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統一教会、創価学会、オウム真理教、・・・etc
日本はカルト王国になってしまいました。
カルトは社会悪でありカルトが蔓延すると自己破産者や自殺者が生まれ家庭は崩壊し社会は腐敗します。
カルトは排除しなければいけませんが、これは学校教育によって可能ですか?
教育の中で「人の道」を教えるべきではありませんか?
教育の中で何を教えるべきですか?

A 回答 (9件)

人の道の看板は声で読み上げてもらって 成る程と思うのですが



あなたはどの様な未来像を描いてますか?人間達の?

カルトと言うのは反社会的だからカルトというのでしょう?

人の道さんが思い浮かべる理想社会では

男女同権ですか? 人間は能力のある無しでどう変わりますか?

存在の在リ様はどのようなものだと思いますか?

人工知能などをどれくらい作って理想的になるのか、

人間は宇宙に行って何をするのか

アルケーの教えは人がどうなるのが正しいとか有るのか?

アルケーの神は誰が信じるのか?

人の道さんが教祖になるか?

人の道さんが考えたのか?

人の道さんの人となりはどうだったのか?
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他の回答にありますけど「真実」を知るのは難しいですね。



さらに言えば、真実よりも「善」と「悪」を教えるほうが重要ではないか?と思います。
この区別ができないとき、「全ての戦争を禁止すべきである」なんて主張になってしまうわけですね。

「悪」を広げようとする中国が戦争するとき、それを押しとどめようと反撃して戦争することができなくなってしまいます。それこそ「悪の精力は万々歳!!」ってことになります。
善が悪に負けないために必要な戦いがあるってことも教える必要があるかもしれません。
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>> 「人の道」とは神でも仏でもなく「真実」を教えることです。


たとえば、D.トランプ氏やトランプ信者が主張する「真実」と、民主党・主要メディア・学識者が指摘する事実は齟齬があります。
「真実」という言葉自体、殊更に自分の主張を「正義」だと相手に刷り込もうという意図を持った言葉です。
つまり、主観的な評価による特定の事象を他者に認めさせるための主張が「真実」なのです。

物事、とりわけ人の行いは、人の価値観による評価を抜きには語れません。
人を殺すことについても、侵略者を撃退するための殺戮は正義で、他者を侵略するための殺戮は悪行であると述べても、今般のロシアによるウクライナ侵略についてのプーチンでさえ「ウクライナの反ロシア勢力による親ロシア勢力に対する虐殺を阻止するため」と主張しており、「真実」が主観的であることは明らかです。
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No.4です。


宗教の教義というものは、その宗教の価値観における「人の道」を「正しい」と信じ込ませるためにあります。
例えば、神道系の学校、仏教系の学校、ミッション系の学校というような、宗教と密接な関係を有する学校が存在します。
そのような学校では、その宗教の価値観を「人の道」として教え込むために存在するといっても過言ではないでしょう。
そのように「人の道」とは、主観的な要素でしかありません。
あなたの言う「人の道」が他の人の考える「人の道」とは違うかもしれないのです。
その違いを認めることこそ、本来の「思想良心の自由」であるし、「信教の自由」でもあるのです。
教育で教えるべきは、「人の道」が主観的、相対的な考え方であること、他者の価値観を絶対不可侵と強制されることは信教の自由の侵害であることを正しく教えることだと思いますよ。
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この回答へのお礼

「人の道」とは神でも仏でもなく「真実」を教えることです。
教育の中で「人の道」が何たるかをそのよーに教えれば、統一教会、創価学会などのカルトは生まれないのです。

お礼日時:2022/08/13 19:35

>カルトか否かは尋常な人間精神があればそれで普通に判断はつく


そんな主観で、教育を左右するわけにはいかんのだよ・・・
そもそも尋常ってどこで判断するの?
創価をカルトと言う人もいれば、そうでないと言う人もいるわけだよ。
人によって評価が変わるような事象を、学校教育になんか持ち込めないってこと。
いくらなんでも、このくらいは分かるよね?
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この回答へのお礼

