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非常に大雑把にですが以下のように言うことはできますよね?

ソシュールはラング(言語規範)を愛しすぎてパロール(話者の認識)をないがしろにしすぎた。
時枝はパロール(話者の認識)を愛し過ぎてラング(言語規範)をないがしろにしすぎた。
三浦はラング(言語規範)とパロール(話者の認識)を結婚させた。

教えて!goo グレード

A 回答 (14件中1~10件)

>>高飛車に物を言ったことはないですしな。



ははは!
胸に手を当てて良く反省しましょう。

あなたは誤魔化しがお得意のようだが、あれは実にみっともないですぞ?(笑)
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>>高飛車に物を言ったことはないですしな。

ははは!
胸に手を当てて良く反省しましょう。

相変わらず頭悪いというか読解力最低状態継続中ですな。(笑)

《立場の弱い者に対して高飛車に物を言ったことはない》

とは言ったが、

《高飛車に物を言ったことはない》

とは言っとらんだろ?
どこを見ておるのかね。
それとも、この構文すら理解できないのか?(笑)
君のようなボンクラ相手には高飛車ぐらいでちょうどバランスがとれることが多いということじゃよ。(笑)

>あなたは誤魔化しがお得意のようだが、あれは実にみっともないですぞ?(笑)

へえ~~~???
一か所でも具体的に指摘して見給え。
できるかな???(笑)

そもそも【誤魔化し】が君の専売特許であることは、このサイトの住人なら誰でも知っておることだが?(笑)(笑)(笑)
その自覚もないようですな?(笑)

お礼日時:2022/01/29 15:54

>>物事の本質である物自体は認識できないという立場をとると思ったわけです。



それがカント、ソシュールの根本的な立場です。

したがって、認識できないものは表現のしようがないことになり、表現論など構築しようがありません。■
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>したがって、認識できないものは表現のしようがないことになり、表現論など構築しようがありません。

認識できるものは本質(物自体)ではない、というのが不可知論だと思いますが、だからといって認識という行為自体ができないということではないでしょう。
いずれにせよ、カントもソシュールも観念論と言いたいことはわかりました。

お礼日時:2022/01/28 23:52

>>そのかわりと言ってはなんですが、コケ脅しや誤魔化し逃げなどは基本的に忌避する品性は備えておるぞ?(笑)



その勘違い、思い上がりを正すことが先ず第一でしょう。

それなしに進歩はありえません。

まあ、意欲はかいますが!!■
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>その勘違い、思い上がりを正すことが先ず第一でしょう。

「コケ脅しや誤魔化し逃げなどは基本的に忌避する品性は備えておる」のは事実であり、勘違いでも思い上がりでもないですけどね。
貴方のように、立場の弱い者(当方ではありませんぞ 笑)に対して高飛車に物を言ったことはないですしな。
あなたはお得意のようだが、あれは実にみっともないですぞ?(笑)

お礼日時:2022/01/29 00:10

>>なお叩き台の主なものは以下です。



ここでは、

「パロールは、個人が行う具体的な言語行為であり、精神的生理的および物理的な過程を通してラングを《表出》することです。これは、言語に関するある種の《行為》をあらわす概念ですが、そこには個人の意志による精神的な《結合》と、それの精神的生理的および物理的な実行である《発声》という二つの要素が含まれていることになります。」

と纏めています。ここでは、小林英夫『言語学通論』(三省堂、1947改訂版)から引用されていますが、若干古いので、

フェルディナン・ド・ソシュール (著), 町田 健 (翻訳)
『新訳 ソシュール 一般言語学講義 』( 研究社;2016/8/20)

をまずは読みましょう。■
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

川島氏の論文を読んだあとで町田氏の本はなかなか読みづらいですな。(笑)
ま、特筆すべき点があればうまくまとめて教えてもらいましょう。

お礼日時:2022/01/28 22:58

>>そちらが本当に理解しているとも思えない点が残念ではあるが。

(笑)

不用意な戯れ事には注意しましょう。

品性が露出しています。■
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

根が正直なものでつい。(笑)
そのかわりと言ってはなんですが、コケ脅しや誤魔化し逃げなどは基本的に忌避する品性は備えておるぞ?(笑)

お礼日時:2022/01/28 22:56

>>三浦はカントの物自体否定の概念に同意していたわけですか?



