激凹みから立ち直る方法

コロナウィルスも差別発言者も、憎めば憎むほど排除しようとすればするほど
変異し増殖し、ますます怯えたミジメな死者を増やすだけなんじゃないですか?

コロナ対策で高齢者を(自粛させ)守ろうとすればするほど自粛した高齢者は
衰弱していき本来コロナで死ぬべき高齢者をはるかに上回る犠牲者を出してし
まいます。

女性蔑視対策で女性を(地位向上させ)守ろうとすればするほど地位向上した
女性は調子に乗り本来蔑視されるべき女性の数をはるかに上回る化け物を生ん
でしまうでしょう。

憎悪の悪循環は、もうやめませんか?

愛をもってコロナも差別発言者も受け容れ許していれば、森氏も辞めなくて済
んだし、ドタバタに無駄なお金を使わなくてよかったんじゃないですか?

なんで人間は、こんなに憎むことが好きなんですか?
なんで人間は、こんなに愛することができないんですか?

ジェンダーとか差別論者って差別的発言をする人を憎んでてカッコ悪くないですか?
おしえてください。

A 回答 (31件中21~30件)

>同一の状況において男性も参加できるし女性も参加できる。


>これは差別ではありません。*オリンピックのマラソンなど。
性差によって区分され、女は男と勝負が出来ない、男は女と勝負が出来ないという制度は、「同一の状況」ではありません。
企業など様々な環境において「男女に関わらず能力と成果で評価が当然のこと」と言われている状況において、スポーツ界は全般的に(特に、トップレベルでは)、男と女は堂々と勝負が出来ないのです。
「男と勝負させろ!」と言わない女性側についても、「どうかしている」「やる前から勝てないと諦めてるのか?」と感じます。

これは、制度の問題です。

「興行上、メダルは多い方が良い」と言うことも大きな理由であろうと思います。
そもそもスポーツから男女差別を消したら、女性が「本気でスポーツに打ち込む」ことは減るでしょう。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

>女は男と勝負が出来ない、男は女と勝負が出来ないという制度は、「同一の状況」ではありません。

女の前に男という状況があり男と勝負したい。ということですか?
そんな状況は、よほどの極限状態でなければ、まず発生しないので
はないでしょうか?
勝負するには勝負の土俵となる状況があるわけで、私はそれをマラ
ソンの場合の42.195㌔の道のりという状況と考えました。
その状況は「同一の状況」として男女に与えられていると考えても
よいのではないでしょうか?

そういう意味での差別的状況は、オリンピックでは見事に排除され
ていますね。しかし競技としては成立しています。
あなたのおっしゃる「女の前に男という状況があり男と勝負したい」
という極限状況は、差別うんぬんの問題じゃなくて、生きるか死ぬ
かのサバイバル的状況でなら実現するようなことだと思います。
そうなると、双方が双方に対して「憎悪」の感情をもつでしょう。

お礼日時:2021/02/16 16:19

質問してるから、答えただけで、あなたとジェンダー論を議論するつもりもありません。

回答をよめば、是非は問わなないと言っていますので。日本語をちゃんと理解し、このサイトが質問サイトで、あなたの持論を披露する場でも、討議して、なにが正しいかをを見極める場でもないことをご理解を。

>あなたの勘違いは、公的立場(にいる女性目線の差別論者がもつ憎悪の
思考回路)では許されないとされていることを知って、あえてその憎悪
を〝愛〟の観念と実践によって昇華しなさいと助言している者を、単な
る公私の区別がつけられない男女差別論者への憎しみに満ちた男性目線
の者にありがちな特徴と断定したことです。残念なことです。

支離滅裂ですね。私は、この問題の状況がわからないというから、質問に答えたのに対して、あなたは、あなたの意見を言っているだけです。付き合うきもありません。ご自由にどうぞ。
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>自粛した高齢者は衰弱していき


>本来コロナで死ぬべき高齢者をはるかに
>上回る犠牲者を出してしまいます。
 裏付けデータはあるのでしょうか?
 コロナで死ぬべき高齢者数なんて建て前上はゼロでしょうし
 自粛しなければクラスターとの接触が増え、
 被害者も増大したと思いますが。

>なんで人間は、こんなに憎むことが好きなんですか?
 根源には、金や財産などの格差があるからだと思います。
 ただし、格差がなければ下の者は努力しないかも知れません。

>なんで人間は、こんなに愛することができないんですか?
 限られた相手を愛する人が多いからでは。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

>裏付けデータはあるのでしょうか?

