マンガでよめる痔のこと・薬のこと

禅から派生した芸術文化について実例を挙げて、詳しく解説して欲しいです。わかる方、教えて下さい!

A 回答 (1件)

お茶ですね。



このお茶に伴い、花、器、しつらえ等の文化も生まれました。

要するに、相手をもてなす心の文化と言えるでしょう。
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Q人生がうまくいく「求めない」法則

「人生がうまくいく「求めない」法則」 (扶桑社文庫)という本が売れているそうです。
2018年4月時点で460万部突破ですので、国内ではハリーポッターや、乙武さんの五体不満足並みですね。
それだけ、この考え方が共感を得ているということでしょう。

私はこの本は読んでいませんが、人生のいくつかの側面においては、諦めとは違って、いい意味で期待しすぎないこと、見返りを求めないことの重要性も感じておりました。
タモリさんも、自分にも人にも期待しすぎないことが人生哲学だそうです。

例えば、人に期待しすぎない方が、落胆もしないので、
価値観の違いを受け入れやすくなったり、
人付き合い・人間関係が楽になったりするそうです。
もちろんこういう事は程度問題もあるでしょうけど。。。

皆さんは、あえて、「求めない」、「期待しない」方がいいと思っていることはありますか?
(どんな小さな些細なことでも構いません)
例:
妻に料理上手は求めない。
教えてgooで回答しても、お礼は求めない。
等。

Aベストアンサー

日本人ですよ

わしもね
ついこの間まで
知らんかったけどね

戦後復興
マッカーサー元帥と昭和天皇の対談
昭和天皇の戦後の巡礼

マッカーサー元帥の聴聞会

教えられて無いことが
ネットでね
チラホラ流されてるんですよ

別に国粋主義じゃないけどね

日本の良いところを
なぜか、教えない!広めない
今の地上波では
反日思想や搾取目的の民営化

移民法や水道の民営化

現代日本人って?

思うところもあるけどね
( ̄▽ ̄;)わしのが偏りすぎてるね

ごちゃごちゃと書いてますが

gooだけにとどまらず
個人!個人の
価値観や感情が
ギスギスしてないかな?
なんて、思うときに
ハイジさんの質問を
拝見させてもらい
参加させてもらったんですよ

有意義な質問
議論の許可
解りやすい、反論

色々と感謝(*-ω人)いたします

ではでは
また、次の機会を
楽しみにしてますよ

追記
弁士はとかく狙われやすいので!お気をつけてくださいね

Qなぜ神様は恵まれない人たちを救済しないのですか?

なぜ神様は恵まれない人たちを救済しないのですか?

Aベストアンサー

人の幸不幸は、神に原因があるのではなく、自分自身にあるのです。

神に原因であれば救っていただける場合もあるでしょうけれど、人間(本人)に
原因があるのであれば、自分で何とかしなければならないし、自分でしか救えない
ものなのです。
逆に、自分に原因がある事を自覚して、真剣に努力すればその不幸な原因からも
幸福へと転換出来るという事です。これを『宿命転換』と言います。

Qこれまで数千人の命を救ってきた天才外科医1人の命となんの取り柄もないニート50人の命。どっちが大事で

これまで数千人の命を救ってきた天才外科医1人の命となんの取り柄もないニート50人の命。どっちが大事ですか?

Aベストアンサー

政治や経済、そして社会の利益から考えれば、天才外科医1人の命のほうが大事です。

でも、人道的にはどちらも大事、と云うしかありません。

宗教的には、ニート50人の命のほうが大事です。
本質的には、数は関係ありませんが、あえて選択するならと云う事です。
なぜかと云えば、天才はニートよりは理性という点において、数段神に近いという立場を確保しているからです。

だから神は、神にとっての遠い存在である“弱者”への想いが強いのです。

Qキリスト教について

本場の欧米で教会に行かれた人、もしくはキリスト教を学問として勉強した人に聞きます。客観的に見てキリスト教や聖書、そこで働く人たちについてどう思いますか?信じておられる方でなく、出来るだけ冷静に見られる方に聞きます。キリスト教や教会についての実態について、いい面も悪い面も含めて知ってる人、しゃべってもいい人いませんか?

