど。


最近の日本では、自民党の原発利権などを追ってた石井紘基氏や、日本の米国による圧迫政治に反対していた中川昭一氏は、権力サイドにとって邪魔な存在なので陥れられて殺害されたと思ってます。今は森友・加計学園に関わり安倍政権にとって邪魔な森友夫妻が逃亡の恐れもないのに拷問に近い形で4ヶ月も拘留されてます。

宗教に関してですが。私はどんな宗教でも団体になるとピラミッド構造になり上部の権力者から腐敗するという宿命を持っていると思います。なので、どの宗教団体も関わらない方がいいと思います。心の拠り所に宗教が必要な方はひっそりと趣味のように続ける(群れない)事が最善の策かなと思います。布教してまわって周りに嫌がれるのも罪深い事だと思います。宗教の教義には素晴らしいものが多いので、その部分だけを参考に行きてく程度がいいと思います。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。
御意見には同意します。 
具体名は伏せますが、某圧力団体に消されたジャーナリスト等はけっこういると思っています、
私も、けっこう、闇社会の噂を知ってます
ただ政党名ですとか、具体名を出してしまうと、インターネット上とはいえ危険かなと
あと、天皇批判はネット上でもタブーで、避けた方が無難かと
大衆のよりも回答者様の安全が大事、
だって、うまく上手に、大衆に何かを知らせることもできます、たとえば小説形式で暗喩をいれたり
戦時中、反戦活動をした崇高な人達は、不敬罪を理由に拘束され、刑務所での栄養失調による病気で亡くなった人が多い
彼らは偉大で尊敬されるべきだが、戦争そのものは止められなかった。しかし、戦争は、結局、それとは関係のないことによって勝手に終わった。
社会なんていうのは、変わらない時は、梃子でも変わらないが、時がくれば、おのずから勝手に変化する
世の中には、大衆よりも少々賢くて、洗脳されない少数がいる。
あくまで数学的リスク評価の観点からすれば、彼ら少数は体制に抗うべきではない
それよりも、その少数は、その汚染された場所を立ち去って、新天地で新しい人生を生きた方が報われる気がします、
私は今、英語を勉強しています、革命の仕方と言うのはいろいろある、たとえば、
困っている誰かを助けたり、自分が成功したりするのも、ある意味では立派な革命、時代を読みましょう、
原人に物事を説いても仕方が無い 赤子に道徳を説く大人はいない
ガリレオさんは黙っているべきだった。 著作を残し、それを各国にばらまいて後世に真実を託すなど、色々できたはず
群れで生きる野生動物は、見張り役は実は長生きする
危険を知らせた後、本人は真っ先に巣穴に逃げるから
だけど逃げない見張り役は、真っ先に捕食者に消されます、そんな種は私の知る限り人間だけ
私なら、黙っているか、もしくは傍らで倒れている人を抱き起したうえで逃げることを選ぶ 消極的抵抗
遠くから、体制側に嫌がられない程度に、さりげなく危険を知らせたり、偶然を装って誰かを助ける、処世術、次善の策、ゲーム理論、統計アルゴリズム
ただ逃げないで意見を主張した(?)キリストやその他の故人に対し、深い敬意と感謝と尊敬の念を抱いています、
あと私は実際のところ無宗教だけど、普く八百万の神に敬意をもっています、自然崇拝に近い?

お礼日時:2018/01/03 12:01

質問の主旨とはズレるかもしれませんが、


日蓮だって死んでますから。

キリストの布教期間が日蓮より短かったのに、キリスト教が全世界に広まって、日蓮宗が日本国内の一宗派に過ぎない事を考えると、キリストの圧勝じゃないですか?

キリストと日蓮が何を勝利としていたか、そもそも勝利なんて求めていたのか、ご本人達がもういない以上、知る術はないですが‥。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。
日蓮とキリストをランク付けするべきではないと思いますが、
最初にランク付けしようとしてきた、その新興宗教は、
設立から日が浅いため、たぶんアイデンティティーが未熟なのだと思います
他宗教を攻撃しないと心理的に安定できないのでしょう

お礼日時:2018/01/03 12:24

イエスと比較する必要なんてないのにね


比較しないで、日蓮の素晴らしさを話せばいいのに
思想、というか教えも全然違うのに…

処刑された理由ですが
私の理解では

当時のユダヤ人は貧乏だった
もともと、貧しい土地なのに
ローマ帝国に支配されていて
税金二重に払わなきゃいけなかった

神にすがりたくても
神官たちは、ローマの権力者たちと癒着してるか
「聖書に書いてある律法を守るのだ!」って厳しく言うか、だし

律法を守りたくても
貧しくてそれどころじゃなく、律法に反したことをせざるを得ない庶民たちは
死んでも天国に行けないのだ、と絶望の中にいた

でもイエスは違った
神の愛を信じ、隣人を愛することで
天国に行けるんだ、と説いた
これは画期的なことでした
そして貧乏層中心に、どんどん人気が出た
「この人は聖書に書いてある救世主に違いない」と思う人も出てきた

それが面白くない保守的な人たちが
妬み
処刑するようにローマ帝国に言いつけた

ということですかね

日蓮さんとこの人は
わりとそんな言い方するんですよね…
私も、初対面のおじさんに
家の宗派を言ったら
「それは邪教だからやめなさい」
といきなり言われましたよ
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます
表面だけは、だいたい分かりました
そういうことだったんですね、
それならキリストが尊敬される理由も分かります
ん?ということは、別にキリストは敗者ではないですね。
生きながらえる方が、どこか癒着してるのでは、という演繹さえできてしまう

お礼日時:2018/01/03 12:27

キリストが磔になった理由はなぜですか?


