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西南戦争では、明治新政府軍は何故抜刀隊を組織したんですか?

A 回答 (4件)

政府軍側は農民や庶民中心でしたのでなかなか戦闘に慣れてはおらず、小銃を持たせてもろくに狙いもせずにただ弾をぶっぱなす、という状況だったということです。

小銃や弾は充分ありました(なんせ空中で衝突した小銃弾が見つかっています)が、あてずっぽうに撃つだけでは戦況は膠着状態のまま。これではらちが明かんというということで、突破戦力として抜刀隊が組織されました。抜刀隊は士族出身の警官が主体である警視隊から選抜されていますので白兵戦闘には向いており、また薩摩にはひどい目にあわされた旧幕軍側の士族も多かったので戦意も高かったとされています。
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当時の鉄砲は、性能が悪かった


からです。

遠距離では威力を発揮したのですが
接近戦では、刀での斬り合いが
有利でした。

しかも、薩摩は、示現流という実戦
剣法の雄です。

それで、幕府軍は、薩摩の抜刀隊に
悩まされていました。

その薩摩に対抗するため、明治政府も
旧幕軍の武士を中心とした抜刀隊を
組織したのです。

この抜刀戦法は、五稜郭の戦いでも
行われています。

英国人の手記にあります。

遠距離では銃を撃ち、近接すると
銃を放り出し、
あの恐ろしい両手刀を抜いて
突撃していった。
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薩摩軍は士族が中心のプロですが政府軍は出来立ての庶民を集めたアマチュアなので勝つことができなかったので治安維持のために同行していた警視庁の警察官(ほとんどが士族)が前面に出て戦ったのが抜刀隊です。

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この回答へのお礼

徴兵されて歩兵連隊で訓練されて無いですか?

お礼日時:2023/10/21 09:41

兵士全員に持たせるほど銃の在庫がなかったから。


それと、小銃は重くて長いから機動性がなくや白兵戦に向かない。
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