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いつもお世話になっております。
キリスト教における慈悲について調べていたところ、聖母マリアが「慈悲の聖母」として信仰されていることを知りました。
それでは、聖母マリアの慈悲とは何なのだろう、と思い調べてみたのですが、具体的にどういった内容なのかわかりませんでした。
聖母マリアの慈悲とは具体的にどういったものなのでしょうか。
それとも、大乗仏教における慈悲=四無量心、のようにはっきり定義されたものではないのでしょうか。
キリスト教については概説程度にしか勉強したことが無いので、的外れな質問をしていたら指摘してください。
また、関連する書籍やサイトがあれば紹介していただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。

A 回答 (2件)

まず聖書をお読みになれば解ってらっしゃるはずですが、マリア様に関する事跡そのものがほとんどありません。


つまり本来の歴史的な事象としてはマリアという人はイエスを生んだ以外になにもしていないのです。(なにかおかしなことを言っている場面はありますが)
ですから、いわゆる聖母伝説というものはキリスト教成立以後、特に地母神信仰との習合のなかで、あるいはさらに後の時代に形成されたもの、ということになります。神学的にこれを深めたものはまず存在しないでしょう。なぜならキリスト教の場合、聖者というものは聖母を含めあくまで人であって神ではない。その属性もいわば神の力を代行しているに過ぎないからです。
ですから、結局その母性的なイメージ、女性の属性としてのやさしさのごときイメージの問題なので、個別地域的な聖母伝説みたいなものはあっても、キリスト教全体、あるいは神学のなかで位置づけることはできません。なぜといってそういう慈悲というものも結局神の属性を女性的なイメージの側から代表しているに過ぎないからです。
もし定義されたものがあるとしてもかなり特定の宗派にしか通用しない考えでしょうね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
たまたまひろさちやの「仏教とキリスト教」を読んでいたらマリア様の信仰について解説してありましたが、結局はキリストの母だからということで信仰されていたみたいですね。

お礼日時:2006/01/12 15:04

キリスト教の中でも、マリア信仰が盛んなのは、カトリックで、次いで正教会です。


プロテスタント系では、積極的なマリア信仰は無く、単性派やネストリウス派においては、マリア信仰は、完全に否定しています。

カトリックにおいて、マリアは、色々な信仰の対象とされています。
「慈悲の聖母」というのは、マリアのマントの中で、信徒が保護される一連の絵画像を、「慈悲の聖母」と呼んでいるようです。

「慈悲の聖母」という信仰が有るのではなく、マリア信仰の中に、「慈悲の聖母」というジャンルの絵画があるといえます。

参考URL:http://www.pauline.or.jp/tokusyu/itukusimi_seibo …
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
ご紹介のURLは予め見ていたのですが、ご回答でようやく意味が理解できました。時間があったらちゃんと調べてみたいですね。

お礼日時:2006/01/12 15:06

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Q聖母マリアについて

イエスの母マリアは聖書の中ではあまり出てこない脇役って聞いたことがあるんですが、今は“母性の象徴”とか“完璧な母”みたいに言われてますよね??
それはいつごろから、なぜそういわれるようになったんでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

いつ頃というのは、なかなか明言しにくいですね。

「キリスト教=一神教」というのは、固定概念ですね。
実は、キリスト教は多神教的でもあるのです。(もちろん、キリスト教が認める神は一人なのであくまでも「多神教的」と述べておきます)
キリスト教には多くの聖人がいて、例えば旅の無事を聖クリストフォルスに祈るなんて事をします。
他にも沢山の聖人がいて、それぞれの聖人に対して祝祭日があったのに、ついに数えきれず「諸人際」なんてモノを作って一緒くたに祝っちゃうという事になっちゃいました。

これは、布教するのに土着の民間信仰の神を「聖人」にする事でキリスト教に取り込むという機能があったと指摘されています。
そして、聖母信仰も各地の「女神信仰」と結びついて広まったと考えられています。

Qキリストの父が人気がないのはどうしてですか?