Aベストアンサー

部外者の立場で見ていて、教会建築や音楽は素晴らしいですし、まったく勧誘の下心なしに、いろいろ参加をさせてくれますし、人々のマナーもとても好もしいですし、私が個人的に関わってきた範囲では、至って好感があります。

でも、信者として育てられた人たちの中に、罪の意識を植えつけられて、仏教に憧れるという人が多いようですね。教え自体によるところが大きいのだと思いますけど、事実を知った人たちはキリスト教が一番、残虐だと彼ら自身が思っているのですよね。これが決定打になって信じる気が失せてしまうのでしょうね。(つまり、現実を知ってる人はキリスト教に限らず宗教というものを信じない方向性があるように思いますが…)

キリストはシッダールタなどとともに賢人だったろうと思っています。しかし、宗教となると…人が集まるところ、とかく問題なしには済まないですね。とくに、昔は未知のものが今よりずっと多かったわけですから。

たまたま最近、読んでいたんですが、1906年に書かれた小説(ヘッセ『車輪の下』〔ドイツ〕)でもすでに、牧師は聖書には間違いや嘘があると言うことになっていて、庶民に敬虔な信者を貫こうとしている人が根強くいるという風に描かれています。

こういう背景がもうとっくの昔からあるわけで、教会関係者はもちろん組織存続のために在り方を見直して、求められる存在になろうと努力をしてきているのでしょう。

部外者の立場で見ていて、教会建築や音楽は素晴らしいですし、まったく勧誘の下心なしに、いろいろ参加をさせてくれますし、人々のマナーもとても好もしいですし、私が個人的に関わってきた範囲では、至って好感があります。

でも、信者として育てられた人たちの中に、罪の意識を植えつけられて、仏教に憧れるという人が多いようですね。教え自体によるところが大きいのだと思いますけど、事実を知った人たちはキリスト教が一番、残虐だと彼ら自身が思っているのですよね。これが決定打になって信じる気が失せて...続きを読む

Q人間 生きる目的や意義や意味が無かったら寂しいでしょうねえ?

人間として生きていて 生きる目的や意義がなく 意味のない一生だったら

非情に空しいし、寂しいでしょうねえ。

人間の生きる意味や目的は何でしょうか? ズバリ言って?

Aベストアンサー

>どういう事が出来れば「悪くない人生だったな」と思えるんですかねえ?

美味しいものを食べて、
綺麗な景色を見て、
美しい音楽を聴く。

そういう時間を大切な人と共有できればなお可。

Q人生なにが起こるかわからない と思った経験や聞いた話など ありますか?

人生なにが起こるかわからない

と思った経験や聞いた話など

ありますか?

Aベストアンサー

あるよ。911でのこと。当時、NYCのハーレムに住んでたの。
結果はご存知の通り。不幸な方も多くいた事件。
あの時、あのビルが崩れ落ちるちょっと前まで地下にストップしていた地下鉄に乗っていた人の話。
皆で MOVE!MOVE!と叫んだそう。動いて、ホッとして、タイムズスクエアに到着して、ホテルに入った時にやっと体温を感じたらしく
、血の気が引いていたんだろうねって。その後、真っ白にほこりをかぶった人たちが、Uptownに戻ってきたのを見て、一瞬の判断で、ほこりをかぶることもなくホテルに戻れたけど、あの時に地下鉄が動いてなかったら、、、と。

Q言葉の力で「自分」は変わる?

はじめまして・・・ではないのですが・・・

質問のタイトルの通りですが。少し補足を。

人が読書なり、カウンセリングなり、精神科医なり、或いはどこかで聞いた言葉によって、「変わる」=(改善される)ということがあるとしたら、それはどういう仕組みなのでしょうか?

つまりある特定の言葉=考え方・視点を獲得することによって、その人は何故、変わることができたのか?
逆に何故、誰と話しても、何を読んでも変わることができないのはなぜか?

その辺りを知りたいと思います。

尚以下のリンクは11年前(2007年)師走のわたしの質問です。

・・・今はharuさんではありませんが、長文を読み、またそれに対する意見を記述する体力も気力もありませんので、とてもこの当時のようなやり取りはできません・・・
このなかでも、回答No.3 shift-2007さんは、流石に当時盛んにやりあっていただけあって、質問の裏にあるわたしの真意を見抜かれていたようです。

今のわたしならこれをベストアンサーにするでしょう。

体調不十分で、充分なお礼すら覚束ない状態でノコノコ出てくること自体が間違いかも知れませんが、
それを承知で、何か書き遺してくれる方がいればと思い、投稿しました。

以上ご理解の上、気が向いたら書き込んでください。

可能な限り、補足には応じたいと思っています。

はじめまして・・・ではないのですが・・・

質問のタイトルの通りですが。少し補足を。

人が読書なり、カウンセリングなり、精神科医なり、或いはどこかで聞いた言葉によって、「変わる」=(改善される)ということがあるとしたら、それはどういう仕組みなのでしょうか?

