反対語辞典では『理論』の反対語は『実践』だそうですが、これはどういう意図から決められているのでしょうか?
いっけんあってる気がするんですけど、ちょっとおかしくないですか?適当にたてた仮説をためしに何度も実践して、もしくは何度も実践してたてた仮説がたまたまうまくいったから理論ってものが確立されるんじゃないでしょうか?なんだかまるで、頭で考えたことが実践したら逆の結果になりますよとでもいわんばかりの問題だなって思ってしまい、ドツボにはまってしまいました。
理論ってのは人が、実践もふまえて長い時間と苦労をかけて練り上げていくものでしょう?そりゃあ、人の頭だから、完璧に実践と合うとは思わないけれど、学校で習うほとんどの理論は合ってるって信じる価値があると思うんです、人の苦労をねぎらう気持ちがあるなら。
そして、あくまで信じた上で自分の考えを加えていくのが、数多くの理論のおかげであるこの豊かな時代に生きることの、責任っていうものだと思います。
反対語っていうのは長いに対して短いとか、その言葉のもついろんな要素の一箇所だけがひっくりかえったものをいうんじゃないでしょうか?この場合は日本語であること、長さの表現であること、形容詞であることなどはまったく同じで、それが値として大きいか小さいかだけが逆になってるから、長いと短いは反対語なんだと思います。その点、理論と実践では次元が違うというか…。
と、勝手に怒りを覚えてしまい、この問題を間違えた記憶があります。どこが、どう反対なのでしょうか?
No.4
- 回答日時:
>反対語っていうのは長いに対して短いとか、その言葉のもついろんな要素の一箇所だけがひっくりかえったものをいうんじゃないでしょうか?
仰るとおりだと思いますよ。つまり、反対語や対義語の意味そのものが曖昧なんです。「何を基準にして」つまり、どんな線を引いてその反対側にくるものを言うのかを定めないと、本当は反対語・対義語というものは定められないわけです。
例えば「長い」の反対語も、「量の大小」を基準にするから「短い」という言葉が対応しますが、「座標の方向」を基準にするなら「深い」や「高い」が反対語・対義語になってくるという見方もあると思います(まあ、あまり一般的ではありませんが。要するに量的な言葉に対応する言葉は見つけやすいが、そうでない言葉の対義語は見つける基準がもともと判然としていないということです)。
ですから、ある言葉・概念と対(つい)になる関係を捜す練習だと捉えてみてはどうですか? 「対になる」とは、双方が互いを照らしあうことで、両者の性質や側面がより鮮明になる(または説明しやすい)という意味です。
「理論」については、仮説も確立されたものも、イメージの中で組み立てていく筋道ですから、それが実地に有効かどうか確かめることを対(つい)と考えれば、「実験」「実践」「検証」「実証」を対照させることができます。「理論と現実は違う」という表現上の取り合わせもあります(それに賛成するか反対するかはまた別のこと)。「理論」を、上に組み立てていくものと捉えれば、その元になっている「原則」「公理」「定義」を対照させることも可能だと思います。
ご回答ありがとうございます。基準が判然としているかどうかっていうのは個人差あるような気がしてならないんですね。
それをテスト問題にして、それによっていける高校、大学が決まってしまう社会って、まあ現状では仕方ないんだろうけれど、認めるべき個人差まで埋めてしまい、人格とか能力の画一化につながるような気がして、心配してしまいます。
はい、余計な心配です。
No.3
- 回答日時:
反対語、対義語なんて所詮そんなものです。
試験の問題に
「特殊」とあったら「一般」と解答する
ということでいいと思います。
私が不思議でたまらないのは「**」の反対語は何ですかという質問がやたら多いように思います。
すべての言葉に都合よく反対語がセットになっているわけもなし、何かクイズでそういうのが流行っているのでしょうか?
ご回答ありがとうございます。そうですよね、理論についても反対語なんてないなって思ってたんです。
私は昔から融通のきかない人間といわれ、たいていの先生には嫌われる子供でした。常になにか自分の時間に意味を求めているらしく、なになにとあったらなになにと解答するって、えいやっと覚えるのが、やろうとすると血反吐を吐く思いになったものです。
まったく今考えてもお恥ずかしい限りですが、自分でもどうしたらよいかわからないのです。最近では、一生治りそうにないなと思い、これを生かす方法を模索しております。
No.2
- 回答日時:
>適当にたてた仮説をためしに何度も実践して、もしくは何度も実践してたてた仮説がたまたまうまくいったから理論ってものが確立されるんじゃないでしょうか?
実践から理論を導くことを「帰納」的推論、
理論から実践を導くことを「演繹」的推論と呼び、
どちらもなされます。
両者は対立しています。
>理論ってのは人が、実践もふまえて長い時間と苦労をかけて練り上げていくものでしょう?
つまり、理論と実践を行ったり来たりということで、互いに相反する状態にあると、ご自分でもおっしゃられてるのではないでしょうか?
理論があるのは、世の中で実際に実践するためであり、いろいろなことを実践するのは、理論を導くためとして、「ある目的を達成するための方法」として、相反する位置づけにあると思います。
仮説と実践が反対の立場にあって、その相互の関係を繰り返すことによって、選ばれたものが理論とよばれるんじゃないかと思ってしまったのです。
進化論がいまだ理論ではなく仮説として扱われるのも、それを実践するすべをいまだ見つけていないからと思うのです。(この件については、宗教的な話もあるんだとは思いますが。)
理論ですら、それほど確定的なものを意味してはいないということなのかもしれませんね。私はそこも勘違いしていたのかもしれない。
No.1ベストアンサー
- 回答日時:
こんにちは。
w22hさんは、「反対語」というものの意味を狭く捉えていらっしゃるのではと思いました。
「性質が正反対なもの」だけが反対語ではなく、「対になるもの」「相互関係にあるもの」も含めて反対語と言えます。
まあ反対語という言葉も悪いですよね。同じ意味で「対義語」という言葉もあるので、そちらを使ったほうが考えやすいかもしれません。
「理論」を実証するために「実践」がある
「実践」した結果あらたな「理論」が生まれる
と、相互関係に当たっているので反対語の関係が成立します。
私も「権利」と「義務」とで同じように悩んだ覚えがありますw
どうやら私には、言葉の意味を狭くとらえる悪癖があるらしいです。
なるほど、確かにそういう意味で相互関係にありますね。すっきりしました。ありがとうございました。
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