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昨年、家庭内の問題でどうしようもなくなり、ひとり旅に出ました。
予定もない旅だったので前から行ってみたかった神社にゆき、その御山に登りました。
神経がささくれてて、感謝の気持ちもなく、雨翌日、必死になって登り必死で下山しました。
そこでは不思議な体験をしても他の人に話していけないと言われていたけど、
不思議体験などなく、日ごろの運動不足をただただ実感して、登れた事を喜んでいました。

その一か月後、自転車で買い物に行こうとしていた姑が倒れ、そのまま亡くなりました。
家庭内の問題は子どもの事だったので、義母は知りません。

やさぐれたままで感謝もなく御山に登ったのがいけなかったのかと、気になっています。

神社の場所は、奈良県です。(これでわかると思う)

A 回答 (5件)

偶然でしょう、ただ、


>感謝の気持ちもなく、雨翌日、必死になって登り必死で下山しました。
こういう反省は貴重です。明日の自分の人徳に寄与します。

人徳は、見返りを期待できない奉仕で得られます。
しかし、実は大きな見返りを感じます。
心が何もない日常が幸せだと思うようになります。
一般の人は、失ってからああ、幸せだったと振り返るのです。
吸い殻一つ拾うだけでも良いので、自分のできる身の丈に応じた社会
奉仕を始めるとよいでしょう。
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この回答へのお礼

早い回答をありがとうございます。
大きな存在を亡くすと、あれやこれやと考えてしまいますね。
一日、一つでも良い事をする。
それで楽になってゆくような気がします。

お礼日時:2020/01/07 23:57

神様はもっと大いなる存在で、人に祟るなんてないと思います。


貴女が感謝をしなかったという罪悪感がそう思わせるのでしょう。
お姑さんの事は関係ないと思います。
気になるなら、もう一度言ってお礼の言葉を唱えてくれば良いと思います。
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この回答へのお礼

神様にお礼を。
そうしたいと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2020/01/07 23:54

こういった言い方をしては大変失礼かと思いますが、お姑さんが、あなたの災いの身代わりとして、このたび犠牲になられてしまったのでは?と思いました。



その時、あなたは意を決して山に登らなければ、あなたがどうかなっていたのかもです。

その後、子どもさんの事は解決されましたか?
全ては、お姑さんに感謝致しましょう。

そのお姑さんの分身が、愛するご主人でありますのでね…
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この回答へのお礼

そうですね。
その山は「お山に呼ばれない」と登れないそうで、
その時はどうしても登りたいと思ってチャレンジしました。
子どもの問題はすぐに解決しました。
感謝してやってゆきます。
ありがとうございます。

お礼日時:2020/01/07 23:54

神なんていないんだがね。


そう、単なる偶然でしかないんだよ。
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この回答へのお礼

不幸な偶然ですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2020/01/07 23:49

神の祟りとは、そもそも一個人を相手にしたものではなく


「もっと大きな自然災害のこと」を示す言葉なので、関係ありません。
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この回答へのお礼

そうですね。それだともっと怖い気がしますが…。
回答、ありがとうございました。

お礼日時:2020/01/07 23:48

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