和田秀樹氏(国際医療福祉大学大学院教授)の寄稿からの引用ですが
ご参照ください。

>コロナ感染拡大の影響で病院の外来患者が減っている。顕著なのは高齢者だ。私は高齢者専門の精神科医として認知症や老人性うつ病などの患者の診察をしているが、最近、本人ではなく家族が来院し、薬だけ取りにくるというパターンが目立つ。その際、患者の様子を家族に聞いている。
>「足腰は衰えていませんか?」
「以前と比べて認知症状は悪くなっていませんか?」
>大半の家族は、「ほとんど外に出なくなった」「そのせいでかなり足腰が弱っている」などと答える。歩けなくなってしまったという人もいた。
>こうした機能低下は「廃用症候群」と言われる。高齢者の場合、使わなかった体の器官の衰えが激しい。


>>なんで人間は、こんなに憎むことが好きなんですか?
>根源には、金や財産などの格差があるからだと思います。

人間の感情の分析に外部の原因をもってくるというやり方は
いわゆる「八つ当たり」ってやつですか?(笑

>>なんで人間は、こんなに愛することができないんですか?
>限られた相手を愛する人が多いからでは。

本来の〝愛〟は限定的な対称性をもたない意識のはたらきなので
(その理由は長くなるので省きますが)おっしゃるように、欲望
によって相手を捉えることが多いと〝愛〟は成立しないことにな
りますね。

お礼日時:2021/02/16 17:12

ジョンレノンやJFケネディーが銃殺されたのは、平和活動やジェンダー解放を世界中に強く配信するインフルエンサーだったと言われています。



世界には10%の大富豪がおり、その人たちがWHOやIOCなど国連機関に指示のもとこの茶番パンデミックは起こっています。もう核実験や戦争に使う武器が平和活動が盛んになった今、武器が売れなくなりました。そして株は変動しないと高値や大暴落を世界で起こさせることで、その大富豪は大儲けをする訳。だから、パンデミックはプロバガンダの変形されたものだと言われています。
ですから、株王バ〇ェットはコロナの大不況の時沢山の株を売り払い新しく株を買い代えた。

憎んでいるのではないのですね。仕組まれてるのです。踊らされてるのです。仕組みが解かればOKですが、PCのない生活ができますか?iphoneのない生活ができますか?それを牛耳っている鎖が解けないと、この問題は解決できない。と、ウキリークスは連邦警察に捕まったわけです。

差別をすると男性が優位になり、優位になる人がいるのです。それは女性の方が問題解決に強い脳をもって物事を解決できる脳を持っているからです。
女性を支配するにはプレゼントや結婚なので。。。それを愛と呼ぶ。
愛なんて商売道具として高価なプレゼントをバレンタインだ、クリスマスで売る、ホテルに泊まる旅行に行く豪華な結婚式をする。なんだかリッチな気分だわと言ってお金を使う仕組み。
これがだんだん褪せてきたのです。みんな結婚をしたがらないからね。

今度は何かな?気象変動かな?

