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撃墜王なる言葉がありますが
調べて見ると5機墜とすと与えられた称号らしいです、もちろん諸説ありますが
5機墜とす位は熟練パイロットなら出来るのでは?なんて思いましたが
たぶんこれはTVゲームしてる感覚で捉えての結果だと思います
全然ピンときません
生涯戦闘で5機でエースなんて呼ばれるって事は
ものすごく生還率が悪かったと予想出来るのですが・・・

撃墜王って呼ばれるにはかなり大変だったのでしょうか?
また太平洋戦争までの生還率など
素人に解りやすく教えて頂ければ幸いです
よろしくお願い致します

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A 回答 (6件)

直接的な回答ではありませんが、


アメリカ軍の集計では
・エースは総パイロットの1%に満たない
・しかし、全撃墜数に於けるエースのシェアは40%位
・トップ・エースは生存率も高い(米軍の場合、20傑中戦死者は3人だけ)
という結果が出ています(これがアレグレッサーなどの摸擬空戦を重視する訓練へと繋がっていく)。

 つまり、パイロットになると、大体は戦果を上げることなく敵に喰われる。その時点で運が良いか、技量がいいものは生きのこり、やがてエースになるか、運が良いだけでなんとか生きのこる「その他大勢」になるか、という事になるわけです。

 ただし、生存率に関して言えば、国によって条件が異なり、落とされても歩いて自陣に返ってもう一回出撃、なんて恐ろしいことが平気で起こるWW2のドイツ(3桁級がゴロゴロ。肋骨負っても再出撃した奴もいた)、ローテーション態勢がしっかりしていて、それほどスコアを伸ばせないアメリカ、洋上を長距離侵攻が多く必然的に死にやすい日本など、「その国の事情」があるので、一概には言えません。

 なお、現在ではそもそも空戦自体がほとんど発生しないので、撃墜経験のあるパイロットの方が希少です。最後のエースは1986年のイラン空軍人でした。もう20年以上前の話です。
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第二次大戦の撃墜王はベスト23まで全部ドイツ人です。


そのあとの24~46位を見ると、日本人が12人でこれに次ぐ。
しかも1位であるエーリッヒ・ハルトマンが落とした数、なんと352機!
この片寄りは何なのか。一人の人間がなぜこんなに撃墜するのか。
理由はふたつあって、まず第一に、当時のドイツ軍や日本軍では
交替がきかず、技量のある戦闘機乗りが前線に出されっぱなしだったこと。
その証拠に第一次大戦と比較すると、このときベスト4の国籍は、
ドイツ(80機)・フランス(75機)・イギリス(73機)・カナダ(72機)とまったく平均している。
ふたつめの理由は、ドイツの対戦国であるソ連の軍用機の質が劣っていたこと。
ベスト7までが東部戦線でのスコアだということがこれを裏付けています。
エースたちの生還率は調べてないのでわかりません。
先のエーリッヒ・ハルトマンは、ソ連の戦犯として重労働25年を宣告され、
10年余りの抑留生活を送りました。
「撃墜王列伝―大空のエースたちの生涯」http://www.amazon.co.jp/%E6%92%83%E5%A2%9C%E7%8E …を参考にお答えしました。
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TVゲームと実戦との違い。


・3次元でくるくるまわると遠心力で血液が体の中でかたより、目が回ってしまい、身体能力の限界になる。ジェットコースターよりはるかにひどい状況。
・後ろに付かれて射撃を受けると急降下と左右への切り替えしで遁走するが、一度それをやると心理的に逃げ腰になる。また再度の攻撃のために高度を取り直したり戦闘空域に戻るのは数百キロの速度での移動後なので難しい。
・敵機が太陽方向から下降攻撃してくると発見が困難。
・弾丸も燃料もすぐなくなるので瞬間芸である。
・相手もこちらも数百キロのスピードで動いているので相対速度は音速並みであり、照準器で真ん中に敵機があったとしても弾が届くとは限らない。
・腕がいい、と思われると、すぐ本国へ呼び戻されて飛行学校の教官に
されるので、撃墜数を伸ばせない。
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No1さんが良い回答をしておられますね。



大東亜戦争の多くの海戦で戦闘機隊長として出撃して生還し、戦後は「ノーベル工業」という警察関係の装備等を作る会社を興して91歳の天寿を全うされた志賀淑雄海軍少佐の単独撃墜数は「6機」だそうです。恐らく「戦争を生き抜いた戦闘機乗り」としては最も出撃回数が多い方ではないでしょうか。

