親子におすすめの新型プラネタリウムとは?

私の母親は、神棚やお守りに毎日、朝と寝る前、出かける前にお祈りというか手を合わせています。

父や兄はそこまでしてません。

でもそういう母を小さい時から見ているし、毎日拝んでるから、幸せで健康で事故もなく仲良く暮らせてるのかなーと思います。

みなさんは、毎日手を合わせますか?

また、どういう時に合わせるのですか?

合わせないと不幸になったりとか考えますか?

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A 回答 (8件)

田舎の出身ですので、神棚と仏壇が並んでいるのが当たり前の家で育ちました(信仰深いようでいて、何か宗教的にめちゃくちゃですね/笑)


そんな我が家では、毎日、朝イチに汲んだ水と新しく焚いたごはんを神棚、仏壇にそれぞれあげて、神棚には二拍手一礼二拍手、仏壇には線香をあげカネを鳴らして手を合わせる(その時何を思い浮かべるのかは各自の自由/笑)というのを、朝食前に家族全員(祖父母と父母と私と弟)でやっていました。
そして夕食時にまた水とごはんを新しいものにチェンジして同じことを繰り返します。
そのうち私は進学で実家を離れ、祖父、祖母、父の順に亡くなりましたが、母と弟、その嫁は相変わらず同じことを毎日やっているようです。
今現在の私の家には仏壇も神棚もありません。マンションなので(言い訳がましい? そのかわり、実家に帰ったら、まっさきに仏壇に「ただいま」と手を合わせます。神棚を拝むのは、なぜか食事前限定)
特に幸せを願ったり、お礼を言ったりというのはなかったですねー。小さい頃からしていることだから、習慣になってただけのように思います。
弟は私よりも信心深いようで、「忘れるとキモチ悪い」そうです(笑)
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私も、無宗教的な生き方をしてきたので、あなたが宗教の儀式に対して、いぶかしげに見守っている様子を分かる気がします。


しかし、最近片親を無くし、その死を受け入れられない気持ちから仏教の考え方に頼らざるを得ませんでした。
お母様に手を合わせるようになった切欠を聞いてみてはいかがでしょうか。
私は神道ではないので神様に手を合わせる気持ちは分かりませんが、きっと何か過去に手を合わせたくなる事が有って、今に至ってもその時と少しも気持ちが変わっていないのだと思います。
手を合わせている先に大切な対象が今も存在している事を、お母様が手を合わせている時に実感として感じてみて下さい。
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母は毎日、晩御飯が終わって一息つくと、「ご先祖様、今日も家族全員一日無事に過ごせました。

ありがとうございました。ありがとうございました。これからもお守りください。」と空に手を合わせてつぶやいています。

私は普段は手を合わせたりしないですが、寝る前にしんみりとした時には、今日も当たり前のように終わっていったことに感謝するようになりました。

手を合わせるとかいう表面的なことではなく、感謝するという内面的な気持ちの方が大事だと思っています。だから手を合わせるという行為にはこだわりません。
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お祈りは毎日はしません。



手を合わせるとしたら
食事の「いただきます」「ごちそうさま」を言う時か、
実家に帰ったときに仏壇に手を合わせたり、
仏事や何かで神社仏閣にお参りに行った時ぐらいかな。

でも、別に不幸じゃないし、
神棚や仏壇も置き場所を間違えると怖いって言うし…。

それで幸せだと思うのならそれでいいんじゃないですか。
だからと言って他の人にどうと言う事でもないし…。
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私はほんの一握りではありますが親の遺骨と暮らしています。


その遺骨に毎日手を合わせます。今日、こんな楽しいことがあったとか、こんな辛いことがあったとか、ニュースでこんな話題を見たとか、心の中で会話します。
会話していると、ふいに涙が出ることもあります。でもその度に、最期の最期まで生き抜こうと頑張った親の「顔」を思い出し、私もどんなに辛くても何とか乗り越えて生きて行こうと思います。
親に限らず、自分より先に遠くへ逝った方達への敬意だけは、忘れないで生きて行こうと思います。それがきっと自分や周りの方々を大切にして生きて行くことに繋がるのだと思っています。
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こんばんは。



神道の家なので、普通に毎日手を合わせます。

手を合わせるのは朝と夜でしょうか。
朝は「おはようございます。今日も元気に起きられました。今日も一日、事故や怪我や禍つ災いから、子供達と○○さん(主人の名)と、私を守ってください。」とだけお願いし、
夜は「今日もみんなが無事で、一緒にお夕ごはんも美味しく食べられました。有難うございました。」と、手を合わせます。

