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「おまんこ」と同じで

女性性器の俗称
https://dictionary.goo.ne.jp/jn/33025/meaning/m1 …
という意味であることは周知の事実と思われます。

ただ、「女子」という熟語に「めこ」という読みがあることは寡聞にして知らなかった。
https://dictionary.goo.ne.jp/jn/217277/meaning/m …
そこで質問ですが、
「おめこ」の「めこ」は「女子」の読みからきたものでしょうか?
そうだとした場合も含め、この「お」は尊敬語または美化語のうちどちらでしょうか?
それとも「おめこ」自体が元々ひとつの単語ですか?

A 回答 (3件)

全国マン・チン分布図



松本 修著
インターナショナル新書

今年発売されたおまんこやちんちん、ちんぽなどについて
なぜそのように呼ばれているのか
全国ではどのように呼ばれているのかの
名著です

この本の中では
おまんこでもちんぽでも何でも
いくらでも出てきます

もう外に出てこの言葉を使ってもいいくらい
いくらでも出てきます

さて
「おめこ」ですが
簡単にいうと
「お」は敬称

お月様とかお母様のように
頭に「お」をつけます

で、「め」ですが
女々しいという風に
めは女性の表現ですね

地方によっては
「めんちょ」などとも言います
ここでも「め」が使われています

最後の「こ」は
「どさんこ」や「ちびっこ」などのように
これも敬称で
可愛いものの最後に「こ」をつけるのですね

ある意味「女子」でも同じことですから
正解といえば正解ですね

幼女の性器は
ふっくらとしておまんじゅうに似ているところから
昔はまんじゅうとも呼ばれていて
そこに敬称の「お」がつき
最後に可愛いので「◯◯っこ」がつき
「おまんこ」ですね

ですから、大人の女性では
「おまんこ」はふさわしくないかもしれません

詳しくは
上記の本をお読みください
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

いずれにせよ、「お」は接頭語ということで良さそうですね。

>可愛いものの最後に「こ」をつけるのですね

そちらの「こ」ですか。
これは想定外でした。

接頭語 お +め(女)+接尾語 こ

という構図ですね。また、

め(女)+接尾語 こ



めこ(女子)

が被っている、と。


>最後に可愛いので「◯◯っこ」がつき
「おまんこ」ですね

接頭語 お +まんじゅう+接尾語 こ

音便で

接頭語 お +まんじゅっ+接尾語 こ

となり、

短縮形で、

接頭語 お +まん+接尾語 こ

ですか。
題材が題材だけに、なかなか奥が深そうです。

お礼日時:2019/03/29 22:12

私が小学生のころ・・・昭和40年代ですが(笑)


同級生で男と女で子を作る。。。すなわち男女子で「おめこ」だという哲学者がいましたね(笑)
小学校5年の頃の話です。それにしてもませてたなぁ(笑)

ただ、おめこにしろおまんこにしろぼぼにしろちゃんべにしろ、女性性器=性行為っていうのは、やはり女性差別なのか、性行為そのものが子どもを作るためのものだけに女性性器と同じ呼称にしたのか、非常に興味深いですね。ちんちんぃよう、ちんぽしようとは言いませんし(笑)
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

「男女子=おめこ」ですか。
これは直球ですね。
想像力と言うべきか創造力というべきか、いずれにせよ小学校5年生に負けました。

>女性性器=性行為っていうのは、やはり女性差別なのか、性行為そのものが子どもを作るためのものだけに女性性器と同じ呼称にしたのか、

平安時代はなんと言ってたんですかね・・。
源氏物語に記されているとは思いませんが、ふと気になりました。

>ちんちんぃよう、ちんぽしようとは言いませんし

一理ありますね。
男側が求める欲望の対象であることも関係していそうな気がします。

お礼日時:2019/03/29 21:55

京言葉のメノコからの派生らしいですが


この手の俗称は正確な情報を得ることは難しいです
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

なるほど。
たしかに采女 女雛 といった言葉もありますし、「め=女」は特別な読みではなかったですね。
気付きませんでした。

女の子(めのこ)から来ているとすれば、
めのこ⇒おめのこ⇒おめこ
ということになるのかも。

お礼日時:2019/03/29 21:44

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次のサイトで専門家(松浦 年男)の素晴らしい考察が読めます。

https://researchmap.jp/jo79b9rew-29376/#_29376

どちらのアクセントも理論的にありうるそうです。

まとめだけ引用すると、

  •語種と音の構造から言えば,「令和」は2モーラ+1モーラという組み合わせの
   漢語なのでレ\イワとなる。
  •個別の漢字という要因から言えば,「令和」は「和」という漢字のアクセント
   パターンによってレイワ ̄となる。
  •固有名として使われたという要因から言えば,「令和」はレ\イワとなる。