つまりある特定の言葉=考え方・視点を獲得することによって、その人は何故、変わることができたのか?
逆に何故、誰と話しても、何を読んでも変わることができないのはなぜか?

その辺りを知りたいと思います。

尚以下のリ...続きを読む

Aベストアンサー

二者の違いについて。

やらない人はやれる事もやらない。
やる人は出来なくてもやってみる。
やらない人はやる気満々でもやらない。
やる人はやりたくなくてもやる。

違いは何かというと、荷物が多いか少ないかなのです。

おそらくフラグメントさんは、自分が何者なのか、沢山考えて、沢山知っているのでしょう。そしてそれが荷物になっている。
自分が何者か分からないと言う事は、過去にかなりの量のこうではないか、ああではないかという試しを行なって、無数の擬似的な答えを獲得して来たと考えられます。しかしそのどれもしっくり来なかったので、自分が何者か分からないと言うのです。

一方で、自分が何者か分かる人というのは、分からない事が負担になりません。生まれに縛られていないからです。それで、分からなくても歩き出せるのです。歩き出すので現実に何者かになる。歩き続けるので何者であるかも変遷して行く。そうして色のついた人生を築きあげるのです。

先ずは何者かである事から解放されなければ、何者かにはなれないでしょう。

特異な者と言う自己認識は、自分が何者であるか、分かっているし、分かっていないという二律背反が同時に存在している事からくる認識だと想像しました。

二者の違いについて。

やらない人はやれる事もやらない。
やる人は出来なくてもやってみる。
やらない人はやる気満々でもやらない。
やる人はやりたくなくてもやる。

違いは何かというと、荷物が多いか少ないかなのです。

おそらくフラグメントさんは、自分が何者なのか、沢山考えて、沢山知っているのでしょう。そしてそれが荷物になっている。
自分が何者か分からないと言う事は、過去にかなりの量のこうではないか、ああではないかという試しを行なって、無数の擬似的な答えを獲得して来たと考え...続きを読む

Q神は、優しいでしょうか。 どのような優しさを持ち備えられていますでしょうか。

神は、優しいでしょうか。

どのような優しさを持ち備えられていますでしょうか。

Aベストアンサー

生ける神イエスキリストの愛、今尚イエスキリストは私たち罪人を迎え入れ辛抱強く待っておられる、全人類を救う愛!

Qブロック

ブロックされた。
はじめて。

私はアホな質問に真面目に皮肉で答えた。

当人は真面目な質問にアホが答えたと思ったらしい。

天国か!

そこで、私と質問者双方に一言コメントお願いします。

なお当質問ではお礼はいたしません

Aベストアンサー

ん~ブロックなんて日常茶飯事なんで
気にも留めてませんね
まぁ人はアフォじゃないんで皮肉や馬鹿にしてる文章は
理解できます(その奥に隠されてる真意は理解しにくいですがね)

所詮、貴方も哲学者もどきのかまってちゃんだったのね
ってこの質問みて思ったくらいですね

Q思考の技術

を学ぶためにこのカテに来ています。

哲学は総ての基盤だと。

四つのkeywordを挙げて
端的に説明してください。


(欲張りなのはご容赦を)

Aベストアンサー

確かに、

>哲学は総ての基盤だと、

思われていた時代がありましたね。それは人間が成長する仕方とよく似ています。幼児の時に言葉を覚えますが、それが思春期の頃になると、理屈や理念の世界があることに目覚める。要するに屁理屈を言いだすようになる。それで成長が止まってしまう人も中にはいるでしょうが、普通は大人になると理念よりも重要なものがあることを、いろいろな痛い経験をしながら判ってくる。それは事実の世界です。

経験の未熟なものはまず理念を頭でこねくり回し、人はどうあらねばなぬ、自然はどうあらねばならぬ、と論じ始め、それで事実の世界を整理しようとする。ところがそれではうまくいかないことを経験で認識し始めます。そして、理念や理屈をこねくり回す前に、「ところで人はこいう時どう振る舞ってきたんだ」とか、「自然てどうべきかではなくてどうあるのか」という事実の世界を一先ず観測して、その観測事実に基づいて、あとから理屈や理念を後出しジャンケンのように付けてゆくのが筋ではないかと分かるようになってきた。

事実、人類は言葉を使い出して、最初のうちは、理屈だ理念だ哲学だと語り出した。その数十万年にも及ぶ経験の結果、今から2500年ほど前にある意味理念の世界が極限に到達した。それが、孔子や釈迦やソクラテスやそれから500年ほど遅れてイエスです。彼らは人類の師と呼ばれ、いまだに彼らを凌駕する人は出ていないと考えられているようです。そして、彼らは「人間はどうあるべきか」という理念を語った。その同時期にアリストテレスは「自然はどうあるべきか」という理念を語った。

