軍人直喩の5か条の内容が知りたいのですがどなたかご存知ありませんか?
speechに引用したいのですが正確に思い出せません。
教えてください。よろしくお願いします。

A 回答 (3件)

「どのように検索したのか」と聞かれたら、答えてやるのが世の情け、というわけで、ラブリーチャーミーな usagisan 再登場です。


(もしポケモンのアニメをご覧になったことがなければ、ここは気にせず先へ読み進めてくださいませ。)

 ご丁寧なお礼のお言葉、恐縮です。

 さて、再度のお尋ねの件ですが、もしかして、hitoshi27 さんの漢字変換の際のミスではないでしょうか。(違っていたらごめんなさい。)

 御質問のタイトルも、質問内でも、軍人「直喩」になっしまってますよね。

 漢字変換の際に第一候補になんとなくそれらしいのが出てくると、ああ、これこれ、とうっかり確定してしまうことってよくあります。hitoshi27 さんもうっかり「軍人直喩」で検索されたのではないですか?

 恐れ多くも(「気を付け」をして直立不動の姿勢!)天皇陛下がかたじけなくも軍人となる臣民にお諭(さと)し下されたお言葉ですから、「勅諭」ですよね。(個人的には、軍国主義は好きではありませんが。)

 「勅」は「教育勅語」「終戦詔勅」のように、天皇のご命令やお言葉を表す字ですし、「諭」(←ごんべん)は「教えさとす」意味、「直喩」(←くちへん)だと「雪のように白い」というように「ようだ」とか「ごとし」という言葉を使ってものをたとえる比喩表現のことになってしまいますよね。

 私はGoogleで、ただ単に「軍人勅諭」を検索しただけです。ということで、漢字変換にご注意いただいて、もう一度、検索してみて下されば、たくさんヒットすると思います。

参考URL:http://www.google.co.jp/
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この回答へのお礼

そうでしたか直喩と勅諭違いでしたか馬鹿な私かさねてありがとうございました。

お礼日時:2002/02/23 19:59

一つ 軍人は忠節を尽すを本分とすべし


一つ 軍人は礼儀を正くすべし
一つ 軍人は武勇を尚ぶべし
一つ 軍人は信義を重んずべし
一つ 軍人は質素を旨とすべし
ですネ。
この初めの項を
一つ 軍人は忠節を尽くすを半分と少し
なんて言い換えたりしていた不真面目なのもいたそうで‥
以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/23 20:00

 軍人「勅諭」ですよね。


 参考URLその他あちこちにあります。

参考URL:http://www.tanken.com/gunjincyokuyu.html
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この回答へのお礼

usagisan 大変ありがとうございました。
googleyahooその他のserch engineで調べましたが見つかりませんでした。
どのように検索したのですか?もしよろしければお教えください。
とにかくありがとうございました。AGAIN

お礼日時:2002/02/22 18:40

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Q終戦後の、旧日本軍の軍人

旧日本軍の軍人

志願して採用され、職業軍人となった人
令状で召集され、(強制的に)軍人にされた人

大きく分けて、この二種類でOKですか?

また、太平洋戦争以前からの職業軍人の人達は、ずっと軍からの給料で生計を立てていたと思いますが、終戦後の処遇はどうなったのでしょうか?

Aベストアンサー

ズサンすぎると思います。質問者ならびに他の回答者の認識が。

まず質問者が、軍人とは「志願して採用され、職業軍人となった人」「令状で召集され、(強制的に)軍人にされた人」に二分してOKかとの問いに、誰も訂正をしていない。ひどいもんです。旧日本軍の場合、一般社会から軍人になるのは「志願・徴集・召集」です。多くの人が漠然と考えている徴兵制とは「生まれてからずっと軍隊とはまったく無縁に暮らしていたら、ある日突然“アカガミ”によって“召集”されて兵隊になって戦地まで行ってしまう」とでもいうものでしょうかね。それって、ちょっと問題があります。

軍隊のことをウンヌンする場合には、たとえ戦争中の話題であっても、まず戦争のない平時の仕組みから知っておかないと大抵は結果として大きな間違いになる、と私は断言します。古今東西、どこの軍隊も基本は平時です。その基本のうえに戦時・有事という応用が問われるのです。これから長々と書いていきます。

