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30代独身男性です。
お釈迦様によると、人生が苦であるそうですが、苦であると分かっている人生おいて、子供を産むべきなのでしょうか?
子供にしてみれば、「苦であると分かっているなら産まないで欲しい」と言われそうです。
一般人には難しい「苦を離れて解脱する」方法を説かれても、初めから生まれなければ苦そのものが無いのではと思って悩んでいます。
結局は親のエゴで産むのでしょうか?
人類の存続の為に産むと言われても、他の生態に比べて問題の多い人類の存続がそれほど大切なものとは思えません。 皆さんどうお考えでしょうか?

A 回答 (36件中11~20件)

No.24の「それを食い止める」の「それ」は「地球生物の全滅」です。


2回も追加して本当にすみませんm(_ _)m
以後気を付けます。
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参考URL忘れちゃいました(^^;)


下の方のレスの「人類の脳」をほぼそのまま引用させて頂きました。

参考URL:http://www.over30.jpn.ne.jp/over30club/bbs/talk/ …
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初めて回答するので注意があったらお聞かせ下さい。


私は人類の存続は大切だと思います。
確かに人類はこれまで、地球環境を破壊し、他の動植物を大量絶滅させ、千年以上も戦争を繰り返してきました。
しかし例えば将来、テキサス州並みの大きさの小惑星が地球に大激突するとして、それを食い止めることができるのは人類だけではないでしょうか?(接近の発見時期によりますが…)
人類に様々な問題が多いのは脳の欠陥にあるらしいです。
人間の脳には、自分で意識できる領域(新皮質、大脳)と、意識できない無意識の領域(旧皮質と古皮質、中脳辺りと延髄周辺)があります。
自己が意識できる意識は理性的で、無意識の意識は衝動的です。
フロイトによれば、この内、意外にも衝動的無意識が人間の決定、判断、思考を支配しているらしいです(教科書で教えているのと逆ですね)
そしてユングによれば、古皮質は深層意識、旧皮質と新皮質一部は潜在意識、新皮質全体は表面意識(または顕在意識)に相当します。
大脳生理学では、この相矛盾する脳が常に喧嘩していると言っています。
心理学では、潜在意識は自分に起きたことはすべて記憶していると言われています。
例えばストレスは潜在意識に残り、ある時突然出てきて、口論、犯罪、暴力、殺人、戦争になったりします。
この脳を改善して一体化した脳に変えれば、日常のトラブルからなにから千人いれば解決されるらしいです。
数百億ある脳細胞の内、人間は僅か4~5%しか使用してないのですが、これを1~2%高めるだけで凡人は秀才に、秀才は英才に、英才は天才に、天才は人智を超えた人になるということです。
改善の方法は知りませんが、私はいつか実現すると信じています。
人類の可能性に賭けてみませんか?
人類以外の地球生物には脳の改善は実現不可能なのですから…
長文お許し下さいm(_ _)m
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こんにちは!こんなにたくさんのレスがあったら参加するまでもないようなもんですが、貴方と似たようなことを考えながら生きてきたもので、飛び入りします。


新聞小説で読みましたが東ヨーロッパの(ルーマニアかな?忘れました)一寒村では赤ちゃんが生まれると村中総出で、揺り籠の周りでオイオイ泣くんだそうです。喜びではなく悲しみの涙だそうです。何でか?と言うと「こんな貧しい村に、わざわざ苦労するために生まれてきて・・・もう」という心だそうです。それでも産むんですわな。
カルマ消滅のために自分で決めて生まれて来れたんだから文句言わずに励め、という立場
いんや、みんな揃って去勢して、この世にヒトの子が存在しなくなったら、やがてのことに人間消滅、苦も消滅、動物植物万々歳、という立場
創造主から見れば子をなして続いて行くのが法に従う優等生で、子ども持つのや~め!というのは実に反抗的で可愛げない不良なのかも。
昔ある俳優さんが「子ども生むって、この世に唾つけること」って言ってました。
楽天的な人は素直に子どもつくる。「明日があるさ」と言って。イチゴパフェ好きな人が目の前に出されて何も考えずにパクつく。
ダイエット中だからやめとこう、と手を出さない人。
ダイエット中なのに・・・と悩みながら食べてしまう人。
私はどうするのかな?って思ってるうちに子どもが産めない体になっちゃった。
最近の私は、どうやらNo.15さんの御意見が現実かな・・・と思い始めています。
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多くの宗教は人生が苦悩であるので、欲求を絶つことを説いています。