  ↑
時の権力者に都合が悪かったからです。
どう都合が悪かったのか。

王様よりも神様が偉い、としたからです。
王様と神様の命令に矛楯があったら、神様の
命令が優先されてしまいます。

こんな教えが広まったら、王様は困るわけです。

王様はキリストを死刑にしましたが、死刑により
キリスト教は更に広まり、ついに王様もその勢力を
無視できないようになります。

それでキリスト教と妥協するようになり、
王様の地位は、神によって与えられたのだ、という
形式を採るようになります。
これを王権神授説といいます。




どうすればキリストは磔を回避できたのでしょう
   ↑
王様の方が神より偉い、とするか
王権神授説を採用すれば回避出来たかも
しれません。
    


そしてなぜキリストはそれを回避しなかったのでしょう、
  ↑
死刑になることは無い、逮捕されない、と読みを誤った
のではないですか。
オームの麻原尊師が、あれほど無茶をやったのと
同じ心理だと思います。
閉鎖的集団に取り込まれると、客観的な判断が
出来なくなるのです。



そしてキリストの死は敗北なのでしょうか、
それとも勝利なのでしょうか?
   ↑
世界を席巻する大宗教に成長したのですから
勝利でしょう。
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この回答へのお礼

良く分かりました、御回答ありがとうございます。
詳しい事は分かりませんが、表面だけ俯瞰すれば、
少なくとも設立当初に関して、
キリスト教は意義深い、素晴らしい宗教だったと読解できます
逆にキリストが亡くなったことで神格化されて勢いづいたとさえ読みとれます
王権神授説というのは、あるいみ、哲学的な考えですね
王位は、神から与えられた仮の役割であると、なるほど。ロジカル。
こりゃ、王様も、おちおち腐敗してられませんね
(実際は王は腐敗したのかな?よくわからないけど、数%は、後の権力者の腐敗レベルを抑制できたのかな、だとすればキリスト教はなるほど素晴らしい)

権力者に都合が悪い、悪くないで消される、消されないが決まってしまうなら、キリストは敗者ではない。
日蓮が消されなかったのは、3つの理由が考えられる
1つは、計算高く処世術に長けた・・・・というのは、私が(表面的に)知る日蓮像ではない。まあもし仮に計算高かったと仮定すると、それは宗教家というより政治家であって、宗教的感性という意味でキリストよりも劣ってしまうことを暗示する。
2つめの理由は、単に権力とある程度癒着していた だとすれば勝利でもなんでもない
3つめの理由は、一応、日蓮は坊主だったため。そして、当時の権力者側の宗教が、坊主殺しは地獄行きという(権力ライクな)教えがあったので、直接処刑はできず、島流しなどの間接的な手段を取らざるを得なかった

こうして考えたら日蓮が権力側に消されなかったのは、誇示すべきことではないように思えます

お礼日時:2018/01/03 12:45

解らないのも無理はない、聖霊の働きがない、聖霊が解からない、ないないずくしこれが日本人の欠如する信仰心、永劫未来の全人類の罪人たちのために清い肉体清い魂を神に捧げ、何一つ欠けたところのない完全無欠正しく神そのもの、魂の救いを罪人たちに示された、我々地球人は暗黒の人々イエスキリストは光、地上に初めて光が灯された、神を宿した肉体を十字架に架けられた事によって全人類初めて救いの道が示された、罪人の代価はイエスキリストの命によって全ての人々のために救いが与えられた、30歳で伝道を開始33歳で十字架刑、両脇に十字架に架かったのは泥棒と強盗、救われるものは信じる者だけ、聖霊の働きも信じる者のみ、これだけ詳しく書いたけど旧約新約聖書が理解できなきゃむつかしい、20回読めば何かが得られる。

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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます

>>救われるものは信じる者だけ、聖霊の働きも信じる者のみ

そう言わずに、信じない者にも、是非、手を差し伸べて頂きたいものです
一般的日本人はキリスト教徒ではないが自然崇拝というか普く八百万の神に敬意を持っていますし、
信仰していないからって全否定しているとまでは誰も言っていませんよ

キリスト教を特に信仰していないけど、
キリストの像があれば、手を合わせて感謝の念をささげるぐらいの信仰心なら私も持ち合わせています
その際に、静かに自省するくらいなら、普通にします
その意味では私は他の日本人よりも宗教的感性はあるものと自負しています、

私の中ではキリストも、分厚い雲の間から覗きこむ青空も、
他の神々も、仏も、山も海も、全て、同一の(同族の?)神なんですよね、アニマニズム(自然崇拝)なのかな?
私は自分で言うのも何ですが、かなり特異というか原始的な哲学を持っています
日本人に広く見られる特徴ですが、特にそれが強い感じです。


だから、実際のところ、
ある程度、仰るような聖霊の恩恵が私にもあると思いますね
聖霊も自然も神も、ぜんぶ私の友だちであり家族です。

>>我々地球人は暗黒の人々イエスキリストは光
それって、この世は地獄で我々はそこに囚われた罪人である、という前提ですよね、
それって古代宗教のグノーシスの流れをくんでますね、
私、グノーシス的な教えには凄い共感しているんです

でも特定の宗教を個別に信仰することは無いかな
無宗教というわけではない
精確に言うと、私は多分、自分で自分の宗教を作って、それを信仰している敬虔な信者だ
その意味で私は他の日本人とは少し違う

お礼日時:2018/01/03 13:06

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