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下記の続きです。
【すみません、「~やすい」について伺いたいです。】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11330953.html

 せっかくおもしろい質問なのに、数時間でしめるのはやめてほしい。
 ほかのかたの意見も聞きたかったのに。

 前問(と呼びます)の例文に少し足します。
1)仕事がやりやすい広い机
2)仕事をやりやすい広い机
3)仕事のやりやすい広い机 

 たぶん、3つとも「間違い」ではありませんよね。
 1)〜3)の違いはなんなのでしょう。
 ほかの例文に関してはとりあえず保留します。

 BAの回答中にある下記に関してもご意見が伺えれば。
①〈「(私が)仕事がやりやすい」という「可能」の対象が「広い机」〉
②〈「ミス」が、「減った」という可能(能力)の対象なので「が」を使える〉

質問者からの補足コメント

A 回答 (18件中1~10件)

> せっかくおもしろい質問なのに、数時間でしめるのはやめてほしい。


> ほかのかたの意見も聞きたかったのに。

いやあ、同感です。なぜこれほど多くの質問者さんがそそくさと質問を閉めるのでしょう。回答が合っている場合はいいが、そうとも限らないのに・・・

・・・・・

1) 仕事がやりやすい広い机
2) 仕事をやりやすい広い机
3) 仕事のやりやすい広い机 
の方から。

A. 仕事をする

Aに「やすい」をつけると、「を」→「が」となる
B. 仕事がしやすい

しかしながら、ここ20〜30年(?)の傾向として、「を」のままであることがある
C. 仕事をしやすい

この現象は、「たい」や能力を表す動詞で、特に文が複雑になってきた場合(特に、文末が複雑になってきた場合)によく起こります。

例「たい」1: 休暇が取りたい。
例「たい」2: 休暇を取りたいとばかりは言っていられない。

例「使える」1: 彼はフランス語がよく使える。
例「使える」2: フランス語を使えるといいですね。

以上で、
1) 仕事がやりやすい広い机
2) 仕事をやりやすい広い机
は、両方とも受け入れていい言い方である、と言っていいです。

では、
3) 仕事のやりやすい広い机 

これは、実は、新しい文法現象ではなく、古い文法現象で、若い人の中にこの言い方をしない人がいます。古典を読めば、この「の」がよく出てきます。現代語では、この「の」が少し後にある名詞を修飾する節の一部である、ということを示すことになります。

例1: わたしが焼いたケーキ = わたしの焼いたケーキ
例2: わたしが焼いたケーキを食べた
(「わたしが」「ケーキを焼いた」? 「ケーキを食べた?」)
例3: わたしの焼いたケーキを食べた
(これだけではだれが食べたかわからないが、「ケーキを焼いた」人は「わたし」)

・・・・・

A. 仕事をする
B. 仕事がしやすい ← こちらが正用
C. 仕事をしやすい ← 使われている言い方

A. 学生がミスを犯す
B. 学生がミスが犯しやすい ← 文脈により可能であるかもしれないが・・・ほぼ非文
C. 学生がミスを犯しやすい ← こちらが正用

以上を比べます。

B. 仕事がしやすい =「仕事が」+「しやすい」
C. 仕事をしやすい =「仕事をし」+「やすい」

B. 学生がミスが犯しやすい =「ミスが」+「犯しやすい」
C. 学生がミスを犯しやすい =「ミスを犯し」+「やすい」

「ミスが」+「犯しやすい」
では意味が形成できませんので、
B. 学生がミスが犯しやすい
は、非文となります。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

>しかしながら、ここ20〜30年(?)の傾向として、「を」のままであることがある
 おそらく、「好悪、希望、可能などの対象を示す」場合だと思います。
 当方も、〈本来は「ガ」で、近年は「ヲ」も認められている〉と考えていますが、諸説あるようです。
【「ガ」か「ヲ」か──「本ガ読める」か「本ヲ読める」か】改
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2998. …

 いくつかわからないことがあります。「〜やすい」を「可能」と考えることができるのか、というのが疑問のひとつです。たしかにそう考えることができそうですが、決め手が見つかりません。

>この現象は、「たい」や能力を表す動詞で、特に文が複雑になってきた場合(特に、文末が複雑になってきた場合)によく起こります。
 それもそのとおりだと思います。当方は「ヲガ交替」と呼んでいます。

>3) 仕事のやりやすい広い机 
>これは、実は、新しい文法現象ではなく、古い文法現象で、若い人の中にこの言い方をしない人がいます。古典を読めば、この「の」がよく出てきます。
 これは三上章氏が提唱した「ガノ交替」の話になるかと。

