●ベトナム戦争の枯葉剤 チェルノブイリ 農薬の拡散 自然界にない物質の
 環境への拡散 湾岸戦争・アフガニスタンでの劣化ウラン弾の使用

 人間の行いにより生物たちに多くの奇形が発生しています。
 無脳症の子供たちを あなたなら医学と科学の粋により救いますか?
 それとも放っておいて見殺しにしますか?

 お考えを 教えてください。

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A 回答 (9件)

前回回答した者です。


chihokoさんに共感する部分もありますので、再び私なりの考えを回答いたします。

回答をしてくださっている皆さんが、できるなら無脳症をなおしてあげたい、助けてあげたいと思っていると思いますよ。私も、亡くなった兄が無脳症で死産を免れて産まれてきたとき、なおってくれてたらと思っていました。でも兄の魂は私の弟に受け継がれて今を生きています。
現在、無脳症の子が宿った妊婦たちさんは、助かって欲しい、そう願いながらも中絶という苦しい選択をしているんだと思います。

現在、地球上で起きている様々な辛い出来事、人間の行いと今の自然との因果関係をヒトは知らないといけないかもですね。chihokoさんの言う通り、いけないことは認識すべきだと思います。
現在起こっている戦争、紛争、それによる現状などはわたしたちに直接の関係がなくても、地球上に存在している以上は必ず関連があると思っています。すべての方達を救いたいという気持ちは先進国に住んでる私たちには必要な感情かも。

魂のまま生きる道を開くことについても共感いたします。
その魂を感じるに至るには、苦楽が必須なのだと思います。
ただ、自然の一部であるヒトにすべてのヒトを救う義務があるのなら、自然もまた何かしら義務が存在するのかも… 義務ということが存在するかなんて私にはわかりません。

私や私の家族、娘には土地や空や、風すら味方になってくれています。
私は娘が大事で、夫が大事で、死にたいほどの経験もして、でも今が幸せすぎて欲深いです。
人間の欲が医学や科学、宗教を発展させ、精神的幸福をもたらしたのではないのでしょうか。
でも、あなたがおっしゃる私たちの古くさい価値観を世界のみんなが再考して、本来の自然とつき合う時間に戻れればいいなと思います。論理は時代とともに変わっていきますから。


本当に最後になりますが、私は夫や娘、実の両親、おばあちゃん、親戚、友達、それと見えないなにかを信じていますよー。

※まとまっていない文章ですみません。魂のまま回答いたしました。それでは。
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もうすぐ1歳になる娘がいる28歳の母親です。


わたしなら、もし第二子を授かり、その子が今の超音波検査の結果により無脳症だと断定されたのなら産まずに中絶することを選びます。
娘を育てるために、そのように選択します。

私の母は初産で長男を無脳症で亡くしました。
(ちなみに当時は無脳症を発見する超音波技術がなかったです)
母は無脳症により3日と短い命を閉じた兄を自然分娩で出産しました。
出産は医学がここまで発展した現在でも命がけの行為です。
私は自身の出産により大量出血で娘を授かりました。一昔前の医療技術では私はどうなっていたかわかりません。そのくらい、入院中は大変な思いをしました。
私は母が命がけの出産において無事に回復したこと、生きて、私を産んでくれたことに感謝しています。

現在の医療技術では無脳症の治療法はないそうです。また、出産においても母体致死の危険はあります。あなたがもし女性で、子供を授かったと仮定したとします、その子が無脳症だと断定されたらどのような選択をするのでしょうか?あなたの答えを聞かせてください。
自身の出産によるリスクよりお腹の中の子供を救いますか?それとも放っておいて見殺しにしますか?