>創価をカルトと言う人もいれば、そうでないと言う人もいるわけだよ。

たとえば創価にとって都合の悪いものは出版差し止めするとか、
創価に敵対する組織に対して電話盗聴するとか、
宗教団体でありながら政治に介入するとか、
学会員に選挙運動を強要するとか、
学会員に高額なお布施を強要するとか、
およそ尋常な人間精神をもって考えれば、創価学会は完璧にカルトであると判断できます。
実際海外では既に多くの国でカルトと認定されています。

お礼日時:2022/08/13 19:20

「信教の自由」を履き違えたカルト教団が跋扈するのは、行政もマスコミも「信教の自由」を正しく理解せず、腰が引けた「事勿れ主義」に陥っているからです。


「信教の自由」とは、教団の不法行為の自由を認める者ではありません。
個人の内心の自由を認めているだけのことです。
本来、宗教団体の不課税も過度の忖度の結果であり、他の一般法人と同等の課税を適用することに何の問題も無いはずなのです(他より抑圧的な高率課税をするのは信教の自由の侵害になるでしょうが)。
信教の自由の本来の意味、本質的な理解を教育するのは学校教育で為すべき社会人教育のひとつだろうと思います。
特定の宗教団体に属していようとも、その教義を自分なりに解釈して「内心の自由」によって、独自に教義を構想しても良いはずなのです。
カルト教団は、教祖の言葉を絶対不可侵として、その言説に盲目的に服従することを強制・強要します。
その態度こそ、実は信教の自由を侵害しているのです。
そのような理性的な考え方が身につけば、カルト教団に洗脳され、生活を蹂躙されることも無いはずなのです。
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この回答へのお礼

宗教よりも「人の道」を教えることが大切なのではありませんか?

お礼日時:2022/08/13 19:08

中学で宗教の成り立ちについて教えるべきです。



宗教の成り立ちをしっかり学んでいれば、どこぞの人が自らをキリストの再臨などという言葉は信じないでしょう。
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この回答へのお礼

宗教よりも「人の道」を教えることが大切なのではありませんか?

お礼日時:2022/08/13 18:55

幸福の科学の会員です。



日本では、通常の学校で宗教的なことは、教えませんね。お金や恋愛、結婚についても教えません。
なお、幸福の科学出版から大川総裁が、各宗教について語られている本を2冊出版されています。
大川総裁を信じない方でも、これらの書籍の内容は参考になると思います。

(1)宗教決断の時代
 第1章 統一協会教祖の正体─文鮮明守護霊の霊言
 第2章 創価学会の源流を探る─牧口常三郎の霊言

(2)宗教イノベーションの時代
 第1章 立正佼成会「成功」の秘密に迫る─庭野日敬の霊言
 第2章 真如苑の「実態」を霊査する─伊藤真乗の霊言
 第3章 創価学会の「功罪」を語る─池田大作守護霊の霊言
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この回答へのお礼

宗教よりも「人の道」を教えることが大切なのではありませんか?

お礼日時:2022/08/13 18:55

第一、政府はカルトの定義を示してないし、信教の自由を保障している限りにおいては、学校教育で定義や教えることは不可能であり意味がありません。


>教育の中で何を教えるべきですか?
学校教育法に準拠した指導要領によります。
私情でどうのこうの言ったところで始まりません。
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この回答へのお礼

>第一、政府はカルトの定義を示してないし、信教の自由を保障している・・・

定義は重要ではないし、そもそも人間社会に完璧な定義など存在し得ない。
定義うんぬんも信教の自由も文系詐欺の常套手段に過ぎない。
人間社会は定義によって動いているのではない。
カルトか否かは尋常な人間精神があればそれで普通に判断はつく。

お礼日時:2022/08/13 18:53

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