 例としてあげた3文は、両者を混合した珍しい例ではないかと。

>A. 仕事をする
>B. 仕事がしやすい ← こちらが正用
>C. 仕事をしやすい ← 使われている言い方
 B. C.に関する判定は少し疑問です。現代ではどちらもokでは。

 ほかの例文に関しては、とりあえず保留します。

お礼日時:2019/10/16 22:36

仕事が、仕事の、は若干受ける感じがことなりますが、ほぼ同じ意味。


仕事が・・・・の場合は主格で対応、ということはこの文章では「仕事」が主役待遇、ほかになんの補足も必要ありません、完全に完結。
仕事の・・・・の場合は、主語がありません、文章としては消化不良です、それをどうする、とか、何か他の文章が必要です。
仕事を・・・・目的格の「を」、やる(動詞)の目的ならあり得ますが、やりやすい、と複合語で形容詞?の働きにのため目的語はとれません。
仕事をやりやすく【する】ための広い机、なら【する】の目的語になります。
①〈「(私が)仕事がやりやすい」という「可能」の対象が「広い机」〉→やりやすい条件を満たすのが、広い机、(可能ではありません)
②〈「ミス」が、「減った」という可能(能力)の対象なので「が」を使える〉→対象ではなく、その原因、主要な要因、(可能ではありません)
可能、の意味、不可能が前提になります、広くないが、即不可能とは断定できません、もちろん広ければ可能性は期待できますが。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

>仕事を・・・・目的格の「を」、やる(動詞)の目的ならあり得ますが、やりやすい、と複合語で形容詞?の働きにのため目的語はとれません。
 とれると思いますが。

>①〈「(私が)仕事がやりやすい」という「可能」の対象が「広い机」〉→やりやすい条件を満たすのが、広い机、(可能ではありません)
「可能」とは少し違うと思いますが、形式的には同じ気がします。

>②〈「ミス」が、「減った」という可能(能力)の対象なので「が」を使える〉→対象ではなく、その原因、主要な要因、(可能ではありません) 
 これは同感です。

お礼日時:2019/10/16 22:39

「たい」(助動詞)のケース


水が飲みたい
水を飲みたい
水の飲みたい(人)
  「(し)やすい」(形容詞)のケース
話がし易い人 
話をし易い人
話のし易い(人) (連体修飾でなければ「の」は使えない)

仕事がやりやすい広い机
仕事をやりやすい広い机
仕事のやりやすい広い机 (連体修飾でなければ「の」は使えない)

①〈「(私が)仕事がやりやすい」という「可能」の対象が「広い机」〉
②〈「ミス」が、「減った」という可能(能力)の対象なので「が」を使える〉

「仕事がやりやすい」という「可能」
「減った」という可能(能力)
この二つは「可能」や「能力」でゃありません。
  「易い」というのは属性、「減った」も事実であり、「増えた」に対応するものです。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。
 
 途中まではよくわかります。
 問題は下記の部分です。

>「易い」というのは属性
 もう少し解説していただけませんか。

 当方の現段階(17日)の考えは補足をご参照ください。
 きょう、少し前進できた気がします。
 ただ、なかなかまとめられなくて……。

お礼日時:2019/10/17 21:13

前質問の回答者です。



「ミスが減った学生」などの場合は、「ミス」が、「減った」という可能(能力)の対象なので「が」を使える。

という回答内容は私の勘違いでしたね。
この場合の「ミス」は「主格」でした。

「ミスが嫌いな学生」などの場合は、「ミス」が、「嫌い」という好悪の対象なので「が」を使える。

のようにすべきでした。
質問をしていただいたおかげで、私の勘違いに気づきました。
お礼申し上げるとともに、前回の質問者さんにはお詫びし上記のように訂正させていただきます。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

 No.5のかたにご紹介いただいた論文を見ると、どうやら
①〈「(私が)仕事がやりやすい」という「可能」の対象が「広い机」〉
 も違うようです。

お礼日時:2019/10/19 11:55

こんにちは。



これは「難易(構)文」というやつですね。
ずいぶん前(50年くらい前?)から、生成文法のほうで詳しく研究されていた構文です。
英語で 「tough構文」というのがあって、非常に詳しく研究され、それの日英対照というようなことで、日本語の「~やすい、~にくい」が研究されたのだったと思います。
(私は、この辺のことは追いかけていませんでした。理論的に難しくて。)

現在調べてみると、次の論文が出てきました。pdfでダウンロードできます。

鈴木 基伸 日本語難易文における格の選択と意味
https://otemae.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view …