“徴兵検査”ぐらいは聞いたことがあるでしょう。原則として前年12月1日から当年11月30日までに満20歳になる男子が、春から夏にかけての時期に身体検査(簡単な知能の検査もあるらしいが、この点は私もまだ不勉強)により甲乙丙などと判定されるわけです。その判定とさらにクジで順番が決められて、それによって“現役”、“補充兵役”などに分けられ、“現役”の者が数ヶ月後に予定どおり(強制的といえるでしょう)軍隊に入ります。これを“徴集”といいます。これが兵隊の基本中の基本なんです。“召集”じゃありません。この“徴集”はアカガミなんか一切関係ありません。明治時代に徴兵制が始まってから昭和20(1945)年に軍隊が無くなるまで、平時も戦時もこの“徴集”はありました(末期には年齢が19歳に下がり、身体検査の時期も変わることがありました)。

少し前の文で“現役”と書きました。この“現役”というのは非常に重要なキーワードです。軍隊について無知な人(つまり現代日本人の大多数、あなたも私も)が漠然とイメージする「軍人」とはこの“現役”の軍人だろうと思います。ところが“現役”でない者も結構いるんです。まず軍隊の下っ端である兵隊は何年も“現役”をやっていられません。上で書いた“徴集”で入った兵隊は何年かすれば除隊といって軍隊からシャバに出られます。そうして“予備役”になります。乱暴に今流の表現をすると「軍人OB」とでもいうようなもの。

志願で入った兵隊はふつう“現役”ですが、たとえ軍隊が好きで志願したとしても数年しか兵隊はできません。どうしても軍隊にいたいなら、“現役”下士官を志願して教育を受け採用されれば下士官になります。下士官からは「武官」で、本物の軍人はここからといって良いでしょう。

ところが日本軍の場合、下士官もいつまでも無条件で“現役”でいられるわけでもないのです。数年ごとに再志願というのをして、軍隊の予算とか本人の勤務評定などをクリアして受け入れられれば“現役”の下士官を続けていられます。下手すれば再志願が通らず「お疲れさん」で軍隊を出てシャバで仕事を探すことになります。“予備役”です。ですから「職業軍人」を考える場合に、日本軍の場合はやや不安定な立場の下士官を含めるかどうか議論の余地のあるところです。

将校の場合(軍医なども含めます)、陸軍士官学校などで学んだ“現役”将校なら、まさに
「職業軍人」です。ですが、将校においてさえ“現役”(すなわち「職業軍人」)であり続けることは今の我々が考えるほど容易ではなかっただろう、というのが私の見解です。昔の栄養・衛生事情は悪く、結核をはじめ身体を壊したりするリスクは現代よりはるかに高い、なのに軍隊が求める健康な身体は一般社会よりもレベルが上でしょう。それに将校だって勤務評定を受けます。エライ人に昇進する枠は少ないのです、のんべんだらりと低い階級のまま軍隊にいてもらっては困るのです。将校だっていつ「お疲れさん」と軍隊を出され“予備役”になるかわからない、ということです。“予備役”将校はもう「職業軍人」ではありません。

話は変わりますが“召集”というのは、有事に軍人の数を増やしたい場合やその他(教育のため等々)により“予備役”や、ときとして“補充兵役”の者を軍隊に入れる事です。本当は“現役”のほうが質が高いのだけれど、戦争などでは贅沢を言ってられませんから「臨時」に“予備役”などの人を使うのが“召集”です(あまりにも多くの人が“召集”をすでに述べた“徴集”と混同しています。それが腹立たしいので私はわざわざこんな長文を書いています)。それから既回答の中に「幹部候補生志願して、職業軍人となり・・」というのは、普通ありません。幹部候補生は”予備役”の将校・下士官コースですから「職業軍人」にはなりません(さらに教育を受け転役すれば“現役”ですが、極めて稀な事)。太平洋戦争のような大きな戦争では兵隊も多いし、下士官も増え、将校だって何千人にもなったでしょうが、実は「職業軍人」というのは思ったほど多くはないのです。このへんの事は私が執筆したWikipediaの『幹部候補生 (日本軍)』というのを読んでみてください。