これが分かった上で、どうぞよろしくお願いします。すべては仕組まれていますから。
本当の愛は、思いやりです。無料ですが一番難しい。答えになるかな?
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

>本当の愛は、思いやりです。

そのとおりです。(わが身をかえりみない)思いやりですね。

お礼日時:2021/02/16 16:54

私は「差別」とは自分自身が相手のことをわからないまま、「〇〇はこうだ」と決めつけ、それを他人にも「強要」「共用」「教養」という言葉とか表現で押し付けすることだと思っています。

ただそれだけです。だから差別的発言をする人も受け入れますし、投稿者様のような発信についても受け入れます。でもどちらも好きな部分や、なるほどと思うところもあるし、嫌いな部分や全く同意できない部分もあります。教えることは出来ませんが、私はいつもこう思って人と接しています。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

イマイチおっしゃっていることの意味がわかりませんでした。
すみません。

お礼日時:2021/02/16 21:31

>犯罪者をオリンピックに参加させないことは犯罪者差別だ!ということになってしまうでしょう。



ずいぶん稚拙な喩えですね。
「「蔑視」という感情さえ入らない「無関心」の範疇に入れるべきもの(女性)」などという一文もそうですが、独善的で非常識としか言いようがありません。まああなたにとってそれが正しいなら、これ以上は何を言っても無駄ですが。

>高齢者のうちコロナで重症化し死亡する割合はそれほどありませんが、
すべての高齢者が自粛(という衰弱への道)に引き摺り込まれている
のが現状だからです。

この考えの出典は『コロナ死よりはるかに多い「外出自粛死」「経済自粛死」の恐怖』(和田 秀樹)ですか?
この文章が書かれた2020年5月当時の外出自粛が今も続いていたなら、その危惧もあったかもしれませんが、その後、感染対策は外出自粛より3密回避に移行しています。自分で身体を動かそうと思えば動かせる状況です(元から身体を動かせない疾患がある場合を除いて)。
自粛のために家から出られず衰弱していくケースはもはやそれほどないと思いますが。
コロナ対策せずにアメリカ並みに感染していれば、高齢者の死者も相当増えていたはずです。対策していたために助かった高齢者も、あなたにとっては「コロナで死ぬべき高齢者」なんですかね。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

喩え話についてお叱りをいただいたのははじめてなので
驚いております。
なんせ、喩え話で、かれこれ15年以上やってきてます
から。(笑
参考までに、あなたが稚拙でない(優れている)と思わ
れている喩え話の例をご紹介いただけませんか?

>自粛のために家から出られず衰弱していくケースはも
はやそれほどないと思いますが。

「家から出られず」という部分に姑息さを感じる文章で
すね。(微笑
出られないのではなく、「出る気がしなくなる」「あえ
て出たいとも思わない」=「自粛なので」というのが
正解かもですね。

>対策していたために助かった高齢者も、あなたにとっては「コロナで死ぬべき高齢者」なんですかね。

ここも人を陥れるための姑息な文章ですね。(笑
助かった人をあえて殺す必要もないじゃないですか?
「対策しなかったらコロナで死ぬべき高齢者だったかもしれない」
というのが正解でしょう。(微笑

お礼日時:2021/02/17 09:18

どっちもどっちか?とにかく不愉快な課題です。

又、中共肺炎隠蔽病国の海軍グループが、日本漁船に大砲で威嚇してるおる事も不愉快です。日本の代議士、国会議員は有効な抗議しろよ!経済界も抗議しろよ!
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

スレチですね。
領海問題等については、気が向いたとき言及するかもです。
そのときはよろしく。

お礼日時:2021/02/17 17:34

>女の前に男という状況があり男と勝負したい。

ということですか?
「女の前に男という状況があり男と勝負したい。」は、意味不明です。

>そんな状況は、よほどの極限状態でなければ、まず発生しないのではないでしょうか?
「そんな状況」がどのような状況を意味するのか、不明です。

>勝負するには勝負の土俵となる状況があるわけで、私はそれをマラソンの場合の42.195㌔の道のりという状況と考えました。
マラソンに限りませんが、特にオリンピックなどの大会で最重要視されるのは金メダルの取得であり、必ずしも記録が最重要ではありません。
特に、「マイナースポーツ」に分類される競技では、メダルの有無はその後の人生に対しても大きな影響力を持ちます。

>その状況は「同一の状況」として男女に与えられていると考えてもよいのではないでしょうか?
それは、そうした競技について「よく理解できていない」ことを意味します。
その時点での世界記録保持者が、当該オリンピックなどで優勝するわけではありません。
距離が伸びれば伸びるほど、戦略の重みが増します。