医療は救いたいというヒトのエゴにより発展発達したと考えております。いつか無脳症の子供を救える時代がやってくるかもしれません。

最後に、、、
国境や人種、病気、、、いろんな境界線が戦争や紛争、様々な差別を生み出していると考えます。自然と会話できるあなたは解決策をご存知なのではないでしょうか。世界中のヒトを救いたいというエゴがあるなら行動してください。がむしゃらになって動いてこの世の中変えてください。全員が幸せになれる世界にあなたが考えてしてください。自分の身を犠牲にできないならあなたも普通の人間だと思うのです。
長々とすみません。質問の回答をぜひ聞きたいです。2002年の質問ですのでいまさらですけど。
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こんばんわ。


確かにchihokoさんの言う通り医学では『妊娠中絶』をしますね。

私はお腹の中にいる時に無脳症に限らず異常(病気)が発見でき、治してあげられる事がBESTだと思いますが、
ベトナムの子供達に限らず何もしてあげられないから『見殺し』というのは私は違うと思います。

医学で解明されている病気でも発見が遅かったり、大金を使い治療したにもかかわらず亡くなった方の親族は救ってあげられなかった事・自分達の力不足を憎み同じく『見殺し』にしてしまったと思っている人も多いと思います。

戦争のニュースをTVで見ても何もしない私達は皆戦没者を『見殺し』にしていると言われるのでしょうか?

私は最後まで責任が持てず救ってあげられないのであれば初めから手を出さない(何もしない)というのも優しさだと思います。
共倒れしたら相手に余計迷惑がかかると思うからです。

一日も早く助けてあげられる(科学でも医学でも)世の中になってくれるといいですね。

* 好き勝手に書いてしまい、気分を害したらスミマセン
  
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 chihokoさんにとっての救いとは何でしょうか?医学と科学を極めて無脳症の子どもの治療にあたることでしょうか?だとすれば、私たちは、そのようなことに献身をしておられる方に、多くの感謝を捧げ、時には余財を寄付するなりすれば良いと思います。


 また、看護をすることに生き甲斐を感じるのであれば、淡々と看護士として仕事をされてる方に習って、そのように行動すれば良いと思います。
 人は、自らが何事も為しえない時にも「罪」を感じる存在であり、そのことが逆に人間の尊厳でありました。
 ですから、見殺しにすることを、法律上、罪とすることを人間は諦めました。従って、無脳症の子どもを見殺しにして「罪」に問われるのは、担当の医者と看護士だけです。私たちは、朝の小鳥のさえずりに、人としての感情を楽しんだとしても、そのことを反省する必要はありません。
 ですが、人に聞かざるを得ないとすれば、それは何なのでしょうか?
 「本当にそれでいいのでしょうか?」と。

 私は、勿論、どのように考えても「見殺す側の人間です」。ですから、そのことを、敢えて問いかけたいとは思いません。
 だから、「神」はないが、この苦しみを知る神に祈りたい、と言う方があれば、私は、そうした宗教観は、卓越したものと、敬愛します。
 

この回答への補足

わたしにとっての救いについて・・・。

救いとは 魂のままに生きる道を開くことです。

     魂とはそのものがそのものであるための根拠と認識しています。
     地球上の生命は長い時間(40億年)を経てのそのもののありかたの
     実証を得ました。わたしたちや身の回りに満ちあふれる命たちです。
     魂とはその「時間の実証」と言い換えることができるかもしれません。
     ごく普通のことなのですが その「魂のままに生きる」ことが
     人間にはむずかしいことになってしまっているようです・・・。

補足日時:2002/02/10 01:12
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

文面から苦悩のようなものを感じますので 深くは申しませんが
どのような行為を行わなければならない方であろうとも この問題に限らず
いけないことは いけないと認識しているべきだと 感じています。
つらいことですけれども 大切なことではないでしょうか・・・。

お礼日時:2002/02/10 01:10



 こんにちは、無脳症ですか・・・ これって、特に専門家とかに聞いてるわけじゃないんですね?(僕が発言していいのかな_?)

