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だうして蜜柑は蜜柑なのでさう
だうして蜜柑の実がひつそりとつつましく
中にかわいい部屋を揃へてゐるのでさう
だうして蜜柑は葡萄でなく
葡萄は蜜柑でないのでさう

だうして目の前に蜜柑が有るのでさう
だうして林檎ではなく蜜柑なのでさう

だうして蜜柑は甘いのでさう
だうして大根は辛く、梅は酸っぱいのでさう

だうして私は私なのでさう
だうして心臓が音を立て休むことなく
私の胸の中で動いているのでさう
だうして私は他人ではなく
他人は私でないのでさう

この世は全て見た通り、聞いた通りの世界だからです
この世に有るものは現に有るのであり
禅問答など無や空について考えても無駄だからです

A 回答 (6件)

#2のお礼欄関連で:



バタフライ効果は少数自由度系(例えば粒子がほんの数個のような仮想的な系)でのカオス的な振る舞いの中で発見された事象です。この効果は近年話題になっていますが、それ自身はすでに100年以上前に知られていました。事実、19世紀後半にフランスの偉大な数学者ポアンカレの有名な天体の質点の3体問題(3粒子問題)にカオス的な振る舞い、すなわち、初期条件がわずかに違った二つの軌跡の距離が時間と共に倍々と指数関数的に離れていってしまう解が普通にあることが知られていました。この指数関数的というのがここではキーワードです。

例えば、数を0と1と小数点の組み合わせで表すと、倍にするとは、その小数点の位置を一つだけ右にずらすことです。そこで、次の2つの2進法で表された数を考えてみましょう。

1) 0.110101110111

2) 0.110101110101

この二つの数は小数点以下11桁目だけがわずかに違った数です。だからほとんど同じだとも言える。

そして、1と2)を2倍すると、それぞれ、

1') 1.10101110111

2') 1.10101110101

となります。

そこで、この二つの数を倍々と繰り返して行くと、小数点が右に一つずつ動き、わずか11回の操作でこの数は全く違った数になってしまいます。

一方、どんなに高性能なコンピュータでもそれは2進法で計算し、それが扱える桁数は32桁、64桁、128桁などの有限の桁です。そして、例えば128桁を扱える超高性能のコンピュータでも小数点以下128桁目の数だけが違う2つの数は、コンピュータでは同じ数として扱われてしまう。だから、倍々と指数関数的に距離が離れていくと、コンピュータのたった128回の操作で最早この二つの軌跡は全く違ったものになってしまう。

バタフライ効果とは、ある数から出発したとして、その出発点で、小数点以下、例えば128桁目や、あるいは256桁目というとてつも小さい部分に予期せぬ誤差が入り込むなどした場合、(例えば、その出発点で蝶々が羽ばたいて、これらの桁数の最後の部分の数だけが変わってしまったら)その後の、ほんの128回や256回のコンピュータの操作で、その予測が全く不可能になってしまうという効果です。

だから、天気の状況が力学の解として予測されている限り、蝶々の羽ばたきの結果、その後に雨となるか晴れとなるかの予測が不可能になってしまうという主張です。

しかし、この議論には決定的な欠陥があります。それは、空気を構成する粒子の数は少数ではなくて、とてつもない多くの数の粒子から構成されていることを無視している点です。

確かに少数自由度系で起こるカオスではその軌跡のあり方がわずかな誤差でも決められないという意味で不安定になりますので、上の論理が成り立ちます。しかし、実際の空気はほとんど無限大と考えても良いほどの多粒子系なのです。その場合、個々の軌跡はとてつもなく不安定になり、各軌跡の動く方向がデタラメになってしまいます。しかし、そのデタラメさのゆえに、その軌跡全体の平均値などは、その誤差が互いに打ち消しあって、全体の統計的性質は逆に安定化します。要するに、一つ一つの軌跡の予測は不可能になってしまいますが、その不安定性ゆえに、全体の軌跡の統計的振る舞いは安定化するのです。