下記で、志賀氏と懇意であった危機管理評論家・作家の佐々淳行氏が雑誌に書いた文章が引用されています。
http://blog.goo.ne.jp/cbi70410/e/7b1fb8ea01e587f …
<引用開始>
謙虚な人柄だった。ある時、「志賀さん、零戦の星として四年も最前線で戦い抜いたんですから、さぞ沢山敵機を撃墜したでしょう。撃墜記録は何機ですか?」と聞いてみた。
答えは「単独撃墜は六機でございます。あと協同撃墜はもっと多うございます。ある程度撃っておいて、まだ撃墜記録のない新参の列機に墜させるんでございます」
これには筆者は恐れ入った。ハワイ空襲、ミッドウェイの支援作戦だったアリューシャン作戦、珊瑚海海戦、南太平洋海戦等々艦上戦闘機零戦の分隊長、飛行長を四年間第一線の艦隊勤務で、最期は松山の柴電改第三四三飛行長として、勝ち誇る米高速機動部隊のパイロットたちをして「日本にまだこんなに強い戦闘機隊が残っていたのか」と驚嘆せしめた志賀淑雄少佐のことだ。撃墜五十機といおうが百機といおうが、流石「源田サーカス」の列機だった名パイロット、当然のことと世人は納得するだろうに、「六機」ときた。この人は「本物だ」と思ったものだった。
<引用終わり>

思いますに、志賀少佐は
「隊長から獲物を譲られてでも、一機でも敵機を撃墜した戦闘機乗りはその後も生き残って行く」
と考えていたのでしょう。No1さんが示唆されるようにそれは正しいのだろうと思います。

士官である志賀少佐が単機で出撃することはなく、必ず列機を従えています。部下に戦果を譲り続けた結果、膨大な出撃回数にも係わらず、志賀少佐の単独撃墜数は「僅か」6機ということになったのでしょう。
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戦闘機のパイロットの生存率はとにかく戦闘を避ける事できまります。


米軍は当初劣勢であった頃はゼロ戦とは2倍以上の数的優勢でなければ戦闘してはいけないなどの規則を作りましたが、日本軍は現敵必殺でとにかく好戦的に行動し被害の増大に拍車をかける状態でした。

生き残る事を重視する国民性と死ぬことを名誉と考える国民性の差異の影響がありました。

燃料の残量や弾薬の残量を考慮せず、戦闘を継続する姿勢では生還率は論外だったでしょう。
しかも日本軍ではなにかミスがあると戦死するように死地に派遣し早く戦死するようにし向ける傾向が強かったのです。
山本連合艦隊司令官の護衛任務を果たせなかったゼロ戦パイロットはこうして処分されました。

生き残る為には天性の才能と共に、勝てない戦闘を避ける才能が必要だったのです。  これは日本軍にはない才能でした。
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生存率、具体的な数字は覚えていないのですが、予科練に関係する資料館などで卒業者数と戦死数がでていたりします。

戦闘機だけではなく爆撃機などに乗った人も含めてですが、年度によって違いますがかなり低い数字でした。ほとんどの人が戦死、という年もあったと思います。

第二次大戦については書籍が多数出版されています。出撃数回までに少なからぬ人が撃墜されてしまったような記述もありました。その数回に生き残る技術が学べるかどうか、ということのようです。

さて、撃墜数ですが、ゲームと違って実機では弾数に制限があります。口径の大きな銃では1つあたりせいぜい150発とか・・・。打ち続けると数秒で撃ちつくしますね。これがゲームと一番の違いかもしれません。
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Q第二次世界大戦時で最も優秀な戦車は?

ドイツのタイガー戦車が強力で有名ですが、
ソ連軍のT-34という戦車がそれを打ち負かしたということを知りました。
さらにタイガー戦車より最新のパンター戦車というのもあるらしいです。
総合的に見て最優秀の戦車(一対一で勝てる)は何だったのでしょうか?

又日本は戦車の開発には関心が薄かったようですが、
それはどうしてでしょうか?
中国戦線では大活躍すると思うのですが。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

兵器の優秀さというのは、1対1で強いかとかカタログデータで決まるものではないのですね。別に兵器に限った話ではないのですけれど。
1対1で単純に強いといったらドイツのタイガー2(キングタイガー)だったと思いますが、じゃあキングタイガーは無敵で前線の兵士から歓迎されたかというと、前線の兵士の評判はあまりよろしくないのですね。なぜかというと、これはまあドイツ軍重戦車の宿命でもあるのですが故障しやすくて部品ひとつひとつがやたらと重い。つまり整備が大変だったからです。

1対1で強い戦車があれば戦争に勝つかというとそうでもないのです。例えば1940年のフランス電撃戦のとき、ドイツ軍の持つ戦車は3号戦車と4号戦車(前期型)が中心で、武器としては機関銃しか持っていない2号戦車の数もまだまだありました。
一方のフランス軍にはシャールB1という重戦車があり、イギリス軍にもマチルダ2という戦車がありました。カタログスペックだけ見たら、B1戦車もマチルダ2も3号戦車や4号戦車より優れているのです。しかも、その数はドイツ軍に比べると英仏連合軍のほうが多くの戦車を持っていたのです。
しかし、戦争にはドイツ軍が勝ちました。その勝因は、戦車を集中して運用したからです。