 無脳症・・・ 知らなかったので、いま人に聞いてみました。

 

 科学、医学は、あくまで道具であり、それを使う人にかかってます。
 科学、医学が悪いわけではなく、そういう悪い人(医者(反対に、例えば違法でも安楽死をさせてくれる医者とか))もいるということです。
 それに科学は万能ではありません。科学で証明できることと、できないこと、だったら、できないことのほうが多いのです。


 で、回答ですが、僕はそんなに、学校の成績もよくないのに、そんな救えるか、救えないか分からない人のために医者になって、研究に一生を尽くしたくはありません。
 放っておいて見殺し(言葉悪いけど)にします。

 かわいそうだとは思いません。(もし、自分に子供ができて、自分の子供の姿を投射してしまったり、映像を見れば変わるかもしれないが)狼に育てられたヒトの子供は、どんなに教育しても死ぬまで狼なように、脳を失った子は人間の形をした人形にすぎません。本人たちは脳がないから、つらいとは感じてないと思います。そしてそれは、誰かがわざとやったのではない(アメリカも意外だっただろう、よって人為的ではない)ので、自然な状態であり、その子を救うという名目のもと、アレコレしているほうが耐えかねます。

 子供たちには罪がない? 罪のあるなしで、世の中どうにかなるんでしょうか。

虐待の親の下に生まれた、健康な子たちのほうが、僕はもっとかわいそうだと思いますが、彼らは自分の親、運命を憎みながら、違う親の下に生まれたら今ごろは幸せだろうなと思いながら、違う明日を目指して力強く生きてます。誰も助けてくれません。中には、若いながらに毎日自殺を考え、生まれなかったほうがよかったと思う人もいっぱいいます。

それに比べ、彼らには感情はありません。(自分だって、幼児期は感情なんて無かった)(彼らの親には、同情してやみませんが)感情のない人に同情はしません。

あなたの意見の本筋は同意します。しかし、ただ、その子たちを、かわいそうだと決め付けるのは、思い上がりだと思います。

みんなの理性は、誰もが幸せになれるようにと、考えてます。でも、虐待など、過度のストレスで自分を失っている親など、理性の働かないところや、なんでもない小さな小さな思い込み、偏見、そんなところで、大半の悲劇が起こってるように感じます。人間はものすごい思い込みをしやすいものだと思います。ありもないことを思い込んだら楽しいですしね。でもそれが、新たな悲劇を呼びこんだりすると思います。

 僕にはむしろ、純粋であろうとするあなたの過度の思い込みのほうが恐ろしいです。

〇センター試験直後とあって、自分でもおかしなこと書いたと思います。これは世間一般からすれば極論ですので、気になさないほうがいいです。でも僕は、こう考えてます。自信は全くありません。そして傷ついたらごめんなさい。(反論、いっぱいあるかもしれませんが、書いてください。全部読みます。結局自分も、自分の反対の人の考え方から、いろいろ学びたいのです。あと文章分かりづらくてスイマセン)
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この回答へのお礼

●いえいえ あなたの考え方は 普通です。
 人は自分に都合の言いように考えるものなのです。いわゆる要領というものです。
 要領がよくなければ生きていくのはむずかしいものです。

●あなたのような考え方を 実は求めていたのです。
 そして こう言いたかったのです。
 「あなたの要領の良さが いずれあなた自身を殺すことになる。」と

●問題は個別のもので比較して云々するものではありません。
 その個別の問題をどう捉えるかが 問われているのです。
●無脳症の子供は辛くはおもわない だから・・・という考え方は
 あなた自身の問題を無脳症の子供に押し付けていることになります。卑怯です。
 無脳症のこどもがどうであれ あなたには関係のないことに気がつかなければ
 なりません。
●人とは卵が受精した直後から人です。
 ↑この論理を否定するのは そのひとの都合でしかないのです。
 なんの損得感情なしに人を定義してみてください。そうなるでしょ。
 なんの損得感情もなしに(自然のままに)という視点が大切です。
 現代こそその視点が希求される時代なのです。
●ま あなたの考え方は かなり古臭いってことかな・・・。不幸を招くばかりですよ。

お礼日時:2002/01/21 12:31

無脳症の子を救ってあげて、治してあげて、元気に生きていける


ようにしたいとは医療者ならほとんどの方が思うと思いますし、
下の回答者の方もそう思ってらしゃると思います。

しかし、ほとんどの例では、現在の医療レベルではいくら頑張っても
救えません。

無脳症がどういう状態なのかここで説明するのは長くなるので
省略しますか、いちどこのあたりのことを、お調べになって
医学的な観点から見られることを薦めます。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

