【お題】絵本のタイトル

よ「く困っている人を助けるにはどうしたらよいか?」という問題に対して
「飢えた者を救うには魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ」
という解答が示されることがあります。

要は「その場しのぎの解決策ではなく、根本療治をせよ」ということだとおもいます。

まあ、こういう解答が示された場合、「魚を与えろ」論を唱える人は
「今すぐ助けなければなら無い消えかかった命を目の前にして、その対策は無意味」
「大所高所からの意見は役に立たない。そのような意見をいう人は、”俺はもっと広い視野でモノをみているんだぜ!”という自己満足に浸りたいだけ」
と反論し、反論された「釣り方を教えろ」論を唱える人は
「狭い視野でしかモノが見えない哀れな連中」
「確かに対処療法は今すぐに役に立つが、長続きしない」
「小出しにして食料を与える方法では、飢えた人はいつまでも魚を与えてくれる人を頼りにする。
 その結果が貧困ビジネスとなる。
 ”魚を与えろ”論者は貧困ビジネス肯定論者である」
などと終わらない議論が続くことになります。

それはさておき、
「飢えた者を救うには魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ」
というのは原典は何でしょうか?
「孟子や孔子の書物にのってる」という説もあれば
「いや、万葉集だ」、「いや枕草子だ」、
「何を言うか、聖書に決まってる」
「この世の物語のすべてはギリシャ神話が基だ。ギリシャ神話に違いない」
「シェークスピアじゃなかったっけ?」
「多分、落語だよ」
などなど、諸説入り乱れてよく判りません。

「飢えた者を救うには魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ」
の原典を教えてください。

A 回答 (4件)

老子


「授人以魚 不如授人以漁」です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます

孟子でも孔子でもなく老子でしたか。

もう少しで正解だったのに・・・

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2019/05/13 17:40

意外と、複数の地域で同時多発的に出来たんじゃないですかね?


何故「魚」が共通しているのかがポイントです

農耕系であれば、種や栽培場所の問題がありますし、即効性がありません
木の実などの採集系は、季節要因に左右されます
狩りは技術や体力が必要です
その点、魚であれば、そもそも必須である水場のアテはあるでしょうし、井戸を掘る技術もないころの発祥であれば不自然ではありません
また、道具の準備さえ整えば、(食べられる魚を釣るだけなら)そこまで難しい技術も体力もいりません
発祥とされる地域を考えると、河川が凍結する地域は含まれていませんしね

以上のことから、各地で同様の言い回しが生まれたのではないでしょうか


本題に無関係 つまり蛇足
対処療法じゃなくて、対症療法
「胃がんに新しい対処を試す」「胃がんに新しい療法を試す」
どちらも同じ意味です
病気や怪我への対処=療法 です
転記元のミスやタイプミスから来る誤変換ならともかく、間違って覚えてると「残念な人」に・・・
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます

>意外と、複数の地域で同時多発的に出来たんじゃないですかね?

そういう可能性もあるかも知れませんね。
あるいは最初に言い出した人が著作権を放棄した、とか・・・(笑)

>転記元のミスやタイプミスから来る誤変換ならともかく、間違って覚えてると「残念な人」に・・・

おっしゃるとおり、私は残念な人ですね。

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2019/05/13 17:40

山崎伝助

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原典は、諸説あり。


http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrde …

要は、モノを与えるのではなく、ノウハウを教えろって事。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます

お礼日時:2019/05/13 11:31

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