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浄土真宗の知人が言ってたんですけど、仏教を聞かない者は地獄に堕ちるそうです。なぜなら、我々は呼吸で微生物を殺し、何かを食べては植物や動物を殺しているからだそうです。だから、悪ばかり作ってるから、地獄行きみたいです。でも、仏教を聞いて阿弥陀仏の救いを得られれば、死後に極楽浄土へ行けると約束されるらしいです。それに加え、生きている間も安心大満足だそうです。しかも、ヒットラーやフセインみたいに、極悪非道な大量殺人をしても、阿弥陀仏の救いがありさえすれば問題ないみたいです。つまり、この知人の話では、阿弥陀仏が救ってくれるから、何しようが構わないみたいなのです。正直、こんな危険な思想の持ち主は何をしでかすか分からないので、もう関わりたくないです。
そのうち、とんでもない悪事をしないことを祈るばかりです。
これが浄土真宗であるなら、とても危険な思想です。
本当の浄土真宗はこんなんじゃないという人がいましたら、是非ご意見をお聞きしたいです。
No.10
- 回答日時:
私は浄土真宗を信仰するものです。
非常に悲しくてなりません。先に答えられた方が、おっしゃっていますがそれは親鸞会という浄土真宗系の新興宗教でしょう。この方々は日蓮系新興宗教と呼ばれる方々に対抗意識があるようで、折伏に似た過激な勧誘があるようです。嘆かわしいことです。
では、疑問にお答えする前に少し浄土真宗ということについて述べさせていただきます。
仏教の基本は「廃悪修善(悪を廃し善を修する)」ということです。しかし、我々人間という動物は善だけをしようと思っていても、なかなか100%善でいることはできません。心の中などを見ると特にそうです。あれがしたいこれがしたい・あいつは嫌いだからいなくなればいいなどふと思ってしまうものです。少なくとも私という人間はそういった煩悩深き人間です。
そんな私のような者を、救いたいと思ってくださったのが阿弥陀仏という仏様です。この阿弥陀仏が若かりし頃法蔵菩薩という修行者だった時代に、「なかなか自分の力では悟る事のできない人おも救うことが出来る仏になりたい」と48項目の目標(四十八願)を立てます。その中でもっとも大切なのが十八番目の目標です。「私が仏になったあかつきには、私の創った極楽浄土に生まれたいと思うものがあれば、私の名前を呼びなさい。名前を呼んだにもかかわらず生まれないものがあれば、私は仏をやめます。」とおっしゃってくださっています。そしてそれから気の遠くなるほど長い時間修行なさいまして、その目標を達成できる力を得て阿弥陀仏という仏様にポケモンで言えば進化してくださいます。仏になることによって、我々の救いを証明してくださっています。ですから他力本願の「他力」という言葉は、他人という意味ではなく、阿弥陀仏一人に向けられる言葉です。
これが、浄土真宗の大まかな教義です。
>>この知人の話では、阿弥陀仏が救ってくれるから、何しようが構わないみたいなのです。
とのことですが、それは今述べたことの曲解ではないでしょうか。これについて親鸞聖人は『歎異抄』のなかでこのようにおっしゃっています。
「薬があるからといって毒を好んで飲むことをしてはならない」
阿弥陀仏の救いがあるからといって、悪事を好んで働くようなことはしてはいけませんということです。そうやって、悪を好んで犯す人を「本願誇り」といって親鸞聖人は否定されます。また、親鸞聖人の師匠である法然聖人も「悪を好んで犯すことは二尊(お釈迦様・阿弥陀仏)のお心から外れる」とおっしゃっています。
さきに「悪人正機」について述べておられる方がいらっしゃいましたが、ここでいう「悪人」とは自らが善でいようとしても100%善でいることはできない人間であることを自覚した人間のことを言います。
ここで重要なのは、「善でいようとしても」という部分です。これがなくてはいけないと思います。
ここからは私の意見ですが、私は仏教とは「謙虚になる方法」だと思います。お釈迦様やその他多くの高僧たちが仏教を一言でまとめるようなことをしなかったにもかかわらず、愚鈍下智の私が一言にまとめるというのはおこがましい事でありますが、そういった面もあると思います。その謙虚になる方法も二つあると思うのです。
一つは「自力」。そして、もう一つが「他力」です。
「自力」は仏教の修行を積むことで、煩悩を捨て、我(エゴ)を捨てることによって、謙虚になっていく方法です。
「他力」は自力のように修行を積もうとするのですが、なかなか本当の意味での修行ができない者のための教えです。親鸞聖人は念仏について「報恩感謝(ありがとう)のお念仏」であるとおっしゃっています。ですから、先にも述べましたが善でいようとしても100%善でいることはできない人間であることを自覚した人間がありがとうの念仏を称えるのです。
そうやって、なかなかできないと自覚した人間がありがとうを称え続けると、だんだんと煩悩を「忘れて」謙虚な気持ちになっていくのではないでしょうか。そんな人は「100%できないながらもやらせていただいている。なんとありがたいことだろう」と思い、周りから見れば「あの人はあんなに善でいようと努力しているのに、いつもありがとうばかり言っているひとだなぁ。」と見えるのではないでしょうか。
ここで「忘れる」という言葉を使ったのは、自力の修行ができる人とは違い煩悩とはなかなか捨てることはできません。けれども、ありがとうばかり言っていると、それがあることに気づかなくなってしまうことはあるでしょう。
しかし、人間という動物は忘れもしますが思い出しもします。するとまた、「自分はまた悪を犯してしまった」と反省し、ありがとうの念仏に励むことができるのではないでしょうか。それを、浄土真宗では「深心の信機(自分のおろかさを知る)信法(そんな自分を救ってくださる阿弥陀仏を信じる)」といい、この二つによって心は深まっていくのです。
そのようなわけで長々書き連ねましたが、そんな人が人に対して誇らしげに「この教えはすばらしいからあなたもやりなさい」と勧めるでしょうか?私はそうは思いません。仏教とは「自覚の宗教」と呼ばれることがあるそうです。自分自身はどうであるかと向き合うことがあっても、他人が間違っているからこうでなくてはならないということはないと思います。
なかなかまとまらない文章ではありますが、親鸞聖人の教えがそのように捻じ曲がっていくことは、非常に悲しくてなりません。浄土真宗の全てが質問者の述べたような教壇であるとは思わないでいただきたいです。
合掌 南無阿弥陀佛
No.8
- 回答日時:
>>浄土真宗の知人が言ってたんですけど、仏教を聞かない者は地獄に堕ちるそうです。
これらは「先祖供養をしないのがこの不幸の原因ですぞ」「この壺を拝受することで救われる」なんて「脅し」「恐喝」まがいを行う宗教の名をかたった詐欺商法と同じです。実際に地獄に堕ちないのなら詐欺じゃないのですけどね。
たぶん、こういう教えをされている方々にとっては、「地獄」の世界が「天国」のように見えているのだと思います。そういう意味では、彼らにとっては詐欺ではないのかもしれませんね。彼らにとっては、天国は地獄のように住みにくい世界だと感じていると思います。
(昔、丹波さんの作られた霊界映画を見て、「天国より地獄の世界のほうが酒があって、妖艶な女性がいて楽しそう・・」と思ってしまった私も同類か?)