医学は 妊娠中絶を 行いますから
たぶんわたしが感じている辛さを持ち合わせていないと推察しています。

望まれない子共も 無脳症の子供も 医学の手助けで
殺されることのないことを祈ります。

お礼日時:2002/01/20 02:29

こんばんは。

その時の技術レベルによって答えは変わってくるだろうと思います。
今、無脳症の子供を助けられる医療技術はありません。

ですから>医学と科学の粋により救いますか? という問自体が成立しないのではないかと思います。
救う技術がないのですから。

もし生命維持装置で身体だけ生かしておくというのなら私ならやらないでしょうね。
今医療現場ではQOLという考え方が広がっており、ただ無条件に身体が死ぬまでの時間医療を施し続けるというあり方が問われています。

ただし将来、無脳症の子供の脳を発生させて個人として生きていけるような技術が確立された社会で同じ質問をすれば絶対に答えは違うでしょう。
でもその社会で治療不能の病気で同じ質問をしたら・・・多分いろんな論議が出るでしょうね。

#少々脱線して失礼m(__)m
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この回答へのお礼

●明快なお考えありがとうございます。

 でも たすけてあげたいなあ。そう思われませんか?
 あの子たちに罪は無いのですから
 すこしでも長く生かす義務すら感じます。

 ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/20 00:48

 他に答えを求むより、あなた自身は、何かやってらっしゃるのでしょうか?


 私達は、そういった根本の原因をお話し、分かってもらうようにしているつもりであります。
 信じないのは、信じない者の責任でしょ。所詮は、「自業自得」ということで、各自に責任があります。
 それで、他を怨むことも無いし、何かを願っているわけでもないでしょ。
 自分の境涯は、自分が受けるしかなく、変わってあげることも出来ないでしょ。
 何かをしてあげるとしたら、それは各自の偽善であり、本人には有りがた迷惑かもしれませんよ。
 よく先天的脳障害児をお持ちの家を訪れることがありますが、「放って置いてください」とか、「あんたには、関係ない」と言って、追い返されたりします。
 こういった原因を、気付いてもらうしかないのです。
 意固地になって、他の真意が分からない偏狭な姿にこそ、宿業の深さを知ります。
 素直に、信心出来る方は、それだけきれいだと思います。
 如何でしょうか?
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この回答へのお礼

●わたしは 雲や 空や 星や 
 家のまわりの さまざまな生き物たちと
 会話して暮らしていますよ。

 信じないから 自業自得とは わたしは思いません。
 わたしが言うことを 信じようが 信じまいが どう思おうが
 すべての方達を救いたいです。
 すべての方達に 幸せに満ちた生涯を贈りたいです。(贈れる立場なら)

 わたしの知っているかぎりですが 宗教でなにかを信じている方達は
 たいていが自分が良くなりたいというエゴイストがおおいですね。
 信ずるものを何も持たず 小さな幸せを大切に生きてる方達のこころに
 澄んだ魂を感じます。

お礼日時:2002/01/20 00:08

確か、昔まんがでブラックジャックというのがあって、そのようなテーマで描かれていた話がありました。

その結末では「医者は時としては悪魔にもならなければならない」というようなセリフで、救わなかったです。
医学、科学ではその根源となる原因を解決する方法を追求する必要はありますが、医学の力で生きている(自力のみでは生きられない)のでは、救わない方が良いのでは、と思います。
日本人の寿命は延びていますが、実情では医学の力で生き延びているだけ、という人もいます。これも是非が問われたりしますが、なんだかダブった問題に思えます。

言葉足らずな説明になってしまいましたが、全て書くと長くなると思いましたので・・・
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この回答へのお礼

●ブラックジャックは 救わなかったんですか?・・・残念。

 わたしは 救いたいです。ちゃんとした脳を再生してあげて
 おかあさんに抱かれたとき微笑むことができる能力を取り戻してあげたいです。

お礼日時:2002/01/19 23:14

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Qイスラームの無利子を良しとするメンタリティーと湾岸戦争におけるクウェートの反応の因果関係