#1さんも仰っていますが、不幸になるからお参りするのではなく、幸せだから感謝するんです。神道の場合は「神頼み」なんて考えはないから、幸せになる為には自分で自分の身を守れるだけ守って、自分自身で間違いを起こさないように頑張る・・・それでも防ぎきれない色んな事を避けてもらえるようにお願いして、夜に今日も一日無事で幸せだったから、感謝するんだと思いますよ。お母様も多分、「幸せで健康で事故もなく仲良く暮らせてる」から、手を合わせるんだと思います。

神様だろうが仏様だろうが人だろうが、「有難う」の気持ちは自然に湧き上がってくるものですから、自然に御礼を述べる・・・感謝は義務でするべきものでは無いでしょうからね。

ご参考になれば幸いです。
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こんばんは。


私も毎日手をあわせています。神棚ではなく、亡き父にです。仏壇は実家にあるため写真とお水・ご飯・佛花等を飾るセットを購入して、毎朝手を合わせてます。(真宗大谷派)また頂き物があった時もお供えします。手を合わせる事が今日も出来る喜びを感じながら。。。
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ひとついえるのは、毎日拝んでいるから幸せで健康なのではなく、幸せで健康なことに感謝して、その表現として手を合わせているから、幸せで健康な状態が続くのです。



手を合わせなかったからといって不幸になるわけではないでしょうが、幸せで健康なことに感謝できなくなったのであれば、ちょっと要注意かもしれません。
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Q神棚~毎日すること

神棚がありますが、現在はほとんど放置されています。
ただ、汚いのではなく、割ときれいな状態です。
お札やお榊は飾ってありますし、お榊は庭にあるので、母が定期的に交換しています。

明日、明後日から、神棚の手入れを自分で毎日しようと思っているのですが、
どういう風にしたら良いのでしょうか?

朝、出勤前に5分位で済むのであれば、出勤前に毎朝やりたいと思います。

Aベストアンサー

ほとんど放置されていたのでは無くて、お母様がきちんと管理していたようですね。
今までお母様がやっていた事を一つ一つ増やしながらやっていけばいいのではないですか。
一度に全てをやろうとしない事。全てを毎日やろうとしない事です。

今の時点でお札があると言う事は、去年のお札が有るのかも知れません。
今年の目標として、古いお札をどんと祭等に持って行って焼いてもらう、と言うのはどうでしょう。

こんな感じから始めては如何ですか?仏壇や神棚の扱いは、始めたら死ぬまでが仕事です。
決して一度に何もかもしようとしないで下さい。

後は、柏手打ちを毎日やりましょう。最初は相撲の柏手が良いですよ。(実社会で柏手の打ち方って相撲しか見あたりませんので、横綱の土俵入りを参考に)

Qお墓や仏壇の前で手を合わせたとき、何をお祈りすればよいのですか?

実は子供の頃からの疑問なのです。
お墓や仏壇の前で手を合わせたとき、何をお祈りすればよいのですか?
特に、生まれる前に無くなった親戚や、知り合いのお墓参りなどもそうですがよくわかりません。
神社ではないのだから願い事を祈願するのもおかしいし、安らかにとか、念仏を唱えるとか。
皆様どうされていますか?

Aベストアンサー

kokirikoさん,こんにちは。

私の場合は、お祈りと言うより「お話」をしています。
私の祖父・祖母はすでに他界していますが、子供の頃たくさんかわいがってくれた記憶があるので、近況報告や自分が元気であることを手を合わせて心の中でお話をしています。
最後に「自分と家族をいつまでも見守ってください」と言って終わります。

直接は知らない親戚のお墓参りの時にでも、やはり同様です。
例え知らない人であっても、お話をされれば喜ぶと思うし、亡くなった方と同系の血を引いているのですから、話をしても問題ないと思います。

全く知らない人のお墓参りの経験は無いんですが、やはり初めて会うなら自己紹介をして、「よろしくお願いします。また来る機会があったらまたお話しましょう」などの言葉で話を終えると思います。

私の考えでは、亡くなった方はさみしいので、現世の人達の話を聞くのを楽しみにしてると思いますし、なかなか普段話しをする機会が無いので、お墓参りの時だけでも色々話をしようと思っています。

Q神棚のない場所でのお札の置き場所・置き方

先日、神社に行きお祓いをしてもらいお札をいただきました。
しかし私の住んでるところは神棚のないマンションの3階です。部屋は南側に窓があり、一番高い家具としては西側にタンスがあります。
その場合はタンスを綺麗にし白い布にお札を立てればいいのですか?