キリストの母は聖母として尊敬されています。
一方でキリストの父はあまり聞いたことがありません。
精霊とマリアが交わってキリストが生まれてきたことになっていますが、それにしてもあまりにも父親をないがいしろにしすぎではないでしょうか?
宗教画でもキリストの父が描かれているのを見たことがありません。
キリストの実父であり、キリストを立派な人物に育てたはずなのに、この仕打ちはひどいと思います。
それともキリストの父はキリスト誕生後すぐに亡くなってしまったのでしょうか?
あるいは教会などの力で歴史上から抹殺されてしまったのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

キリスト教においては、イエスはマリアが聖霊に満たされて宿した子とされ、ヨゼフは実父ではありません。

ですが、ヨゼフも聖人として崇敬されています。ヨゼフの聖画も多数あります。そして聖母子の聖画だけでなく、聖家族の絵画(ヨゼフ・マリア・イエス三人の構図)は代表的な聖画です。スペインで建設中の聖堂「サクラダ・ファミリア教会」は聖(サクラダ)家族(ファミリア)教会の意です。また、幼子イエスを抱くヨゼフという構図も多くあります。マリア像しか見た事がないかも知れませんが、単体のヨゼフ像もあります。

聖ヨゼフの記録は少ないのですが、イエスが30歳になる前には亡くなったと伝統的に理解されています。

http://www.pauline.or.jp/saint/saint05.html#01_01

参考URL:http://www.pauline.or.jp/saint/saint03.html#19_01

Qキリスト教の女子修道院での生活模様(長文です)

キリスト教の女子修道院での生活模様はどういうものか、教えてください。

(質問の背景)
67歳の妻と二人で年金暮らしをしている73歳の栃木県在住の男性です。
家には、37歳で現在無職の独身の娘が同居しています。この娘がキリスト教の女子修道院に入る事を検討しています。

この娘は、3人兄妹の末っ子で、甘やかして育てましたが、中学2年の時に不登校になって以来、家出をしたり、妊娠して中絶したり、アルバイト先の男と同棲したり、と、私達を悩まし続けました。
その後、自力で東京にある単位制高校を卒業し、アメリカに留学しましたが、同時多発テロの時にニューヨークにいて、ショックを受けたとの事で、鬱状態になって帰国。 4年ほど、鬱の治療をして、良くなってから、アルバイトで生計を立てていましたが、2年ほど前に、知り合ったアメリカ人と結婚したが、わずか3ヶ月で離婚を申し渡されて、パニックになり、街で暴れているところを警察に捕まり、強制的に精神病院に入院。3ヶ月で退院。半年ほど我等のところで静養し、ようやく離婚届にも署名して正式に離婚し、その後、派遣での仕事に就き、1年半経った今年の7月に派遣先を首になって、また、パニックを起こし、一時期、精神病院のお世話になりました。
(今は失業手当で生計を立てていますが、なかなか思う様な仕事がないと言って、なかなか、仕事に就きません。少し、考え方が甘いと思うのですが、言っても聞きませんし、下手をすると、また、パニックを起こすのではないかと思い、また、精神科の医師も「アドヴァイスするのではなく、ただひたすら本人の気持ちになって聞いてあげるのが良い」と言いますので、言いたいことも言わないでいる状況です。)

その後、キリスト教に出会って洗礼を受けました。最初は近所の教会に行っていたけれど、そこの牧師さんの話がしっくり来ないとか言って別の教会に行ったのですが、そこでもまた牧師さんのお話がしっくり来ないと言って、また別の教会に行き、その内に、県外の別の教会や、東京の教会など、広範囲にわたって教会を遍歴しています。 仕事をしていないので時間はたっぷりあるためもあって、この前は、神学校の合宿に4日間も出かけて行きました。そして、今度は、女子修道院に入ることを検討している様子なのです。

でもこの前は、ある修道院に電話で問い合わせて、「まずは、カトリックに改宗しなさい」と言われて、抵抗を感じたそうです。聞くと、そういう風に線を引くのがイヤなのだとか言っていましたが、こういう風に、何でも自分の意に沿う形でなければイヤだというのでは、何所に行ってもうまく行かない事になるのじゃないかと心配ですが、本人はその事に気付きません。
それと、修道院に入りたいと言う「動機」も、生きて行く上では、イヤな仕事でもして食い扶持を稼がなくてはいけないという、厳しい現実から逃げたいという「現実逃避」の一心ではないかと思い、それも心配の種です。