湾岸戦争において、日本は多国籍軍に巨額の資金援助をしたにもかかわらず、クウェート政府は日本政府、国民に謝意を表明しませんでした。当時の報道によると、実際に兵を投入して共に血を流さなければ評価されない、と言われていたことを記憶しています。

ですが、これはイスラームの特有のメンタリティではないでしょうか?イスラームは生活全般を規定する、と言われますが、精神生活すらも規定していると彼らは証言します。コーランによれば、利子は卑しい。同様に資金だけを貸し出すのもご法度である。これとのアナロジーから、彼らは金のみ拠出した日本は卑しく見えた。こういった理由ではないでしょうか?

みなさんの分析をお願いします。

Aベストアンサー

浅い分析かもしれませんが、事の発端は、、、もともとイラクとクエートは一つの国だったと思います。
それを西側が分断して二つの国に裂いき、クエートは西側と取引をして、西洋化していったようです。
心はイスラム教でも物の考え方は西側寄りだったのではないかと思います。

夜、衛星カメラからみると、この地域はイラク側はまっくらで、クエート側は煌々としていてすぐわかったのだとか。

さて湾岸戦争勃発はどうして起こったのか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%BE%E5%B2%B8%E6%88%A6%E4%BA%89
<このような中で、サウジアラビアとクウェートがOPECの割当量を超えた石油の増産を行なったことにより、石油価格は大きく下がり、石油輸出に依存していたイラク経済にさらなる打撃を与えていた。クウェートはルメイラ油田から大量採掘を行ったが、この油田については、イラクも領有を主張しており(地下でイラク・クウェートの油田が繋がっていると考えられた)、クウェートの行為は盗掘だと非難した。>

アメリカがイラクの情報を流し炊きつけたようなんです。
それでイラクはアメリカの「クエートに制裁を加えようと思うがどう思うか?>と打診したところ、アメリカは「同一民族の内部争いに、口出しはしません」と答え、イラクはその答えを聞き、クエートに制裁を加えるため侵攻した。

で、派手派手な暮らしをしていたクエートに精神生活を規定する宗教があったのかは・・・ あればキンピカな生活はしていなかったと思います。
どんなに石油で金持ちになろうと、戒律を守り質素に暮らしていたはずですから。

<金だけ出して人を出さない日本>と批判したのは、西側諸国だと思います。
その情報は西側が伝達したものが日本に入ってきており、イラク政府の声 というものが直接日本に届くルートが無かったのではないかと思います。

尚、現地でボランティアをしていた西側の若者は「人がもっと必要であるとするが、実は人はありあまっている。 大勢がボランティアとしてつめかけて混乱している。実際 必要なのは人じゃない、医薬品を買う金だ。その金が無く人だけいても、治療する危惧が無ければ何もできない 邪魔なんだ。 人はいいから医薬品を買うお金を送って欲しい」と。

現地の声と西側が言う声の内容 違いますよね。

このように情報は操作され、あるいはもみ消されているのではないでしょうか。

浅い分析かもしれませんが、事の発端は、、、もともとイラクとクエートは一つの国だったと思います。
それを西側が分断して二つの国に裂いき、クエートは西側と取引をして、西洋化していったようです。
心はイスラム教でも物の考え方は西側寄りだったのではないかと思います。