プロ野球でも、ものすごい4番バッターがいたら優勝するかというとそうではないですよね。チームとしての全体のバランスが重要です。サッカーもそう。軍隊(戦争)もそうなんです。
第二次大戦のときのアメリカ軍の主力戦車はM4シャーマンです。カタログスペックだけ見ると、ドイツ軍の4号戦車よりちょっと優れている程度です。だからドイツ軍のタイガーやらパンターやらには直接対決では勝てなかった。でも、アメリカ軍はそれでよかったのです。アメリカ軍にとってM4戦車は歩兵支援用です。だから、それ用のための性能を重視しました。そして、ドイツ軍の強力な戦車には、航空機などの戦車の苦手な手段で当たればいいと考えていたのです。これぞアメリカ人の超合理主義。「戦車の相手は戦車がしなきゃいけないと誰が決めたのだ」というわけです。

戦車というのはですね、基本的に消耗品なのです。いくら優れた戦車でも1両だけじゃどうしようもない。それなら平凡な性能の戦車が10両あったほうがいいのです。
これが基本的に理解できなかったのが日本軍。理解できなかったというか、受け入れられなかったというべきでしょうかね。基本的に貧乏な日本軍では、お金のかかる戦車を大量に用意して消費しながら戦うなんて贅沢な戦い方はやりたくてもできなかったのです。

日本軍悲劇の戦車チハタンこと九七式中戦車は、カタログスペックだけを見ると同時代の戦車、例えばドイツの3号戦車初期型とほぼ同等の性能を持っています。3号戦車初期型が37ミリ砲を搭載していたのに対して、チハタンは57ミリ砲を搭載していたので、カタログ上は上です。
しかしこの、「カタログ上は」ってのがネックで、実はチハタンの57ミリ砲、初速が遅くて徹甲弾の性能が低かったので対戦車砲としては使い物にならなかったのです。これは日本工業力の限界。
そしてなによりエンジンの性能が低かった。3号戦車が300馬力のエンジンを持っていたのに対してたった170馬力しかなかった。だから、改良を加えたくても性能に余裕がなかったのです。

日本軍は戦車の開発に関心がなかったわけではないです。ただ中国軍にはほとんど戦車はなかったし、アメリカ軍も第二次大戦前にはほとんど戦車を持っていませんでした。しかしソ連軍は戦車を大量に持っていたので、ソ連軍への対抗上戦車への関心は持っていました。
しかし、ソ連軍が戦車を「大量に動員する」という戦い方をしてきたノモンハン事変を目の当たりにして、「あんな戦い方は(貧乏で戦車を揃えられない日本には)とてもムリ」となったのです。
戦車は戦車単独で存在しているわけじゃなくて、修理をする整備兵や、補給をするトラックなども必要ですよね。ところが当時の日本人にはそもそも車の運転ができる人がいなかった。自動車運転は「特殊技能」扱いです。ましてやそれの整備ができる人となるともっといない。だから運用にも限界があるのです。国に車が行き渡っていて、当然自動車修理工がいっぱいいたアメリカとの違いです。

兵器の優秀さというのは、1対1で強いかとかカタログデータで決まるものではないのですね。別に兵器に限った話ではないのですけれど。
1対1で単純に強いといったらドイツのタイガー2(キングタイガー)だったと思いますが、じゃあキングタイガーは無敵で前線の兵士から歓迎されたかというと、前線の兵士の評判はあまりよろしくないのですね。なぜかというと、これはまあドイツ軍重戦車の宿命でもあるのですが故障しやすくて部品ひとつひとつがやたらと重い。つまり整備が大変だったからです。

1対1で強い戦車があ...続きを読む

Q第二次世界大戦の日本兵の死亡率

あの戦争で何人の日本兵が戦地に赴き、そのうち何パーセントぐらいが帰還したのでしょうか。ご存知の方、宜しくご教授ください。
(出典も教えて頂ければ幸いです〉

Aベストアンサー

戦死者数は130万人を超えるとされていますが(原朗「戦時統制経済の開始」『岩波講座日本歴史20』近代7)、単なる戦死というより、日本軍は飢餓とも戦っていました。これこそ無謀な戦争といえる現実でした。

NHK取材班編 太平洋戦争 日本の敗因2「ガダルカナル 学ばざる軍隊」(角川文庫)
>アメリカ軍は結局この日本軍の撤退の動きにまったく気がつかず、奇跡的な成功だったといわれる。これは『戦争叢書・南太平洋陸軍作戦2』によれば、1万0665人であった。これはガダルカナルに上陸した総人員3万1358人のおよそ三分の一であった。戦死・行方不明は合わせて2万1138人、そのうち戦闘で死亡した兵士は5000人ほどと推定され、残りの1万5000人以上が飢えと病に倒れたのであった。
 
 精神論だけで勝とうとする日本軍の指導者について以下のように記載してあります。
 >またアルビン・クックス教授は、このノモンハン事件(死傷率70%)の失敗が太平洋戦争でも繰り返されたもう一つの大きな点は、事件の指導者(辻正信、服部卓四郎)が責任も取らずに再び太平洋戦争も指揮したことにあるとしている。