本人の精神状態は、教会に行っている時や、友達と遊んでいる時は気持ちが安定していますが、それ以外の状況下では、時に涙ぐみ、うつ状態になるなど、今でも、精神的に不安定な状態に見えます。
友人宅を外泊したり、家にいる時も夜は遅くまで起きていて、朝はいつまでも寝ています。
性格は、いたって甘えたの寂しがりやで、とても身勝手で自己中心的です。
口では父母を愛していると言いますが、実際の行動には出ません。
帰宅が遅いと心配で血圧も上がるからやめてくれ、と言ってもやめてくれません。
手伝いをさせてくれ、と言いながら、食事の後などでは、父母の食器はおろか、自分が使った食器さえ、洗わないで平気でいる時も多々あります。たまに気分が良い時には3人分の食器を洗う事もあります。
先日、母が実家の祖母の介護に出かけていて留守をした時、「晩御飯は自分が帰ってきてから作る」と言っておきながら、なかなか帰ってきません。仕方ないので、私は自分の晩御飯を作って食べ終わったところに帰ってきたので、「晩御飯を作ってくれると言ったから待っていたが、なかなか帰ってこないので自分で作って食べたよ」と言ったら、「あれは自分のご飯を自分が作ると言ったのであって、お父さんの分を作ると言った訳ではない」と申します。何という考え方なのかと、驚きました。
その他にも、身勝手で自己中心的な例は沢山あります。

こんな娘では、女子修道院など、入ってみても、うまく行く訳がないと思うのですが、我々の言う事は聞かないので、どうしたものかと、思い悩んでいます。
そこで、少なくとも、「キリスト教の女子修道院での生活模様はどういうものか」を知って、少しでも、娘の役に立てたらと思い、質問させて戴きました。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

(質問)
1.キリスト教の女子修道院での生活模様はどういうものでしょうか?
おそらく生活は時間的にキチンと決められていて、自分の自由になる時間は殆どないと思いますし、いろんな規則があり、自分がおかしいと感じても絶対服従なのだろうと思います。
また、院長の決定は、たとえおかしいと思っても絶対服従なのだろうと思います。その他、俗世間に住んでいる我々の生活と比較して、違っている所など、出来るだけ沢山、いろいろお教え戴けるとありがたいと思います。
2.修道院に入った後、挫折する人たちもいるのではないかと思いますが、どうでしょうか?
もし、いるとしたら、そういう人たちのその後の生活・人生はどうなるのでしょうか?
また、もし、修道院内で精神病に罹った時などはどうなるのでしょうか?追い出されるのでしょうか、それとも最後まで修道院で面倒を見てくれるのでしょうか? パニックに陥りやすい様で、以前にも精神病院にかかった事があるので、心配です。
また、どういう人が挫折し易いのでしょうか? 性格的特徴とか、動機面での特徴、その他、・・・。
3.修道院に入ってくる動機には、どんなものがあるのでしょうか?
それらの内で、こういう動機だけは絶対に駄目というものがありますでしょうか?
4.修道院に入る前に、修道院側で、本人の適正などを見極めるためのチェックなどは行われるのでしょうか? 行われるとしたら、どの様なチェックですか? 試用期間みたいなものはありますか?
5.修道院に入るためのお金とか、入った後の生活していくためのお金とかは、どうするのでしょうか?親元に請求が来るのでしょうか? 年金生活では、とても払えませんので、心配です。
6.その他、何でも、参考になる事柄があればお教え戴けるとありがたいです。

どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

キリスト教の女子修道院での生活模様はどういうものか、教えてください。

(質問の背景)
67歳の妻と二人で年金暮らしをしている73歳の栃木県在住の男性です。
家には、37歳で現在無職の独身の娘が同居しています。この娘がキリスト教の女子修道院に入る事を検討しています。

この娘は、3人兄妹の末っ子で、甘やかして育てましたが、中学2年の時に不登校になって以来、家出をしたり、妊娠して中絶したり、アルバイト先の男と同棲したり、と、私達を悩まし続けました。
その後、自力で東京にある単位制高校を卒業...続きを読む

Aベストアンサー

国内にプロテスタント系の修道院があるかどうかは知りませんが、
他の国にはあります。
とてもご心配のようですが、それほど心配される必要はないと思います。
入会にあたっては、当然面接やチェックがありますし、
仮入会後にも試験期間のような相互の確認期間があります。
女子修道会ではさまざまに幼稚園や学校、老人ホームなどを経営しており、
それで生活をしています。
基本は共同生活なので、入りたいからと誰でも入会させるわけではありません。
しかし昨今は入会者が激減しており、それが悩みの種のようです。
入会後は修道会の一員として、何らかの仕事に加わることになるので、
生活費の心配はしなくても大丈夫です。

何にせよ、娘さんには娘さんの人生があり、歩みがあるので、
彼女がやりたいようにさせてあげるのが大切です。
ご両親はできないことはできないと彼女にはっきり伝えて、
そのうえで、干渉せず、批判せず、心配せず、
「自分の人生を行きなさい」と言ってあげられることです。

Q左肩につくものは何ですか?

