「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

先日、職場の同僚が会社の朝礼で
”自分の子供の学校の国語の授業で「空間」の対義語は?
という問題がありました。答えは「時間」です。辞書にもそう書いてありました”
と話されていました。

文系出身の科学音痴の私なので勘違いをしているかもしれませんが
アインシュタインの特殊相対性理論で
「時間と空間は不可分にして一体」
と証明されているかと思いましたが、そこから考えると
『「空間」の対義語は「時間」である』という
”国語”の問題は”科学”的には間違っているのではないでしょうか?

また、あえて「空間」と「時間」の対義語を探すなら
何になるのでしょうか?(「無」ですか?)

お手数ですがお詳しい方教えていただければ幸いです。
(あと今回は相対論は間違ってるとかの話は無しで
お願いします。相対論が正しいとの前提でお願いします。)

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A 回答 (3件)

対義語、反意語、反対語、反義語は同じような意味で使われる語ですが、この中で「対義語」はやや意味が広いようで、必ずしも正反対の意味でなくてもよく、「よく対にして使われる2つの語」を表わすのにも使います。



たとえば、白と黒、紅と白はどちらも「対義語」となります。他に、洋室と和室。男と女。親と子。師匠と弟子。水と油。東西と南北。水平と垂直。緯度と経度。

4つの座標軸を対等に扱って自然現象を表わすのが相対性理論です。普通、3つの座標軸で空間を表わし、もう1つの座標軸が時間に相当します。つまり、空間軸と時間軸が組になったのが相対性理論で使われる座標系なので、空間と時間を対義語とするのはごく自然です。座標軸の対比という点でみれば、上に述べた「東西と南北」「水平と垂直」「緯度と経度」などの対義語と同じ仲間といえましょう。

一般には相対性理論は考えず、「ある地域に古くから暮らす老人」=時間的広がりの豊かな人、「世界を飛び回る若者」=空間的広がりの豊かな人、というように物事や現象の広がりが空間的であるものと時間的であるものを対比させて表現します。

なお、国語辞典ではたいてい「空間⇔時間」と書いてあるようですが、対義語としてどの語とどの語を組み合わせるべきかは、習慣とか世間の常識による部分があると思います。
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この回答へのお礼

相対論の観点と国語の観点の両方が大変分かりやすく参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2005/03/10 00:27

失礼ながら、「対義語」は正しい日本語ですか?


似たような言葉に「同義語」・「反義語」がありますが、それと混同されていませんか?

もし「反義語」の誤用としても、「空間」と「時間」は、そのように対比できる科学的存在ではありません。
相対性理論とも、まったく関係ないでしょう。

この質問は、物理学カテゴリーよりも国語カテゴリーの方が、回答を得易い問題と思われます。
(科学的うんぬん以前の問題です)
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う~ん....



「国語の問題を物理学の枠組で考えるのは野暮ではないか」と思うんですけど....
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Q「時間の反対は空間」について

ずっと前に塾で、時間の反対は空間だと教えられました。
これが合ってるかどうかはよくわかりません。
あとなぜ時間と空間は関係してるかもよくわかりません。
だから誰か教えてください。
ちなみに僕は哲学はそれなりに好きです。

Aベストアンサー

 「時間」の反対が「空間」という根拠は?
個人的には、密接した存在だと思います。

 「空間」と「時間」は人間が生きているから、存在可能なものであり、主観的なもの(要するに、人間と深い関係なもの)。

 ある人間が死ねば、その人間の時間という存在は消えてしまう。
同時に、空間という存在も消えてしまう。

 何故ならば、人間が死んでしまえば、時間という認識が不可能になる。
同時に、空間という認識も失う。

 太陽の光が8分19秒掛かって(時間)、地球に届くのは何故ですか?
 太陽と地球との間には膨大な距離(空間)が存在するから。

 そういう意味から、「時間」と「空間」は友達関係の様に、仲が良い者同士だと思います。

Q「空間」の対義語について

「空間」の対義語はなんですか?

