あなたの習慣について教えてください!!

男尊女卑ってどんな思想価値観ですか?

A 回答 (9件)

男は強い → 偉い!

    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2019/07/26 07:00

思想価値観などありません。


男性を敬い、女性を卑下する。ただの男女差別です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2019/07/26 07:00

字体のまま


男尊 ・ 女卑 と言う意味です
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2019/07/26 07:00

男が働いて稼ぐので女は俺の言うことを聞いて子供を産み育てればよい


子供ができないと三行半をつてられて即離婚
女は人間でなく物の扱い
ただし、上州の母ちゃんは養蚕で女性が稼いでいるので男女の立場が反対になっていたとか
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2019/07/26 07:00

男を尊び女を卑しむ思想です。


江戸時代の士農工商で言うと、士、つまり武家社会はほぼ男尊女卑です。
一方、農家、商家は女性も働き手として活躍したので女性の発言権が強いです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

農家や商家では発言権あったんですね。ありがとうございます

お礼日時:2019/07/26 06:59

女性を対等な人間だと思わずに格下だと思って扱う、それを当然だと信じて疑わない習慣。



日本は男尊女卑文化が酷い方なので、それが男尊女卑だと意識できず自然にしてしまってる男性が多い。
やられる女性側にしても、あまりにも慣れ過ぎて気付かない事が多いが、海外などに行って差別されない事を体験する事で、日本でのあれは女性差別、男尊女卑だったと気付く。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

セクハラって男尊女卑ですよね。ありがとうございます

お礼日時:2019/07/26 06:59

男尊女卑と言う言葉は、中国の古典「列子」の天瑞篇に出てくる言葉です。



男女之別,男尊女卑,故以男為貴
男女の別は、男は尊く女は卑しい。このため男が貴いものとされている。

中国はユーラシア大陸にある国ですが、大陸は洋の東西を問わず昔から「男尊女卑」です。
なぜ男尊女卑になったかというと「民族同士の争いがたくさん起こった」からで、負ければその民族自体が滅亡しました。古代から現代まで残っている民族のほとんどは戦争に勝ち抜いてきた民族であり、彼らがなぜ生き残れたかと言うと「男達が戦って、民族を存続させたから」です。

そのため、中国でもヨーロッパでも「父権制」が主流になりました。父権制というのは「男が強く偉い。男の指示に従っていれば女子供は安全で、子孫繁栄するし、民族も生き残れる」というものです。

割と近年まで選挙権が男子のみだったのは「男が社会を運営している」という認識が強く、それは「戦争によって自分たちの社会を維持する」という意味も持っていたからで、選挙権は徴兵されて「社会を守るために死ぬ」という義務と引き換えの権利だったからです。

このように男尊女卑の根本的な思想と価値観は「男は家族を守ることができ、社会(民族)を守ることが出来るので、女子供はそれに従え」ということです。
この辺りがよく分かるものに「ナポレオン法典」があります
https://blog.goo.ne.jp/nog_phj/e/f126cf5ec5a7832 …



ちなみに、日本は歴史的に大陸の文化に比べれば男尊女卑ではありません。多くの人が誤解していますが、全然違ったのです。

ナポレオン法典の中身を見てもらうと分かるように、大陸の国々では、女性に財産権すら渡さず、学問をする権利すら法律で奪っていました。中国には科挙がありましたが、男性しか受けられないので、女性が入れる学校、という概念が無かったのです。

日本は墾田永年私財法によって、個人財産が認められた時に男女平等に財産権が付与されました。日本の女性は古来から財産権を持っていたのです。この時点で大陸のほとんどの民族と異なります。

財産権があると「自分で自分の財産を守る」という行動が必要になっていきます。
そのため日本の女性は「兵隊」として、自分の地域の領主の求めに応じて出兵することもありました。もちろん男性が優先されるのですが、夫がすでに他界して息子はまだ小さいとか、大人になったが家族に娘しかいない、などの理由で女性も出兵したのです。その割合は大体3割だったようです。

江戸時代になっても日本は男女同権でした。武士は男性優先でしたが、人口からみれば3%程度しかいません。ほとんどの農民・町民などは男女同権であったわけです。

そのため、江戸時代の風習を書いた本には「妻や娘が勝手に夜遊びに行って、帰ってこない」とか「妻と離婚したいが、持参金を返せないので離婚できない」などの男性の嘆きが載っています。
大陸の父権制の国なら、家長の指示を無視するなら殺しても咎められませんでしたし、妻が実家から財産をもらってきても法律的には夫の財産であったのです。

ですから大陸の国では「婿養子で肩身が狭い」という人は殆どあり得なかった、のです。

これが変化したのは明治になり、西洋の制度を取り入れたからです。富国強兵のために徴兵制度を採り入れ、家の管理も父権制を取り入れました。つまり「戦争に行って戦うお父ちゃんが一番偉い」と言う考え方です。

しかし、それでも日本では家計管理は妻がやりました。大陸では女性に財産権が無いので、買い物程度はできても家のお金を管理することは有り得ませんでした。
 現代でも欧米の家庭は男性が家計管理するのが基本ですが、日本では主婦が管理するのが基本です。

日本は実は意外に男尊女卑の国ではないのです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

民族時代からの名残なんですね。日本が男尊女卑でないって意外ですね。ありがとうございます

お礼日時:2019/07/26 06:58

男が女を養う義務があると考える考え方。

    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2019/07/26 06:43

男は偉いんだから、妻子を養え、


命がけで守れ。

500円亭主で我慢しろ。

嫁さんに給与を取り上げられても
耐えろ。


つまり、男を旦那様、御主人様とおだてあげ
妻子の為に過労死するほど働かせる思想の
一つです。




一般に女性よりも男性のほうが平均寿命が短いというのはご存じでしょう。
日本では男女の平均寿命の差は6.4歳。アメリカは6.9歳、
いずれも男性の方が短命です。なぜなのでしょうか。

「それは単に生物学的な性差で、しかたないんじゃないの?」と思うかもしれません。

しかし、統計データによるとアメリカでも日本でも、
1920年時点の男女の平均寿命の差は1歳ほどにすぎなかったのです。

つまり、生物学的な要因以外に、近代になって男性の寿命を縮めている
社会的な要因が存在するということです。

寿命だけではなく、自殺率も女性より男性のほうが圧倒的に高い。
暴力事件の被害者になる割合、仕事中に労働災害に遭う割合、
戦争に行って死ぬ割合。どれも男性の方がはるかに高いのです。

数字を見る限り、男性は「社会的弱者」に見えます。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

男尊女卑って男性側も大変なんですね。ありがとうございます

お礼日時:2019/07/26 06:42

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!