マンガでよめる痔のこと・薬のこと

詳しい人がいらっしゃいましたら教えてください。

A 回答 (3件)

こんばんは。



遠い昔、西洋美術概論の授業で習った事ですが・・・裸体画を描く事は、西洋美術の観点から行くと、古代と中世と近世では、裸体画の持つ意味合いが全く違うと思います。

先ず、ギリシャ・ローマ・ヘレニズム文化に見られるヌードは、写実ではなく理想を追い求める=神に近き存在となるべく、写実の上に理想美を付加した「完全体」を創りあげたものです。その殆どは男性の強さと美しさを兼ね備えた裸体像であり、それは人間の精神の理想理想を追い求める一媒体として、裸体表現は不可欠であったのでした。その為、この時代には裸体の彫刻が沢山見られるのです。

カトリック世界である中世に於いては、性を匂わす裸体は背徳であり、無意味な芸術・写実的裸体はご法度となりました。しかし、モチーフとしての「裸体」にメッセージを付加する事で許されていた部分があります。
例えば、創世記のアダムとイブのように、罪悪を知る前の「純真無垢」と言う意味や、着衣をしていない事で「剥き出しの心=真理」を表すようになってきました。
カトリック文化のこの時代、沢山の聖書をモチーフにした絵が描かれた中、そう言った意味でこの時代には裸体画が描かれてきました。

確かに近世になってからは、そう言ったメッセージ性も薄く、もっと世俗的になってきました。
今現在、「芸術」として見られている作品でも、肉体美を愛でるのではなく、貴族の男性などがこぞって画家に描かせ、部屋の奥深くで楽しんだりする為に描かれたものも数多くあります。目線も男性に媚びるものが多くなった為、19世紀後半にはフェミニズム運動を展開してヌード批判が行われた事もあります。
しかし反面、普遍的モチーフとして、最初にお話した「人間の精神の理想を追い求める一媒体」としての考えも残っているため、「神話・聖書的要素」になぞらえて、こぞってヌードを描いていたのではないかと思われます。

ちょっとうろ覚えの所もあるので自信はありませんが・・・御考察の一部に加えて頂けたら幸いです。
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この回答へのお礼

>>男性の強さと美しさを兼ね備えた裸体像であり、それは人間の精神の理想理想を追い求める一媒体
今でいうボディービルダーのようなものなのでしょうね

>>罪悪を知る前の「純真無垢」と言う意味や、着衣をしていない事で「剥き出しの心=真理」
なるほど

>>貴族の男性などがこぞって画家に描かせ、部屋の奥深くで楽しんだりする為
言い方が気に入りましたw
今でいうグラビア、エロ本にあたるものだったのでしょうね

エフハリスト

お礼日時:2004/11/13 18:17

現在残っているのは彫刻ばかりですが、ギリシャ時代の美術が影響してるんじゃないかな、と思います。


古代ギリシャの文化はヨーロッパの文化の根っこのようなものですから。
詳しいことは忘れてしまいましたが、ギリシャの人々は神話の神々をたたえるために、神殿をつくったりそれを彫刻で飾ったりしました。
神様は人の形です。ではどうやって神様だということを表現するのか。
理想化された美しい肉体、それが当時の人々の答えだったのだと思います。
神様というのは特別な存在ですから、でこぼこな人間とは違います。なので理想化された完全な肉体、美しい体が神の証明なのだと思います。
Sの字ポーズに体をよじるコントラポストや、人間で最も美しいといわれる7頭身もこのころ確立されました。(7頭身については、後に安定感から6頭身で表されるようになりますし、現在では8頭身だとか言われていますが……)
ローマの人々もギリシャの文化を手本にしましたし、その後のヨーロッパもギリシャ・ローマが基本です。
ヨーロッパの絵画に裸体が多いのは、ギリシャ・ローマ文化の流れを組んでいるからでしょう。
ヨーロッパの絵画に裸体が多いと言っても、中世のキリスト教美術が全ての頃はそんなものはないですし、裸体画が多く描かれるようになったのはギリシャ・ローマの文化を見直そうと言うルネサンス以降だと思います。
裸の人達が描かれている絵画って、ギリシャ・ローマ神話に材をとったものが多くありませんか?
ギリシャ・ローマの理想化された人体美=裸が十五世紀以降のヨーロッパの人達のイメージだったんじゃないでしょうか。
少しでも参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