Aベストアンサー

んじゃ、証拠です。

参考URL:http://www.andos.k.hosei.ac.jp/kkron/Kkron01/07/kadai04/9947086.htm

Q時間の反対語は

なぜ「時間」の反対の概念が「空間」なのでしょうか。哲学を知らない私にも分かるような説明は可能でしょうか。

Aベストアンサー

 
  これは色々に考えることができる問題です。「空間」と「時間」が反対概念あるいは反対語であるというのは、少し置いておいて、空間や時間を哲学では、どう考えていたのか、省みることが意味あるでしょう。
 
  有名なアウグスティーヌスの言葉に、「私は、時間とは何かを問われない時には、時間とは何かを知っている。しかし、時間とは何かと問われれば、私は知らない」というのがあります。時間は誰にとっても自明なものとしてあるが、理性的に省察しようとすると、実体・本質は何かと、哲学的に問うと分からなくなるということです。
 
  もう少しおおざっぱに言いますと、空間とは、「ひろがり」で、そこに様々な事物(レース)が配置されて関連を持って現れている場であると言えます。では、時間とは何かと云うと、事物や事物の相互関係が「変化する」という現象的事実から、「変化」の背景にある原因として「時間の経過・時間の流れ」というものが考えられたのです。時間を歴史と言い換えれば、歴史のできごとは、社会のそれも、個人のそれも、時間という場のなかで、展開しているということになります。
 
  英語の space のことを、時に「宇宙」とか「宇宙空間」と訳します。これは元の space がそういう意味を持つからですが、「空間」というのは、「世界(コスモス・ムンドゥス)」のことだとも言えます。世界のなかで、時の流れにおいて、歴史が生成され展開して行く。さっき上で、時間が歴史の場だとも言いましたが、実は、世界=空間という場(トポス)あるいは舞台において、できごと・歴史というものが展開され、この歴史の過程にあって、空間・世界の「どこ」とは違う、「いつ」があるのであり、「どこ」と「いつ」と「何」によって、この存在の宇宙とその歴史は構成されていると言えます。「何」というのが、存在物であるなら、存在物は、人間も含め、「空間」という場と、「時間」という場のなかに存在して生きているということになります。
 
  こうして、人間も含め、事物・存在者は、ひろがりの場としての「空間」と、変化の場としての「時間」のなかに存在し生きているとなるので、「空間」と「時間」が反対語というか、対概念になっているのです。
 
  また、中世西欧の存在論では、存在物は、神から「存在(エッセ)」というものを与えられて、初めて、現実の存在(現実存在=エクシステンティア)になると考えました。神からのエッセの付与は、瞬間瞬間にあり、この不断のエッセの分与が、存在物を存在たらしめていて、神のエッセの分与のあいだには、「時間のない」永遠があるともされます。また、神のエッセの分与がなくなる時、存在物は、「無」となります。不断のエッセの分与が「時間」を構成するのです。そして、存在物は、神の創造した世界=空間に存在を続けるのです。ここからも、存在物の場としての世界=「空間」と、不断のエッセの分与において成立する「変化する存在の現実存在」=「時間」のなかの存在者としての事物・人間という考えが出てきます。
 
  また、インドの思想では、「空間」は事物がそこにある場であるのですが、事物は、空間のなかで、変化することなく存在するのではなく、「刹那」という時間の最小単位において、刹那から刹那へ、存在と消滅を繰り返し、この繰り返しのなかで、事物の「変化」があると考えられました。つまり、ここでも、変化の場として「時間」が考えられている訳で、時間と空間が、このようにして対立実体・概念となるというか、「この世」をあらしめている二つの基本の「場・背景」ということになります。(仏教の時間論も、インドのこの考えを共にしています。というか、仏教思想が、「刹那」などの考えを展開させたとも言えます)。
 
--------------------------
 
  現代の物理学では、特殊相対性理論では、時間と空間は、別個のものではなく、「時空(Time-Space)」という統一体の二つの側面だとされます。ローレンツ変換では、時間の次元成分と空間の次元成分が、入り交じります。相対性理論では、時間が延びるとか、空間が縮むというのは、時空としての現象だとされます。
 