 左肩と右肩には、どちらに先祖霊がついて・・・などあったと思いますが、左肩は何がつくのでしょうか?

 3日ほど前から、貧血のように目が回ると言うより額を中心に回っていて、とても具合が悪い状態が続いています。
 つい先ほどなんですが、真っ暗い部屋に入った時に左肩の上に黄色っぽく光るものがあり、正面を見ていてもその光が視界に入ってくるほどでした。自分でも何だかわからなかったのですが、もしかしてこの具合悪さは何かがついているのかと思いました。

 左肩はどんな存在が付くのかお分かりの方がいましたら教えてください。
またその対処法も教えていただけたら嬉しいです。

Aベストアンサー

個人的な経験ですが、幼少期から霊感などが強く、人の未来なども見えます。

経験的には、左肩が痛い時は、余り良い場所にいない時が多いです。
横になっていて悪い霊が入ってくるのは、大体足元から入ってきます。
自分を助けてくれたりする、良い霊の場合は頭から入ってきます。
両方とも無重力状態になり、入ってきた場所から痺れてきます。
子供の頃はなすすべが分かりませんでしたが、今では生きている自分の方が強いと言う気持ちで、追い払えます。

因みに、先日ですが、叔母と話をしていて、南東に三つの光を見ました。金と銀を合わせた様な光です。
その光が、叔母の娘たちである事は解ったのですが、方位と、順番と光具合が分かりませんでした。
でも、叔母と話をしていて、三つの光の順番や揺らめき方などを解く事が出来、その後叔母に次々と娘たちから福が舞い込みました。
その時の、私の感覚は息を飲む幸せ、としか表現出来ず、光の強さとその幸福感に、精神的に躁鬱を繰り返しました。
私自身は振り回されて大変でしたが、叔母達には沢山の福が舞い込んだので良かったです。

余談になりましたが、黄色っぽい光なら、悪いものではない気がします。独断になってしまいますが。
自分が酷い目に会う時は、尋常じゃない恐怖感や、現実と夢の堺で襲われたりします。
因みに、先日叔母の後ろから煙が上がりました。昔から何度か見ている、ひいおじいさんの現れ方は、煙が多いです。その時は、右肩から煙が上がりました。

先祖の霊がどちらにつくとか、そう言う事は明確に分かりませんが、自分に着いた時は左肩を、右手で払う事をしたりします。
後は、悪いと感じた者には「負けない」と言う、思いですね。
ただ、幼少期、良く霊が着く時、くるくると視界が回ったのを覚えています。今も、眠っていて金縛りに会う時は、頭の中がくるくる回ります。
状況は違うかも知れませんが、生きている私の方が強い負けいないって思いで、いつもはねのけます。気合いですね。
悪いものなら、負けない!って言う思いが大切ですが、黄色い光って言うのが、少し気になりますね。
良い事が起きる前兆で綺麗な光を見る事がありますので。
少し、自分の周辺を調べてみてはいかがでしょうか?

長くなりましたが、少しでも参考になれば幸いです。

個人的な経験ですが、幼少期から霊感などが強く、人の未来なども見えます。

経験的には、左肩が痛い時は、余り良い場所にいない時が多いです。
横になっていて悪い霊が入ってくるのは、大体足元から入ってきます。
自分を助けてくれたりする、良い霊の場合は頭から入ってきます。
両方とも無重力状態になり、入ってきた場所から痺れてきます。
子供の頃はなすすべが分かりませんでしたが、今では生きている自分の方が強いと言う気持ちで、追い払えます。

