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織田信長を筆頭に、戦国武将には合理主義的思考の持ち主が多過ぎる気がするのですがどう思いますか?
戦にそれほど合理性が求められたという事ですかね?
全然違うかもしれませんが、囲碁や将棋を指す様な頭が武人として出世するには必要だったのでしょう

A 回答 (5件)

織田信長を筆頭に、戦国武将には合理主義的思考の


持ち主が多過ぎる気がするのですがどう思いますか?
 ↑
ワタシもそう思います。
皆が皆ではないでしょうが、合理主義者が
多かったと思います。



戦にそれほど合理性が求められたという事ですかね?
  ↑
そりゃそうですよ。
合理的でなければ、戦争に勝てません。

典型が信長です。
戦争に勝つにはどうしたらよいか。

相手より軍事力が大きければ良い。
そのためにはどうしたら良いのか。
経済力だ。

信長ほど熱心に楽市楽座をした武将は
いませんでした。

戦争をやるにしても、桶狭間だけでした。
相手より少人数でやったのは。
それ以外は、数倍の軍勢を準備してから
やっています。




全然違うかもしれませんが、囲碁や将棋を指す様な頭が
武人として出世するには必要だったのでしょう
 ↑
大東亜戦争の時、そう考えた人がいて
囲碁、将棋の名人を呼んで、軍人相手に講義
した例もありました。

しかし、信長の例を見てもわかるように
別モノですよ。
戦争は、結局は経済力であり、技術力です。
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多くの家来を抱えるTOPの身分の武将は


家来たちの命を守り食べさせないといけない(そうするのが徳の高いものの態度だという考え方もあるし、そうしないと現実として家来を多く失うことになる。家来が減れば自分の立場や命が危うくなる)
ということで、家が生き残り反映するような合理的な選択をするのは
あたり前といえば当たり前のことです
でも、本当に合理的な人たちばかりだったでしょうか?
例えば、長篠設楽原の戦いでは武田家の家臣たちは武田勝頼の無謀の作戦に異を唱えつつも、結局は勝頼に従って織田徳川連合軍に突撃
そして討ち死にという者が多数出ましたよね
もし、合理的判断しかしないものばかりなら、このような突撃には付き合わずに生き残った家臣が多数あったはずです
でも、実際はみな突撃しました。
また、別の例としては 秀吉の九州遠征に従って出陣した長曾我部元親の嫡男信親が戦の最中、戸次川で窮地に陥り討ち死にしますが、これを見た家臣たちが、信親の旅立ちのお供をするということで、多数の殉死者がでました
これらの例に限らず、戦国の武士の多くはこれと見込んだ主君のためには命を投げ出して仕えるという考え方の持ち主が多かったように思います
すべてにおいて合理的にふるまうという武士はむしろ少数派といえるのではなかったのでは・・・


ちなみに、囲碁や将棋の頭があれば多少は足しになったかもしれませんが
現実世界には囲碁将棋より多数の要素が存在します
従って、囲碁将棋に強くても必ずしも出世できたというわけではなかったはずです
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合理的でなければ天下は取れないでしょう。


囲碁は大局観を養う上で非常に役に立ちます。
その考え方は、戦の場においても敵陣と、自陣の配置。それをどのように動かしていくかなどは囲碁の大局観に繋がるものです。
  
将棋は戦術感を、囲碁は戦略感を養います。
トータルで勝利をもたらすのは戦略。
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必要なのは恐怖と褒章


それは大昔から何も変わってはいません
今も同じ
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食うか食われるかの戦国時代、義理人情などとぬるい武将は


計略にかかり、名も残せず、短命だったのでしょう。

ただ、天下とる程の人物は、ある所から敵を許し抱え込む
器が必要で、残念ながら、信長、秀吉、家康と言った男には
降伏した敵の3代遡り女子供まで惨殺と言う根切をしたと
言う記録があり、残念です。

家康は敵を許し外様大名として抱えたりもしましたが、味方
の犠牲を最小にとどめる戦略で、その後、難癖をつけ豊臣勢
を滅ぼして行きます。知略より謀殺と言う感じです。

頭が良いと、囲碁や将棋が好きになり、趣味で楽しむ人は多い
ですが実社会では、社長が好きなら、接待将棋や囲碁ですが
それ以外に、使い道はなさそうです。
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