インパール作戦でも半数は補給作戦もなく、飢えと病で死んでいます。NHK取材班「責任なき戦場 インパール」(角川文庫)

 
 

戦死者数は130万人を超えるとされていますが(原朗「戦時統制経済の開始」『岩波講座日本歴史20』近代7)、単なる戦死というより、日本軍は飢餓とも戦っていました。これこそ無謀な戦争といえる現実でした。

NHK取材班編 太平洋戦争 日本の敗因2「ガダルカナル 学ばざる軍隊」(角川文庫)
>アメリカ軍は結局この日本軍の撤退の動きにまったく気がつかず、奇跡的な成功だったといわれる。これは『戦争叢書・南太平洋陸軍作戦2』によれば、1万0665人であった。これはガダルカナルに上陸した総人員3...続きを読む

Q第二次大戦中に現代の自衛隊を投入したら

くだらない質問ですが、気になったので書いてみます。

第二次世界大戦末期の1945年1月1日時点に、現在の最新鋭の自衛隊(航空・海上・陸上)の全戦力を日本本土に投入したら、日本軍は勝てるのでしょうか?兵器の生産設備などは投入しないものとします。

いくら最新鋭の戦力を持っていても核と資源がないのでアメリカが多大な犠牲を出しながらも勝つだろうという見方もできるし、当時の日本はインドネシアを占領していたので資源不足を克服し日本の勝利という考え方もあると思います。

Aベストアンサー

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、護衛空母17隻を含む大艦隊を出撃させてきており、このうちの正規空母12隻、護衛空母4隻が日本近海に現れ本土空襲を行っています。これを狙います。ちなみに、この当時の米艦隊の正規空母の数は14隻ですから全部撃沈できれば、後がかなり楽になります。
F2攻撃機、約80機を中心とする対艦ミサイル攻撃で、空母を撃破します。現代の対艦ミサイルを当時の米軍艦艇がそれほど迎撃できるとは思えないので、うまくいけばかなりの空母を撃破できるのではないかと・・・
また、B29への迎撃にもF15を出撃させます。最大で4発のミサイルを別々の目標に連続発射できるF15の戦闘力に、B29の部隊は大打撃を受けるのではないかと・・・
さらに海上自衛隊の潜水艦部隊によるハワイの真珠湾攻撃を行います。ハープーン対艦ミサイルは対地攻撃にも転用可能とという事なので、ハープーンで真珠湾の燃料施設や艦艇補修設備などに攻撃を行い、打撃を加えます。
要は自衛隊の進んでいる兵器を一挙に出して大打撃を加えるとともに、米軍にショックを与えます。
これでうまくいけば、アメリカは空母艦隊とB29の部隊とハワイの後方施設に大打撃を受け、直ぐには大きな作戦をできなくなるのではないかと思います。

その後は、まずシーレーンの確保です。九州から中国沿岸、そして台湾海峡を通ってシンガポールへの海上交通路の守備に海上自衛隊のP3C対潜哨戒機の部隊や、一部航空自衛隊の戦闘機部隊を派遣します。輸送船団には海上自衛隊の護衛艦隊も付けます。航空部隊の根拠地の設営は大変でしょうが、部隊が稼動すれば米潜水艦隊の脅威へ大きな力になると思います。日本の輸送船の撃沈された半数は、米潜水艦隊の通商破壊戦によるものだそうですが、当時の旧式な潜水艦なら現代の対潜哨戒機と護衛艦でかなりの確率で防ぎ、逆に戦果をあげられるのではないかと思います。
日本本土の防空は航空自衛隊の戦闘機とPAC3ミサイル部隊と、陸上自衛隊の高射特科団(改良ホーク地対空ミサイル部隊)が守ります。
攻撃には海上自衛隊の16隻の潜水艦部隊を使います。潜水艦隊で通商破壊戦を行います。第二次大戦末期のドイツで建造されたUボート21型は連合軍の対戦哨戒部隊にも察知されにくかったそうです。それよりさらに技術の発展している現代の潜水艦なら数は少なくとも大きな戦果を期待できると思います。
未だフィリピンの日本軍の抵抗は続いており、米陸軍20万人が投入されている時点で、米空母艦隊が大打撃を受け、さらに通商破壊戦を仕掛けられたら・・・米軍は楽勝とはいかなくなるでしょう。

米軍としてはこうした進んだ技術の兵器対策に苦慮する筈です。簡単には有効な対抗策は出てこないのではないかと思います。まずは打撃を受けた艦隊の再編と、戦略爆撃部隊の戦術の見直し、フィリピンへの海上補給路の守備を固め、真珠湾の設備の再建をしなければなりません。
建造中のエセックス級空母の建造を急いでも、半年以内に戦闘に参加させる事ができるのは5隻です。
大西洋から部隊を回す必要も出てくるかもしれません。