>>美しい裸体=神
 なんだか半分あきらめちゃったかんじ。東洋の神のほうが想像力で勝ってますね。仏像の顔とかみるとホント安らかな顔をしてますもん。

エフハリスト

お礼日時:2004/11/13 18:39

たぶんヨーロッパでは裸=美の感覚があるからでしょう。

映画や彫刻でもヌードが普通に芸術として扱われていますし、日本みたいに裸=タブーではないからだと思います。
何か忘れましたがヨーロッパの映画で女性の陰部(陰毛?)が映っていて日本で上映する際もめていたことがありました(大した問題じゃないのに)。
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この回答へのお礼

エフハリスト

お礼日時:2004/11/13 18:28

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Q画家はなぜ裸の女性を描きたがるのでしょうか

画家はなぜ裸の女性を描きたがるのでしょうか。

Aベストアンサー

根本的には好きだからではないですかね。

最近はヌードを作品として描いている人は意外と少ないですね。
ヌードと言うよりネイキッド・むき出しの肉体を描いている人を知っていますが、見ているとやはり人気があって先に売れるのは若くて美しい女の人を描いたもののようです。

お爺さんおばあさんの裸体画は芸術としてひとつ解釈をしてから好いとか悪いとかの判断で買うわけですが、美しい女の人の裸体画でしたらそういう回路を通らない人でも買うと思いますのでそれだけお客さんの幅が広いと思います。

授業や練習で裸体を描く理由ですが、私は人体を描くために必要だからだと思います。着衣であっても中見を知っているかどうかで違ってきますから。デザインでも、人間がそのデザインしたものを使うことを考えたらやはり知っておいたほうが良いと思います。人間を知るためには人間の体も重要です。人間は内臓や観念だけでできているわけではありません。美術にはそういう外面や存在する実物と心、肉体と内面の関係を探求して行くいうことが大きなテーマとしてあると思います。

裸体画といってもむんむんするような豪華絢爛たるものから棒切れのようなのまで、いろいろありますね。

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Qなぜ西洋絵画でギリシアやローマの神は裸が多いの?

どうして西洋絵画でギリシア・ローマの神は裸で描かれることが多いの?

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全て主観です。
詳しくは分かりませんが、裸体美でしょうか。
また、例えば今、神話の神のかたちを既存のものを抜きに新たに描こうとしたら、その時代の衣服(スーツ?着物?)は描きませんよね~^^

衣服は実用的な視覚的な用途を多く含むから、神はそれを超越した存在というふうに想像したのかな~?

また、↓以前にも似たような質問がありましたので、以下に。

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Q裸婦

昔の絵画には、なぜ裸婦の画が多いのですか?しかもなぜ裸婦を描くのですか?

Aベストアンサー

なぜ裸婦を描くか、ということですが、ひとつにはすでに回答もありますが、造形美があげられると思います。
そしてエロティックな観点も否定できないと思います。

女性の裸体画は神話の女神であることが多いです。
というのもストイックなキリスト教社会ですので、「女性の裸が描きたい」と思ってもそれなりの理由付けが必要です。
神々の裸はいいけれど、一般人の女性の裸はハレンチだ、という理屈が昔はあったようです。
快楽的なロココあたり(フランス革命前)からゆるくはなり、見るからに官能的な女性像が描かれるようになります。
(それでも一応、教訓だとか神話だとかとってつけたような主題の言い訳もあるようですが)
その一般人の裸が19世紀あたりには堂々と描かれるようになって、当時はスキャンダルになったようです。
(代表作にマネ《オランピア》など)
お金がなくて絵も売れなくて、女性の裸体を描いて何とか生活費を得ていた画家もいます。
《種まく人》で有名なミレーも、認められる前は貧乏生活で、そうやってお金を得ていたこともあったそうです。