ほかにもいろいろあるようです。
https://ci.nii.ac.jp/search?q=%E9%9B%A3%E6%98%93 …

「~にくい」と「~づらい」の違いについての論文もありますね。

ご参考までに。(私は、上の論文は読んでいません。)

saburoo
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

 難易(構)文というのですね。
 初めて聞きました。勉強になります。

『日本語難易文における格の選択と意味』
 に目を通しました。いくつか重要な点を確認できた気がしますが、正直に書くと、よくわかりません。
 現段階の理解は下記の感じです。
【助詞の互換性 複数の助詞が使える場合〈3〉】
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12537359631.html

お礼日時:2019/10/20 14:13

>とれると思いますが


使用例(形容詞の目的語)を示す必要がなければ、あなたが思っているだけということにすぎません・
花を美しい・・・・、これだけだと確かに、勘違いすることはあるでしょう。
でも、花を美しいと思うとき・・・・・動詞「思う」の目的語です。
>形式的には同じ気がします。
形式的ですね、気がするだけですね・・・あなたの勝手です。
参考
逆は必ずしも真ならず。
ある人曰く「無い」ということは「有る」ということだ、という人もいます。
以前このカテで「無いリンゴ」なんて表現はあり得ないといったところ、納得せず、「日本にないリンゴなんちゃって」と言って逃げた人いました。
日本にない、けどどこかにはあるんですね。
条件なしで「無い」と言ってしまえば、どうしてリンゴと特定できる?、「無い」ものなら「無い」ので特定不可以前の問題、無い、としか言えません。
可能、も似たようなものです、自然の法則通りのごく順当な流れまで、敢えて可能とは表現しないはずです。
もちろん、そんな状況でも「不可能」という判断に対してなら、いや「可能だ」とは使います。
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この回答へのお礼

>あなたが思っているだけということにすぎません
 他の回答者も、皆さんそう思っているようですが。

>形式的ですね、気がするだけですね・・・あなたの勝手です。
 No.5のかたにご紹介いただいた論文をご確認ください。

「参考」の部分は意味が不明です。

お礼日時:2019/10/19 21:35

#4です。



1.
>①〈「(私が)仕事がやりやすい」という「可能」の対象が「広い机」〉
 も違うようです。

なるほど。
「可能」ではなく「難易」である、ということですね。
またまた勉強になりました。
厳密にはそういうことになるのかもしれません。
希望・好悪・可能ぐらいしか知らなかったので、可能に分類したのですが、これは知見の狭さを露呈したものと言えそうです。

・難=不可能
・易=可能
という感覚だったわけで、それほどかけ離れた概念とは思えないのですが、ま、素人の浅智恵だったということになるのでしょう。

2.
希望・好悪・可能・難易。
これらの要素に共通していると思われるのは、下記のように、「私には〇〇という感覚がある」といった構文が成立することではないか、という気がします。

【仕事がやりやすい】(難易)
私には 仕事がやりやすい という感覚がある。
【仕事がやりたい】(希望)
私には 仕事がやりたい という感覚がある。
【仕事が嫌いだ】(好悪)
私には 仕事が嫌いだ という感覚がある。
【仕事がやれる】(可能)
私には 仕事がやれる という感覚がある。

何が言いたいかと申しますと、対象のガも、その出自としてはあくまで主格なのではないか、ということです。

1)仕事がやりやすい広い机
⇒「仕事がやりやすい」は「私という場所」において起きている現象であり、その場所の中での現象だけを取り上げた場合、「仕事」は「やりやすい」の主語である、という解釈。

しかし、
2)仕事をやりやすい広い机
に、その要素はなく、「仕事」は純粋に「やりやすい」の対象。

また、
3)仕事のやりやすい広い机 
の場合、「仕事の」は「やりやすい」の範囲を限定する連体修飾格として機能している。

こうしたことから、「やりやすい」ということをどれほど強く表明したいのか、という話者の意図は 1)⇒3)に従って弱まっていくような気がしますね。
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この回答へのお礼

>これは知見の狭さを露呈したものと言えそうです。
 当方も初めて知りました。
 ただ、当方は「可能」ではないのでは、と思いました。
 前問で断定的なコメントがあったため、質問者は誤解したようです。まあ、さっさと締め切った質問者も悪いのですが。

>それほどかけ離れた概念とは思えないのですが
 そういう考え方もできるかもしれません。
 でも、ヲガ交替(ガヲ交替)の関係になるけどまったくく別物、と考える人もいるでしょう。

 仕事がおもしろい
 仕事が疲れる
 ……etc.
 あまりにも例外が多いのでは。

>対象のガも、その出自としてはあくまで主格なのではないか
 対象の場合はヲガ交替(ガヲ交替)の関係、主格の場合はガノ交替(ノガ交替)の関係なのでは。
「補足」はご覧いただけていますか? 