一方、自衛隊を除く日本の連合艦隊の状態はよくありません。
戦闘可能な空母は小型の鳳翔1隻ですし、戦艦は2隻、巡洋艦も数隻、駆逐艦も二十数隻というありさまです。
南方から資源が入ってきたら、まずは艦隊の増強が急務でしょう。まずは空母で建造途中の伊吹、天城や損傷状態の龍鳳、準鷹、葛城を戦闘可能な状態にしなければなりません。
他にも損傷を受けている戦闘艦艇があるので、大至急修理が必要です。
また、輸送艦の建造も急務です。1945年1月から終戦時までに約180隻の輸送船が建造されています。
しかし、同じ期間に実に700隻が沈められているのです。
まあ、自衛隊の参戦で、その数は減るでしょうが、しかし、1944年だけでも約970隻の輸送船が撃沈されています。
日本の造船所はとにかくフル稼働しなくてはならないでしょう。
また、航空機パイロットの育成や、戦闘機などの生産も必要でしょう。
時間は幾らあっても足りないくらいです。

こうした中で、日本の潜水艦隊がどれだけアメリカに打撃を加えられるかが重要だと思います。
そしてフィリピンの米軍を孤立させ、ハワイを孤立させる事ができれば、新たな展望が開けるかもしれません。
時間が立てば、連合艦隊の戦力もある程度は回復してきます。そうなれば、新たな作戦を立てる事も可能となるでしょう。

なお、そのうち満州にソ連軍が侵攻してくるでしょうが、これについては航空自衛隊の支援を受け、東満山地で持久戦を行えば、かなりの機間、持ち堪える事ができるのではないかと思います。

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、...続きを読む

Q旧日本軍はどうして潜水艦を強化しなかったのでしょうか?

第二次世界大戦もののDVDを観て思ったのですが、
潜水艦の役割は重要です。
攻撃にしろ、防御にしろ威力絶大と感じました。
とくに太平洋に飛び飛びにある島の防衛などは、潜水艦を配備していれば強化できたと思います。
日本の潜水艦のことはあまり聞きませんが、
海軍は、どうして潜水艦の開発に力を注がなかったのでしょうか?
海を制したかったら潜水艦が不可欠ではないでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

日本海軍は、甲標的艦を完成。実戦に投入しました。
2人乗りの水中高速型の潜水艦の開発に成功していたのです。

この事実に米軍は驚愕しました。

時の水上機母艦は、甲標的艦母艦として即座に改装可能なように設計、建造されていました。

潜水艦に対し相当力を注ぎ込んでいたようです。

日本軍では潜水艦とは、
隠密行動を取り、単独で侵入し、敵艦船を攻撃する為の兵器でした。(特攻に近い思想)

艦隊戦では、艦隊の前で哨戒に当たらせ、
平時は、敵の基地付近の哨戒任務に付かせました。

一方、米軍の潜水艦は日本軍のそれよりはるかに劣ります。
酸素魚雷の開発もまだでした。

米軍は、
潜水艦を3隻一組とする狼狽戦法で弱い輸送船団を襲う事に専念します。
彼らは、日本軍の海防艦が、殆ど使い物にならない木造船である事を知っていました。

日本軍は
駆逐艦を重雷装する事により重巡洋艦と匹敵する戦力としようとします。
重巡洋艦は、重雷装させ、戦艦と互角で戦える事を目標としました。

その結果、被弾に対しては極めて脆く火災、誘爆が多かったのです。

米軍は、無理な雷装や、無理な作戦より、
より効果的な運用方法を目指しました。

追い詰められ、
潜水艦に戦艦が沈められるようになると、
日本海軍も、もう終わりだな。
こう言う空気が流れます。

潜水艦に対する防御、発見方法、攻撃方法などが確定していないと言う、根本的な問題でした。

>とくに太平洋に飛び飛びにある島の防衛などは、潜水艦を配備していれば強化できたと思います。

潜水艦は、常に最前線に投入され、後方は無視されました。

>日本の潜水艦のことはあまり聞きませんが、
海軍は、どうして潜水艦の開発に力を注がなかったのでしょうか?
海を制したかったら潜水艦が不可欠ではないでしょうか?

上層部は、敵艦隊を攻撃する事しか頭にありませんでした。後方、補給よりも、最前線でした。
援護の無い、単独攻撃は、犠牲も大きかったようです。

日本海軍は、甲標的艦を完成。実戦に投入しました。
2人乗りの水中高速型の潜水艦の開発に成功していたのです。

この事実に米軍は驚愕しました。

時の水上機母艦は、甲標的艦母艦として即座に改装可能なように設計、建造されていました。

潜水艦に対し相当力を注ぎ込んでいたようです。

日本軍では潜水艦とは、
隠密行動を取り、単独で侵入し、敵艦船を攻撃する為の兵器でした。(特攻に近い思想)

艦隊戦では、艦隊の前で哨戒に当たらせ、
平時は、敵の基地付近の哨戒任務に付かせました。

...続きを読む

Q第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由は?