>>なぜなら、我々は呼吸で微生物を殺し、何かを食べては植物や動物を殺しているからだそうです。だから、悪ばかり作ってるから、地獄行きみたいです。
前半は正しいのですが、後半の結論へは論理の飛躍があります。もし、食べること=悪であるなら、生きること=悪になってしまいます。人間が絶対に地獄行きになる、そんな「この世」を作ったもの(創造主)こそ地獄行きではないでしょうか?また、そういうことを言う人も同様にね。
「給食代を払っているから、食べるとき感謝する必要はない」という人もいるようですが、前半の意味で食べ物となったものたちへの感謝は必要ですね。
>>でも、仏教を聞いて阿弥陀仏の救いを得られれば、死後に極楽浄土へ行けると約束されるらしいです。
キリスト教でも似たような言い方をしますね。でも決してそんなことはありません。なぜなら原因・結果の関係を教えている「縁起の法」にもあるように、「自己責任」の原則があるからです。阿弥陀様であろうとキリスト様であろうとも、「救われたい」と思っている本人自身が誤りに気付いて反省し、悟らない限り(ここでいう悟りは、地獄世界での悟り、つまり「殺してはいけない」「盗んではいけない」「嘘ついてはいけない」など)救うことはできないからです。
もし、そのとおりなら、阿弥陀仏(あるいはキリスト様)が「地獄のもの全てを救う!」と思ったとたんに、地獄は消滅してしまいますからね。でも実際にはそうじゃありません。
もちろん、阿弥陀仏やキリスト様が「すべての人を救いたい」という願いは持っているはずでしょうけど、それでも無理。
地獄にいる本人自身が、自らの過ちに気付いて反省しない限り、救うことはできません。ですので、「私は阿弥陀仏を数十年も深く信仰していた。絶対に救われるはずだ!!」と深く他力を信じていながらも、モロモロのできごとがあって地獄(鎌倉時代以降にできたいわゆる念仏地獄など)に行っちゃった人の救済はとても難しいようです。
No.7
- 回答日時:
あなたはヒットラーやフセインを「極悪非道」と書きましたが、それは所詮は凡人の理解や判断であり、阿弥陀如来の悟りに比べれば全く問題にならない。
と浄土真宗では考えます。あなたの知人が「阿弥陀如来が救ってくれるからどんな悪事をはたらいても良い」と考えているのであれば、信心が足りないし、そのように俗世にまみれていては救いは遠いでしょう。
浄土真宗に限らず、仏教の最終目的は悟りを開くことにあるので、そこに我々が普段考えるような善悪や正義などは無関係です。
No.6
- 回答日時:
浄土宗(浄土真宗)の念仏は、鎌倉時代に日蓮聖人により、『念仏無間』といって、「念仏を唱える事こそが、地獄の原因である」と破折(はしゃく)されています。
是非、貴方より知人にこの真実を教え、その方を「地獄界」より救ってあげてください。
No.4
- 回答日時:
まあ、宗教なんてそんなもんでしょ。
ありもしないものを想定してなんだかんだ言ってるだけ。
まあ、それを憲法で保証してるってのもなんだかなあって思いますし。
だいたい地獄って何?どこにあるの?
極楽って?・・・
子供に、いい子にしないとサンタさんがプレゼントくれませんよって言ってるのと、どこが違うの?って感じです。
わたくしごとですが・・・
そういう議論(喧嘩)を坊主として、論破してしまいました。
その情けなさにあきれて、その寺の檀家を抜けました。
ご先祖様ごめんなさい・・・とも思いません。
そんな、バカ坊主に拝んでもらわなくて結構。
おれが、心の中でいつも思ってるよ。
・・・そんなもんです。
No.3
- 回答日時:
悪人正機説というのはご存じですか?
浄土真宗の教えです。
その友人はそれを拡大解釈したのでしょう。
危険思想を持っているのはその友人に限りますし、
浄土真宗の方が全員そんな危険思想の持ち主ではありませんのでご安心下さい。
また他の宗教、宗派でも危険思想になりかねないことはあります。
それを理解した方がいいでしょうし、私に言わせると無宗教の方が怖いと思いますので。
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