ところで、軍人の定年というのは一般社会より早いものです。運良く健康でクビにならずにいても、エラい階級にならないかぎり早ければ40代から定年がやって来ます。

以上の事を総合すると、たとえ「職業軍人」といっても人生の中で第二、第三の商売をする覚悟を持っているのが普通であったでしょう。これが平時の基本の話です。それを十分に理解してから、初めて「戦争でどうだった」「終戦になってどうした」ということをウンヌンしなければおかしいということです。

最後の最後に質問に対する私の答えとして、「職業軍人」の終戦後の処遇は一般的にいって決して優遇はされなかっただろうと思います。「公職追放」というものもありました。ただ、戦争犯罪人でもなければ、投獄されたりするようなことはないので「職業軍人」ではなかった圧倒的多数の元兵隊や、予備役からの人と同じような普通の厳しい人生だったのではないでしょうか。

終戦からいくらか経ちますが自衛隊(最初は警察予備隊)ができてからは、「公職追放」が解除された元「職業軍人」の中には、適正もあったし、もともと嫌いな道ではなかったでしょうから自衛隊に入隊した人もかなりいます。初期の自衛隊のエライ人は大部分が陸軍士官学校、海軍兵学校など出身の元「職業軍人」といえます。もし本当に興味があったら、比留間弘さんという方の著作を探して読んでみると面白いですよ。もうお亡くなりになっているようですが、陸軍士官学校を出た現役将校でビルマ戦線で苦労したあと終戦になり、戦後はヤミ同然の商売から雑貨屋を始め、公職追放解除後に陸上自衛隊に入った人生を非常に楽しい文章で何冊かの著作にされています。検索すればamazonなどでもザクザク出てきますし、運が良ければ図書館にあります。

参考URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/幹部候補生_(日本軍)

ズサンすぎると思います。質問者ならびに他の回答者の認識が。

まず質問者が、軍人とは「志願して採用され、職業軍人となった人」「令状で召集され、(強制的に)軍人にされた人」に二分してOKかとの問いに、誰も訂正をしていない。ひどいもんです。旧日本軍の場合、一般社会から軍人になるのは「志願・徴集・召集」です。多くの人が漠然と考えている徴兵制とは「生まれてからずっと軍隊とはまったく無縁に暮らしていたら、ある日突然“アカガミ”によって“召集”されて兵隊になって戦地まで行ってしまう」とでも...続きを読む

Q不正確な引用の示し方は?

いつもお世話になっております。

一般的にカギカッコで引用する場合は、原文に手を加えない方が良いと考えられていますが、記憶などが曖昧で、たとえば「先月の朝日新聞に『かくかくしかじか』の事が書いてあった」ということを書きたい場合、『かくかくしかじか』の部分は自分の考えではなく、言ってみれば引用である訳ですが、正確に覚えているわけではないのでカギカッコでとじることは気が引けます。

このような場合、どのように「曖昧引用」を明示ことがベターでしょうか?あるいはベターだと思われますか?

個人的には正確な引用と曖昧だが引用的なものを区別し、それを自分の考えとは区別した上で明示したいという意識でいます。

ご教示頂ければありがたいです。

Aベストアンサー

私の場合はかぎかっこを付けずに、

先月の朝日新聞にかくかくしかじかという趣旨のことが書いてあったと記憶しているが…

というふうに、ありのままに書きます。“かくかくしかじか"の部分は、曖昧な記憶に基づいている限り、厳密に言えば、“朝日新聞にかくかくしかじかと書いてあったと私は理解し、かつ今も記憶している”ということなので、文章を読む人にそのこと(朝日新聞の文章表現そのものではないこと)が伝わるようにしたいからです。

日本史を学んでいた学生時代に「引用は正確に行い、出典を明示すること」「孫引きは不可」という教育を受けましたので、ご指摘のとおり曖昧な記憶に基づいて、かぎかっこを付けて“先月の朝日新聞に「かくかくしかじか」のことが書いてあった”と書くのは不適切だと考えます。もちろん記憶違いや趣旨の取り違えのおそれもありますので、「先月の朝日新聞」のように、図書館その他で比較的容易に閲覧することができるものの場合は、原文を確認したうえでかぎかっこを付けて正確に引用するほうが望ましいことは確かですが…。