先日、池上彰さんのテレビ番組で「第2次世界大戦のソ連の戦死者は2000万人を超えている」「その恐怖からスターリンは、隣国を共産国にした」ということを知りました。

日本の太平洋戦争での戦死者は300万人くらいと聞いてますが、日本の戦死者と単純に比較できるのかどうかわからないのですが、日本の7倍の戦死者の数には、とても驚きました。

第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由をお教えいただけましたら助かります。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭であり戦略予備といえるシベリアの部隊はありましたが、ノモンハンのときに日本の帝国陸軍と正面衝突を初めてして大損害をうけた経験から、軽々しく欧州戦線に移動させるつもりに、ソ連軍指導部はなれなかったのです。
そのノモンハンのソ連軍総司令官が、スターリン直々に任じられたジューコフでした。

ジューコフは、

1 ソ連軍は弱い

2 だから勝つためには、敵より多くの兵器と兵士を前線に惜しみなく投入し、その重みで押しつぶすしかない

3 だから、兵士も戦車も大砲も、とにかく数をあつめる

ということを、理解していたので、必要なだけの兵力を敵がつぶれるまで投入しました。当然ながら自分より強い相手を数でつぶすのですから、犠牲はふえます。
さらに、この考えをスターリンも支持したので、党、治安組織、軍事思考、動員体制、といったソ連という国家の戦争体制そのものが、勝てるまで人命も装備も前線に突っ込むように構築され、上から下まで人命軽視というより、人命より目的達成、のドクトリンが徹底しました。目的達成が勝利なら、なおよし、です。

そのような体制のもとで運用されたソ連軍の基本的ドクトリンは、

最低でも幅50kmの線に分厚く、最低でも敵の3倍、普通なら5倍、理想は7倍の二陣の部隊を結集させ、

まず砲撃と航空攻撃だけで相手の6割に損害をあたえ、

そして第一陣が弱った敵に突っ込みその第一陣が自分の損害を省みず敵をなぐるだけなぐったら、

味方第一陣の残骸を乗り越えて無傷の第二陣が第一陣と戦ってボロボロになった敵を蹂躙する、というものでした。

装備は更新されたし、戦車・武器も疎開した工場と米英のレンドリースでそろえてはいるが、兵士の教育が低い軍隊にむずかしいことはあまりできません。字の読めない兵士が珍しくないどころか、ロシア語がわからない兵士も珍しくありません。
なので、時には下級将校は選挙で選び出され、そのような将校には反抗するものを軍法会議抜きで「処分」する権利はあたえられました。戦争をしている国家と党に異を唱える者はいらない世界です。
また、女性が前線で銃をとったり、戦車兵をやったり、戦闘機・爆撃機パイロットをしたりしたのも、ソ連軍だけでした。

この残酷な単純化となりふりかまわなさが、精鋭のドイツ軍相手に血を流しつつも、ソ連軍を勝たせたのです。

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭...続きを読む

Q四式戦闘機、五式戦闘機、紫電改どれが最強だと思いますか?

四式戦闘機(疾風)、五式戦闘機、紫電改どれが最強だと思いますか?私は急降下速度と20ミリ機銃胴体装備の点で五式だと思うのですが・・・

Aベストアンサー

私の持っている本に、No.3の答えの記載とおなじで、「戦後の米軍の調査で日本の陸海軍戦闘機中で四式戦(疾風)が最優秀と評価された」と書かれています。
五式戦、紫電改の生産機数がそれぞれ約400機に対し、四式戦は約3300機と多く、実戦を経て改良が良くなされている為と思われます。
性能的にはたいした差はないでしょう。

Q第二次世界大戦で日本は絶対勝てなかったのでしょうか

第二次世界大戦で日本は絶対勝てなかったのでしょうか
もし日本がミッドウェーで勝利しアメリカ空母艦隊が崩壊したうちに
ハワイ・パナマを占領しアメリカ西海岸を爆撃、細菌兵器をアメリカ本土にばら撒き、
結果アメリカ国民の世論を反戦に動かし、日本が有利な形で講和できなかったのでしょうか。

Aベストアンサー

当時の帝国海軍及び陸軍の致命的な欠点の一つとしてあげられるのが「補給の軽視」です。
そもそも海軍の対米戦略は「艦隊決戦による早期講和」でそのために艦隊の整備を行って来ました。

長大な航続距離と偵察機を装備した「イ号潜水艦」はその典型で「艦隊決戦を行う前に敵艦隊の戦力をすり減らすため」といった通商破壊を主とするWW2での各国の潜水艦戦略とは大きく異なった運用法からも見てわかるとおり、「潜水艦はあくまで補助戦力」といった考え方から抜け出せず、米軍の魚雷の劣悪な性能も相まって「輸送・補給船団が潜水艦に攻撃されたとしても大した損害はないだろう」、「護衛は旧式駆逐艦でもつけとけばいいだろう」と考えた結果もともと少ない輸送船及び護衛艦は大損害を出し、次第に作戦遂行に影響を与え始めます。