ところが、その後2000年も経っても戦争も病気も無くならず、世の中一向に良くならなかった。そんな痛い経験をして行くうちに、人間が大人に成長して行くのと同じように、人類も、

「ちょっと待てよ、人間はどうあるべきかという理念や哲学を語る前に、そもそも人間はどうあるのかという事実をまず認識しようじゃないか」

と言い出した。それがマキャベリです。そして、政治学という社会科学が誕生した。また同時期に、「自然はどうあるべきか」という理念や哲学を語る前に、そもそも「自然はどうあるのか」という事実をまず認識しようじゃないかと言い出した人がいた。それがガリレオです。そして、自然科学が誕生した。すなわち、人間一人一人も人類も、まず未熟な段階では、

 理念や哲学による理屈づけが先、事実があと、すなわち、哲学 => 科学

という順序で世界を認識してきた。しかしその後、色々な経験をして成長を遂げた結果、

 事実が先、理念や哲学が理念や哲学による理屈づけがあと、すなわち、科学 => 哲学

という順序で世界を認識するように進化してきたのです。その傾向は20世紀以降著しく、特に量子力学や相対性理論の発見以降、世界の認識に対する哲学者の未熟さが白日のもとに曝け出され、世界認識に対する哲学者の権威の座を科学者たちに譲渡してしまったというのが現状です。事実、20世紀以降世界の認識における重要な進歩は哲学者ではなくて、科学者によってなされてきたのが歴史的事実です。

哲学者は人間の性として、どうしても自分の育ち至った経験を通した思索によって、さらに我々が通常使う言語によって、我々の経験を外挿して世の中を認識しようとします。ところが、自然界の認識には、日常言語ばかりでは不十分であり、数学という特殊言語を駆使しないと認識不可能なことがあることが判ってきました。例えば、世界を認識するのに例えば長さがや大きさなどを数値で表し、それを比較すれば、論理的に解ると思っていた。ところが、事実はどうなんだという自然科学の発達で、我々が世界を認識するには「数」そのものでなくて、そのような長さや大きさに対応した「演算子」なる実態がそのような数値で表される量の裏に潜んでいることが本質であることが明らかにされました。このような世界認識に対する事実の発見は、日常言語を使いながら頭に浮かび得るどのような整合した論理的思索をしても、発見できるものではありません。

事実の認識は、カントの言う「総合的真偽の判断」に基づいた認識であり、 理念の認識は「分析的真偽の判断」に基づいた認識です。だから、如何に理念の分析をしても事実の世界は認識できないのです。

科学者に比べて哲学者の未熟さを揶揄って見せた一例として「ソーカル事件」をググってみてください。

もう一点のkeywordに関してですが、哲学は人間の言語で語ります。そして各言語にはそれ特有の個性的な文化がある。例えば質問者んは日本語を話し、日本語をみながら育ってきました。そして、日本語は、漢字という表意文字であり、ひらがなやカタカナは表音文字です。さらに漢字には音読みと訓読みがある。このように日本語は他の言語界では考えることすらできないような多次元的で多様な言語空間を持っているのです。ヨーロッパ語のような表音文字しかない一次元的な単純な言語空間ではない。

当たり前なことですが、多次元空間ではその次元を制限して、より低次元の世界を見ることができる。例えば3次元空間に住む我々は2次元空間を見ることができます。ところが、我々は4次元空間を見ることができません。同じように、多次元に住む日本人は表音文字しかない一次元的ヨーロッパ人のみている世界を簡単に認識できますが、その反対にヨーロッパ人には日本人の見ている多次元的な世界認識を理解することは至難の技なのです。

私は、質問さんが例として挙げたkeywordsがどうして、そんな単純なアルファベットという低次元言語で表されているものだけなのか、理解に苦しむところです。

確かに、

>哲学は総ての基盤だと、

思われていた時代がありましたね。それは人間が成長する仕方とよく似ています。幼児の時に言葉を覚えますが、それが思春期の頃になると、理屈や理念の世界があることに目覚める。要するに屁理屈を言いだすようになる。それで成長が止まってしまう人も中にはいるでしょうが、普通は大人になると理念よりも重要なものがあることを、いろいろな痛い経験をしながら判ってくる。それは事実の世界です。

経験の未熟なものはまず理念を頭でこねくり回し、人はどうあらねばな...続きを読む


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