  しかし、時間と空間は同じものかというと、相対性理論でもこれは別個のもので、物理学の次元計量では、空間の次元を普通の「実数」としますと、時間の次元は、「虚数」となります。三つの次元は、相互に回転可能であり、それぞれの次元は、実数ですが、時間もまた三つの空間次元と共に、相互に回転可能であっても、時間は、量としては、空間の距離に対し、「距離の虚数」が「時間の単位」となるので、「時空」を構成するのは、三つの同じ性質の空間次元と、もう一つの虚数次元の「時間」であるとなり、実数量の反対が虚数量とすれば、「空間」と「時間」は、反対関係にあるとも言えるでしょう(計量次元の異なる補完次元だとも言うべきかも知れませんが)。こうして、現代の物理学でも、空間と時間は、或る意味の反対場・反対概念となります。

  なお、これは、「空間」と「時間」を反対概念として把握する考え方のありようで、時間や空間については、もっと色々な把握・考え方があります。
  

 
  これは色々に考えることができる問題です。「空間」と「時間」が反対概念あるいは反対語であるというのは、少し置いておいて、空間や時間を哲学では、どう考えていたのか、省みることが意味あるでしょう。
 
  有名なアウグスティーヌスの言葉に、「私は、時間とは何かを問われない時には、時間とは何かを知っている。しかし、時間とは何かと問われれば、私は知らない」というのがあります。時間は誰にとっても自明なものとしてあるが、理性的に省察しようとすると、実体・本質は何かと、哲学的に問...続きを読む

Q「以降」ってその日も含めますか

10以上だったら10も含める。10未満だったら10は含めない。では10以降は10を含めるのでしょうか?含めないのでしょうか?例えば10日以降にお越しくださいという文があるとします。これは10日も含めるのか、もしくは11日目からのどちらをさしているんでしょうか?自分は10日も含めると思い、今までずっとそのような意味で使ってきましたが実際はどうなんでしょうか?辞書を引いてものってないので疑問に思ってしまいました。

Aベストアンサー

「以」がつけば、以上でも以降でもその時も含みます。

しかし!間違えている人もいるので、きちんと確認したほうがいいです。これって小学校の時に習い以後の教育で多々使われているんすが、小学校以後の勉強をちゃんとしていない人がそのまま勘違いしている場合があります。あ、今の「以後」も当然小学校の時のことも含まれています。

私もにた様な経験があります。美容師さんに「木曜以降でしたらいつでも」といわれたので、じゃあ木曜に。といったら「だから、木曜以降って!聞いてました?木曜は駄目なんですよぉ(怒)。と言われたことがあります。しつこく言いますが、念のため、確認したほうがいいですよ。

「以上以下」と「以外」の説明について他の方が質問していたので、ご覧ください。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=643134

Q1000本のワインがあって、1つは毒入りです。

1000本のワインがあって、1つは毒入りです。
1滴でも飲むと、10h~20hで死にます。
今から24h以内に、毒ワインを自分のドレイに飲ませることで、判別したい。
これには最低何人のドレイを要するか?




以下がこれに対する僕の回答です。




結論から言うと1000人必要です。


まず0時から検査を開始します。

24時までに終わらせなければなりません。




まず0時にx人がそれぞれで一本検査します。

死ぬのは10~20時ですね
二本目を検査するためには
10時より後に飲まなければなりません(理由はAに書きます)
しかし4時より後に飲んだ場合は24時より後に死ぬ可能性があるため、毒を見逃す可能性があります。

ゆえに10時より後には飲めません。


A、もし10時以内に飲んだ場合
死んだとしても最初に飲んだワインによるものなのか後に飲んだワインによるものかわからないからです。
一本目の死ぬ可能性のある時間帯は10~20時
二本目を例えば9時に飲んだとしたら死ぬ時間帯は19~29時になります。
つまり19~20時に死んだ場合、その死が一本目によるものなのか二本目によるものなのかわからないからです。


ゆえに1人1本しか検査できません。

従って1000本には1000人必要です。





こういう答えがでたんですが、答えは10人なんだそうです…

先生にだされた問題だとか。


どうして10本になるのでしょうか?


困ってます。

1000本のワインがあって、1つは毒入りです。
1滴でも飲むと、10h~20hで死にます。
今から24h以内に、毒ワインを自分のドレイに飲ませることで、判別したい。
これには最低何人のドレイを要するか?




