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武蔵七党 とは

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A 回答 (1件)

武蔵七党(むさししちとう)は、平安時代後期から鎌倉時代・室町時代にかけて、武蔵国を中心として下野、上野、相模といった近隣諸国にまで勢力を伸ばしていた同族的武士団の総称である。



構成氏族
「七党」を構成する氏族は文献によって異なる。
『武蔵七党系図』(南北朝頃成立):横山党、猪俣党、野与党、村山党、西党(西野党)、児玉党、丹党(丹治党)
『書言字考節用集』(1717年刊):横山党、猪俣党、村山党、西党(西野党)、児玉党、丹党(丹治党)、私市党
『武家職号』:横山党、猪俣党、西党(西野党)、児玉党、丹党(丹治党)、綴党、私市党

上記の三説の異同を整理すると横山党(八王子市)、猪俣党(児玉郡美里町)、児玉党(本庄市児玉郡)、村山党(多摩郡村山郷)、野与党(加須市野与庄)、丹党(丹治党)(入間郡・秩父郡・児玉郡)、西党(西野党)(日野市)、綴党(横浜市都筑区)、私市党(加須市騎西)となり、全部で九党あることがわかる。七党という表現は鎌倉時代末期に成立した『吾妻鏡』にはないことから南北朝時代以降の呼び方と考えられている[1]。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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