Q昭和・明治の軍人

昭和の軍人・将軍は明治の軍人・将軍と比べてどの様な点が劣る・足らないと思いますか?
我的には昭和より明治の軍人の方が優秀であると思います。
昭和の軍人は日清・日露に勝った勢いで浮かれて第二次で負けたというイメージがあるからです。

Aベストアンサー

 司馬遼太郎「坂の上の雲」や児島襄「誤算の論理」を読むと、明治と昭和の差に愕然とし、「物量に負けた」などと言ってられないことがよくわかると思います。

 前の戦争で戦果を挙げた作戦は陳腐な作戦である、というような趣旨の発言をを秋山真之海大教官は言ってたのではないかと思います。ところが、日露の大勝に驕ったそれ以降の軍人には、「勝った戦法は正しい戦法」と思い込む空気があったことは、谷寿夫「日露戦史」なる、戦史研究家が鼻もひっかけないような文献を見ればよくわかります。ここに日本人の権威主義が大好きな弊が見て取れます。ここだけは明治も昭和も大差ないようですが。

 陸大・海大の卒業序列や海兵のハンモックナンバーを重視しすぎたこともあるでしょう。実戦で戦果を挙げた指揮官(宮崎繁三郎など)を登用しない、硬直した人事もあります。一度、「幹部候補生」になったら、無能であることが暴露してもエリートコースから外れない(牟田口廉也など)ようなことは、現在の学歴偏重人事を行っている企業でもよく見られる現象です。誰かが前に決めたことを覆すことは、日本のような先任主義が徹底した社会では、極めて困難なことと思われます。一方、明治の陸海軍はダイナミックな人事が行われており、山本権兵衛が上役のクビを次々と斬り、海兵を卒業したての秋山を海大教官にするなど、自由な空気に満ち溢れておりました。こんなことができたのは、この時期、軍の上層部には「今は画期的な時期であり、杓子定規的なことは行うべきではない」という意識があったからでしょう。単に、明治が優れていて昭和がダメの一言では片付けられない一面もあったことは指摘されないといけないと思われます。

 第二次大戦全体のターニングポイントと言われるミッドウェー海戦の敗因を、「誤算の論理」は手短にまとめております。作戦策定から挙行までの時間が足りなかったこと、それによって暗号改定が間に合わなかったこと、レーダがお粗末で索敵能力が劣ったこと、作戦に参加する要員の守秘意識が低調であったこと、ミッドウェー島攻略と敵機動部隊撃滅とのどちらを重点に置くかを怠り、雷装を爆装に転換している間に好機を逸して敵の来襲を受けたことなどの拙攻があったことです。これらの過ちの起因は「驕慢」であったからでしょう。

 一方のアメリカは、日本で「敵性語を使うな」なんてバカなことを言わずに、「汝の敵日本を知れ」という映画を制作し、ベネディクトが「菊と刀」を著すなど、「敵を知る」ことを懸命に行っております。田中義一も、ロシア駐在武官としてロシアを研究し、ロシアの士官学校の乱脈に呆れ、「敵が極東に集結する前に叩くべき」と主張しています。しかるに、昭和の軍人に、敵を研究するなんて姿勢は微塵も感じられません。

 要するに昭和の軍人は官僚化してしまって、戦う集団ではなくなっていたということに尽きるでしょう。適正な人事がなされていれば結果は違ったかも知れませんが、質問者さんのおっしゃる通り、昭和の軍人は、日清・日露戦争に勝って浮かれていたんですよ。

 司馬遼太郎「坂の上の雲」や児島襄「誤算の論理」を読むと、明治と昭和の差に愕然とし、「物量に負けた」などと言ってられないことがよくわかると思います。

 前の戦争で戦果を挙げた作戦は陳腐な作戦である、というような趣旨の発言をを秋山真之海大教官は言ってたのではないかと思います。ところが、日露の大勝に驕ったそれ以降の軍人には、「勝った戦法は正しい戦法」と思い込む空気があったことは、谷寿夫「日露戦史」なる、戦史研究家が鼻もひっかけないような文献を見ればよくわかります。ここに日本人...続きを読む