ということだそうです。

専門家の論証というのは、読んでいて本当にほれぼれします。

saburoo

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何だかいろいろ錯綜していますね。

まず、可能形(可能動詞・可能構文)というのは、すべての動詞についてあるわけではありません。

   可能構文は意志的な行為について述べるため、通常、主語は有情物であり、
   動詞は意志動詞に限られる。
                『現代日本語文法2』p.278(くろしお出版)

例えば、自然現象である「雨が降る」「雷が鳴る」は、
   ×雨が降れる  ×雷が鳴れる
とは言えません。

人間の非意志的な動作、例えば「財布を忘れる」も、
   ×財布を忘れられる
で、可能形は使えませんが、「嫌なことを忘れる」なら、「忘れよう」と努力して、
    嫌なことを忘れられた/忘れられない
のように可能形が使えます。

「つながる」も、
    この路線は地下鉄につながっている
では非意志ですが、
    世界の人とつながろう!
のような用法なら意志動詞です。

「意志動詞」というのもよく分からないところがありますが、ある動詞が意志動詞かどうかというよりも、用法ごとに考えるべきでしょう。

さて、「つながる」の「可能形」ですが、ひらがな単位でやるよりも、形態論の分析はローマ字を使ったほうがいいでしょう。

   可能構文の述語動詞は、動詞の語幹に可能の接辞をつけて作られる。可能構文は、
   動詞の語幹に接辞「-e-ru」(I型動詞の場合)や「-rare-ru」(Ⅱ型動詞、「来る」
   の場合)が付加した派生動詞によって表される。
           『現代日本語文法2』p.278(くろしお出版)

「つながる」は五段動詞(I型動詞)ですので、
   tunagar -u → tunagar -eru つながれる (「つながられる」は受身形)
です。
  例 世界の人々とネットでつながれると思ったのだが、なかなかうまくつながれない。

「可能動詞」という言い方は、五段動詞の場合、助動詞「れる・られる」の付加による
   よむ → よまれる
の形ではなく、普通は「よめる」が可能を表す形として使われるので、それを「よむ」とは別の独立した動詞として名付けたものでしょう。(すみません。この辺の事情はよく知りません。)

この「よめる」という形は、ひらがな単位での分析では「よむ」から作ろうとすると無理があるので、可能形とは呼びたくないのでしょう。

上の、ローマ字を使った(つまりは音素表記?)なら、語幹に「れる」ではなく「-e-ru」をつければいいわけです。

なお、大辞林などが「可能動詞」を付記していないのは、「つながる」の多くの用法が非意志的なものだからではないでしょうか。上に書いたように、ある動詞の用法全体が意志的(つまり可能動詞がありうる)あるいは非意志的であるとは言えないので、その動詞の「可能動詞」が[ある/ない]とどちらかに決めることは難しいのです。

以下は補足的なことです。

「つなぐ」「つなげる」の可能形は、
   tunag -u → tunag -e-ru (可能動詞)  (「つながれる」は受身形)
tunage -ru → tunage -rare-ru (元が一段動詞なので「可能動詞」はない)
です。
この二つの「つなげる」は、上は「つなぐ」の可能形(可能動詞)で、「~できる」の意味を持ち、
下は単なる他動詞です。
   恥ずかしくて手をつなげない。(つなぐことができない)
   コードとコードをつなげる。(結びつける・延長する)

可能の「れる・られる」について、いまだに国語辞典などが「五段動詞は未然形に「れる」がつく」としているのはちょっと驚きでした。
   読まれる 書かれる 泳がれる 死なれる 解かれる 持たれる 言われる 切られる
などを可能の意味で使われると、誤解が生じるのではないでしょうか。(もちろん、普通「読める・泳げる」が使われる、とは注記してありますが。)

saburoo

何だかいろいろ錯綜していますね。

まず、可能形(可能動詞・可能構文)というのは、すべての動詞についてあるわけではありません。

   可能構文は意志的な行為について述べるため、通常、主語は有情物であり、
   動詞は意志動詞に限られる。
                『現代日本語文法2』p.278(くろしお出版)

例えば、自然現象である「雨が降る」「雷が鳴る」は、
   ×雨が降れる  ×雷が鳴れる
とは言えません。

人間の非意志的な動作、例えば「財布を忘れる」も、
   ×財布を忘れ...続きを読む

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ご回答ありがとうございます。

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