ですから、一羽の蝶々が飛んだからといって、雨になるか晴れになるかの統計的な予測には大して影響がありません。

バタフライ効果を面白がって論じている人たちは、ほとんどが少数自由度系のカオスだけに興味がある人たちであり、もっと巨大な多自由度系の統計的な性質を論じたことがない人たちのようです。すなわち、個々の軌道の不安定性と、軌道の集まりの統計的な安定性の関係を、数学を使って本気で定量的に考えたことがない人たちが多いようです。
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この回答へのお礼

>確かに少数自由度系で起こるカオスではその軌跡のあり方がわずかな誤差でも決められないという意味で不安定になりますので、上の論理が成り立ちます。

少数自由度系のカオスといえば、2連結振り子が有名ですね。
2個の振り子を連結しただけでその動きは一挙にカオスの世界に入る。
自然現象はまことに不思議な世界です。
そもそもカオスとはいとも簡単に発生しうる現象なのではありませんか。
それが少数自由度系であれ多自由度系であれカオスはいとも簡単に発生するのではないでしょーか。
実際、竜巻は多数の空気分子が集まる大気中で定常的に起こっているカオス現象の典型ではありませんか?
竜巻を記述する微分方程式ないし、今後も出てこないのではないでしょーか。

お礼日時:2019/06/11 18:58

この世は全て見た通り、聞いた通りの世界だからです


この世に有るものは現に有るのであり
禅問答など無や空について考えても無駄だからです
 ↑
観察の理論負荷性、という言葉は御存知だと
思います。

我々は、見たとおりには見ていません。

バラの花を見る。

それは、既に頭の中にあるバラと化学反応を
起こして見えるバラに過ぎないのです。

バラそのものを見ているわけでは
ないのです。

死の直前になると、そのベールが剥がれ、
バラそのものを見ることが出来るそうです。
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https://www.asahi.com/articles/ASM675VJ2M67UCVL0 …

~~~~~~~~
今日は文学的dスネ。スチル謎ですよね。たぶんブルーレイだからなのかな。
gyらとキャラということで。

美はなぜ美だと思うのでしょうね。感じるか。に場合。
真善美だと美も理性的なものでしょうか。

スイスの中の王がき
全然違う。
ヒラリーホワイトホールパトナ無はないのか。
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この回答へのお礼

>スイスの中の王がき
全然違う。
ヒラリーホワイトホールパトナ無はないのか。

うーむ、あまりに文学的すぎて意味わからんわ。
トホホ。

お礼日時:2019/06/11 18:39

copulaにおけるtautologyと言ってわかりにくければ、


繫辞における同語反復と言えばええんかの。
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>禅問答など無や空について考えても無駄だからです



禅問答の基礎知識から。これは公案と言われる臨済宗の独特の脳味噌訓練なんですよ。
その訓練の意味を解ってない人のみちみちみっちゃんみたいなのが禅問答にケチをつけるんだろうね。

自分の埋め込まれたこの世界を言葉を使って論理的に理解できるとみっちゃんは思い込んでいるんだね。でも、論理には限界がある。言葉を超え、論理を超えた脳内の反応で世界を捉えなくてはならないことがある。そこで、論理や合理性をぶち壊して、論理を超えた世界を把握する方法として、公案が考え付かれたんだよ。

わっかるかな〜、わっかんね〜だろ〜な〜
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この回答へのお礼

ちょとっちゃんにひとつ訊いておきたいことがあるんだけどね。
バタフライ効果って有名な話があるよね。
ブラジルのジャングルで一匹の蝶が羽ばたきしたら、それはアメリカのオクラホマ州あたりで竜巻を起こしうるってストーリー。
それはほんとーかってこと。

お礼日時:2019/06/07 20:27

ダーウィンの進化論から、生物は皆、生き残れるように淘汰され、進化してきた。


だが今日は、人間という生き物が人間にとって都合のよいように生き物を"進化"させている。
ただそれだけである。
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