この時期にお忙しいとは思いますがよろしくおねがいします。

Aベストアンサー

そのお札には何が書かれていますでしょうか?
○○神社(神宮)とか、神璽とか、御璽、御守護、大麻とかですかね
或いは祓璽、祓眞璽、御神霊、祈祷護符、祈祷玉串とかですかね。

表現は神社によって様々ですけれど、基本的に上段は御神札で祀るもの、
下段は祈祷の護符で貼り付けるだけのものとなります。(祓とか祈祷とか玉串の文字が入れば下段)

家庭内に祀る御神札の起源も清め祓えの護符も起源は同じなので、ちょっと厚手の護符や幣束の形のものであれば神棚に納めても構いません。一枚のペラであれば護符と考えていいです。
護符であれば柱や壁に貼り付けるだけでもOKです。方向も高さも何も関係無しです。

神棚に祀る場合もとりあえず方位は考えなくていいです。これは神社本庁の冊子でも「祀ることが第一」と書かれています。

たんすの上が置けるなら、白い布か紙を敷き、その上に神棚を設えます。宮でなくても最近は御神札立てというただはめ込むだけのものも売っていますが・・、なければ倒れないように立てかけてください。
我が家の一番最初はその辺の箱に白い紙を輪にして貼り付けて、その中に御神札を入れました。
休日に100均に行って適当に買い揃え、お金をためてから宮やら何やらを徐々に揃えていきました。
でも今でも水はビールグラスです。

私のお勧めは100均一でちょうどいい幅のケースとブックエンドを購入してブックエンドにケースを接着剤でくっつける方法です。ケースは透明でも色つきでも構いません。紙製の箱でも構いません。蓋はしたほうが汚れなくてなくていいです。
或いはブックエンドに札が入る大きさの封筒を貼り付け、その中に札を入れてもいいです。
護符としてならそれだけです。それ以上は不要です。

が、神棚として祀るには供物が必要になります。
供物容器も特に買い揃える必要はありません。そのうち欲が出て纏めたくなると思いますけど。そうなったら素直に揃えればいいです。
最初は出来るだけ有り合わせでそろえましょう。とにかく祀ることが第一形は次第に整います。

少し本格的にするには白い紙に「天」或いは「雲」と書いて御神札の真上の天井に貼ります。
これは神棚の上は人が通らないようにすべきところですが、一階の神棚や集合住宅ではそうも行かないので、神棚の上は天空だと言う意味になります。

備えるものは塩とお米と水或いは神酒(またはその両方。スペースに合わせて決める。)です。
米と塩は小皿で充分。これに少し山になる程度に乗せて供えます。
水やお神酒はグイ呑みやビール用の小さなグラスでいいです。
我が家では当初、やはり100円の盆に載せて供えていました。

小さな部屋では邪魔になるので、供物を捧げ、拝礼したら下げちゃいましょう。
米と水はそのまま砥いだ米に混ぜて焚いて食べればいいし、塩・お神酒も調味料に使ってOK。
これは直会と言って、神に捧げた物を分けて食すという習慣です。また神棚に捧げた米は御守りとして配布することもあり、清め祓えの御神力が有ると考えるからです。
塩分控えめなら塩は風呂に入れても家の外に撒いてもいいです。ようするに無駄にしない。これも清め祓えの考えからです。なお邪魔でなければ水と神酒は一日捧げておいても構いませんよ。

正規には榊とか何とかもありますけど、これも正規の札立てや宮を設える時にそろえればいいです。

そのお札には何が書かれていますでしょうか?
○○神社(神宮)とか、神璽とか、御璽、御守護、大麻とかですかね
或いは祓璽、祓眞璽、御神霊、祈祷護符、祈祷玉串とかですかね。

表現は神社によって様々ですけれど、基本的に上段は御神札で祀るもの、
下段は祈祷の護符で貼り付けるだけのものとなります。(祓とか祈祷とか玉串の文字が入れば下段)

家庭内に祀る御神札の起源も清め祓えの護符も起源は同じなので、ちょっと厚手の護符や幣束の形のものであれば神棚に納めても構いません。一枚のペラであれば護符と...続きを読む

Q神棚にお供えしている米、塩はそのあとどうすれば?

年末にせず、初詣で札を買い、あわててホームセンターで神棚を買い、お札を祀りました。インターネットで調べて方角や供え物も何とか間違えず続けていますが、そこで疑問が出たので質問です。毎日替える米と塩はそのあと、どうすればよいのでしょうか。米は、その日に食べて、塩もその日に使うのでしょうか。それとも供えたものは、捨てるのでしょうか。水は捨ててますが。どなたか教えて下さい。宜しくお願いします。