>そういう意味での差別的状況は、オリンピックでは見事に排除されていますね。しかし競技としては成立しています。
差別的状況は、オリンピックでは全くもって排除されていません。しかし競技としては、成立しています。

>あなたのおっしゃる「女の前に男という状況があり男と勝負したい」という極限状況
妄想はやめましょう。
私は「「女の前に男という状況があり」などという回答はしていません。
私の回答は次の通りです。
::::::::::::::::
性差によって区分され、女は男と勝負が出来ない、男は女と勝負が出来ないという制度は、「同一の状況」ではありません。
企業など様々な環境において「男女に関わらず能力と成果で評価が当然のこと」と言われている状況において、スポーツ界は全般的に(特に、トップレベルでは)、男と女は堂々と勝負が出来ないのです。
「男と勝負させろ!」と言わない女性側についても、「どうかしている」「やる前から勝てないと諦めてるのか?」と感じます。

これは、制度の問題です。

「興行上、メダルは多い方が良い」と言うことも大きな理由であろうと思います。
そもそもスポーツから男女差別を消したら、女性が「本気でスポーツに打ち込む」ことは減るでしょう。
:::::::::::::::

>差別うんぬんの問題じゃなくて、生きるか死ぬかのサバイバル的状況でなら実現するようなことだと思います。そうなると、双方が双方に対して「憎悪」の感情をもつでしょう。
既に企業など様々な環境において「男女に関わらず能力と成果で評価が当然のこと」と言われている状況があるということは、記述済みです。
男であるか女であるかのような性差とは無関係に、能力と成果で評価することが当然と考えている組織や団体は多いのです。
繰り返し書いても、それでも理解できない可能性を感じますので、「性差に関係なく」の実例を紹介しておきます。
藤井さんの登場で注目を集めている将棋界では、「プロ」の線引きが明確です。
一定の年齢までに一定の段位を取得できない場合、プロ棋士にはなれません(アマチュア界で顕著な成績を残した場合は、と言うような特例はあるようですが)。
そして、プロになる前も、なった後(私の記憶ではプロ棋士になることが出来た女性はいません)も、男女無関係に同一の土俵で勝負を行います。
割合最近も「あと少しでプロ棋士」となった女性がいます。
彼女は、「プロ棋士は全員男性」という歴史の中で、男だからとか女だからとかに関係なく、「プロ棋士」に挑んだわけです。
そして、将棋を指すかどうかと言う程度の話しは「生きるか死ぬかのサバイバル的状況」とは、ほど遠い状況です。
「生きるか死ぬかのサバイバル的状況」は、話を盛りすぎです。

それから、以前のお礼に大相撲が書かれていましたが、その指摘は大相撲をご存じないからでしょう。
大相撲にはスポーツというような面と神事という面があり、「女は土俵に上げさせない」は、神事故であって、スポーツという面ではありません。
ただし、そもそも大相撲では「関取になろう!」と考える女傑がいるとは思えません。
胸も尻も出すのです。
「内閣総理大臣杯を優勝力士に渡してみたい!」が関の山であるようにも思います。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

あまり時間がないので、一点だけご説明申し上げます。

>「女の前に男という状況があり男と勝負したい。」は、意味不明です。

男性と女性が、なにかを賭けて直接的に争うような状況のことをそう
表現しました。
たぶんですが、差別論者のほとんどは、男と女が直接に殴り合って
勝敗を決することのように「歴然とした能力差」がある場面では、
それをしない(させない)ことまでもを差別だとは言わないんじゃ
ないでしょうか?
筋骨隆々とした体重140㌔の男性格闘家に、ボコボコにされる
女性格闘家なんて見たくないでしょ?
それは差別の前提となる「競技への欲望」が、人間の倫理観に負け
てしまうからです。
その倫理観を超えてまで欲望を開放したいと思うなら勝手にやれば
いいでしょうが、私はそういう状況をもはや「差別」うんぬんの
問題とは考えません。
それは、単なる非倫理的な呪われた行為でしかないでしょう。