宗教の戒律や禁欲的なヴィクトリア朝、フランス革命後の秩序を求める社会でも、何とかすりぬけて裸婦は描かれ続けたようです。
ルノワールは女性の裸が好きだと言って裸婦をいっぱい描いてますが、近代以前は堂々と「好きだから描きたい」とは公言できない時代だったようです。
裸婦絵画にも時代があり、道徳性などの背景によっても描かれ方が違います。
(裸婦に限らず絵画には色々時代的な制限があるみたいです)

個人的な結論ですが、色々な理由付けがあれど、女性の裸が好きだから、きれいだから、描くのではないかなという気がしてしまいます。
いわゆる「昔の」西洋絵画画家自体ほとんど西洋の男性で、白人男性の歴史ですし。

参考URL:http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/index.html

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Q西洋の美術史or宗教史に詳しい方、教えて下さい

 先日ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』を見ていてふと感じた疑問について、質問させてください。

 当時(AC1500年ころ)のイタリアって、たしかキリスト教圏でしたよね。
 でもヴィーナスって、ギリシャ神話の女神ですよね?
 キリストやマリアの絵を描くのなら分かるのですが、なぜギリシャの神様を描いているのでしょうか。
 ボッティチェリに限らず、ルネサンス期にはたくさんの画家がギリシャ神話の絵を描いていたと思うのですが、どういう理由からなのでしょう。

 ギリシャの神様を信仰していたわけではないんですよね?(キリスト教圏ですものね)
 当時の人々のあいだでギリシャ神話が(聖書的な意味でなく)物語として大流行していたということでしょうか?
 それとも、女性のヌードを描くのには、ギリシャ女神の存在がちょうど良かったということでしょうか?(普通の女性のヌードを描くのは不道徳、でも神様的な人のヌードなら神聖なものだから描いてもOK。とは言えやっぱり聖母マリアみたいな信仰の対象のヌードを描くのは気が引ける。そこで他宗教の女神が採用された……みたいな感じでしょうか? でもこの説だと女神限定の話になってしまいますね)
 あるいは、とにかく古代ギリシャの作品の真似をしたかった、ということなのでしょうか?(ルネサンスって古代ギリシャ芸術とかを復興させるのが流行ってた時期のことですよね? 古代ギリシャ人は普通に信仰の対象としてギリシャの神々を描いて、ルネサンス期の人はそれを真似てみたってことなのでしょうか)

 長くなりましたが、質問を一言にまとめると「なんでキリスト教徒がギリシャ神話の絵を描く必要があったのか?」ということです。

 私は美術の知識も宗教の知識もほとんどないので、あまり難しい言葉は使わず、簡単におおざっぱに説明してもらえると嬉しいです。
 また、質問文中で見当違いなこと・勘違いなことも言っているとは思いますが、どうか多めに見て、細かい間違いは流してやってください。
 よろしくお願いします。

 先日ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』を見ていてふと感じた疑問について、質問させてください。

 当時(AC1500年ころ)のイタリアって、たしかキリスト教圏でしたよね。
 でもヴィーナスって、ギリシャ神話の女神ですよね?
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 ボッティチェリに限らず、ルネサンス期にはたくさんの画家がギリシャ神話の絵を描いていたと思うのですが、どういう理由からなのでしょう。

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Aベストアンサー

この問題は「美術史」や「宗教史」という狭い範囲で考える方が、分からなくなると思います。

おっしゃるようにボッティチェリは、ルネサンス時代の人です。
ルネサンスというのは、それまでキリスト教でがんじがらめになっていた精神を解放しようとか、古典古代の文化の中に人間らしさを見出そうという人文主義が花を開いた時代です。

ルネサンス期までの絵画というものは、技術的なレベルが低かったというのもそうですが、題材が基本的にキリスト教に関係したものばかりだったんですね。そうではなく、宗教に捉われない自由な題材を芸術として表そうとしたわけです。
しかもこの時代は、キリスト教が生まれる前の古典古代の文化への興味が強まった時代でもあります。
この二つの理由を考えれば、ギリシャ神話などが芸術の対象になるのは、むしろ自然の流れではないでしょうか。