因みに、先日ですが、叔母と話をしていて、南東...続きを読む

Qスピリチュアルな観点で・・・全ての縁が切れる時期

52歳女性です。
あまりにも普通じゃないほど、人、お金、仕事、趣味・・・全ての縁がここ3~4ヶ月でばたばたと切れています。

こんな感じです。聞いてください。
付き合い始めた彼とはたった2ヶ月でいきなり振られました。
長年の友人とは耐え難い事があり、事実上絶交状態に。(それに伴い、その周りの人たちとも疎遠に)
一人でネット販売の仕事をしていますが、売り上げが急降下し、どうしようもなくなりました。
頼りにしてた常連さんたちも注文してくれなくなりました。
元々、十分な収入では無かったのですが、ついに貯金も底をつき、来月の支払いのめどが立ちません。どうやって食べていけば良いのか途方に暮れています。
生活苦のため夜のバイト(水商売)をしていますが、やはり頼りにしてたお客さんが不思議なほど一気に切れて行ってしまいました。
唯一の楽しみでバンドをやっていましたが、他のメンバーが忙しすぎて突然活動休止と言う事に。
短い期間で、こんな風に全ての縁がどんどん切れて、何もかもダメになってしまいました。
絶望的です。

ただ、入れ替わるように新しい縁もあるにはあります。
ちょっと気になる男性に出会ったり、2人ほどデートに誘ってくれたり(水商売のお客さんは抜きで)
だからと言って、それがどう・・・って事も無いんですが。何か意味はあるのかしら。

ネット販売の仕事はもうあてにできないので副業にするとして、就職活動を始めました。
とは言え、この年齢では難しいでしょう。

偶然と言うにはあまりにも一気に、お金も仕事も人の縁も切れてしまうのは、何かスピリチュアル的な事なんじゃないかと思ったもので・・・詳しい方にお聞きしたいと思います。

これから、何を気をつけてどのように生きていくべきなんでしょうか・・・。
アドバイスください!お願いします。

52歳女性です。
あまりにも普通じゃないほど、人、お金、仕事、趣味・・・全ての縁がここ3~4ヶ月でばたばたと切れています。

こんな感じです。聞いてください。
付き合い始めた彼とはたった2ヶ月でいきなり振られました。
長年の友人とは耐え難い事があり、事実上絶交状態に。(それに伴い、その周りの人たちとも疎遠に)
一人でネット販売の仕事をしていますが、売り上げが急降下し、どうしようもなくなりました。
頼りにしてた常連さんたちも注文してくれなくなりました。
元々、十分な収入では無かったのです...続きを読む

Aベストアンサー

スピリチュアル的には、人として成長したので、今の自分とはあわないものや人と縁が切れた。
と言われますね。
私もちょうどその時期だったので、調べたところそういう感じでした。

今になって思うと、確かにその通りなんですよ。
縁が切れた人とは話が合わなくなっていました。

例えば私は昔よりずっとポジティブになりました。
縁が切れた人は、昔から変わらず、いやそれ以上にネガティブになっていました。それにともなって、冷静な判断が下せなくなっていて
焦りからあれこれ自分の都合にあいそうなものに手をだしていまして
スピリチュアル的に言わなくても、異常にしか思えませんでした。

しかしその人にとってはそれが一番正しい行動なんですね。
目的のものを手に入れるために一番確実な方法だと思っているんです。

私だったら、今を楽しんでいる方が幸せだしよい出会いもあるだろうと思うのですが(過去の偉人たちの名言にもそう言うものが多いですしね)
そうした方がいいんじゃないかと、ちょっと落ち着いて心を整理した方がいいんじゃないかと、
思って言ったら喧嘩するようになりました。

その人はその人なりにがんばっているんです
それがどんなに理にかなっていなくても愚かに見えても
その人はそれが正しいと信じている。
けれど私はそれを正しいとは思わない。昔なら判断つかなかったけれど今は何が原因でそうなってどうなるのか分かるから止めたい、けどそれを相手は望んでいない。

それが、合わなくなった、縁が切れた時なのだと思います。

あなたは縁が切れるものが多い今、どういう経験が多いでしょうか。
意見の相違という経験なら、それは生きる世界が変わっていく狭間なのだと思います。

質問を読むに、仕事に関する変化が如実なように思います。

となると、私が自分の経験から思うのは
本当はやりたい夢があるんじゃないか
本当はこう生きたい、という思いがあるんじゃないかということです。

私は仕事をやめたい、この会社のやり方にはついていけない。と思っていたとき
自分からやめる前に、首をきられました。

それからしばらくショックで食事もままならず
無職にならざるをえませんでしたが、その苦しい時間が
人として成長する大きな気付きの多い日々となりました。

仕事をしていなくても生きていられる幸せ
支えてくれる人への心からの感謝
生きているということは奇跡のように誰かのお陰なのだという感覚
無理をしなくても生きていけるのだという、この世への信頼
健康のありがたみ
理解者のありがたみ
理解されない悲しさと、それでも頑張れない壊れた心身
本当にやりたいことをやろう、という覚悟
自分を大事にできるようになろうという決意