夜、衛星カメラからみると、この地域はイラク側はまっくらで、クエート側は煌々としていてすぐわかったのだとか。

さて湾岸戦争勃発はどうして起こったのか。
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>>太平洋戦争、仏教界で戦争肯定を唱えた人がいると聞きました。自分で調べましたが手がかりがつかめません。誰がどの宗派の人がそのようなことをとなえたのか、わかりますでしょうか? 
 太平洋戦争の中心て的な位地には日蓮主義者の方が多くいたようです。代表的な方々を歴史的な流れを抑えてあげていきますと、太平洋戦争以前の明治34年田中智学は従来の怠惰に慣れた宗門を激しく批判するとともに、新しい日蓮主義というものを宣言します。田中智学の日蓮主義の核心は「侵略的態度」にあり、日蓮聖人を大元師となして、大日本帝国の力で「法華経」による世界統一を果たそうというものでした。その思想が与えた衝撃は当時の日本の意欲に燃える若者は田中智学の「国柱会」に次々と加わっていきました。
 その影響は昭和の超国家主義にまで及びます。満州事変の首謀者石原莞爾、2・26事件に連座した北一輝、要人暗殺を謀って血盟団の井上日召など、いずれも熱心な「法華経」の信者であり、日蓮聖人の崇拝者でありました。石原莞爾などは昭和15年、当時の戦争をまさしく日蓮聖人によって予言された世界統一のための大戦争につながるものと位置づけています。(『最終戦争論』)近代日蓮主義の特徴は、それが積極的な侵略のイデオロギーの一翼を担い、その先鋭と結びついたところがあります。
 だからといって他の宗派が無関係かといえばそうではありません。先のtaishi1さんのお答えにも出ていますが、浄土真宗本願寺派の門主・大谷光瑞は「王道の道は武備を整えること」といって当時の日本を肯定するようなことを言って、他の宗旨とともに侵略戦争に引き込まれています。ただ、禅や浄土の思想はいわば時代の後ろからついていったのに対し、当時の日蓮主義は先頭に立って時代を作り出していったといえるのです。
 こういったことに関しては『今のお寺に仏教はない既成仏教教団の宗派別問題点』遠藤誠 現代書館に詳しく取り上げられています。

 余談ではありますが、少し私の意見をのべさせてただきます。こうしたことについて話し合うとき「ガンジーの非暴力の精神でなくてはいけない」というひとがいます。誰でも外から見ていれば非暴力、戦争反対をとなえる事はできます。しかし、そういっている人たちがどれほどの覚悟で言っているのでしょうか。日本がもし一億総動員の翼賛体制になったら、そのときもその信念が貫けるのでしょうか。特高に付けねらわれて「アカ」「非国民」とののしられ、逮捕され拷問させる。・・・自分ひとりが犠牲になるならそれも堪えられるかもしれません。でも、家族親戚にまでその手が伸びるかもしれない。それでもそれがつらぬけるか?? 私ははっきりいってそれが出来るほど強い人間ではありません。私は戦争には反対ですし、人も殺したくないと思っても、拷問に耐え、家族まで巻き込んで、自分の信念を貫けるほど強い人間ではない。多分そのような状態になったら裏では文句を言いながら、表では国家を賛美するでしょうね。自分の弱さは私自身が一番知っています。 
 そんなことを考えていたときに知ったのが仏教学者である田村芳郎氏のこんな話です。田村氏は『法華経』の信仰をもっておられた方ですが、学徒出陣の折に上官から「天皇陛下と法華経どちらが上か?」と問われて、「天皇陛下」と答えざるを得なかったそうです。心の中にある「法華経が上だ」というおもいを言葉に出していたならば、それこそ不敬罪で大変なことになっていたでしょう。田村氏は「そのことへの慙愧が学問の原点になった」としばしば語っておられたそうです。そのとき「天皇陛下」と答えざるをえなかったのを、誰も攻めることは出来ません。ただ、そのことを棚上げしておいて、戦後になって倫理道徳を振り回すことなく、たとえやむをえなかったとはいえ、そう答えてしまった自責の念一生持ち続け、それを内にこめて原点とされたところに田村芳郎という方の誠実さを感じます。そういった仏教界の戦争への関与の問題を考えるとき、私は他人事とは思えずにいます。

 なんだか余談が長くなってしまいました。申し訳ありません。支離滅裂な文章かとは思いますが、文意を読み取っていただきたく思います。
 合掌 南無阿弥陀佛

>>太平洋戦争、仏教界で戦争肯定を唱えた人がいると聞きました。自分で調べましたが手がかりがつかめません。誰がどの宗派の人がそのようなことをとなえたのか、わかりますでしょうか? 
 太平洋戦争の中心て的な位地には日蓮主義者の方が多くいたようです。代表的な方々を歴史的な流れを抑えてあげていきますと、太平洋戦争以前の明治34年田中智学は従来の怠惰に慣れた宗門を激しく批判するとともに、新しい日蓮主義というものを宣言します。田中智学の日蓮主義の核心は「侵略的態度」にあり、日蓮聖人を...続きを読む

Q日本は世界唯一の核戦争を体験した国であり、核戦争をどう理解すればいいのか?