以下がこれに対する僕の回答です。




結論から言うと1000人必要です。


まず0時から検査を開始します。

24時までに終わらせなければなりません。




まず0時にx人がそれぞれで一本検査します。

死ぬのは10~20時ですね
二本目を検査するためには
10時より後に飲まなければ...続きを読む

Aベストアンサー

ついでに書いておこうかな(^^)
2進数                 10進数
 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1   1番目のワイン
 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0   2番目のワイン
 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1   3番目のワイン
 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0   4番目のワイン
 ・・・【中略】・・・
 1 1 1 1 1 0 0 1 1 1  999番目のワイン
 1 1 1 1 1 0 1 0 0 0 1,000番目のワイン
奴隷は上に1があればそれを飲む
 A B C D E F G H I J  10人

Q書類送検と逮捕の違い?

書類送検と逮捕とはどう違うのでしょうか?
書類送検の方が、拘束されないだけ罪が軽いような気がします。
書類送検でも前科となるのですか。
どういう場合に書類送検となるのでしょうか?
どうも分かりません。

Aベストアンサー

既に適切な回答があるので蛇足かもしれませんが、刑事手続きがどうなっているのかを知ればその違いが自ずと分かるので刑事手続きの概要を必要最小限(のつもり)説明しておきます。長いですので覚悟してください。

刑事手続きの大雑把な流れは、
捜査->起訴(公訴提起)->公判->判決->刑の執行
というところ。全部話をするわけにもいきませんしその必要もないので質問に関するところ(主に捜査)だけ説明します。

犯罪が犯罪として処罰の対象になるためには、まず裁判に先立って、その犯罪の存在を捜査機関が知り、必要な証拠を集め、被疑者(=容疑者)の身柄の確保をしないとなりません。これを捜査と言います。
被疑者の身柄の確保というのは、「後で裁判になった時に被疑者の出廷が必要」なので逃げられては裁判ができなくて困るというのが第一点。それと「自由にさせておくと証拠を隠滅するかもしれない」というのが第二点。
ですから逆に言えば、「逃げも隠れもしない、証拠隠滅のおそれも無い」のであれば身柄を確保する必要はありません(一定の軽微な犯罪につき、更に例外あり)。入院しているような人間なら逮捕しないことはよくあります。この身柄の確保のための手続きが、「逮捕」であり「勾留(起訴前勾留)」です(起訴前と言っているのは起訴後というのがあるからですがここでは関係ないので説明しません)。
「逮捕」というのは、被疑者の身柄を確保する手続きの内、「短時間のもの」。具体的には、身柄を拘束し最大48時間拘束し続けることです。この制限時間が過ぎると釈放しなければなりません。
しかし、それでは困る場合には、引き続いて身柄を拘束することができます。これが「勾留」です。勾留は最大10日間身柄を拘束できます。なお、勾留は1回に限り最大10日間延長することができますから、都合20日間まで勾留できることになります(例外として25日可能な場合もあります)。

ところで勾留の申請ができるのは検察官だけです。ですから警察官が逮捕した場合には、検察官に勾留申請をしてもらうかどうか決めてもらう必要があります。そこで48時間の逮捕の制限時間内に検察官に証拠物、捜査書類と一緒に身柄を送致しなければなりません(刑事訴訟法203条1項)。これを「検察官送致、略して送検」と言います。無論、警察限りで釈放する場合は必要ありません。
検察官送致を受けると検察官は24時間以内に釈放するか勾留請求をするかしなければなりません。ですから、警察官が逮捕した場合の身柄拘束は48時間+24時間の最大72時間に及ぶ可能性があることになります。このような身体を拘束した被疑者を送検することを「身柄付送検」と言う場合があります。これはなぜかと言えば、質問にある「書類送検」と明確に区別するためです。ただ、一般には単に「送検」と言えば「身柄付送検」を意味します。