あなたに今それがあるでしょうか
ないとすれば、あなたは今、この世の奇跡のような素晴らしさを感じる、その機会にあるのかもしれません。

経験者として私に言えるのは
プライドを捨てなさい。ということです。

スピリチュアルの質問をしていらっしゃるからには
その手の知識もあるのではないでしょうか。だとすれば

おそらくですが、今まであなたが身に付けたいなと思ってきたスピリチュアルな愛とか感謝の気持ち
知識としては分かるけれど、感覚では分からない
そういう感覚に目覚めるときがきて
その感覚を持たないモノとの縁は邪魔にしかならないので、バッサリ切れていっているんじゃないかと思います。

あなたが今まで素敵だなと思ってきたものを手にいれるための別れなのでしょう。

自分を信じて
世界の優しさを信じてください。

今失っていくものは、本当に欲しいですか?
必要ではなく、欲しいと思いますか?

本当の気持ち、本当に望むもの、こうありたいと思う自分
それを圧し殺す時期は終わりを告げました。

心の底にあるかぎりない平和の感覚を
感じられるようになるといいですね。

そういえばその時期、私はエンジェルナンバーという本当にとても助けられました。
二冊ありますが両方買っちゃった。最初は白っぽい表紙の方を。
お持ちでないなら購入をおすすめします。安いですし。すごくすごく天使たちの優しさを感じられると思います。
ドリーン・バーチュー博士の本です。

スピリチュアル的には、人として成長したので、今の自分とはあわないものや人と縁が切れた。
と言われますね。
私もちょうどその時期だったので、調べたところそういう感じでした。

今になって思うと、確かにその通りなんですよ。
縁が切れた人とは話が合わなくなっていました。

例えば私は昔よりずっとポジティブになりました。
縁が切れた人は、昔から変わらず、いやそれ以上にネガティブになっていました。それにともなって、冷静な判断が下せなくなっていて
焦りからあれこれ自分の都合にあいそうなものに手...続きを読む

Q通りゃんせの歌・・・帰りの何が怖い?

通りゃんせの歌で
「行きは良い良い 帰りは怖い 怖いながらも通りゃんせ 通りゃんせ」
と歌いますよね。

私はむかしこの歌について「7歳のお祝いに札を収めて成長をお祝いする」ために天神様へのお参りをするということで聞いたことがあるんですが、めでたい席の帰りでなぜ帰りが怖いんでしょうか?お払いとか受けた後のはずなのに。
むしろ細道の行きの方が感覚的に怖く感じます。子供の成長についても7歳までのほうが7歳からよりも危ないような気がしますし。

なにか魔物の伝承でもあるんでしょうか?

Aベストアンサー

 
  こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。
 
  この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。
 
  もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じような地平の話というか、心の状態なのだと思います。「神隠し」とは何かというと、子供が行方不明になるのですが、これも散文的に理由を考えると、例えば、人さらいにさらわれたとか、山人とでもいうか、サンカとか、山男とか山姥などと呼ばれている人々が連れ去ったとも言え(サンカと山人や山姥との関係は必ずしも明確でありませんが)、または、迷子になって死ぬ子供とか、または、食人の野生人が山にいたのかも知れません。
 
  散文的な話ですが、子供が遊びにでかけると、行く時は、遊びに行くので楽しいが、帰れるかどうか分からない……「神隠し」に会う可能性があるぞ、という歌なのではないかと思います。「帰りは怖い」は、行って帰って来て、帰りが恐ろしいのではなく、帰ろうとすると恐ろしいものがたちふさがるということを警告している、あるいは、遊んでいる子供達は、直観的に理解していたのかも知れません。
 
  「七つのお祝いに、天神様の細道」ですが、天神は怨霊を神として祭ったものです。非常に古い日本の伝統的な宗教観が、怨霊は神として祭らねばならないということを教えるのです。そして「七」というのは、吉兆数ですが、神秘数でもあり、諸星風に言うと、「異界」への数とも言えます。
 
  諸星の話からの連想だと、「神隠し」の背後には、子供を神の生け贄にして殺すという儀礼が背景にあった可能性も想定し得るのです。七歳の祝いの日に、子供に晴れ着を着せて、神界への細道を進ませ、そして子供は消えて、帰って来なくなるのです。
 
  行きは、「神界」へと晴れて行くのですが、帰りは、「異界=黄泉の国」へと帰って行くのです。それでもよいなら、「通りゃんせ」という歌なのでしょう。
 

参考URL:http://homepage2.nifty.com/osiete/s683.htm

 
  こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。
 
  この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。
 
  もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じ...続きを読む

Q煩悩ってどういう意味ですか?