この時代の芸術家や人文主義者というのは、古いキリスト教の思想などに対して懐疑的・批判的な面があったと同時に、古典古代の文化に対して憧れのようなものがあったと思います。決して宗教としてギリシャ神話を信仰したりしていたわけではないと思います。「神」というものが出てはきますが、ギリシャ神話は「神話」であって、「宗教」とは捉えていなかったと思いますよ。

ちなみにボッティチェリの後半生は、宗教画ばかり描いていたそうです。サボナローラという宗教家の影響で、「ヴィーナスの誕生」や「春」のような絵は描かなくなり、過去に描いたキリスト教的でないものの多くは焼いたと言われています。
なので、これらはとても貴重な絵なんですね。蛇足かもしれませんが…。

この問題は「美術史」や「宗教史」という狭い範囲で考える方が、分からなくなると思います。

おっしゃるようにボッティチェリは、ルネサンス時代の人です。
ルネサンスというのは、それまでキリスト教でがんじがらめになっていた精神を解放しようとか、古典古代の文化の中に人間らしさを見出そうという人文主義が花を開いた時代です。

ルネサンス期までの絵画というものは、技術的なレベルが低かったというのもそうですが、題材が基本的にキリスト教に関係したものばかりだったんですね。そうではなく、宗教に捉...続きを読む

Q古代ギリシャ人は、人前で全裸でいても恥ずかしくなかったのですか

古代ギリシャのオリンピックでは、選手は全裸で競技をしたそうですし、
アルキメデスは、浮力の原理を発見したとき、風呂から飛び出して、裸で街中を走ったとの話です。

古代ギリシャ人は、人前で全裸でいても恥ずかしくなかったのでしょうか。
それは男だけのことですか。

Aベストアンサー

ルネサンスでもそうですけど、人間の肉体は神(ゼウス)が自らに似せて創ったもので、鍛えられた筋肉は誇るべきものとされています。
オリンピックも全裸で行われており、建前では未婚の女性に限り、フィールド内での観戦も認められた、と言われています。(実際はこの規制はかなり緩やかだったようですけど)
結局、裸を恥ずかしいと思う感覚はキリスト教の影響で、ローマ人も男女混浴で風呂に入っておりますし、わが国でも銭湯は当然のことながら混浴、人前で全裸を晒すことになります。
嘗て、ふんどし画家といわれたダニエレという人物がいましたが、彼は師匠のミケランジェロが描いた「最後の審判」などの画像のフリチン男性に腰巻を書き加えたことで有名ですけど、これもルネサンスの人間の肉体は美しいものという思想から、キリスト教の裸体は羞恥心の塊という思想への転換を示すもので、現在は腰巻も消された形で展示されています。
イスラム原理主義が、女性が顔を晒すことは恥ずかしいと考えるのと同じことですよ。

Qギリシアやローマ時代の男性の彫刻はなぜ包茎ばかり?

ダビデ像に代表されるギリシアやローマの裸体彫刻はみな包茎ばかりですね。
不思議です。
この時代はみんな包茎だったんでしょうか?
そうだとするといまでもみんな包茎なのでしょうか?
真正なんでしょうか仮性でしょうか?
そうでないとするといつ頃、どういうきっかけでみんなむけるように
なったんでしょうか?
ありるいはこの時代には包茎がよい、とされていたんでしょうか。
くだらない質問で恐縮ですが、美術史的、あるいは解剖学的
観点から教えていただければうれしいです。