>話者の意図は 1)⇒3)に従って弱まっていくような気がします
 そうかもしれません。だとしたら、そういう文献があると思いますが。

お礼日時:2019/10/20 14:25

>「参考」の部分は意味が不明です。


所詮、そこまで、tいうことです。
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この回答へのお礼

たびたびのコメントありがとうございます。

>あなたが思っているだけということにすぎません
 他の回答者も、皆さんそう思っているようですが。
 → どう思いますか。

>形式的ですね、気がするだけですね・・・あなたの勝手です。
 No.5のかたにご紹介いただいた論文をご確認ください。
 → ご覧いただけたのでしょうか。

お礼日時:2019/10/20 14:10

#7です。



1.
> でも、ヲガ交替(ガヲ交替)の関係になるけどまったくく別物、と考える人もいるでしょう。

 仕事がおもしろい
 仕事が疲れる
 ……etc.
 あまりにも例外が多いのでは。

・私には 仕事がおもしろい という感覚がある。
・私には 仕事が疲れる という感覚がある。

といった構図ではないかと思います。
ただ自動詞なのでヲ格変換はできない、ということかと。

因みに、(可能と難易が)『それほどかけ離れた概念とは思えない』という気持ちは、今も変わりませんが、この辺は解釈の問題なのでしょう。

>「補足」はご覧いただけていますか? 

最初のほうだけ、ざっと目を通しました。

2.
少しネット辞書を調べてみました。
「希望・能力(可能)・好悪」という「定番」用法のみを取り上げているのは、
・大辞泉
・大辞林
の2つ。
ただし、基本的に「など」と付け加えてはいます。

・明鏡が定番以外に「難易」を記しているようです。

・新明解は定番以外に「巧拙」と記している。

・学研国語大辞典は定番のみですが、特筆すべこととして、
「が」
【《参考》述部が願望・好悪・能力・不能などを表す形をもつ時は、「主格を示す」と言わないで「対象格を示す」と言うことがある。】
という記述がありました。
例として、
◆ああ水が飲みたい〔川端康成・伊豆の踊子〕
が挙げられている。

・広辞苑の記述も興味深いもでした。
②ーイ
㋑後の情意を表す形容詞、可能の表現などに続け、その原因・条件となったことを示す。述語の対象を示すととらえる説もある。現代語では「が」の代りに「を」の使われることもある。万葉集20「母を離れて行く―悲しさ」。天草本平家物語「平家の由来―聞きたいほどに」。浄瑠璃、鑓の権三重帷子「早い―好きなら、この舟、初夜が鳴ると出します」。浄瑠璃、心中宵庚申「若いものの人中へつら―出されませうか」。「故郷―恋しい」「この本―私には面白い」

【情意を表す形容詞】の中には、好悪・希望の他、難易も含めているのかもしれません。
また、【述語の対象を示すととらえる説 も】とあるので、主格用法が本線と捉えているようです。
学研と同様、元来は「主格を示す」の範疇に納めている辞書が複数あるのは意外でした。
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この回答へのお礼

辞書の引用ありがとうございます。
 本題とどう関係があるのか、考えてみたいと思います。

>最初のほうだけ、ざっと目を通しました。
 ああ書いても読んでいただけませんか。
 うーん。
 コメント{ヲ/ガ}しにくい。
 まあ、短いものでたいしたことは書いていませんが。

お礼日時:2019/10/20 21:27

#9です。



>ああ書いても読んでいただけませんか。

いえいえ、トビさんのブログ内容は拝見しましたよ。
最初の方だけ、というのは論文のほうです。
ヲガ交替がもっとも自然に起こるのは難易文だ、的なことが書いてあるようですね。
その場合の意味の違いを考察するのが目的の論文らしいですが、違和感のある例文が多用されている(学生は結婚式をこぢんまりしたレストランで挙げやすい。など)うえ、様々な見解が交錯する形で提示されているので、わたしの手にはあまります。(笑)

いずれにせよ、トビさんも要旨としてまとめているようですが、筆者は、

仕事がやりやすい

は意志的で

仕事をやりやすい

は非意志的であるという認識のようで、ガ格のほうが強調的な表現になると考えているような印象を受けます。(すべて読んでないので確証はありませんが、少なくとも最初のほうでは)
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この回答へのお礼

>いえいえ、トビさんのブログ内容は拝見しましたよ。
 でしたら、そうわかるように書いていただけませんか。
 当方は〈「補足」はご覧いただけていますか?〉と訊いたのですが。

>ガ格のほうが強調的な表現になると考えているような印象を受けます
 そうかもしれませんね。
 当方はそういう話にはあまり興味がありません。

お礼日時:2019/10/28 21:00

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