煩悩(ぼんのう)ってどういう意味ですか?
辞書で調べても難しくて理解できません。
具体的に、わかりやすく教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
 
  煩悩とは、わずらわしく、悩みになることだ、ということになります。しかし、そんなに煩わしく悩む、困ったことなのかというと、日常の用法では、ちょっとニュアンスが違います。ここは、仏教のお坊様に出てもらって、具体的な使い方の説明をしましょう。
 
  仏教では、覚りを開くため、修行する人が、元々「坊様」だった訳です。従って、元の仏教の「戒め」では、修行者は、例えば女性となれなれしく口をきいてはならないとか、女性の姿もまともに見てはならないなどとなっていました。女性の美しさなどは、「迷い」の元だというのです。
 
  しかし、坊様がすべてそうではないでしょうが、すけべな坊様もいる訳で、道で通りがかりの、和服の美人を見て、ほわ、と口を開けて見とれ、なんちゅう、綺麗なべっぴんさんや、いや目の毒じゃ、これも「煩悩、煩悩」などと云いながら、女性の後ろ姿を見送ったりします。別に和服でなく、洋装でも構わないのです。また、坊様も、そんな女を見るとすぐ見とれるような人は珍しいでしょうが、やはり、坊様も男ですから、美人と道ですれ違うと、ふと、心が動くこともあるのです。
 
  あるいは、仏教では、イスラム教と同様、精神の安定や、日常の心の状態を興奮させたり、おかしくする飲み物などは禁じています。例えば、麻薬などは無論駄目ですし、煙草やお酒も駄目なはずです。しかし、日本の坊様は、何時頃からか、「般若湯(はんにゃとう)」と称して、酒を店で買って飲んでいたりします。坊様が、良い酒を味わいながら飲みつつ、何という味わい、この酔い心地、さすがに銘酒は違う。極楽じゃ。しかし、考えてみれば、これも「煩悩、煩悩……仏様よ、お許しあれ、南無阿弥陀仏、いやもう一杯、何ともうまい」などと云っていると、どこが、煩い、悩みの煩悩か分からないでしょう。
 
  また仏教では、生き物のいのちを大切にせよと教え、殺生を禁じ、従って、動物の肉は無論、鳥の肉も、魚も食べてはならないことになっているのですが、それも何のことかです。酒のさかなに、コイのあらいを食べつつ、いい気分になって来て、坊様が、いや、浮き世もまた楽しいぞよ、酒はうまいし、ねえちゃんは綺麗だ……などと歌っていると、「生臭坊主」ということになるのですが、以上は極端に戯画化しているので、日本では、昔から、坊様が、妻帯し、子供がおり、酒は飲み、魚も食べ、それで別に社会から糾弾などされていません。
 
  大酒を飲み、酔っぱらって、寺の本堂で乱交パーティを開くような坊様は、それは別に坊様でなくとも、普通の人でも社会から糾弾されます。
 
  仏教の坊様にとっては、女性と触れたり、メイクラヴすること、酒を飲んだり魚を食べたりすることは、仏教の教えに反することで、こういう「欲望」を、修行の妨げになる「煩悩」と呼ぶのですが、煩悩というのは、多くの坊様の日常生活から云うと、自然なことのようです。
 
  もう一つ、坊様ではありませんが、一般に、「子煩悩」という言葉があります。これは、別に、子供が煩わしく悩みの種で、何かの邪魔になるのかと云えば、そうではなく、子供が可愛く、何時も子供のことを考え、細かいことにも、子どものためにと、あれこれ気も身も使う親のことを、こう呼びます。別に、子どもが、何かの「妨げ」になっているのではないのです。親にしてみれば、ふと、思うと、「ああ、おれは、何と子どものことばかり思っているのか。これも煩悩か」などとなります。
 
  「煩悩」というのは、仏教の教えとか、人間の生き方はいかにあるか、などということの前では、何か安楽な、気持ちよい、楽しい方にばかり気が向くようで、困ったことだという考えもある他方、「自然な欲求」「自然な望みのおもむく方向」であって、煩悩だが、しかし、これもまた良しなどというものです。
 
