デカルトの言葉だったと思うのですが、
「コギト・エルゴ・スム」って何語ですか?
つづりも教えていただきたく、
宜しくお願い致します。

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A 回答 (5件)

ラテン語です。


Cogito, ergo sum. ですね。
cogito=「私は考える」
sum=「私は存在する」(英語のbe動詞)
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この回答へのお礼

助かりました。
どうもありがとうございます。

お礼日時:2001/11/15 18:15

あ,いえいえ。


ラテン語は昔の学者世界では公用語だったようですから。
彼も昔の人(1596~1650)ですので,そのくらいはできたのでしょう。
彼の著書の中にも,Principia Philosophiaeなど,ラテン語のタイトルのものがいくつか見られます。(もっとも,「我思う~」の載っている本「方法叙説」の原題はDiscours de la methodeとフランス語なのですが。)
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補足します。


フランス語でも「思考する主体としての人間」という意味のcogito(コジトと発音)という語はありますが,ラテン語から入った外来語といったほうがよいかと思います。
「我思う,故に我あり」のフランス語訳は Je pense, donc je suis. (ジュパンス,ドンク ジュスュイ)
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ありゃりゃラテン語ですか?


わたしゃデカルトがフランス人だからフランス語だと思ってました。
すみません。
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仏語で


cogito, ergo sum
だと思う。
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Qフランス語翻訳サイト

日本語からフランス語への翻訳

友達とドッグタグを作るのですが、そのときに英語じゃありきたりだからフランス語を使おうという話になりました。

日本語からフランス語に翻訳してくれるサイトを探したのですが、英語から翻訳というのしか見つけられませんでしたOTL

どこかいいサイトはありませんか?

Aベストアンサー

私が知っているサイトでは、以下のようなサイトがあります。

・Infoseek翻訳
日本語から翻訳できます。
http://translation.infoseek.co.jp/?ac=Text&lng=fr

・Livedoor翻訳
英語から翻訳ができます。
もちろんInfoseekよりも翻訳精度は高いです。
日本語→英語→フランス語としたほうが精度は高いと思います。
http://translate.livedoor.com/

Q"cogito"(コギト・エルゴ・スム)は真か?

 命題 「我思う、ゆえに我あり」 (コギト エルゴ スム=cogito ergo sum )は真でしょうか?
我の精神の存在だけが疑いようのない事実なら、世間の常識はすべて曖昧なわけです。
人生をどう過ごすべきか、何が大切か、わからなくなります。
 また、cogitoは、アウレリウス・アウグスティヌス=Aurelius Augustinus 以前、パルメニデス=Parmenidesの "to eon" や "to hen" がルーツでしょうか?それとも、更に遡ることが出来ますか?
 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 No.3です。

 アウグスティヌスに通じておられるようで 必要ないとも思いましたが このスレッドとして もう少しくわしい議論をと かえって 思いました。 


 以下のようです。

 アウグスティヌスの《われ あやまつならば われ有り》から デカルトが 《われ考える ゆえに われ有り》を導き出したことには 独自性があると パスカルが 議論しています。わたしとは何か? あるいは 主体のあり方がどうであるか? の問題です。

 ● (パスカル:デカルトのコギトについて)~~~~
 わたしは公正な人々に尋ねたい――とパスカルは言う―― 《物質は自然にかつ絶対に 思考する能力を持たない》という原理と 《わたしは思考する ゆえに わたしは存在する》というそれとは 果たしてデカルトの精神においてと 同じことを千二百年前に言った聖アウグスティヌスの精神においてと 同一であろうか。
 (パスカル:《幾何学の精神について》2. 1657)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 パスカルは デカルトの《コギト エルゴ スム》という《原理》は アウグスティヌスの《われあやまつなら われ有り(われ欺かれるなら われ有り。 Si fallor, sum. )》の焼き直しであるが 独自性があると言おうとしている。

 アウグスティヌスの語るところは たとえば次のようである。

 ◆ (アウグスティヌス:あやまつならば・・・) ~~~~
 だから 精神は自己自身をよく知るようにという命令を聞くとき 自己自身をよく知ることに何ものも付加してはならない。