Qアプリによって、翻訳がバラバラで困っています。正確に翻訳してくれるアプリを探しています。よろしくお願

アプリによって、翻訳がバラバラで困っています。正確に翻訳してくれるアプリを探しています。よろしくお願いします

Aベストアンサー

「言葉」は、数学の数式と違って、そんなものです。

「アプリによって、翻訳がバラバラで困っています。」
「翻訳がアプリによってバラバラで困惑しています。」
「翻訳したものがアプリごとにバラバラで支障が出ています。」
「翻訳結果がアプリケーションソフトが違うとそれぞれ違うので弱っています。」

どれか一つが「正確」で、他のものが「間違い」であるわけではありません。

Q日本以外の国では軍人が尊敬される職業とは本当か

アメリカでもヨーロッパでも中流階層以上の家庭は自分の子を軍隊の兵卒などにはしないと聞きます。将軍とかお金をいっぱいもらえたり再就職時企業からとても優遇される階級の軍人が尊敬(羨ましがられる)のは日本でも同じですよね?海外でも軍人が尊敬されるなんてのは建前で、本音は尊敬してない。軍隊の大多数を占める兵の階級に属する軍人が尊敬優遇される実体がないと「軍人が」尊敬されてるとは言えない。日本でも表面上は震災で助けてくれた自衛隊さんありがとうとか言ってるわけで、海外も日本も実態は大差ない気がします。
本やブログやメルマガにある「海外では軍人は尊敬される職業」とか「日本以外の国では軍人は優遇されている」ってのは、その情報源はどこなのでしょうか?
いっぱい兵器を購入してもらった会社が権限を持つ軍人にへりくだったり、電車やバスに優先席があるとか以外で何か優遇の実例があったら教えてください。

Aベストアンサー

 軍人といっても、将校と下士官・兵士ではまったく違います。

 将校は然るべき家柄の出身で、教育水準も高く、模範的な市民となる資格を持ち紳士として遇されています。

 下士官・兵士はブルーカラーの職種で、地元の有力者に食事に招かれるとか、集会でスピーチを頼まれることはないでしょう。つまり、紳士階層ではないと考えられています。

 軍人と一括して考えるからややこしいので、将校は紳士の仲間であり、下士官・兵士はブルーカラーの職種であると割り切れば簡単です。

Q論文引用、引用文の中に参照があった場合...

こんにちは。

現在論文を書いているのですが、引用したい文に、例えば、

笑顔でいることは健康的だという考え方にも、人間は常に笑顔で得られない(鈴木 ibid.)や健康であるために必ず笑顔でいる必要はない(佐藤 ibid.)という指摘がなされている。

という風に参照(あるいは引用)があった場合、やはりカッコ内も引用するべきなのでしょうか。
その場合、参照先例えば鈴木や佐藤の著作もどこかに書くのでしょうか。
それともカッコ内は、この場合は例外的に、書かなくても良いのでしょうか。

初歩的な質問で申し訳ございませんが、お答え頂ければ幸いです。

宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

私が卒論を書いたときには、引用文の中のカッコ(引用・参照)も全て引用して書き出しました。
そして、そのカッコの中の参照先がはっきりしている場合には、巻末の参考資料のページに列記します。

例えば、Aという書籍の中で引用したい部分にBという論文が参照されていた場合、参考資料にはAの書籍情報とBの論文情報を明記します。Bの論文情報が不明な場合(あまりそんなことはありませんが)は、Aの書籍情報だけにします。


論文のフォーマットにも個人によって、あるいはカテゴリによって様々な様式がありますので、これが絶対ということはいえません。
ただ、「引用は改変せず。引用元は明確に。」というのは、どのような論文においても基本事項のはずですから、その原則に沿っていれば特に問題になることはないと思います。

質問者様がどのようなお立場にいるのかわかりませんが、学生さんなら指導されている先生に伺ってみたらいかがでしょうか。その方が的確なアドバイスがもらえると思います。

Q奴隷軍人

マムルーク=奴隷軍人みたいですが、マムルーク朝はアイユーブ朝の軍人奴隷が創建。奴隷でも、地位が高いみたいですが、どこの奴隷になっていたのでしょうか。簡単に教えてください。

