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公家と同じ身分を欲しがったのは、百姓出身の豊臣秀吉くらいだったと思います。
長州が、南朝と明治天皇を差し替えた話も昔から囁かれています。
もし南朝に本当に敬意を持っていた武士なら、貴族になろうとか、学習院で帝と等しい教養レベルを身につけ、教室で机を並べようなど考えるでしょうか。

質問者からの補足コメント

  • 貴族の称号は、クーデターで勝ち取るものではなく、血統主義だと思うのですが。
    それとも明治維新後、天皇家は、王朝が薩長土肥の血縁者に変わったのですか?

      補足日時:2021/09/13 01:27

A 回答 (6件)

長州に関しては、爵位は倒幕にがんばった自分たちへのご褒美。


当時の政治家、全員若かったですから、箔をつける必要がありました。
髭も、貫禄つけるため。
あまり敬意を持ってなかったようです。
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A:>西欧の貴族身分を与えたのですか?



無知はこのような細部で恥を晒す。
西欧→西ヨーロッパ。
ヒント:西洋



評価:貴族の意味や定義や、その身分の発生の歴史的な経緯を知らない無知の妄想。
(そして、同じネタを投稿し続けて、ネタが切れた上に理屈を捻り回し過ぎて自分で言っている事がわからなくなっている)


あなたの疑問は、日本の身分制度や氏姓制度について無知だからだと思います。


A:>公家と同じ身分を欲しがったのは、百姓出身の豊臣秀吉くらいだったと思います。

No1、2様に同意。
そもそも、日本の公家と貴族に明確な境界はありません。
由緒のある武家は貴族がルーツですし(ヒント:平氏、源氏)
逆に平清盛の平家等朝廷に接近して貴族化した武士もいます。

身分の高い武士は「位階」を持っています。
(源頼朝は正二位、織田信長は従二位、徳川家康は従一位)
位階とは、貴族としてのランクでもあり、これの上下によって朝廷内だけでなく武家社会(というか日本の全ての社会)でも扱いが全く違いました。
なので、武士も高い位階を得ようとしていました。
これは、無位の者でも功績によって貰えたり、ランクアップも可能でした。

秀吉の場合は、武装農民→織田家中で出世して武士化(この時点ではまだ無位無官)→天下を平定し位階と官職(関白)を賜る。

秀吉が特に身分を欲したのは事実ですが、それは武士としての「由緒」がなく、彼らを束ねる為には貴族の権威が必要だったからです。



B:>貴族の称号は、クーデターで勝ち取るものではなく、血統主義だと思うのですが。

で、その「血統」とやらの始まりは?
そもそも、最初から貴族という血統などあるのでしょうか?
日本以外のあらゆる王朝の始まりはクーデターや侵略だと思います。
であるなら、彼らは「馬の骨」からの成り上がりに過ぎないと思います。
  ↓
貴族の血統などない。その血統が貴族になっているに過ぎない。

ところで、あなたは、支那王朝の貴族は王朝が変わっても滅びずに続いているとでも思っているのでしょうか。
あの地域で王朝交代が何度起きているかご存じですか?
私が新王朝の皇帝なら、彼らは真っ先に潰します。
実際に彼らもそれをしています。


そして、功績のあった自分の臣下に身分を与えます。
(これは回答になりませんか?)



C:>もし南朝に本当に敬意を持っていた武士なら、貴族になろうとか、学習院で帝と等しい教養レベルを身につけ、教室で机を並べようなど考えるでしょうか。

何を言っているのか(いったつもりなのか)全くわかりません。

この場合、南朝北朝以前に 「皇統への敬意」があれば だと思います。
だとしても、それと教養を身に着ける事は無関係だと思います。
そもそも、維新の元勲は陛下と一緒に学んではいないと思います。
というか、西洋の学問なら維新の元勲の方が知っていたと思います。
それ以前に、その時期に「学習院」があったのだろうか。



D:>南朝と明治天皇を差し替えた話も昔から囁かれています。

囁かれている って便利な言葉ですね。
(囁いているのは誰なのやら・・・)
噂なら、あらゆるものがあらゆる時代で囁かれています。
源義経=ジンギスカン説、明智光秀存命説、上杉謙信女性説、
今でも三流雑誌はそんなのばかりですし。


当たり前の事を説明させられる事ほど苦痛な作業はありませんね。
(放置すると、無知が騙されるしなあ・・・)
「なぜ薩長土肥の下級武士達は、明治維新後、」の回答画像5
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農民上がりの下級武士が、下剋上で天下を取り、叙勲を、勝ち得た典型的な成り上がりです。

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>貴族の称号は、クーデターで勝ち取るものではなく、血統主義だと思うのですが。


上前を跳ねて、搾取する側の頂点に居るのが王様です。
おこぼれを貰いたくて王様の、周りに居る集団が貴族達です。
別の集団が来て、王様を殺して領地を奪うと、王様一族は殺され、
上位の貴族も殺されます。
搾取される側は、領主が誰になろうと、搾取される事は変わらない。

平家は歴史から抹殺されました。
秦の始皇帝の一族も殺され、逃れた一族は、倭国に来てます。
高句麗の一族も倭国に逃れて、埼玉県の高麗に住みました。
ルイ16世とマリー・アントワネットはギロチン台で殺されました。
スコットランド王は国民の前で、悲惨極まりない殺され方をされました。

搾取して栄華を得れますが、守れなければ末路は死なのです。
搾取する、王様と取り巻きの貴族が貴いなんて事は無く、ヤクザの
縄張り抗争と何ら変わりはないのです。

明治維新は武家の覇権争いで、徳川一族が負けて、倒幕側が勝利
したのです。
武士達が欲しがる、爵位を朝廷は与えて、御機嫌を取っただけの
事です、爵位には給料とか手当などは掛かりませんので、幾らでも
乱発出来ます。

武家は箔を付ける為、官位が欲しかったのですね、越前の守、伊豆の守、
日向の守などの、県知事に当たる、名称を殿様から貰って、喜んでました。
信長は、この手の使い方が上手くて、官位とか茶会の権利などを、
配下の武将に与えてました。

羽柴秀吉は朝廷の最高位の太閤を金で買いました。
太閤検地により、荘園が無くなった朝廷の収入源は官位を売る事が、
重要な位置を占めていました。
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>百姓出身の豊臣秀吉くらいだったと思います。


無知ですね。

>貴族の称号は、クーデターで勝ち取るものではなく、血統主義だと思うのですが。
これも無知ですね。
初代は何らかの勲功があったのか領地を領袖に差し出したからですね。

無知や馬○自慢をしたいのなら他でしたらいかが。
質問したいのならその前に勉強しよう。
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> 公家と同じ身分を欲しがったのは、百姓出身の豊臣秀吉くらいだったと思います。


いえいえそんなことないです。
そもそも武士とは、武芸を生業とした下級貴族です。草創期の武士たちにとっても、貴族社会での栄達は望むところ。
ですから、武家の棟梁たちは貴族としても栄達しています。
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