 ・・・だから精神は 知解力が存在し 生きるように 自己が存在し 生きることを知っている。だから 例えば 精神が自己を空気であると思いなすとき 空気が知解すると思いなすのである。しかも 精神は自己が知解することを知っている。
 精神は自己について思いなしているものを分離せよ。自己について知っているものを認めよ。

  *(ぶらじゅろんぬ註) 念のために この点についてのデカルトの文章です。――
  ▼ (デカルト) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  そして最後に われわれが目覚めているときにもつすべての思想
 がそのまま われわれが眠っているときにも またわれわれに現われ
 うるのであり しかもこの場合はそれら思想のどれも 真であるとは
 いわれない ということを考えて 私は それまでに私の精神に入り
 きたったすべてのものは 私の夢の幻想と同様に 真ならぬものであ
 る と仮想しようと決心した。
  (方法序説 4)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 それにも拘らず すべての精神は自らが知解し 存在し 生きていることを知っている。しかし精神は知解することをその知解するものに関係づけ 存在することと生きることを自己自身に関係づける。

 さて 生きていないものは知解しないし 存在しないものは生きていないことを誰も疑わない。


  * この点をデカルトは 《物質は自然にかつ絶対に 思考する能力
   を持たない》と言ったと パスカルは書いていた。


 だから 必然的に 知解するものが存在し 生きていることは 生存しない死体が存在するようにではなく また知解しない動物の魂が存在するようにでもなく 独特な したがって卓越した仕方による。・・・

 さて 生きる力 想起する力 知解する力 意志する力 思惟する力 認識力 判断力が 空気(*あるいはその他の元素)であるのか・・・どうか人々は疑ったのであった。或る人はこれ 或る人は他のことを主張しようと努めた。それにも拘らず 自分が生き 想起し 知解し 意志し 思惟し 知り 判断することを誰が疑おうか。たとい 疑っても生きており 疑うなら なぜ疑うのか 記憶しており 疑うなら 自分が疑っていることを知解し 疑うなら 彼は確実であろうと欲しているのだ。疑うなら 彼は軽率に同意してはならないと判断しているのだ。それゆえ 他のことを疑う人も精神のこのすべての働きを疑ってはならない。もし この精神の働き(*または《わたし》)が存在しないなら 何ものについても疑うことは出来ないのである。・・・
  (アウグスティヌス:三位一体論10・10 c.399-421)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 もう少し つづります。途中に差し挟んだ引用文のあとつづけて デカルトが

 ▼(デカルト) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 そうするとただちに 私は気づいた 私がこのように すべては偽である と考えている間も そう考えている私は 必然的に何ものか〔の存在〕でなければならぬ と。そして 《私は考える ゆえに私はある》というこの真理は・・・
 (方法序説 2)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 と書いたことは よく知られているところである。

 これらに対してパスカルは このアウグスティヌスからのデカルトの独立性を ある別の議論(つまり幾何学と論理学との関係について)の途中に一例として 軽く触れた。

 ● (パスカル) ~~~~~~~~~~
 デカルトがこの偉大な聖者(アウグスティヌスのこと)を読むことによって初めてそれを知ったにしても 彼(デカルト)がそれの真の唱道者でないということは わたしには実際 思いもよらぬことである。・・・

 なぜなら デカルトがその志向において果たして成功したと想定し この想定の上に立って この言葉が彼の書物にあっては 他の人々が偶然に言った同じ言葉と違っていること あたかも生命と力とに満ちた人間が死人と違っているのと同様であると わたしは言いたいからである。
 (パスカル:幾何学の精神について 2)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 パスカルは アウグスティヌスが 上に引用した文章のことばを《偶然に言った》と述べて けなしているのですが 大目に見ておきましょう。

 《あやまつなら われあり》というとき あやまちに気づいたわたしは とうぜん そのことを 振り返って 考えます。その考える主体は あやまちに気づいて いわば我れに還った我れであるのですから そこの部分だけを 取り出せば 《考えるとき われあり》となるはずです。