Aベストアンサー

マムルーク朝の初代スルタンは、アイベクと言います。
アイベク自身の経歴は、知りませんが、彼と一緒にアイユーブ朝を倒し、後スルタンとなった、バイバルスは、アイユーブ朝のスルタン・サーリフに買い取られ、マムルークとなります。
アイベクは、バイバルスの同士とされていのすので、バイバルスと同じサーリフに買われたマムルークだったと思われます。

アイベクは、サーリフが急死するとサーリフの子をアイベクやバイバルスが倒し、アイユーブ朝が滅亡します。
さらにアイベクは、サーリフの元妻シャジャル・ドゥッルと結婚し、スルタンとなります。

イスラム世界の奴隷は、ヨーロッパの奴隷とは異なり、才能が有れば、どんどん出世します。
将軍、大臣、総督、地方領主などは、ほとんど奴隷でした。
そのため、自ら奴隷になる者も数多くいたそうです。

バイバルスも、18歳でサーリフに買われ、22歳ですでに、ルイ9世の十字軍を迎え撃つ司令官になっており、ルイ9世を捕虜にする手柄をたてています。
そして33歳の時に、ついにスルタンとなります。

Q学術論文の引用文献として、特許や企業の機関誌などは引用できるのでしょうか

博士課程1年に所属する者です。

現在、市販されている多孔質体について研究した成果を論文に投稿しようと考えております。この論文作成にあたって、背景として特許の詳細説明文および企業の出版物を引用したいと考えております。

こうした出版物は引用できるのでしょうか?
また引用できる場合、どのような書式で引用すればいいのでしょうか?

木下是雄:「理科系の作文技術」(中央公論新社 2006)p.161-167
を参考にした限りでは、上述2つの出版物の引用の仕方は載ってませんでした。何か良い手引書があれば、それも教えて頂けると嬉しいです。

Aベストアンサー

通常特許は以下のようにします。
発明者名, USPatent 6,475,464 B1 (05, November, 2002).
日付はこの場合B1で「成立特許」なので成立日です。
日本の公開特許は、英文の場合、
発明者名, Japan Patent Kokai 2006-169063 (2006.06.29).
日付は公開日です。日付を(29, June, 2006)にしても構いません、前後で統一して下さい。
企業が雑誌をだしている事もあります。
例えばアルドリッチ社のAldrichimica Acta。
引用はごく普通の雑誌同様です。
企業の定期刊行物はそのまま書いて良いのですが、カタログなどは通常引用元としては不適切です。

Q元軍人、職業軍人以外の人間が軍隊を統率する制度?

元軍人、職業軍人以外の人間が軍隊を統率する制度とは何と呼ばれる制度のことなんでしょうか?

Aベストアンサー

文民統制、シビリアン・コントロール

Qどなたかよろしくお願いいたします。

月を“忌む”風習が、古来の日本ではありましたが、その起源について、知りたいのです。
その起源は白居易の漢詩、「月明に対して往事を思うこと莫れ。君が顔色を減じ君が年を損はむ」では?
と私が目にした文献に書かれていたのですが、もしかしたら他にも月忌みが込められた詩があるのではないかと思い、どなたか詳しい人に助け舟をお願いしたく、ここに投稿させていただきました。
何分、かなり専門的分野なので、多くの回答を得られるのは難しいとは思いますが、どんな情報でも構いません。この本ではこんなこといっている、この研究者はこう言っている、このサイトは詳しいよ...など、少しでも月忌みを含んでいる情報ならば、本当に何でも構いません。
また、月をめぐる習俗と思想について(日本・中国において)、何かご存知でしたらお教え願います。
お願いします。何卒宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

ふたたびで失礼します。
#2でも紹介したサイトの別の部分で
関連の文献として紹介されていた本があったので・・・
(もしかしてcomuneさんも見つけてしまったかも知れませんが)

市村宏「万葉集と万葉びと」(明治書院)
月を忌むことの民俗学的な解釈が載っているとの情報です。

手には入りにくい本だと思いますが・・

参考URL:http://ine.cool.ne.jp/hr-01.html


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