Aベストアンサー

宗教でするものが「割礼」(男子の場合について)で,宗教に関係ないのが「包茎手術」と思っています.ダビデはユダヤ人ですから,当然「割礼」していますよね.ユダヤ人は赤ちゃんのときに「割礼」をしていますので、大きくなったときに傷跡が残っているかどうかわたしはわかりません。そのダビデの像の製作者は,ユダヤの「割礼」を知っていたか,それとも無視したかもしれませんし、知らなかつたかもしれませんね.モデルが包茎であれば,その当時のギリシャ,ロ-マ人には「割礼」はなかったことも考えられます.エジプトでもしていたのですから,ロ-マ人もギリシャ人も「割礼」を知らないことはないはずですから。西洋人には,包茎が多いと聞いていますが,真偽は知りません.
「 割礼」HPはたくさんあります。
http://google.yahoo.co.jp/bin/query?p=%b3%e4%ce%e9&hc=0&hs=0
 「ユダヤの割礼」
http://www.ijournal.org/IsraelTimes/history/katsurei.htm
 「割礼の写真」
http://africa.u-shizuoka-ken.ac.jp/j/Essays1/Circum.html
 
「割礼」と包茎手術
http://www.tama.or.jp/~nob/nt8.htm

宗教でするものが「割礼」(男子の場合について)で,宗教に関係ないのが「包茎手術」と思っています.ダビデはユダヤ人ですから,当然「割礼」していますよね.ユダヤ人は赤ちゃんのときに「割礼」をしていますので、大きくなったときに傷跡が残っているかどうかわたしはわかりません。そのダビデの像の製作者は,ユダヤの「割礼」を知っていたか,それとも無視したかもしれませんし、知らなかつたかもしれませんね.モデルが包茎であれば,その当時のギリシャ,ロ-マ人には「割礼」はなかったことも考えられます.エジプト...続きを読む

Q画家はなぜ女の人のハダカを描くの?

と言う質問を子供(小学生以下)から受けたらどう答えますか。

真面目な回答でも、「『先生に聞け』とはぐらかす」というような回答でも、ジョーク風の回答でも結構です。子供のころ聞いたことがある人、子供に聞かれたことのある人の経験談も大歓迎です。

ちなみにhoragaiの母は、小学校低学年のころの妹にこの質問をされて、「女の人のハダカはきれいだから」と答えていました。
外国のジョーク集では息子に聞かれた父親が「愛人に毛皮を要求されるのにうんざりしたから」と答えています。

「子供のこんな質問をあしらうことなどわけもないぜっ」と言う方には第2の質問

マネの「草上の昼食」(ご存知無い方は下のURLでどうぞ)のような絵を見て「どうして女の人だけハダカなの」と聞かれたらどう答えますか。(こういう構図の絵は現代アートでは珍しくないですね)
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/000819.htm

*「芸術」や「教育」より面白い回答が来そうだと思ったのでこのカテゴリーに投稿しました。

Aベストアンサー

補足しますね。
私は絵を学んだ者ですが、描く側の人間から言わせれば男の裸も女の裸も絵にしてみたいものです。
動物の肢体を美しいと感じるのと同じで、生命を持った肉体は男のものであれ女のものであれ絵を描く人間の目には美しいと感じられるし、美しいものであれば描きたいと思います。
しかし男の裸は、前述の理由で作品にしたところであまり見てくれる人がいない(=世間からよしとされない)ので、描かれる事が少ないです。
世間に対して発表される作品ではなくて、デッサンなどでは画家も男性の裸を描く事が多々あります。
安井曾太郎が男性裸体の凄く良いデッサンを遺してます。
デザイン系じゃなくて、絵画系の美大生に男性の裸を描く機会を与えれば喜んで描いてくれますよ。

戦う女性の絵画は、ダヴィッドの『サビニ』とか・・・古典作にはそれなりにあります。けど、誰でも知ってる有名作品っていうのがあまりないかもしれません。

余談ですが男性の裸をきちんと作品として描いている画家もいます。ワイエスとかサージェントとか。
つまり画家は人間の体が好きだから裸を描く、でも男性の裸は世間からあんまり許容されないから作品として少ないって事です。

補足しますね。
私は絵を学んだ者ですが、描く側の人間から言わせれば男の裸も女の裸も絵にしてみたいものです。
動物の肢体を美しいと感じるのと同じで、生命を持った肉体は男のものであれ女のものであれ絵を描く人間の目には美しいと感じられるし、美しいものであれば描きたいと思います。
しかし男の裸は、前述の理由で作品にしたところであまり見てくれる人がいない(=世間からよしとされない)ので、描かれる事が少ないです。
世間に対して発表される作品ではなくて、デッサンなどでは画家も男性の裸を...続きを読む