 No.3です。

 アウグスティヌスに通じておられるようで 必要ないとも思いましたが このスレッドとして もう少しくわしい議論をと かえって 思いました。 


 以下のようです。

 アウグスティヌスの《われ あやまつならば われ有り》から デカルトが 《われ考える ゆえに われ有り》を導き出したことには 独自性があると パスカルが 議論しています。わたしとは何か? あるいは 主体のあり方がどうであるか? の問題です。

 ● (パスカル:デカルトのコギトについて)~~~~
 わた...続きを読む

Q英語をフランス語に翻訳

英語をフランス語に翻訳

看板の制作をしているものです。
職場で英語の看板表記の文字をフランス語に変えてくれと依頼がありました。
翻訳ツールで調べてみましたが、フランス語が全くできないため、正しいのかどうなのかわかりません。
フランス語のお出来になる方、どうか教えてください。

教えていただきたいのは次の文章です。

The entrance of the "店舗名" is there.

翻訳ツールで出た結果は、

L'entr?e du "店舗名" est l?.

これは正しいでしょうか?

ちなみに、店舗の裏側の「入口はあちらです」というサインになります。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

看板制作の業界を知らないので一般的な商習慣を知らないのですが、
翻訳までやらなければならないのですか??
私だったらフランス語が全然分からない人に翻訳は頼みませんが(^^;

翻訳はお客様側で別業者に頼んでいただくことはできないんでしょうか。
世の中には翻訳会社とか翻訳業というのがあるのですが。

さらに素朴な疑問としては、フランス語の看板を一体誰に見せたいのだろうか・・・・
一般の日本人には読めない気が(私も読める自信は無い)

フランス語 入口

でGoogle検索すると、「入口」の看板の通信販売などが見つかります。画像検索などでも見られます。まあこれはWeb上の無料辞書で「入口」」で引いても出ますか・・・
Entre'e(アントレ)ですかね。真ん中のeの上にアクセント記号です。

店名と「入口」だけ洒落たデザインで書いて、それに矢印を添えたら、単純だし間違いないのではないかと思いますが。単語を組み合わせたり長くするほど間違える可能性が高くなりますので。
フランス語も英語同様、文頭の一文字目は大文字ですが、デザイン上は全部小文字でも良いと思います。

フランス語が分かる人からアドバイスが付くと良いですが。

こんな記事がありましたよ。道案内看板の写真もあり。
  ↓

参考URL:http://allabout.co.jp/study/french/closeup/CU20060215A/index.htm

看板制作の業界を知らないので一般的な商習慣を知らないのですが、
翻訳までやらなければならないのですか??
私だったらフランス語が全然分からない人に翻訳は頼みませんが(^^;

翻訳はお客様側で別業者に頼んでいただくことはできないんでしょうか。
世の中には翻訳会社とか翻訳業というのがあるのですが。

さらに素朴な疑問としては、フランス語の看板を一体誰に見せたいのだろうか・・・・
一般の日本人には読めない気が(私も読める自信は無い)

フランス語 入口

でGoogle検索すると、「入口」の看板の...続きを読む

Qデカルトのコギトはどこが独自性なのか

 アウグスティヌスの《われ あやまつならば われ有り( Si fallor, sum. )》から デカルトが 《われ考える ゆえに われ有り( Je pense. donc je suis. )》を導き出したことには 独自性があると パスカルが議論しています。

 ● (パスカル:デカルトのコギトについて)~~~~
 わたしは公正な人々に尋ねたい――とパスカルは言う―― 《物質は自然にかつ絶対に 思考する能力を持たない》という原理と 《わたしは思考する ゆえに わたしは存在する》というそれとは 果たしてデカルトの精神においてと 同じことを千二百年前に言った聖アウグスティヌスの精神においてと 同一であろうか。
 (パスカル:《幾何学の精神について》2. 1657)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 パスカルは デカルトの《コギト エルゴ スム》という《原理》は アウグスティヌスの《われあやまつなら われ有り(われ欺かれるなら われ有り。 Si fallor, sum. )》の焼き直しであるが 独自性があると言おうとしている。