これとは逆にマルクスは、人間の欲求を満たすことが新たに高度な欲求の創出となり、人類の発展をもたらすことを理論化しました。
私はこの方が正しいと思います。
あなたの悲観的な世界観を払拭することはできないかもしれませんが、あなたのいう「苦の世界」でも、人類はモーツァルトやセザンヌを生み出してきたのです。
欲求に素直に感受性を高度化すれば、今まで見えなかった世界が見えてくるでしょう。
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 例えば、質問者さんに実際にお子さんが居られたとします。

そのお子さんも、もちろん何時かは自然に死を迎えられる訳です。
 さてその時に、自分が生まれてからの永い永い過去を振り返ってみて「ああ、自分は幸せだった。この世に
産まれて来て良かった!。」と思える可能性。それは、果たしてどの位有ると思われるでしょうか?。

 もし上の文章のような事を訊かれて、その時にふと心に浮かべた数字がゼロではないなら、その答えは一つ
しか有りません。
 たった1%でも残された希望の芽がまだ有るならば、未だこの世に生を見ていないそのお子さんに、例え身も
心もズタズタになったとしても芽を育て、"苦を乗り越える機会"を得る為のチャンスを与えてあげてください。

 もし上の文章のような事を訊かれて、その時にふと心に浮かべた数字がゼロならば、その時もまた、答えは
たった一つです。
 お子さんの事を心配されるより、今はただ質問者さんご自身が抱えられている苦しみより少しでも早く逃れられて下さい。

 
 ・・・先に来た「苦しむ者」が、後から来た「苦しむ者」の為に、ほんの少しだけアドバイスをした。それが本来の
仏教の姿なのではないだろうか?と私は思います。
 質問者さんも、ほんの少しだけで構いません。後から来た者たちに幾らかアドバイス出来るようになったなぁと
感じられる様になったなら、その時にまた、この問題に関して、どうか自ら省みて結論を出されてみて下さい。
 その時の為に、非常に有意義な回答を寄せて下さった方々がこんなにも大勢いらっしゃるのですから・・・。
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こんにちは!24歳男性独身無職です。


釈迦は死ぬ間際に「人生は甘美だ」とつぶやいたそうです。瀬戸内寂聴さんがTVで釈迦のいた地を訪れる番組で言っていました。
つまり、「苦」をマイナスにとらえるか、プラスにとらえるかは人それぞれの問題だと思います。「苦」だからこそ、楽しく感じたりするのではないでしょうか。
初めから生まれなければ苦そのものが無いのではと思って悩まれるのは本末転倒ですよ。(笑)現実、あなた様は生きていらっしゃる。そう思うのなら、生きることを否定しなければなりませんよ。僕はこう思います。悟りがどういうものか知りませんが、今この瞬間のあるがままが真理だと思います。死ぬときはいきなりぽっくり逝っちゃいます。世の中飢餓で死ぬ人も大勢いるようです。子供が欲しくてもできない人もいらっしゃいます。
人類存続のことを考えても、人類滅亡する危機は、この瞬間瞬間にありえるわけだし、大切だとかそうでないとか迷われることもないと思います。
個人的なことですが、僕は子供が大好きです。育児の経験をしてみたい。おそらく大変なんだろうけど、それを苦と感じ、その中に生きる歓びを感じると思います。