Q西洋はなぜ写実画が発達しているのか

もとより芸術とは方向性の問題であって、優劣のあるものではないですが、そのうえで写実画という事に関して
東洋と西洋を比較すると西洋のほうがその方面への志向性が強いように思います。
もちろん東洋にも写実画はありますが、精密さにおいてかなり差があるように感じられます。
人物の肖像など見ると数百年も前の西洋の絵画はすでに写真のようにリアルですが、同時代のたとえば日本の人物画は
そこまでリアルには書かれていません。
(繰り返しますがだからといって西洋のほうが優れた芸術だと言いたいのではありません)

織田信長の肖像の例
西洋http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/52/Oda_nobunaga-sanpouji.jpg
日本
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/36/Odanobunaga.jpg

また西洋の場合単にそういう作品が多いというだけでなく、画材の発明にせよ透視図法のような技法の開発にせよ、
事物をいかにリアルに表現するかの手段を追求してきた歴史があります。
一方東洋の場合個人の感性において写実に優れた画家はいるにせよ、こういう理論化や体系的な研究という方向にはいってないように思います。
ただ絵画に比べて彫刻の分野だと西洋と東洋で写実性に顕著な差はないとも感じるのですが。
絵画における写実という方向への西洋と東洋のスタンスの違いは何に由来するのでしょうか?

もとより芸術とは方向性の問題であって、優劣のあるものではないですが、そのうえで写実画という事に関して
東洋と西洋を比較すると西洋のほうがその方面への志向性が強いように思います。
もちろん東洋にも写実画はありますが、精密さにおいてかなり差があるように感じられます。
人物の肖像など見ると数百年も前の西洋の絵画はすでに写真のようにリアルですが、同時代のたとえば日本の人物画は
そこまでリアルには書かれていません。
(繰り返しますがだからといって西洋のほうが優れた芸術だと言いたいの...続きを読む

Aベストアンサー

東洋絵画については、殆ど無知に近いので、他の回答者様にお任せするとして、参考に西洋絵画の特質についてお話ししたいと思います。(と言っても、こっちも素人に毛が生えた程度ですが・汗)

近現代に直接繋がる西洋の絵画が発達するのは、主にルネサンス期においてです。
それ以前にももちろん絵画が描かれていましたが、主にキリスト教を布教するための偶像としてでした。
それも、後にみるような写実的ではなく平面的でした。(余談ですが、キリスト教社会以前の古代ギリシア・ローマの美術は写実的でした。キリスト教の発展と共に、それらの華やかさは失われ、中世絵画になっていきます。)
(参考は初期ルネサンスのドゥッチョの<最後の晩餐>です、まだ中世が色濃く残ってますね)
http://art.pro.tok2.com/D/Duccio/du06.jpg

西ローマ帝国崩壊から続く暗黒期(蛮族の侵入でイタリアは荒廃していた)時期も終わり、徐々に幾つかの有力な僭主に統治される国や都市国家へと再編されていきます。
これにより、少しだけ社会が安定した(といっても戦争は絶えませんでしたが)からか、古代ギリシア・ローマ時代への復興とイスラム文化の輸入にいそしむようになります。(これがルネサンスです)
特に、シチリア島は一時期イスラム教国に占拠された時期などもあり、またその国の王フェデリーコ2世(ドイツ読みフリードリヒ2世、神聖ローマ帝国の皇帝でもあった)が積極的にイスラム文化を取り入れたために、イタリアがルネサンス運動の中心となっていきます。
その後、花の都と称されるフィレンツェで見事に大輪の花を咲かせます。