 アウグスティヌスの語るところは たとえば次のようである。

 ◆ (アウグスティヌス:あやまつならば・・・) ~~~~
 だから 精神は自己自身をよく知るようにという命令を聞くとき 自己自身をよく知ることに何ものも付加してはならない。

 ・・・だから精神は 知解力が存在し 生きるように 自己が存在し 生きることを知っている。だから 例えば 精神が自己を空気であると思いなすとき 空気が知解すると思いなすのである。しかも 精神は自己が知解することを知っている。
 精神は自己について思いなしているものを分離せよ。自己について知っているものを認めよ。

  ☆(ぶらじゅろんぬ註) 念のために この点についてのデカルトの文章です。――
  ▼ (デカルト) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  そして最後に われわれが目覚めているときにもつすべての思想
 がそのまま われわれが眠っているときにも またわれわれに現われ
 うるのであり しかもこの場合はそれら思想のどれも 真であるとは
 いわれない ということを考えて 私は それまでに私の精神に入り
 きたったすべてのものは 私の夢の幻想と同様に 真ならぬものであ
 る と仮想しようと決心した。
  (方法序説 4)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 それにも拘らず すべての精神は自らが知解し 存在し 生きていることを知っている。しかし精神は知解することをその知解するものに関係づけ 存在することと生きることを自己自身に関係づける。

 さて 生きていないものは知解しないし 存在しないものは生きていないことを誰も疑わない。


  ☆ この点をデカルトは 《物質は自然にかつ絶対に 思考
   する能力を持たない》と言ったと パスカルは書いていた。


 だから 必然的に 知解するものが存在し 生きていることは 生存しない死体が存在するようにではなく また知解しない動物の魂が存在するようにでもなく 独特な したがって卓越した仕方による。・・・

 さて 生きる力 想起する力 知解する力 意志する力 思惟する力 認識力 判断力が 空気(*あるいはその他の元素)であるのか・・・どうか人々は疑ったのであった。

 或る人はこれ 或る人は他のことを主張しようと努めた。それにも拘らず 自分が生き 想起し 知解し 意志し 思惟し 知り 判断することを誰が疑おうか。たとい 疑っても生きており 疑うなら なぜ疑うのか 記憶しており 疑うなら 自分が疑っていることを知解し 疑うなら 彼は確実であろうと欲しているのだ。疑うなら 彼は軽率に同意してはならないと判断しているのだ。

 それゆえ 他のことを疑う人も精神のこのすべての働きを疑ってはならない。もし この精神の働き(*または《われ》)が存在しないなら 何ものについても疑うことは出来ないのである。・・・
  (アウグスティヌス:三位一体論10・10 c.399-421)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 もう少し つづります。途中に差し挟んだ引用文のあとつづけて デカルトが:

 ▼(デカルト) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 そうするとただちに 私は気づいた 私がこのように すべては偽である と考えている間も そう考えている私は 必然的に何ものか〔の存在〕でなければならぬ と。そして 《私は考える ゆえに私はある》というこの真理は・・・
 (方法序説 2)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 と書いたことは よく知られているところである。

 これらに対してパスカルは このアウグスティヌスからのデカルトの独立性を ある別の議論(つまり幾何学と論理学との関係について)の途中に一例として 軽く触れた。

 ● (パスカル) ~~~~~~~~~~
 デカルトがこの偉大な聖者(アウグスティヌスのこと)を読むことによって初めてそれを知ったにしても 彼(デカルト)がそれの真の唱道者でないということは わたしには実際 思いもよらぬことである。・・・

 なぜなら デカルトがその志向において果たして成功したと想定し この想定の上に立って この言葉が彼の書物にあっては 他の人々が偶然に言った同じ言葉と違っていること あたかも生命と力とに満ちた人間が死人と違っているのと同様であると わたしは言いたいからである。
 (パスカル:幾何学の精神について 2)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 パスカルは アウグスティヌスが 上に引用した文章のことばを《偶然に言った》と述べて けなしているのですが 大目に見ておきましょう。

 《あやまつなら われあり》というとき あやまちに気づいたわたしは とうぜん そのことを 振り返って 考えます。原因について。相手や情況について。等々。その考える主体は あやまちに気づいて いわば我れに還った我れであるのですから そこの部分だけを取り出せば 《考えるとき われあり》となるはずです。


 デカルトのコギトに独自性はあるのか?