Aベストアンサー

私は毎朝、お水、お洗米、塩、ご飯(パン)をお供えしています。夜になったらお水は観葉植物に、お洗米は洗って夕御飯の時に一緒に炊いたりしています。塩は漬物をされる方などは利用しても良いと思いますが、私は捨てています。ご飯も硬くなってしまうので捨てています。
神様にお供えするということは日々生かしていただいていることへの感謝の気持ちですることなので、神様からおさげしたものは捨てずに大切に食べたり利用したりすることが大事だと思います。

Q神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

以下のホームページを見ると、次のような神拝詞(となえことば)があるようです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/4971/2/

<神拝詞(となえことば)>
祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)
神ながら(かむながら)
奇しみたま(くしみたま)
幸え給え(さきわえたまえ)

そこで、質問です。

神社参拝の際、上記の「祓い給い 清め給え・・・(中略)・・・幸え給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?
また、個人的なお願いごとは、上記の神拝詞(となえことば)を唱えたあとに、お願いすればいいのでしょうか?

それとも、個人的なお願いごとをする場合は、上記の神拝詞(となえことば)を唱えなくてもよいのでしょうか。よく、神社やパワースポット関係の本には、参拝作法に、上記の神拝詞(となえことば)を唱えなさいと書かれていないと思います。

ただ、時々、神社に行ったとき、拝殿の御賽銭箱の近辺に、上記の神拝詞(となえことば)のうち、
「祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)」と書かれた表示物を見たことがあります。

そもそも、参拝の際に、神前での願い方について、何を唱えればいいか、何が正しいかわかりません。

よろしくお願いします。

神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

以下のホームページを見ると、次のような神拝詞(となえことば)があるようです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/4971/2/

<神拝詞(となえことば)>
祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)
神ながら(かむながら)
奇しみたま(くしみたま)
幸え給え(さきわえたまえ)

そこで、質問です。

神社参拝の際、上記の「祓い給い 清め給え・・・(中略)・・・幸え給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?
また、個人的なお願...続きを読む

Aベストアンサー

私は、宗教が神道ではない者として、口を挟むつもりはありませんでしたが、書かざるをえない気がしました。出来れば、新興宗教の方は、その身分を明らかにしてほしいものです。知っている人には分かります。教義に書かれていた内容は、必ずしも一般的な情報とは違いますから、読み手は間違った認識を持ってしまいます。私自身は宗教団体には関係してませんが、生まれながら、仏教と神道の狭間で、相矛盾した中で割り切れない問題を背負って育ってきましたが、ある意味で時代に翻弄された一人だというしかありません。

昨年でしたか、大相撲の朝青龍が、手刀を切り、懸賞金を左手で受け取り、大ひんしゅくをかいました。相撲というのも、神の御前でする神事ですが、形から入り、心が入り、そして、そこに美と調和が生まれるわけです。これを「様式美」と言い、ただ、勝てばそれで良いというわけではない、という端的な例を表しています。

神社では、鳥居の前で脱帽し、礼をし、二礼二拍手一礼のマナーというものがあります。また、手水舎(てみずや)で片方ずつ手を清め、口をすすぐというのは常識ですが、直接、ヒシャクに口をつけてはいけません。今は、常識が常識でなくなってきているようです。確かに、出雲大社などでは違う作法があるところもありますが、それは注意書きが入っていたはずですし、こういう作法は、混沌としているということでもありません。明治以降、二礼二拍手一礼(二拝二拍手一拝)を一般としてしてきているわけですから、それに従えば済むことです。知らなければ、覚えれば済む話です。この作法は、明治時代に作られた「神社祭式」を根拠としています。

また、女性は、柏手(かしわで)を鳴らさないというのは、占い師の細木数子氏が言ったそうです。しかし、女性は鳴らさないというようなことはありません。柏手は、神様を呼び出すという意味を持っているのですから、死者の前(葬式やお墓)では鳴らさない時(しのび手)があるという常識さえ知っていればよいことです。また、お寺では、二礼二拍手一礼はしないということも心がけてほしいものです。

それが、いつの時代に作られたものであれ、統一されたものなら、それに従わないということはありません。マナーのひとつとして、ぜひ、守って欲しいものです。それを守らなかったら、どうにかなるということではありません。日本的な表現ですが、「美しくない」ということです。

それから、祝詞というのは、簡単にいうと、「かむながら」という言葉がある通り、「神の御心のままで」という意味ですから、もともとは、「神の言葉として上から下に申し伝える言葉」だったわけです。唱え詞(となえことば)で一般的に知られているものは、

「祓い給へ 清め給へ 守り給へ、幸(さきは)え給へ」
というものです。私は、特に参拝客が声を上げて唱えるという話は聞いたことがありませんが、神社に詣でたときに、どこかに書かれていたら、黙読し、心の中で、「清い心で、神様の御心のままに、みなを守り、みなが幸せになれますように」と祈ればよいと考えています。