このルネサンス運動の試みは、中世に成熟したカトリック・キリスト教の教義と、古代ギリシア・ローマの知識・芸術・文化とアラブ・イスラム圏(初期にはビザンティウム帝国も)のそれを合わせた諸々の事柄を融合(合理的に説明)しようとする活動でした。
その中で、中世的な世界観からの脱却が計られていきます。
言い換えれば、中世では失われていた「理性」を取り戻し、世界を「正しく認識」しようとする運動と言っても良いかもしれません。
そして、絵画というのは宗教的な意味合いで書かれることが多かったので、この流れを汲んで、画家達は色々な技法や絵の具の開発をして「神の意志と世界と人間性を正確に模写しよう」としていったのです。
そして、そこに描かれる人物や風景、動物にいたるまで宗教的・哲学的(神学的)意味が込められていました。
例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチの<モナリザ>の背景に描かれている川なんですけど、これは時間の推移を現わしていると言われています。
上流は地球の始まり、中流に陸地と水の減少と文明を象徴する橋、下流は水=生命の消滅=キリスト教でいう終末etc,,,といった感じです。(もちろん、解釈は研究者によって諸説あります)
http://art.pro.tok2.com/D/daVinci/leon05.JPG

こんな感じで、イタリア・ルネサンスの絵画はカトリック・キリスト教とルネサンス期の思想とに密接に結びついています。

一方の北方ではまた違った発展をしていきます。
特に油絵の具の開発と、それによる光とグラデーションによる表現が特徴です。(イタリアは遠近法と重ね塗り技法による空間の合理的表現)
また、宗教改革の時代には、プロテスタントと密接に結びついていきます。
プロテスタントというのは、個人と神の繋がりを重視しますので(カトリックは間に教会が入る)、日常の一場面に神を感じ取ろうとする動きが盛んとなります。
その背景を受けて、北方画家の絵画は日常風景を主題にしたモノが多くなっていきます。
例えば、ヤン・ファン・フェイクの<アルノルフィーニ夫妻>は日常の結婚を祝う肖像画なのですが、シャンデリアの一本の蝋燭はキリストの象徴であったりとか、足下の子犬が忠実な象徴であったりとかetc,,,
http://art.pro.tok2.com/V/vanEyck/ey01.jpg

また、宗教改革期に描かれたハンス・ホルバインの<大使たち>も、その背景に描かれている棚には上段に天を意味する天文学の道具、下段に地上の快楽(音楽)を現わす楽器、足下には少し分かりにくく(斜め下から観ると見える)ガイコツ(もちろん死とはかなさの象徴です)が描かれています。
http://art.pro.tok2.com/H/Holbein/ho03.jpg

全てに宗教的・象徴的意味があります。

つまり、西洋では(イタリアと北方で視点・技法の差はあるものの)神学的・哲学的活動の一環として絵画があったと言えます。
つまり、神が創造した世界を忠実に再現したいという欲求や探究心が底流に流れているのではないでしょうか。
故に、体系的に論理的・合理的な説明ができるんだと思います。

東洋については、冒頭にも申しましたように無知なので言及できませんが、参考になれば幸いです。
参考サイト画像以下からの引用です。
「アート at ドリアン」
http://art.pro.tok2.com/Welcome.htm

東洋絵画については、殆ど無知に近いので、他の回答者様にお任せするとして、参考に西洋絵画の特質についてお話ししたいと思います。(と言っても、こっちも素人に毛が生えた程度ですが・汗)

近現代に直接繋がる西洋の絵画が発達するのは、主にルネサンス期においてです。
それ以前にももちろん絵画が描かれていましたが、主にキリスト教を布教するための偶像としてでした。
それも、後にみるような写実的ではなく平面的でした。(余談ですが、キリスト教社会以前の古代ギリシア・ローマの美術は写実的でした。...続きを読む

Q中に出さなくても妊娠する人結構いますか?