 アウグスティヌスの《われ あやまつならば われ有り( Si fallor, sum. )》から デカルトが 《われ考える ゆえに われ有り( Je pense. donc je suis. )》を導き出したことには 独自性があると パスカルが議論しています。

 ● (パスカル:デカルトのコギトについて)~~~~
 わたしは公正な人々に尋ねたい――とパスカルは言う―― 《物質は自然にかつ絶対に 思考する能力を持たない》という原理と 《わたしは思考する ゆえに わたしは存在する》というそれとは 果たしてデカルトの精神にお...続きを読む

Aベストアンサー

『省察』の「省察二」には
~~~~~~~
しかしながら何か知らぬが或る、計画的に私をつねに欺く、この上なく有力な、この上なく老獪な欺瞞者が存している。しからば、彼が私を欺くのならば、疑いなく私はまた存するのである。そして、できる限り多く彼は私を欺くがよい、しかし、私は或るものであると私の考えるであろう間は、彼は決して私が何ものでもないようにすることはできないであろう。かようにして、一切のことを十分に考量した結果、最後にこの命題、すなわち、私は有る、私は存在する、という命題は、私がこれを言表するたびごとに、あるいはこれを精神によって把握するたびごとに、必然的に真である、として立てられねばならぬ。

http://www.aozora.gr.jp/cards/001029/files/43291_21543.html
~~~~~~~
と書かれています。
であるから、「われ有り」は前提からの帰結である、と考えざるを得ない。
また、このことは
「どうして私が存在しなくて、私が思うことがあろうか、と言っています。」とデカルトが言っているのであろうば、
これは
「私が思うならばわれ有り」
の対偶であり、「われ思う。故にわれ有り」であることの証。

で、たとえ、「われ思う」と「われ有り」が(論理として)同値であったとしても、
~~~~~~
では、「われ思う、われあり」とはいったい何のことなのか?
それは「私の思考=私の存在」、もっと簡略化すいれば「思考=存在」と言ったことになります。
~~~~~~
は成立しない。
たとえば、
 2は整数である。 2は偶数である。
から、
「整数(である)」=「偶数(である)」
とはならないのと同じこと。
「われ思う、われあり」であることから言えるのは、
「われ思う」と「われ有り」の真偽が一致すること。
このことから、「思う」と「有り」という述語(関数)が一致することは言えない。