なお、浄土真宗の話に触れておきます。
日本の宗教の中で、戦前戦後、妥協を許さなかった宗教であり、西洋哲学でいうなら、日蓮宗が日本型の強者の理屈を持つ宗教なら、(浄土)真宗は、それに対抗する弱者の宗教です。

浄土真宗は、現代まで靖国神社を反対している唯一の仏教団体です。ここでは、日蓮系の新宗教団体は除きます。明治政府は、事実上、仏教と神道を分離しました。祝詞を唱えると願いが叶うという発想は、空海の真言密教を起源とする両部神道であるかもしれませんが、仏教色が残るものとして、これ自体も廃仏毀釈運動によって排斥されました。

浄土真宗の「南無阿弥陀仏」と唱えることは、日蓮宗のように題目を唱え利益(りやく)が得られるというような意味合いを持ちません。念仏は念仏を唱えること自体に意味を持ちません。それは、信仰そのものの現れだと考えています。

真宗大谷派大阪教区『銀杏通信』靖国神社に対する考え方。
http://www.icho.gr.jp/faq/q_a_042.htm

明治の初期、森有礼の建白書や浄土真宗の島地黙雷僧侶が、明治政府に信仰の自由を訴えましたが、逆に神道側は、その体制を整えることになりました。

明治憲法が発布されたとき(明治23年)に、神道とは国家神道として、別格な地位を得て、「国民の道徳」としました。断じて、浄土真宗が、神道に影響されたり、政府に擦り寄り、神道に影響を与えたなどということはありません。

また、見えない霊自体を肯定するかどうかは別としても、霊体が危害を加えようとするという、オカルティズムは、私たちの一般社会には馴染まない考えだと思います。

参考:国家神道

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%A5%9E%E9%81%93#cite_note-6

私は、宗教が神道ではない者として、口を挟むつもりはありませんでしたが、書かざるをえない気がしました。出来れば、新興宗教の方は、その身分を明らかにしてほしいものです。知っている人には分かります。教義に書かれていた内容は、必ずしも一般的な情報とは違いますから、読み手は間違った認識を持ってしまいます。私自身は宗教団体には関係してませんが、生まれながら、仏教と神道の狭間で、相矛盾した中で割り切れない問題を背負って育ってきましたが、ある意味で時代に翻弄された一人だというしかありませ...続きを読む

Q神棚のさかきは造花でもいいのですか?

いつもお世話になります。
神棚のさかきですが、義父がどこかで売っていたと購入してきて「これなら水もいらんからいいだろう」と言いますが、造花を売っているということは、買う人が居ると言うことですよね?私はいけないような気がするのですがどうなんでしょうか?
アドバイスお願いします。

Aベストアンサー

おっ、アレのことだな!とピンときました。
見たこと有りますが、買う人やっぱりいるんですね(~o~)
こう言うのって、気持ちの問題だからなんとも・・・

我が家はすっごく狭い家なので神棚がないんですよ。
壁掛けスタイルの神棚に天照大神の神札を差してるだけ。
もう少し前までは柱に両面テープでじか貼りでした(^_^;)
だから榊&その他諸々も無し。
でも気持ち的には大切にしていて折にふれ2礼2拍手1礼です。

せっかくお義父さんが買っていらした物を無下にもできませんから、しばらくはそれを使われてはいかが?、但し埃が積もらないように時々水洗いをして気分は瑞々しく保つ。
で・・・気持ちが落ち着かないでしょうから、しばらくたったらさりげな~く本物に変えてしまい、もし何か言われたら「汚れが落ちなくなっちゃって~、石油製品は静電気が起きるらしくてやっぱり汚れを吸いますね~。」と軽くいなす。
いかがでしょう。。。

Q初詣の時にアマテラス神様のお札を買ってきますが、あれって薄い紙でくるま

初詣の時にアマテラス神様のお札を買ってきますが、あれって薄い紙でくるまれていますよね。
神棚に祭る時には、あの薄紙は取ってから神棚に上げるものなのでしょうか?
それとも、そのまま薄紙にくるまれたまま、神棚に上げるものなのでしょうか?
薄紙を取り外すと、何か災いが起きるものなんでしょうか。。。
ちなみに、いつもは薄紙のままあげていたのですが、今年の1月1日には薄紙を取り外して祭ったら、16日に父が亡くなってしまいました。。。
どなたか、正確な方法とその理由を教えて下さい。

Aベストアンサー

神社の神主をしているものです。
アマテラス様の御札にくるまれている薄い紙は本来ご家庭に届くまで汚れないように保護されているものです。
ですからおまつりする場合には薄い紙は剥がしておまつりするのが正しいまつり方です。