  これは、仏教の教義として、煩悩に迷う人の姿こそ、すなわち、仏の姿に他ならないという考えもあるのです。
 
  煙草をやめないと、肺ガン確実と云われていて、それでも吸いたいという人の場合、煩悩とは云いません。また、大学受験中なのに、異性のことに意識が向いて勉強に集中できない高校生も、それを煩悩とは云いません。(ただし、高校生の親が、寺の住職だったりして、子どもに、そんな煩悩は振り払え、と説教するかも知れません)。
 
  煩悩というのは、本来の仏教の教えでは、たいへん厳しい、覚りの道にあって、克服せねばならない誘惑や欲望だったのですが、「煩悩すなわち仏」というような考えは、人間は自然に振るまい、自然に生きるのがやはり一番であるという考え方でしょう。
 
  肺ガン寸前の喫煙者や、受験勉強に必死な高校生にとっては、喫煙や、恋愛は、自然のままを楽しもうなどということではないのです。
 
  人間は、欲望が強すぎると、色々不都合なことが起こることが、或る程度分かっているともいえます。分からない人、自制がきかない人は、酒に溺れて身を滅ぼすとか、守銭奴になって、世人の顰蹙を買うなどとなり、そういう人自身は、煩悩も何もないでしょう。しかし、そういう人を横目で見ていると、酒を飲み、恋愛をし、ギャンブルで小銭を失い、自堕落な生活を少々しても、歯止めがかかっていて、ああ、これが煩悩というものか……で片が付きます。
 
  「わかっちゃいるけどやめられない」というのは、確か古い歌の言葉ですが、そういう心境の「分かっている」のが、煩悩だと分かっているということで、度を超さなければ、やめる必要もない訳です。本格的な修行をしている坊様にとっては、厳しいことでまた別ですが、普通には、煩悩はまた楽しいことなのです。本来しない方がよい、というのをするのは何とも楽しいことなのでしょう。
 
  世界中の文化がそうだとは分かりませんが、日本は、煩悩を楽しむ文化です。
 

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
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Q年金は何年払えば受給できる

 年金って何年間払えば貰えるんですか?
 払うことが必要になった、年齢から払わないともらえないんですか?

Aベストアンサー

そうですね、下の方たちが言う通り、25年以上支払わなければなりません。年金を払う事が必要になった歳から払っていなくても25年以上払っていればもらえますよ。ただし、長い年月払っていたほうが多くもらえます。25年しか年金を払っていない人は、30年間払いつづけた人より貰える金額が少ないわけですね。ただし、過去払っていなかった分を、払う事は出来ますよ。例えば、20歳から25歳まで払っていなかったとして、25歳になってから払っていなかった5年間分を納めることも出来ます。ある意味、5年間の未払い期間を帳消しに出来るわけですね。

Q「のの様」の由来

友達と小さい頃に「のの様」人形を貰ったという話しをしていたのですが、そもそもそれって何なの?!…ということに行きつきました…。

調べてみると「のの様」はお釈迦様だということは判明しました。

ですが、どうして「のの様」と呼ぶのかが解りません。どういう経緯でこの名称になったのか教えて下さい。
よろしくお願いします~。

Aベストアンサー

のの様=のんの様

昔は尊いもの(神、仏様、太陽、月)などを
のんの様と呼んでいたようです。
その語源は不明ですが、
アイヌ語にもノンノ(尊いもの)という言葉があります。

それが民謡・童謡として伝わり、
現在では幼児語、もしくは方言として残っています。
(ずばり「のんのさま」という民謡もあります。)

Qアベ・マリアってどういう意味ですか?

アベ・マリアという歌があります。
これはどういう意味になりますか?
人の名前でしょうか?
マリア様と関係ありますか?

また中身はどういうことを歌っていますか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

Ave は 「こんにちは」とか「ごきげんよう」の意味です。あいさつの言葉として出合ったときにも別れのときにも使います。

発音はキリスト教や音楽関係の方は「アヴェ」「アベ」とすることが多いのですが、本来のラテン語の発音は「アウェー」です。

ところで、Ave Maria という歌の歌詞には2種類あって、一つはNo.3 Josquinさんが参考URLにあげておられる通りでほとんどのAve Mariaはこちらのラテン語の歌詞ですが、シューベルト作曲のAve Mariaだけは内容が全く違い、言語もドイツ語です。


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