日本は、世界唯一核戦争を体験した国であり、核戦争と普通の戦争との差異はあるのか?普通の戦争の陸続きが核戦争なのか?日本の思想は、フランスの輸入版なので、核戦争を考えるのは、限界があります。シニファンとシニフェイが同時に消滅し、主観と客観が、同時にとけあう瞬間。現在、過去、未来の時間軸さえ、消滅してしまう、すべてが解放される。重力が、軽さ、重さの区別をなくし、その後のは、黒い雨が降り、その後、何十年にわたって人々を苦しめた核戦争。

核戦争の後に生まれた世代であり、ポスト核戦争世代なのに、学校教育は、その核戦争の可能性の中心を教えることなく、ただ無駄なことをぐだぐだやってきた。

核戦争の可能性の中心は、何ですか?核戦争の後に、普遍的な価値、真理が成り立つのですか。教えてください。

Aベストアンサー

こんにちは。非常に重たい質問ですね。

核戦争とこれまでの戦争のちがいは、言うまでもなく一国対一国、あるいは
数カ国対数カ国の戦いではおさまらない、ということです。核の使用は全人類、
地球そのものに大打撃を与えます。そんなことは誰にでも容易に想像ができることです。
核戦争論を展開してきたバートランド・ラッセルは、「核は世界規模の伝染病である」と語りました。

現在、核は抑止力としてのみ機能しているように見えます。「われわれは核を持っているぞ」と。
それを使用してしまったとき、世界はどうなるのか、誰もが知っているのです。

しかし、どこかの独裁者が世界と心中するつもりで核を使用しないとは限りません。
もしもそうなった場合、どんな世界が待っているのか? 核戦争後、そこには
秩序のカケラもないアナーキーな世界が広がることでしょう。

リセット、という希望的な再建は望めません。なぜなら、今日まで人類が築いてきた
さまざまな社会システム、価値観、倫理観などが通用しなくなる世界だからです。
現在の秩序はそれらを前提として成立しているからです。

ですから、核戦争の可能性の中心は、あらゆる意味での「虚無世界」への突入、
ということになると思います。ですから、そのことに大して、全人類が自覚的に
なる必要があると思います。

……お答えになっているでしょうか?

参考までにバートランド・ラッセル関連サイトです。



参考URL:http://members15.cool.ne.jp/~russell/RV-HSEP2.HTM

こんにちは。非常に重たい質問ですね。

核戦争とこれまでの戦争のちがいは、言うまでもなく一国対一国、あるいは
数カ国対数カ国の戦いではおさまらない、ということです。核の使用は全人類、
地球そのものに大打撃を与えます。そんなことは誰にでも容易に想像ができることです。
核戦争論を展開してきたバートランド・ラッセルは、「核は世界規模の伝染病である」と語りました。

現在、核は抑止力としてのみ機能しているように見えます。「われわれは核を持っているぞ」と。
それを使用してしまったと...続きを読む

QBSE(牛海綿状脳症)について

この問題について、考えるところ教えて下さい
哲学のカテゴリーを選んだのは、立場を超えた自由なご意見を念頭においたためです
お礼が遅れることもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします

Aベストアンサー

No.2の方がおっしゃるような、神様の教えというのはあんまり好きじゃないです。それはまるで、その民族の人たちの神様が間違ってた、という解釈になり兼ねません。
ただ、いわゆる狂牛病は本来、草食性の牛に無理やり肉を食わせて肥え太らせた結果、出てきた病気ということで社会のひずみを考えざるを得ないと思います。これは他にも鶏に対し大量の抗生物質を与えつづけた結果、抗生物質耐性の菌がうまれてきたというほかの例もあります。


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