この回答への補足

「苦」も程度の問題ですね。軽い「苦」であれば、自分を向上させるための刺激として、うまく利用できますが、悲しみや憎しみを伴うあまりにも大きな「苦」では、なかなか「これは自分を育てる糧なんだ」と納得するのは難しいと思います。

おっしゃるとおり、今この瞬間を一生懸命生きることは大切だと思います。
一方で、将来を考えて、目標を持って生きることも、大切かと思います。

補足日時:2004/12/19 00:11
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この回答へのお礼

お礼が遅くなり申し訳ありません。
回答ありがとうございます。
「おそらく大変なんだろうけど、それを苦と感じ、その中に生きる歓びを感じると思います。 」
見習いたいと思います。

お礼日時:2004/12/19 00:15

アドバイスさせていただきます。



私の今まで勉強してきた浅はかな知識によって得た考えによりますと、苦しいことは=神の愛の鞭だと認識するということが大事だということです。

神とは自然の法則だと思います。だから苦しみが生じるというのは不自然な状態にあるという神のお言葉として素直に受け止めたいです。すなわち感謝心です。
神様ありがとうございます。苦しまさせていただき感謝しています。この苦しみを通じて自然な流れに従うこと、すなわち神の意思にしたがうことを学ばさせていただいております。

しかしこう考えてくると、人生は苦だとかいう教えに引っかかってくるかと一見思われる可能性があります。

それは解釈の違いだと思います。確かに人生が苦なら私の考えにあてはめると、人生は絶対に自然の流れに乗れないし自然と共存できないということになりま
す。つまり不自然な生き方しか人間にはできないのだということになってしまいます。

しかしやはりこれは「人生は苦だ」の意味をはきちがえているからだと思います。人間は常に神と一体になることを求めて生きるべきだと思います。しかし死ぬまでに神人合一をすべての人間ができるわけはありません。つまり自然と一体化することはできません。ほとんどの人が不自然で死ぬのではないかと思います。

だから人生は神の教えをうけながら不自然を排除して
いくという作業、そのときに苦しいと感じる。

だから苦しいのはいいことです。苦しみがなかったら何にもなりません。Hamlet様も子供を産もうが産ままいがどっちにしろ苦しみが生じたときには神にいたるための有難い道のりなんだと思うようにしていってはいかがでしょうか。産むのもよし産まないもよしだと思うわけです。
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この回答へのお礼

御礼が遅くなり申し訳ありません。
回答ありがとうございます。
「苦が愛の鞭で、自分を高めるための試練であると、本心から納得できれば、どんな苦労も耐えられる」
という理解でよろしいでしょうか。
意志の弱い私には、そこまにで達するのは、難しいかもしれませんが、参考になりました。ありがとうございます。

お礼日時:2004/12/18 23:55

17です。


それと、苦についても、同じHPについて説明があります。それも見たら良いと思います。
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この回答へのお礼

補足説明ありがとうございます。

お礼日時:2004/12/18 23:45

納得行くかどうかわかりませんが、テーラワーダの長老の回答を見ると良いですね。

直接的な回答とは違うかもしれないけど、考え方として、私はなるほどと思いました。

参考URL:http://www.j-theravada.net/qa/gimon64.html

この回答への補足

質問文でお釈迦様に触れておいてなんですが、
できれば輪廻転生やカルマ論などに頼らずに、この質問の答えにたどり着きたいと思います。
輪廻転生やカルマ論を前提としてしまうと、
「人生苦しくても、これまでの業を解消し、より良く生まれ変わるために、人は生まれて苦労(精進)するべき」という答えで本件終了してしまう気がします。

補足日時:2004/12/18 23:38
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この回答へのお礼

お礼が遅くなり、申し訳ありません。
回答ありがとうございます。
なかなかわかりやすい説明が書いてありました。輪廻転生の実感はまだ持てませんが、参考にさせていただきます。

お礼日時:2004/12/18 23:44

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