というのもこのアマテラス様の御札は伊勢で作られ、各神社に送られてその地域の家庭に届きます。
昔は梱包技術は未熟ですし、輸送にかかる時間は今よりもっとかかっていました。
だから神社に届くまでに雨や雪などで汚れる確率はとても高かったのです。
また、江戸時代あたりでは伊勢参りに行った人が何日もかけて故郷に持って帰ったわけですから、やはりその間に汚れてしまう可能性は多かったでしょう。(下手すると伊勢参りの相手が子どもだったり犬だったりする場合もあります)

ですから御札に薄紙を巻くことで被害を最小限度に抑え、おまつりする方々が健やかに祀れるようにしたわけです。

薄紙を剥がすことで災いが起きることはありません。
(神棚清祓で神主を家に呼んでお祓いしてもらうとほとんどの神主は薄紙を剥がしますよ。私なんかもアマテラス様の御札以外に薄紙に巻かれている神社札は全部剥がして祀っています)

剥がした薄紙は古い御札や古いお守りを包んでお焚き上げに出すとよいでしょう。
また剥がす際は鋏等刃物は使わず手で剥がした方が神さまに失礼になりません。

また薄紙のままでも御札の効果が薄れるということはありません。
祀っている間でも汚したくなければ薄紙のままでおまつりしてもよいでしょう。

お父様の事は大変悲しいこととは存じますが、神様の祟りではなく天命を全うされたのだと思われます。

どうぞお気になさらず健やかなる新年をお迎えください。

神社の神主をしているものです。
アマテラス様の御札にくるまれている薄い紙は本来ご家庭に届くまで汚れないように保護されているものです。
ですからおまつりする場合には薄い紙は剥がしておまつりするのが正しいまつり方です。

というのもこのアマテラス様の御札は伊勢で作られ、各神社に送られてその地域の家庭に届きます。
昔は梱包技術は未熟ですし、輸送にかかる時間は今よりもっとかかっていました。
だから神社に届くまでに雨や雪などで汚れる確率はとても高かったのです。
また、江戸時代あたり...続きを読む

Q御祈祷の後に頂いたお札や御神酒などを祀る場所

転職祈願のため、神社で御祈祷をして頂きました。
その後に紙のお札、御神酒、絵馬、お守り、箸などを頂きました。
これらを祀る場所を考えています。

一人暮らしで賃貸マンション(間取りは1K)に住んでいて、神棚はありません。
賃貸なので神棚を作ることはできません。

ウチの中に大きなタンスなどはありません。
小さめなキャビネットがあるので、その上に置いています。
その場所ですと、私の目線よりもかなり下の位置になってしまいます。

やはり、自分の目の位置よりも高い位置に祀る方がいいんですよね?
壁の上の方にお札を付けた方がいいんでしょうか?
その場合、御神酒はどこに祀ったらいいのでしょうか?

神棚が無いので疑問だらけです。

詳しい方、教えて頂けますか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

神主さんから説明は無かったのでしょうか?

神社から頂くお札には祀るための御神札と祈願や祓えを受けた証、身護りの護符とがあります。
期限は同じものですけど、現代では二つに分かれているんです。
そして神社というか神道によってその扱いも神棚に祀る場合とそうで無い二つに分かれます。
(神道って一つじゃないんですよ)

ここでは一般的な回答をします。たぶんこれでいいはずです。
質問に「ご祈祷して頂いた」とあります。ですからこれは御神札ではなく、護符と考えられます。
御神札であれば神棚に祀る、あるいは専用の棚を設けて祀るなどの必要がありますが、護符であればそのような必要はありません。
また部屋を見渡せる場所が一番良いのですが、キャビネットの上でもどこでもかまいません。

護符には二通りあり、一つは分厚くしっかりしたもの、もう一つは一枚の紙に書かれているものです。
分厚いものであればそのまま立てかけてもかまわないし、両面テープか紙用の糊でで軽く台に貼っておいてもかまいません。
でもセロテープなどで表面から見えないようにしましょう。
一枚の紙に書かれているような場合は、100均などで適当な写真立て、あるいは白か黒などの無地のブックエンドを用意し、そこに挟む(見えるように)か貼り付けて立てて飾れるようにします。あるいはボール紙に半紙など白い紙で包むように貼り付け、その上にお札を貼ります。
神様の札に糊付けなどしていいのか・・大丈夫です。昔はそのまま家の板壁や柱に貼り付けていたんです。
もちろん貼り付けていいような家であれば直接貼ってしまってかまいません。これはあくまでも借家など貼り付けたり傷つけられない場合の方法です。