なぜ、デカルトが命題というわざわざ言葉を使っているのだろうか。
なぜ、幾何学や論証という言葉を使っているのであろうか。

『省察』の「省察二」には
~~~~~~~
しかしながら何か知らぬが或る、計画的に私をつねに欺く、この上なく有力な、この上なく老獪な欺瞞者が存している。しからば、彼が私を欺くのならば、疑いなく私はまた存するのである。そして、できる限り多く彼は私を欺くがよい、しかし、私は或るものであると私の考えるであろう間は、彼は決して私が何ものでもないようにすることはできないであろう。かようにして、一切のことを十分に考量した結果、最後にこの命題、すなわち、私は有る、私は存在する、という命題は...続きを読む

QGoogleの翻訳で「竜の咆吼」をフランス語に翻訳したら「Demonb

Googleの翻訳で「竜の咆吼」をフランス語に翻訳したら「Demonbane Dragon」になりました。これ、本当にあってるんでしょうか。
フランス語に堪能な方、お手数かと思いますが、お知恵を拝借させてください。

Aベストアンサー

「咆吼」つまり「吼えること、吼える声」は

le aboiement (犬の)
le aboi (同上。古語)
le hurlement (狼などの遠吠え)
le rugissement (猛獣の)

などがありますが、竜だったら le rugissement du dragon が近いかなともいます。竜は実在しない生き物であり東洋と西洋で竜の姿も違うからです(du = de le。de は「~の」という意味。*dragon rugissement のような英語式の名詞の並列は通常フランス語ではできません)。

ところで demonbane は英語で「竜の破滅・竜の毒」というような意味でですが、竜が滅ぼすのか竜を滅ぼすのか分かりません(第一、辞書に載っていません。ratsbane と言えば「猫いらず、殺鼠剤」という意味です)。

「咆吼」と入れると Demonbane と出てきますがこれはどうやら「機神咆吼デモンベイン」というアニメのせいで、Google 翻訳に影響が出たものと思われます。言語をフランス語にして demonbane で検索するとこれに関するベージがいくつも出ます。
http://www.google.co.jp/search?as_q=Demonbane&hl=ja&client=firefox-a&hs=Xka&rls=org.mozilla%3Aja-JP-mac%3Aofficial&num=10&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&as_epq=&as_oq=&as_eq=&lr=lang_fr&cr=&as_ft=i&as_filetype=&as_qdr=all&as_occt=any&as_dt=i&as_sitesearch=&as_rights=&safe=off

ちなみに「吼える・ほえる」を翻訳すると ecorce(樹皮とか地殻という意味)が出てきて、信頼性を疑います。

「咆吼」つまり「吼えること、吼える声」は

le aboiement (犬の)
le aboi (同上。古語)
le hurlement (狼などの遠吠え)
le rugissement (猛獣の)

などがありますが、竜だったら le rugissement du dragon が近いかなともいます。竜は実在しない生き物であり東洋と西洋で竜の姿も違うからです(du = de le。de は「~の」という意味。*dragon rugissement のような英語式の名詞の並列は通常フランス語ではできません)。

ところで demonbane は英語で「竜の破滅・竜の毒」というような意味でですが、竜...続きを読む

Qデカルトのつづり

デカルトのつづりなんですが、インターネットで調べてみると、
「Rene Descartes」というのと「Rene Des Cartes」というのの
2種類ありました。
どちらが正しいのでしょう。
カーテシアン(Cartesian)という言葉はデカルトから来ていると聴いたので、後者が正しいのかな?
なんて思っているのですが....

暇なときで結構ですので、ご存知の方よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 姓の語源が「des(冠詞) cartes(名詞)」なのです。ですから、形容詞(Cartesian)にするときは冠詞が落ちるわけです。

 しかし、現在では、フランスでも固有名詞として繋げて書くのが普通ですから、「Rene Descartes」で良いと思います。

Qフランス語の翻訳ソフト

どなたかフランス語翻訳(日仏 仏日)ソフトをご存知ではないでしょうか?以前買ったものがうまく翻訳できず、最近6ヶ国語の翻訳ができるものを購入しましたが、フランス語翻訳はやはりしっくりきません。
3度目の正直ということもあり、これ以上失敗したくありません。やはりいろいろな言語が入っていると中身が薄くなってしまうのでしょうか?出来れば仕事等でも使えるようなものがほしいです。

Aベストアンサー

このサイトはいかがでしょう?ダイレクトに日本語からフランス語、フランス語から日本語に翻訳できます。

参考URL:http://www.1-800-translate.com/machine_trans/

Qデカルトの言葉

こんにちは。
デカルトの言葉で、「わたしは考える ゆえにわたしは存在する」というのがありますけど、どういう意味なんでしょう?
お願いします。

Aベストアンサー

懐疑の行き着いた先の言葉です。

まず「疑う」という作業があったわけです。
たとえば、ふだんわれわれは、自分が人間で、