中に出さなくても妊娠する人って結構いますか? 避妊しず外で出した場合

Aベストアンサー

100組の妊娠可能な健康な男女(不妊などではない)が1年間排卵日付近にセックスした場合、膣外射精では約19人の女性が妊娠します。

生挿入の中だしはもちろん、いわゆる安全日でも、外だしでも、少しだけしか挿入していなくても、コンドームをしていても、したあと膣を洗っても、
  『 セックスをすれば、いつでも、妊娠する可能性はあります 』
挿入しなくても、精液やカウパー腺液(がまん汁)のついた手で女性器を触れば、妊娠する可能性があります。
他回答者様で「一滴も漏らさなければOK」との回答がありましたが、そんなことはありません。
生殖器内に前回射精をした際の精子が残っていたり、微量の精子が漏れ出して、カウパー腺液に混じる場合があり。
その場合は、その時の性行為では精液を一滴も漏らしていなくても、妊娠する可能性があります。
性行為をして、妊娠の可能性を0%にすることは、できません。
ちなみに、10代の女性が妊娠した場合、妊娠出産が原因で死亡する確率は、20~30代女性の5倍です。

数字で言えば、コンドームを普通に使って100組の妊娠可能な健康な男女が1年間排卵日付近にセックスした場合、だいたい3~14人の女性が『妊娠します』
コンドームは元々あまり避妊確率が良くない上に、理想的な使用方法を知っている人は少なく、間違った保管方法や使い方で避妊確率を下げてしまいやすいのでこのような数字になります。
使い方等の知識をもち理想的に使った場合で約3人。
知識がなく財布など目に見えない微細な傷がつきやすい場所に保管し、サイズが合っていなかったり、実はきちんと装着できていなかったり、途中から使ったりした場合で14人。ということです。
 (コンドームの使用法解説例 http://www.jfshm.org/std/condom/men/index.html)

「低用量ピル」という産婦人科で月2000~3000円ほどで処方してもらえる避妊薬を女性が毎日飲むと、同じ条件でだいたい0.1人が妊娠します。
コンドームとピルは、確率が2桁違い、ピルはより避妊効果の高い避妊方法と言えます。

「妊娠したら困る」という女性が性行為をする場合には、ピルの服用を強くおすすめします。未成年でも親にバレずに処方して貰えます。
(ピルには「気持ち悪くなる」等の副作用がありますが、いくつも種類があり、自分の体質に合った種類のピルを飲めば悪い副作用は最低限になり、かえってお肌がツルツルになる生理痛が軽くなるなどの良い副作用もありますので。
処方して貰ったピルが合わないと感じた時は、産科医に相談して種類を変えて貰いましょう。)

なお、ピルを服用した上で、性感染症や子宮頸ガンなど「性行為による感染で発症する病気」の予防の為、また妊娠確率を更に下げる為に、コンドームを併用する事をオススメします。
生でセックスすると、女性はガンになりやすくなります!
(子宮頸がんは不特定多数とのセックスが原因だというデマもありますが、1人の人と1回しかセックスしていなくても、生で挿入すれば可能性はあります。)

避妊しないでセックスしてしまった、コンドームが破れたなどの場合には、72時間以内(なるべく早いほうが効果が高い)に産婦人科で「モーニングアフターピル(緊急避妊薬)」というのを処方してもらって飲むと、妊娠する確率を大きく下げられます。
ただし、毎日低用量ピルを飲むよりも避妊確率は低いですし、かつ副作用も大きく、値段も高くなりますので、あくまでも緊急用ですけど。

妊娠を希望しない場合、きちんと知識を得てしっかり避妊してください。

避妊について:
http://www.jfpa-clinic.org/
http://www.hinin.info/
http://children.nemachinotsuki.com/love.html

ピルについて:
http://finedays.org/pill/

100組の妊娠可能な健康な男女(不妊などではない)が1年間排卵日付近にセックスした場合、膣外射精では約19人の女性が妊娠します。

生挿入の中だしはもちろん、いわゆる安全日でも、外だしでも、少しだけしか挿入していなくても、コンドームをしていても、したあと膣を洗っても、
  『 セックスをすれば、いつでも、妊娠する可能性はあります 』
挿入しなくても、精液やカウパー腺液(がまん汁)のついた手で女性器を触れば、妊娠する可能性があります。
他回答者様で「一滴も漏らさなければOK」との回答があり...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む


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