昭和18年11月になってようやく「海上護衛総司令部」を設置し12月には護衛空母4隻を編入するなど、それなりの体裁を整えますが、主力となるはずの駆逐艦は「峯風型」や「神風型」といった旧式艦ばかりでした。

帝国海軍の駆逐艦は対潜戦闘よりも上記の艦隊決戦構想のため対艦戦闘と主眼とした装備で対潜性能が低く、狩るはずの潜水艦に逆に沈められるケースも多く、もっとも米潜水艦による駆逐艦の損害が多かった昭和19年だけでも30隻の駆逐艦が撃沈されています。

長々と書いてまいりましたが、
(1)日本海軍は開戦初頭に占領したウェーク島の補給が限界地点だといわれており、ウェークよりもさらに遠いハワイやパナマを占領し維持し続けるための輸送能力及び護衛戦力があるのか?

(2)ガトー級だけでも200隻あまりを計画し大戦中にほとんどを整備した米国の造船能力・潜水艦戦力に対抗できるのか?

(3)北方(ソ連)を重視し、泥沼の中国戦線を抱え、南方に戦力を割かなければならない状況を苦々しく思っていた陸軍からハワイ・パナマを占領し維持するために必要な戦力を抽出することが可能か?

等々、ハワイ・パナマを占領し維持するだけでも「日本軍には不可能」と言わざるを得ません。


西海岸の爆撃ともなると防弾性能の貧弱な日本軍機が、管制された雲霞のような米軍迎撃機群、対空砲火網を突破し、爆撃し、帰還出来る機体が何パーセントあるのか、など考えるだけでも恐ろしい損害を出すことが予想されます。

細菌兵器の使用に関しては昭和19年から実行された米本土爆撃作戦(ふ号作戦)で計画されたものの作戦内容を知った天皇陛下によって細菌兵器の使用が禁止されたことがあるため、今回のケースでも実行されることはないと思います。

長文失礼しました。

当時の帝国海軍及び陸軍の致命的な欠点の一つとしてあげられるのが「補給の軽視」です。
そもそも海軍の対米戦略は「艦隊決戦による早期講和」でそのために艦隊の整備を行って来ました。

長大な航続距離と偵察機を装備した「イ号潜水艦」はその典型で「艦隊決戦を行う前に敵艦隊の戦力をすり減らすため」といった通商破壊を主とするWW2での各国の潜水艦戦略とは大きく異なった運用法からも見てわかるとおり、「潜水艦はあくまで補助戦力」といった考え方から抜け出せず、米軍の魚雷の劣悪な性能も相まって「輸送...続きを読む

QB29の迎撃に活躍した戦闘機

B29の迎撃に活躍して
最も多くのB29を撃墜破した戦闘機は何でしょうか?
月光ですか?
屠龍ですか?
それとも雷電でしょうか?
またどのような性能がB29の迎撃に適していたかも
教えて下さい

Aベストアンサー

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
 B29が本土に飛来するようになると、日本機の中では高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍するようになります。小林照彦戦隊長率いる244戦隊は部品の補給、整備も行き届いていたため他隊に比べ稼働率も高く、また攻撃精神旺盛なためB29の迎撃に活躍しました。震天制空隊による体当たりをはじめ、通常の攻撃でもB29を撃墜しています。小林戦隊長自らB29に体当たりで撃墜し、生還するなど244戦隊は敗戦までに撃墜84機(うちB29 73機)撃破94機(同92機)と言う戦果を上げました。
 
 水冷エンジンについては工業力が追いついていないのを無理して使ったというのが一般的ですが、ただ単に今までの日本機のほとんどが空冷エンジンであったため整備員が不慣れであったと言う話も聞きます。同じく水冷エンジンの彗星を装備した芙蓉部隊は整備員の努力により高い稼働率を維持していました。
 
 B29の迎撃に必要な性能は高高度での飛行性能、速度、高い上昇力、加速性、火力など格闘戦性能より一撃離脱に適した機体が良かったと思います。

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
 B29が本土に飛来するようになると、日本機の中では高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍するよう...続きを読む

Qゼロ戦とムスタング51が空中戦したら性能的にムスタングの圧勝になります

ゼロ戦とムスタング51が空中戦したら性能的にムスタングの圧勝になりますか?それともパイロットの技量や飛行機の位置取りにより違ってきますか?何かデザインを見るとムスタングはプロペラ機の集大成みたいに思えるのですが、どうでしょう??

Aベストアンサー

このように、現代ではありえない空中戦を推測するというのは楽しいですね。
私は元戦闘機設計技師の弟子で、ただの戦闘機マニア、格闘技マニアです。

まず、当時の記録では、機体の性能以前に、ゼロ戦のパイロットの技量、ガソリンの質、敵機の情報、戦闘機の数量というすべての面で日本軍側が圧倒的に劣っていたので、結果的にムスタングの圧勝だったので、その印象が強いようですが、
さて、それらが完全に同条件になった場合はどうでしょう?