地球に住んでいて、社会生活を営んでいると考えている。

でも、人間だと思っているのは感覚器官の錯覚で、
ほんとは手足が何本もある怪物かもしれない。
地球に住んでるかどうかもわからない。
身の回りにいろいろなモノがあるけれど、
これだってキツネがばかしている幻かもしれない。
ほんとは存在していないかもしれない。

そんなバカな、とも思うかもしれないけれど、
一度そう思ってしまうと、「そうでない」という証拠は
得られないことに気づきます。

そんな中で何が確実か。
いろいろ疑っていっても、一つだけ疑うことが不可能なもの。
すなわち、「考えている私は存在する」ということは疑い得ないのです。
仮に私が「私は存在しない」と考えても、
そう考える私がいる限り矛盾です。
ゆえに考える私自身は存在するのです。

Qフランス語で日→仏翻訳をお願いします

前提として、Votre progres de francais m asurpris(?) beaucoup.
という文があるのですが、この訳はあなたのフランス語の上達に驚きですという意味であっているでしょうか?

それに続きまして日本語文からフランス語への翻訳をお願いしたいです。

「フランス語を勉強し始めてまだ日が浅いのであなたの足元にも及びません。今度フランス語を教えてください。あなたの大学生活がより充実するように心から祈っています。私でよければ相談があればいつでも聞きます。いつの日か貴女とフランス語で会話できるようになる日を夢見ています。」

フランス語がわかる方、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

> あなたのフランス語の上達に驚きです

まあ、そうでしょうね。
Vos progrès en français m'a beaucoup surpris.
というほうがいいと思うけど。

驚いたのは男性ですよね?


あなたが Shinzo という男性だとして、書いてみました。
女性なら、prête にして下さい。
ちょっとフランス語として流れが悪いのが気に入らないのですが、ご勘弁下さい。


Ça ne fait pas longtemps que j'apprends le français.
Mon niveau de français est loin d'être irréprochable, à la difference du vôtre.
Je me demande si vous pourriez m'apprendre la langue un de ces jours.

Je vous souhaite que votre vie étudiante soit des plus fructueuses.
Je suis prêt à vous aider, si vous voulez que je le fasse.

En rêvant de parler avec vous en français un jour,

Shinzo.

> あなたのフランス語の上達に驚きです

まあ、そうでしょうね。
Vos progrès en français m'a beaucoup surpris.
というほうがいいと思うけど。

驚いたのは男性ですよね?


あなたが Shinzo という男性だとして、書いてみました。
女性なら、prête にして下さい。
ちょっとフランス語として流れが悪いのが気に入らないのですが、ご勘弁下さい。


Ça ne fait pas longtemps que j'apprends le français.
Mon niveau de français est loin d'être irréprochable, à la difference du vôtre.
Je ...続きを読む

Q日本人は コギトではなく コギターレを思っている。

 (1) 日本人は コギト( Cogito= Je pense.= I think. =我れが考える。)ではなく コギターレ( cogitare= penser= to think= 考える)を思っている。のではないか?

 (2) 考える行為そのものをあたまの中で思いつづけている。のではないか? 何をどう考えるのか これをおろそかにしてはいないか?

 (3) もちろん われが考える。すなわち自分が自分で考える。のである。ところが 誰かが考えたものを あたまの中に入れ込む このことが《われが考える》だと思っていないか?

 (4) まさか!? であろうか?


 このようにうたがわれる心的現象について くわしい方におしえを乞います。どうぞよろしく。

Aベストアンサー

まず、「日本人は~」っていう命題の立て方はやめたほうがいいでしょうな。こういう言い方って、結局、自分を都合よくわきにおいた他人批判でしかないでしょ。要するに、床屋談義だってこと。

この質問も、コギトがどうこうって小難しい話のようだけど、つまるところ「自分の頭で考えない人が多い」といったことを主張されたいわけでしょ。一応マジレスしておくと、哲学は -別に哲学に限らないけど- 過去の人が行ってきた思索のうちで一応信認されたものを踏まえたうえでしか学問にならないわけで、ちゃんと引用されていれば別になんにも問題ないのではないですか。

逆に、今のこのカテの質問とか回答をあらためて見てみてくださいな。なんにも歴史的な蓄積を踏まえずに、「オレはこう思うんだけど~」っていう発言にあふれてるでしょ。質問者さん流にいうと、みんなもろコギト全開ですわ。一体なにがご不満なんです?


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