さて、では「書類送検」とはなんぞや?ということになりますが、まず前提として犯罪捜査は常に被疑者の身柄を拘束するわけではないということを知っておかなければなりません。全犯罪件数から見れば、身柄を拘束しない事件の方が多いです。身柄を拘束していない場合には、先に述べたように「(203条1項による)検察官送致」をする必要がありません。と言うか、身柄を拘束していないのでできません。たとえ逮捕した場合でも、警察限りで釈放すればやはり検察官送致の必要はありません。
しかし、それとは別に、警察は犯罪の捜査をしたら原則として必ず検察官にその捜査についての資料、証拠などを送らなければなりません(刑事訴訟法246条本文)。これを「書類送検」と呼んでいます。書類(証拠物、捜査資料、捜査報告書などなど)を検察官に送致するということです。正確には送致しているのは「事件」なのですが、実際に何を送るのかと言えば「書類」であるということです。
つまり、「(身柄付)送検」と「書類送検」は同じ送検でも別の条文に基づく別の手続きです。と言っても、(身柄付)送検をすればそのとき書類も一緒に送っているので、重ねて書類送検を行う必要はないので、(身柄付)送検は書類送検を実際には兼ねていますが(と言っても、身柄付送検をすれば書類送検をしなくていいのはあくまでも246条本文に「この法律に特別の定のある場合を除いては」と書いてあり、身柄付送検が「特別の定」だから)。

というわけで、「逮捕」と「送検」というのは次元の違う話であることがわかると思います。
まとめれば、
1.「逮捕」とは、捜査において被疑者の身柄を確保すること。
2.警察が「逮捕」した場合は、刑事訴訟法203条1項により、釈放しない限り48時間以内に被疑者の身柄を検察官に送致しなければならず、これを「(身柄付)送検」と呼ぶ。
3.「書類送検」とは、警察が捜査した事件について刑事訴訟法246条本文に基づきその証拠、捜査資料を検察官に送致すること。
4.「(身柄付)送検」は「書類送検」を兼ねている。
5.警察が「逮捕」した場合でも、釈放すれば「(身柄付)送検」はできないので、その場合は「書類送検」を行わねばならない。
ということです。

そして、「書類送検」するということは「身柄付送検」をしていないということですからつまりは「身柄を拘束していない」ということになります。身柄を拘束していない場合というのは大概は相対的に軽微な犯罪であることが多いのでその意味では、逮捕した事件(これを身柄事件と言う場合があります)に比べれば罪が軽いことが多いのは確かです。しかし、それはあくまで結果論であって、書類送検だから、逮捕したから、と言うわけではありません。既に述べたように逮捕しても身柄付送検せずに釈放すれば書類送検ということになりますし。

なお、先に述べたとおり、「捜査した事件はすべて検察官に送致する」のが原則(全件送致の原則)ですが、例外として検察官送致にしないものが幾つかあります。例えば、検察官が指定した事件について、月報でまとめて報告するだけの微罪処分ですとか、あるいは報告すらしない始末書処分などがあります。ちなみに、交通反則通告制度については、微罪処分の一種とする文献もあるにはありますが、多少なり疑問のあるところではあります。
そういうわけで、どういう場合に書類送検となるかと言えば、「刑事訴訟法246条前段に当たる場合」ということになります。もう少し具体的に言えば、「微罪処分等で済ませることのできない事件で、かつ、身柄付送検等もしなかった事件」ということになります。

ところで、前科というのが何かと言えば、これは法律用語ではないということになっているのですが、法律的に見れば「有罪の判決を受けたこと」を言うと思ってください。ですから、前科が付くためには、「裁判を経て有罪判決が出なければならない」ことになります。しかし、最初に述べたとおり「検察官送致」というのは単なる捜査手続きの一部でしかなく、この後で検察官が起訴するかどうかを決め、起訴して初めて裁判になるのですから、検察官送致だけではまだ前科は付きません。その後どうなるかはその後の話です。無論、逮捕だけでも前科は付きません。逮捕=有罪ではありません(そう勘違いしているとしか思えない報道が多いのは事実ですが、有罪判決が出ない限りは被疑者、被告人はあくまでも「無罪」です)。
ちなみに、捜査したが起訴しなかった犯罪事実について「前歴」と呼ぶことがあります。

既に適切な回答があるので蛇足かもしれませんが、刑事手続きがどうなっているのかを知ればその違いが自ずと分かるので刑事手続きの概要を必要最小限(のつもり)説明しておきます。長いですので覚悟してください。

刑事手続きの大雑把な流れは、
捜査->起訴(公訴提起)->公判->判決->刑の執行
というところ。全部話をするわけにもいきませんしその必要もないので質問に関するところ(主に捜査)だけ説明します。

犯罪が犯罪として処罰の対象になるためには、まず裁判に先立って、その犯罪の存在を捜査機...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む


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