次に場所ですけど護符の場合は必ずしも目線より上と言う規定はありません。古民家などでは分かりますが、神棚の下に少し凹んだ板壁、関東地方では押板と呼ばれる場所に貼っていました。これは人間と同じくらいの高さです。さらにお札によっては足元に貼るものもあります。
さらに別の地方では深さの浅い床(床の間)があって、そこに飾っていました。ですからせいぜい正座した目の高さです。
この場合は祈願の為のものですから、毎日ちょっと手を合わせられる程度の高さで十分です。また方位も関係ありません。

基本的に護符には供物は不要です。ご祈祷の後、お神酒は飲みましたか?食事は出ましたか?
お神酒を頂いていないのであれば頂いたお神酒はその代わり、祭事の最後に重きを飲んだのであれば頂いたお神酒は直会(なおらい)の代わりです。もし食事が振舞われたのであればお土産だと思って下さい。直会とは神様にささげた供物を神様と一緒に頂く祭事です。
ただし密教寺院などの祈祷の護符はきちんと祀るようにしているところも多いです。これは古い習慣がそのまま残っているためです。

もしお札の前にスペースがあり、毎日一生懸命祈願したければそれもかまいません。その際には神棚と同じように白い無地の皿に塩と米(またはご飯)を置いて、更に日本酒をささげます。
これは専用の器じゃなくてもかまいません。私も当初は普通の小皿とぐい飲みでしたよ。
それを盆の上においてささげればいいんです。三方を買う必要もありません。
供物は自分の食事の前にささげ、食事が終わったら下げる、あるいは先にささげ、すぐに下げて料理に使ってもかまいません。それが直会となります。(お寺の場合はささげっぱなしが多いように感じます。)

実は神棚の御神札の起源は「御祓いさん」という下級の神職や巫女に祓ってもらった時の幣束を祀ったことにあります、つまり今説明したことですね。本来は分霊ではありませんが、いつの間にか分霊と同じ扱いになったのが家庭内の神棚なんです。つまり護符として扱うもよし、御神札に準じて扱うも善しということなんです。

そして満願(事が成就するか頂いてから一年)の日まで置いておきます。満願が来たら通常はお焚き上げのために神社に帰しますが、近年では古札を年末年始にしか受け入れない神社も多いです。
この場合は白い封筒に入れるか、半紙でくるんで横にして保管し、お礼参りだけをしておいて、札は年末に神社に返せばいいです。

神主さんから説明は無かったのでしょうか?

神社から頂くお札には祀るための御神札と祈願や祓えを受けた証、身護りの護符とがあります。
期限は同じものですけど、現代では二つに分かれているんです。
そして神社というか神道によってその扱いも神棚に祀る場合とそうで無い二つに分かれます。
(神道って一つじゃないんですよ)

ここでは一般的な回答をします。たぶんこれでいいはずです。
質問に「ご祈祷して頂いた」とあります。ですからこれは御神札ではなく、護符と考えられます。
御神札であれば神棚に祀る...続きを読む

Q仏様に手を合わせること。

毎日、先祖の仏様に手を合わせてます。
一週間に一度、新しい花を供えています。
お供え物も絶やしたことがありません。

大変、気持ちが落ち着きます。

ここで質問です。

(1)朝が早いので心の中で『行ってきます。』と言います。仕事から帰宅してから夜に線香とロウソクと花の水替え等をします。本当は朝が良いのでしょうが夜でもかまいませんでしょうか?

(2)手を合わせて言うのが『家族が健康で無事すごせますように』とか『仕事がうまく行きますように』とか『子供の試験に合格しますように』とかお願い事ばかりです。これって駄目ですか?

(3)あなたにとって仏壇に手を合わせることで得ることは?

一つでもいいですからお答えください。

Aベストアンサー

kibunwa-jo-joさん、こんばんは。
僧侶です。
kibunwa-jo-joさんの疑問は全部「そう思われただけで大変意義のある」ことなんです。

順を追ってお答えしてまいりますね。
(1)朝がお早いとのこと。仏壇にお参りするのは別に朝と決まった訳ではありません。特に時間がないので心の中で手を合わせておられる旨、心のこもっていないお参りは意味がありませんから、時間がある時にお参りされてそれでいいですよ。

私の知っている方で「朝は時間が無いから」と言ってカセットに自分のお経をとなえているのを吹き込んで、それを再生して住ませておられる方がいますが「それはどうかな?」っていつも思っていました。

(2)お参りの時は願い事ばかりしていますとの事でが、そもそも太古の昔から日本人の先祖崇拝の意味や思いは似たようなものでしたから、ある部分しょうが無いかなぁとも思いますが、仏教本来の教えからとなりますと「ちょっと?」にあたります。

