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どうしてでしょうか?
理由については知り合いのイラン人が「第二次世界大戦でドイツは大敗して戦死した男性がいないから、ドイツ女性の相手をする子孫繁栄の為にトルコ人がやって来た。」なんて、したり顔で語っていましたが、これってウソですよね。

ぜひお教えください。

A 回答 (3件)

第二次大戦後、日本と同様に復興期から高度成長期を迎え、労働力が不足した西ドイツが、トルコからかなりの数の移民を受け入れたことによります。



これらのトルコ人移民は、男性と女性のカップルでドイツに渡り、ドイツに渡って子供を産んでもトルコ人としてのアイデンティティを保っています。そのため、「白人至上主義」のネオナチの襲撃の対象となることもあるようです。

「理由については知り合いのイラン人が「第二次世界大戦でドイツは大敗して戦死した男性がいないから、ドイツ女性の相手をする子孫繁栄の為にトルコ人がやって来た。」なんて、したり顔で語っていましたが、これってウソですよね」
はい、ウソです。

また、トルコ人移民がドイツにやって来たのは1960年ごろからだと思われますが、その時期には第二次大戦で多数戦死・戦災死した世代(に対応する女性たち)は既に40歳くらいになっており、結婚適齢期とは言えません。トルコ人と婚姻したドイツ女性は今も昔も多くない筈です。
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ドイツは低賃金労働者を必要としました。

ではなぜその対象がトルコ人だったのかですが、ひとつの俗説ですが、”几帳面なドイツ人の元で働けるのはトルコ人くらいしかいない。”からだと思います。(私は結構本気で信じています。)トルコ人って結構辛抱強いです。
 一ついえるのは、ドイツ隣国の低賃金労働者供給国の中で、トルコ人は教育レベル、語学力が比較的高いということです。(もちろん鉄のカーテンでさえぎられた中東王国は除外しての話です。)
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ドイツとトルコの結びつきは、19世紀の終わりからで


互いに反イギリス・反フランス・反ロシアの立場から接近し、
第一次大戦では、同盟関係でもありました。
その後も、経済・文化・科学技術・食料などでの交易も盛んで
そのため、第二次大戦後にドイツ人が少子化や肉体労働・低賃金労働を
嫌うようになったために、トルコから大挙して出稼ぎ労働者が入って
きたのです。

イギリスやフランスは、それぞれの旧植民地からの出稼ぎ労働者が
多かったのと、戦争で対立していた関係で、トルコ人もこの2つの国
には入りずらかったのです。
自然と、ドイツに渡るトルコ人が多くなりました。

ちなみに、トルコ人とイラン人って互いに嫌っている部分がありますね。
理由は色々あるんでしょうが、
知り合いのイラン人も多少トルコ人をからかって言ったジョーク
なのではないでしょうか。
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