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日本人は無宗教の人が多いと聞きますが、神を信じてる人は多そうです。私も特定の宗教を信仰していませんが神を信じているし、宗教に入らなくても信仰はできると思います。私のような人は多いですよね?

A 回答 (11件中1~10件)

そうですね。

日本の宗教事情は少し複雑で、備長炭さんの様に特定の宗教を意識的に信仰している人は決して多くないが、同時に完全に宗教という物に無縁な人も少ないというのが、実情ですよね。実際、キリスト教のクリスマス、神道の初詣、仏教の葬式と言った感じで様々な宗教的習慣が混在していますから。
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そうでしょうね。


初詣は神社に行き(神道)、幼稚園はカトリックに行き、クリスマスを祝い、祭を好み(宗教関連が多い)、結婚式はチャペルや神社で挙げ、死んだらお経をお寺に頼む(仏教)…。特定の宗教を信仰していないですが、結構宗教に関わりのある生活を送っていると思います。
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日本人は意識していないだけで自然に複数の宗教と共存しています。


日本人の道徳心はその辺りから来ているのかもしれませんね。

お寺さんと檀家のようなストレートな関係はまた違ったものでしょうね。
新人深い人から、文句言いながら義務としてお布施などを納めている人もいますし。

うちも数年前に住職の住居建て替えのために、この家は何口とか指定されて、払ってきましたよ。付き合いのお金ですね。
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ただ毎週でも毎月でもその信仰場所に行って、集会に参加しないだけで、葬儀となると、無宗教の葬儀ではなく、家族の菩提寺の葬儀のやり方となります。

また、死後の法要もします。

また、子供が生まれと、お宮参りとか七五三でお参りも、ほぼほとんどの親はします。

日本は、祝い事は神社、悲しいことはお寺と分離して共存しているので、宗教を信仰している意識が少ないだけです。
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日本人に無宗教の人はほとんどいません。



「無宗教」を自称する人はたくさんいますが、それは特定の宗派に深く肩入れしていないことをそう呼んでいるか、自らの行動規範の宗教性に無自覚であるだけです。

他の回答者が指摘している節操なさはそれはその通りなのですが、もともと汎神論的な感覚があるところにブッダやキリストが「仲間入り」しただけのことです。加えて、特定の宗教名を名乗っていなくともスピリチュアルなもの大好きな人は多いし。
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多くないです。



神を信じない人が多いのが日本の特徴です。

神道で結婚式や葬式をする人でさえも、いわゆる絶対神を信仰していません。
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質問者:びんちょうタンさんは、


なんとなく天照大御神を信じているし
仏教の因果応報や自業自得も、
なんとなく信じているし
儒教の天意も、はたまたお守りも
なんとなく信じているのでしょう

良い事ではないでしょうか
だからこそ悪い事ができないのです
だからこそ真面目に生きようと思えるのです

唯物視感の様に宗教をすべて取り去ると、
人間は汚いものになります
とはいってもあの人たちは
唯物論を神の様に信じていますがね

できれば、もう一歩前にでて
宗教の何たるかを、知っておくのも
よいのではないでしょうか

参考
http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage1.html
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日本人は無宗教ではありません。



神道と仏教を併せると2億ぐらいに
なります。

これは、日本独自の宗教、神道の
性格によるものです。

本来の神道というのは、自然や先祖を
敬えばそれで信者確定します。
信者であるとの自覚すら不要です。

宗教というとキリスト教のような
教義や経典がしっかりしている宗教を
思い描くので、神道の特殊性が判らなく
なっているのです。



私のような人は多いですよね?
 ↑
大多数だと思います。
何しろ、文化庁によると、信者数は
神道で9千万、仏教で8千万だそうです。
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多いと思います。


しかし、実は仏教のなんらかの宗派に属している人が大多数だと思います。
これは江戸時代の影響を受けているためですが、戦後世代も二世・三世になると祖父母がどの宗派に属していたのか知らないだけなのではないかと思います。

父母は既にこの世を去って実家は末っ子が守っていますが神棚も仏壇もあって、父が亡くなった時に親せきのおばさんが神棚に白い布をかぶせたのを今でも覚えています。

日本人には神を信じていないという人が多いのですが、そのうちの7割はウソを言っています。神を信じていないかどうか、簡単にわかる方法があります。それは、神社仏閣でバチがあたるようなことをしても怖くないかどうかです。なんらかの恐怖を感じるようであれば、神を信じていないというのは間違いです。

日本の場合、宗教に入らなくても信仰できるという風土があります。それは、山や川や木や植物や岩や全てのものに神が宿っているという信仰です。

しかし、欧米の場合は違います。一神教なのです。彼らが信じる神を信じる者は同じ人間ですが、それ以外の人々は人間ではないという時代が長く続いていました。これから、欧米の人たちと親交を深める若い人が増えてくると思いますが、このことだけは肝に銘じておいた方が良いと思います。
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言葉の使い方の問題も絡んでくるでしょう。


「無罪を信じてます」「無事を信じてます」「我が子を信じてます」「勝利を信じてます」「あんなやつの言うことなど信じない」
「髪を信じてる」、間違った、「神を信じてる」って、どのような意味ですか。

https://www.k-doumei.or.jp/publications/backnumb …
お金を信じているという人に対して、「お金って何?」と問う人はいないはずです。お金とは何か誰もがイメージをもっているからです。しかし、「神を信じますか?」と問われたとき、「あなたが言ってる神って何?」と問い返したくならないでしょうか。神そのものをイメージすることは簡単ではないからです。

信仰という言葉、「宗教に入る」という一見妙な言葉にしても、使い方、理解の仕方はいくらでもでてきます。

そうなると、「私のような人は多いですよね?」も、+3人、あるいは+340人、どの程度なのかも気になります。 「私のような人」という識別判定も容易ではないです。
でも、日本人の20歳~50歳で2,500万人もいますから、「私のような人」はそれなりに沢山いるでしょう。

ところで、メンタル? うつ・引き籠もりなどが、ニュースや社会問題・人生相談、健康相談で問題になったりしています。 
そういうことがあまりない社会であっても、唯我独尊とか自信満々でばかりいられる人は多くはないです。 
結構の自信家で、社会的にも成功者であっても、自分だけを拠り所にするのではなく、道を示してくれるもの、なすべき方向を示してくれたり、叱咤激励、あるいは慰めや慈しみのようなものを期待することはあるものです。
マックスウエーバーが「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で、職業に励むことで救済を確信するといっていますが、これも「神」の存否、姿や教説の内容というのではなく、「救済を確信する・安心する・不安を排する」ために「信じる」というメンタルなスタンスをとって、日々の活動をしっかりとやる基盤にしているということでしょう。

未開社会でアミニズムがあり、豊作豊漁を期待したり、狩猟の安全と成功を期待したり、受験合格や出産で元気な子を期待したり、商談や商売が上手くいくことを期待する場合にも、「よし、それで良いから、ガンバッテ、大丈夫だよ」て気分になりたい = 「信じてる ← 信じたい」なのでしょう。
それをある程度体系化し、教義の解説や指導体制までもって行ったのが、宗教なのでしょう。 体系化してなくても、教義など知らなくても、未開・文明化から遠くても、信じるのは、人間では普通の行為です。
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