各種の競技では、たしかに男性と女性を直接に戦わせてみるという
こともあり得ます。それは先天的に医学的能力的なアドバンテージ
が最小であると考えられているからこそなのでしょう。
しかし、そうではない存在同士を戦わせるということは、もはや
競技と言うより「虐待」に等しいと思います。

お礼日時:2021/02/17 17:56

>和田秀樹氏(国際医療福祉大学大学院教授)の寄稿からの引用ですが


>ご参照ください。
 全く、裏付けデータに該当しませんね。
a.外出制限をしなかった場合の推定コロナ死者数 xxxx人
b.外出を規制したために死亡したと統計出来る死亡者数 yyyy人
 xとyの人数を比較したデータ以外は、別な他のデータです。

>いわゆる「八つ当たり」ってやつですか?(笑
 見当違いな受け取り方をされたようですね。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

>a.外出制限をしなかった場合の推定コロナ死者数 xxxx人
>b.外出を規制したために死亡したと統計出来る死亡者数 yyyy人
> xとyの人数を比較したデータ以外は、別な他のデータです。

私の「推論」を裏付けるには、先の引用で十分ですね。
ここは学界の発表の場ではないのですから。(笑

そういう反論をしたければ、それにふさわしい場でどうぞ。

お礼日時:2021/02/17 18:02

「女の前に男という状況があり男と勝負したい。

」と言う主張について「男性と女性が、なにかを賭けて直接的に争うような状況のことをそう表現しました。」という説明には驚きました。
これは本気で書いたのか?と疑いたくなります。
「女の前に男という状況があり男と勝負したい。」の「男と勝負したい。」に関する説明であろうと考えられるのは、「なにかを賭けて直接的に争うような状況」でしょう。
となると、「女の前に男という状況があり」の説明は「男性と女性が」であることになります。
「女の前に男という状況があり」の意味は「男性と女性がである」というのは実に摩訶不思議な話しです。

>たぶんですが、差別論者のほとんどは、男と女が直接に殴り合って勝敗を決することのように「歴然とした能力差」がある場面では、それをしない(させない)ことまでもを差別だとは言わないんじゃないでしょうか?
その考え方は、まさに差別意識を持つ者のものです。
あなたはご自分の主張にこだわり、冷静に客観性を持つことが出来ないのでしょう。
「生きるか死ぬか」と書いてみたり、唐突に「殴り合って勝敗を決する」と書いていますが、では、オリンピックにおいて「実際に殴り合う競技」は、何種類あるのでしょうか?
マラソンは殴り合いません。
ほとんどの競技は殴り合いません。

「歴然とした能力差」をもって参加不可とすることは、差別と言えるでしょう。
どんなにのろくても、東京マラソンに参加することは可能です。

>筋骨隆々とした体重140㌔の男性格闘家に、ボコボコにされる女性格闘家なんて見たくないでしょ?
こうした差別の問題は、「見たいかどうか」と無関係です。
「見たいかどうか?」は、「興行上の問題」です。

>それは差別の前提となる「競技への欲望」が、人間の倫理観に負けてしまうからです。
意味不明です。

>それは先天的に医学的能力的なアドバンテージが最小であると考えられているからこそなのでしょう。
つまりそれは、「先天的に医学的能力的に男は女に勝っている」という主張になります。
将棋界の例では「じゃあスポーツ界ではどうなんだろう?調べてみよう」とは思わなかったようなので、スポーツ界の実例を挙げます。
モータースポーツでは、現実に女性が活躍しています。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

>>それは先天的に医学的能力的なアドバンテージが最小であると考えられているからこそなのでしょう。
>つまりそれは、「先天的に医学的能力的に男は女に勝っている」という主張になります。

上記の反論を見れば明らかですが、これ以上議論しても無駄だと思います
し着地点も不明なので、これで失礼させていただきます。

お礼日時:2021/02/18 13:54

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