空中戦の場合必要な要素というのはたくさんありますが主に「戦闘機の性能」「パイロットの技量」で考えると、
性能面では、設計がより新しいムスタングが、速度、上昇力、武装、防御力で多くの面で勝っていますが、
ゼロ戦の場合は、「旋回性」という非常に重要な要素が勝っています。

では、意外と検証が難しいのは「パイロットの技量」です。
単純に「双方同程度の熟練者」と言ってしまえば簡単なのですが、
熟練したパイロットというのは、
●自機の性能を限界まで使いこなせる、
●敵戦闘機のことを熟知している、
●敵パイロットの癖を熟知している、または最初のわずかな戦闘で、敵パイロットの癖を見極める能力が高い。
●戦闘の長時間の緊張に耐えられる精神力
●周辺の情報を察知する認知能力
などかなり多くの要素が必要となります。

同じ戦闘機とはいえ、そもそも機体の設計思想が全然違うので、格闘技でいえば剣道とフェンシングのような異種格闘技みたいなものですから
重視すべきは、敵戦闘機の性能の熟知度と敵パイロットの癖の熟知度が意外と大きく影響すると思います。

例えば、人間の格闘技では以下のようなことがよくあります。
AさんはBさんより強い、BさんはCさんより強い、CさんはAさんより強い。
じゃあ誰が一番強いの?ってなりますよね。
これは相手との愛称の良し悪しと「特定の敵をどれくらい知っているか」によるからなのです。

以上のことから総合的に推測しますと、「理想的熟練パイロット同士の1対1の戦闘」の場合、
主に有利な攻撃ポジションを得やすいムスタングが攻撃するのをゼロ戦はその旋回性を生かして守勢にまわりつつ反撃するチャンスを伺って攻撃するというパターンになりそうです。
結果、なかなか勝負は決まらないまま長時間の戦闘になり、最終的にはより強い緊張感を強いられるゼロ戦パイロットの集中力低下から敵に攻撃チャンスを与えてしまうという結果になりやすいのではないしょうか?

おそらく10回勝負すれば、6:4かせいぜい7:3位でやはりムスタングの勝率が高いかなという気がしますが、
ムスタングの圧勝ってことは絶対にないと思います。

ちなみに、趣味のコンバットフライトシュミレーターではゼロ戦のほうがムスタングに圧勝しました。
一応実機の性能を設定したプログラムをされているはずなので、あまりでたらめではないとは思いますが、
私の技量を考慮してもレシプロ機の格闘戦において旋回性がいかに重要であるかを実感させられました。

添付画像は1995年にムスタングとゼロ戦が同時離陸したときのものです。
ゼロ戦の軽さを感じました。
あ、私はゼロ戦はあまり好きではないので決してゼロ膳贔屓な意見ではありません。

このように、現代ではありえない空中戦を推測するというのは楽しいですね。
私は元戦闘機設計技師の弟子で、ただの戦闘機マニア、格闘技マニアです。

まず、当時の記録では、機体の性能以前に、ゼロ戦のパイロットの技量、ガソリンの質、敵機の情報、戦闘機の数量というすべての面で日本軍側が圧倒的に劣っていたので、結果的にムスタングの圧勝だったので、その印象が強いようですが、
さて、それらが完全に同条件になった場合はどうでしょう?

空中戦の場合必要な要素というのはたくさんありますが主に「戦闘...続きを読む

Q急降下爆撃は何故敵艦に対して縦に侵入しないの?

太平洋戦争での敵艦に対する急降下爆撃機は見てると敵艦の腹に対して向かっています。
でもそれだと、雷撃ならいいけど、爆撃ではちょっと間違うと爆弾が敵艦を素どうりしてしまいます。(飛び越してしまう)

それよりも敵艦に対して縦に侵入したほうが、船は縦に長い長いから外れにくいと思います。

どうして縦に侵入しないのですか?

Aベストアンサー

艦船の甲板は厚い鋼鉄でで守られて、少々の攻撃ではダメージを与えられません。
勿論、甲板上であっても艦載物に被害を与え、操舵室等に命中すれば航行不能には出来るでしょう。
それに対して、側面は大変薄く小さな破壊を受けただけで沈没などの大きなダメージがあります。

さらに、正面からの攻撃は上下は的として大きくなりますが、その代わり少しでも横にずれるとダメージを与えるどころか斜めに滑ってしまいます。
その点側面からの攻撃は、上下の正確さえ有れば左右はかなりずれても確実に大きなダメージを与えることが出来ます。

戦闘機の操縦的にも、左右の調節は機体を傾けるなど難しくなりますが、上下の調節は操縦桿の前後操作だけで瞬間的に調節でき、目標を捉える確立も高くなります。

戦闘機を攻撃する船側にしても、船の構造上縦揺れは少なく横揺れが大きくなります。
当然船の前方から来る敵機には照準を併せやすく、横から来る戦闘機は揺れの関係で狙いにくくなるでしょう。


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