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大切な人を病気で亡くされた知人が、
「あの人は本当に潔い死に方で、良い生き方が良い死に方に繋がるのだと本当に思った。死ぬ時にそれまでの生き様が反映されるのなら、きちんと生きていかなくては。」と言っていました。
世の中にもそういう考え方があるように思います。

そう考えることで人が「より良く」生きようと努力する(「いい死に方」をするために)のであればプラス面もあるとは思うのですが・・・。

ただ、私個人的には、理不尽な形(事故や事件や戦争など)で命が奪われることも多いこの世界、どうも違和感があるのです。

一生懸命がんばって、誰かの幸福に関与し、誠実に生きたからといって、必ずしもいい死に方をするわけではないと思うのです。
同様に、悲惨な死に方をした人が居たとして、それが相応の「悪い生き方」をしてきた故とは思えません。

基本的には人生は不平等なのだ、とどうしても思ってしまいます。
正しいことをする人が必ずしも報われるとは限らないし、悪いことをした人が必ずしも不幸になるわけではない。

たとえどんな死に方をしたとしても、その死に方より、その生き方を心に刻みたいと思うのです。

いろいろな考えを聞いてみたいのでよろしくお願い致します。

A 回答 (12件中11~12件)

すこし勘違いされているようですね。


「いい死に方」とは実際に事故で死ぬとか戦争で死ぬとかということではなく 死という物をどう捉えて生を生き抜くかということです。

悪い人も良い人も等しく平等に死にます。
あなたも私もこれを読んでいる方々もいずれ死にます。
その誰にでも訪れる死をいたずらに恐れるのでも無視するのでもなく真剣に考え見つめる。
そうするとおのずと生も見えてきます。
そういうことを言っているのだと思いますよ。

下のURL非常に参考になるコラムがあります。
私自身はこのコラムの考えに全面的に賛成ではないですが非常に判りやすく考えの糸口になると思います。

参考URL:http://www.satonao.com/column/osanichi/35.html
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
参考のコラムも読みました。
”「いい死に方」とは実際に事故で死ぬとか戦争で死ぬとかということではなく 死という物をどう捉えて生を生き抜くかということです。”
こう考えるとあまり違和感が無いような気もします。

お礼日時:2006/06/17 00:46

>基本的には人生は不平等なのだ



>たとえどんな死に方をしたとしても、その死に方より、その生き方を心に刻みたい

質問者さんのおっしゃること、何にも間違ってないですよ。逆に、どうして「死に方」にそんなにこだわるのかな?と疑問に思います。

死に方が取りざたされるのは、立派な生き方をした人が「たまたま」死に方も潔かっただけのこと。偉人や有名人であっても必ずしも格好の良い死に方なんてしてません。
自分の場合は、死期が来たら必要以上に回りに迷惑をかけずに死にたいなぁとは思いますが、そのときにならないとわかりませんよね。いくら生きているうちに善行を積んだとしても。見苦しく汚らしく死ぬかもしれない。人間なんてそんなものでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
死に方にこだわっているわけではないのですが、
「正しい人が報われる」的な考え方に違和感があって…
”「たまたま」生き方も死に方も立派だっただけのこと”
そうかもしれないですね。

お礼日時:2006/06/17 00:22

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