いいえ。
唯物論の立場に立って観念論を批判しています。■
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>いいえ。
唯物論の立場に立って観念論を批判しています。

カントが観念論かどうかを論じる場ではないと思うので感想だけ述べますが、《不可知論に立脚して》いたのであれば、経験則のみが認識可能な対象であって、物事の本質である物自体は認識できないという立場をとると思ったわけです。

お礼日時:2022/01/28 22:55

>>時枝にしてもソシュールのすべてを否定したわけではないように思う、ということです。



この点が重要です。
時枝はソシュールの構成的言語観という本質的な誤りを指摘しています。

ソシュールは本質的に不可知論に立脚しており、この点を三浦が明らかにしています。

これが言語学のパラダイム転換ということです。

そして、この点は現在の科学的を標榜する生成文法や認知言語学、日本語記述文法も克服できていないということです。■
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>ソシュールは本質的に不可知論に立脚しており、この点を三浦が明らかにしています。

これが言語学のパラダイム転換ということです。

なるほど。
では、今後、その点に着目してみることにしましょう。

ということは、三浦はカントの物自体否定の概念に同意していたわけですか?

お礼日時:2022/01/28 19:28

>>《話者の認識によって表現された言語》


という表現を提示しましたが、これも間違っているということですか?

間違いです。
話者の認識の表現としての言語です。
但し、ソシュール自体は表現ということを正しく理解できていないので、この点を時枝が批判しているということです。

認識と表現の相違と関連を正しく理解しましょう。■
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>但し、ソシュール自体は表現ということを正しく理解できていないので、この点を時枝が批判しているということです。

なるほど。
そういう説明なら、同意するしないはさておき(珍しく)筋は通りますな。(笑)

>認識と表現の相違と関連を正しく理解しましょう。

ま、私にとっては一筋縄ではいきそうにないので今後の課題でしょうな。
そちらが本当に理解しているとも思えない点が残念ではあるが。(笑)

お礼日時:2022/01/28 18:49

ラングとパロールについては、下記当たりがまずは参考になるかとい思います。



(4)ソシュールは「ラング」を「パロール」から区別した
http://dialectic.seesaa.net/article/441125041.html

>>ソシュールの主張が誤っている、という意味ですか?

そうですね。
言語は表現であり、行為ではありません。

ソシュールの主張の誤りを正したのが時枝で、それを展開したのが三浦ということです。■
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

1.
>言語は表現であり、行為ではありません。

そうですか。
ソシュール(あるいは訳者ですかね)は
ラング=言語
パロール=言
と表現したようです。

《 それ(パロール)は、人びとのいうことの総和であって、つぎのものをふくむ。a) 個人的結合、これは話すものの意志に依存する。b) おなじく意志的な発声行為、これはその結合の遂行にとって必要なものである。》(講義p.34)

という記述も。

2.
>ソシュールの主張の誤りを正したのが時枝で、それを展開したのが三浦ということです。

その流れはわかります。
ただ、今回の質問で言いたかったのは、時枝にしてもソシュールのすべてを否定したわけではないように思う、ということです。
つまり、言語道具説と言語過程説のあらゆる点をすべて対立的に考えてしまうと本質からずれてしまうような気がする、ということ。
現段階では《ような気がする。》としか言えないわけですが、思いついたことをすぐに口にしたい悪い癖が抜けきれないようです。(笑)

なお叩き台の主なものは以下です。
https://web.archive.org/web/20070222061304/http: …

お礼日時:2022/01/28 18:38

>> 言は意志と知能の個人的行為であって、



で、何故「パロール(話者の認識)」になるのですか???

ここでは、言を行為と言っていますがこれも誤りですね!

先に挙げた当方の解説を読まれましたか???

まずは、『日本語はどういう言語か』の第1章をきちんと理解しましょう。■
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

1.
>> 言は意志と知能の個人的行為であって、

で、何故「パロール(話者の認識)」になるのですか???

言=パロールということのようですから、《個人的行為》というのは《話者による個人的行為》かなと思うのですが。
《話者の認識によって表現された言語》と言い換えてもダメですか?

2.
>ここでは、言を行為と言っていますがこれも誤りですね!

《 言は意志と知能の個人的行為であって、これにはつぎのものを識別してしかるべきである。1.話手がその個人的思想を表現する意図をもって、言語の法典を利用するさいの結合。2.かれにそうした結合を表出することをゆるす精神的物理的機構》

これは、ソシュールの『講義』p.26~27からの引用らしいのですが、
ソシュールの主張が誤っている、という意味ですか?
それとも訳者が誤っている、という意味ですか?

3.
>まずは、『日本語はどういう言語か』の第1章をきちんと理解しましょう。

チラチラとは読んでいますが、なかなか難解ですな。(笑)
補完してもらうつもりで質問しておりますので、その辺りを斟酌いただければ幸いです。

お礼日時:2022/01/28 18:13

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