お釈迦さまの教えは(仏壇にお参りするのだから仏教ですよね?)生きとし生けるもの全部が幸せになる方法を考える事です。
ですから「自分の家族が云々」「仕事がうまく行く云々」「子供が試験に合格云々」はそのお釈迦さまの教えに照らせれば《全部自己の幸せのみを願ったジコチューの希望》という事で、かなえられるものでもないでしょうね。

では、仏教徒として「どのような思いで仏壇に手を合わせればいいのか?」という事になりますと・・・・。

「自分の家族も含めて生きとし生けるもの総て、みんなが幸せに生きられるよう」「自分の仕事がうまく行く=取り引き関係や関連会社もうまく行く=お客様も満足すると考えて、自分の仕事に関連する取引関係から消費者まで、うまく行きご満足いただけるように」「子供が試験に合格しますように」=これはよく陥ってしまう欲なのですよ。

仏教学者のひろさちや氏がしょっちゅう書いておられますが、今でも原始仏教の残っているスリランカの仏教徒は、絶対こういった類の願いはしないんですってね。

ではどう祈るか?っていいますと、自分の子や孫が「どうか試験の日に体調も悪くならず、自分の実力が出し切れるように」って祈るのだそうです。
実際にスリランカに行かれて「なぜ、そう祈るのか?」って信者さんたちと話されたそうですが、自分の子や孫が合格するという事は、当たり前ですが「必ず誰かが不合格になる」という事。
言い換えればそれは「変わりに誰かを落っことす事を祈っている事になります」ってみんな口をそろえておっしゃったそうです。

「受験だから誰かが受かれば誰かが落ちるのは当たり前」だから、十分実力を発揮出来るように。と祈ってやるのですと。
私がこのお話を聞いたのはずいぶん前ですが、非常に感動した事を覚えています。
と言う事で、これと関連して(3)にまいりますんね・・・。
やはり究極の祈りは「手を合わせて、生きていく上でこれから自分が遭遇する困難に負けずに、打ち勝てる強い心と勇気を私に下さい」「そして、強くたくましく、人間として恥ずかしくない生き方が出来ますように」って祈る事が一番と思います。

以上長文で誠にスミマセンでした。

kibunwa-jo-joさん、こんばんは。
僧侶です。
kibunwa-jo-joさんの疑問は全部「そう思われただけで大変意義のある」ことなんです。

順を追ってお答えしてまいりますね。
(1)朝がお早いとのこと。仏壇にお参りするのは別に朝と決まった訳ではありません。特に時間がないので心の中で手を合わせておられる旨、心のこもっていないお参りは意味がありませんから、時間がある時にお参りされてそれでいいですよ。

私の知っている方で「朝は時間が無いから」と言ってカセットに自分のお経をとなえているのを...続きを読む

Q仏壇に毎日ご飯供えますか?(浄土真宗)

仏壇に供えるご飯について教えて下さい。
あのご飯って毎日お供えするのが常識でしょうか?

伯父の奥さんが3年前くらいに他界しており、仏壇のご飯の
お供えは同居している息子の嫁(専業主婦)が半年ほど
やってました(伯父はまだ現役で働いてます)。
ところが、1年も経つとめんどうくさいのか全くお供え
しなくなったそうです。それとなく言ってみると2,3日は
するけれど、またやらなくなるそうです。

ちなみに伯父は、嫁に食費として毎月8万ほど渡しており
光熱費や固定電話の料金、新聞代等も全部払ってます。
その代わり食事洗濯等の身の回りの世話をしてもらってるようです。

ちょっと話がそれましたが、私は上記の通り伯父に愚痴を
こぼされ、一般的にはどうなのかあまり知らないため
返答に困ってしまいました。ただ、若くして亡くなった
奥さんへの思いがまだ強いようなので心情的には
毎日お供えしてあげればいいのに、とは思います。

普通はどうなのでしょう?

Aベストアンサー

うちも浄土真宗で、東も西も親戚にあります。
みんなやってますね。
「おぶくさん」というのはうちだけでしょうか(^^;
朝、炊きたてご飯をお供えして、夜に下げます。
固くなっているので、炊きあがったご飯に放り込んで蒸らして食べます。
昔は精進料理で食べなければならなかったそうです。(祖父談)

ご飯を炊かなかった日はあげていませんね。
代わりのものをあげたりもしません。
いただき物があれば仏様に報告してから食べます。
信仰心があるんだかないんだか・・・。

伯父様がご健在なら、伯父様が仏壇まで持って行くようにすればどうでしょうか?
盛りつけはお嫁さんで。
伯父様が朝、「お供え作って」と言えばサボれないでしょう。

それでも親戚の曹洞宗の「1汁3菜」(?)のお供えに比べたら、随分楽だなぁと思いますけどね。


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