在宅ワークのリアルをベテランとビギナーにインタビュー>>

紫電は航続距離の短い局地型戦闘機で、零戦は航続距離の長い艦上戦闘機じゃないですか。この二つってどう違うんですか?発動機や装備が違うんですか?

gooドクター

A 回答 (6件)

紫電は水上戦闘機「強風」を陸上機化した機体で1942年末に試作機が完成しています。

発動機は誉二一型で、20ミリと7.7ミリの機銃が二つずつと60キログラム爆弾4個もしくは250キログラム爆弾2個を搭載しています。
零戦との違いですが、これは零戦と紫電の違いなのか、局地戦闘機と艦上戦闘機の違いなのかはわかりませんが、後者で行くと元々海軍には戦闘機は艦上戦闘機のみでした。しかし、艦上戦闘機は狭い空母の甲板で離着艦をするため、それが性能向上のネックとなっていました。中国戦線で国府軍の高速戦闘機に手を焼いた海軍は性能に制限がつかない陸上専用の戦闘機を開発することにしました。それが局地戦闘機です。局地戦闘機は基地上空の防衛が任務なので航続距離が短めとなっています。
対して、艦上戦闘機は広い洋上で敵空母部隊を発見して攻撃するため、ある程度の航続距離が必要となりますが、零戦の場合は陸上攻撃機の護衛という任務もあるため人一倍航続距離が求められたのです。両者に発動機や装備に差異はないと思います。
あと、零戦と紫電の違いは簡単にいうと、零戦は戦争を通しての主力戦闘機で、紫電は零戦にかわる主力戦闘機とされた雷電の実戦配備が遅れていたので問題があるにもかかわらず採用された機体です。その後、改良されて紫電改となってアメリカの戦闘機と互角に戦えるまでになりましたが、すぐに終戦となってしまったので零戦の後継の主力戦闘機にはなれませんでした。
    • good
    • 3

その昔「紫電」は「大型ゼロ戦」と呼ばれたそうです


高高度からの本土爆撃が激しくなって
ターボ付のエンジンで無いと
B29が飛ぶ高度での自由が効かなかったそうで
そこで考えられたのが局地戦闘機としての
「紫電や紫電改」だそうです
しかし出来たのがあまりにも遅きに過ぎて
製造が追いつかなかったり
燃料の枯渇などで活躍の場がなかったそうです
今は85歳ほどになっておられる元予科練生の
かってのゼロファイーターから直接聞いた話ですが
戦後日本軍の使用していたガソリンと
米軍が使ってたガソリンを比較するために
米軍の燃料でゼロ戦を飛ばしたところ
ゼロ戦の諸元表よりもずっと良い飛行結果が出たそうです
無理な戦争をしていたのですね。
    • good
    • 4

紫電(改)と零戦のちがいではなく、局地戦闘機と艦上戦闘機、陸上戦闘機の違いについて述べます。



局地戦闘機は、基本的に拠点の防衛を任務とします。
そのため、航続距離よりも、上昇力・速度・重武装が要求されます。
これは、敵機が来襲したときに、急速に上昇し、すばやく撃墜する事が求められるからです。
そのため、犠牲になるのが、航続距離、旋回性能などです。
沢山の燃料を積む事は、それだけ機体が重くなり、上昇性能が低下します。
格闘戦よりも一撃離脱を行うため、高速での安定性を求めると、必然的に旋回性能がおとってしまいます。

艦上戦闘機の場合、最も重要視されるのが、低速での安定性になります。
これは、空母で運用される事が艦上戦闘機の前提ですから、離発着の時に、陸上基地よりはるかに条件の悪い空母での運用を考えますと、当然の事になります。また、風向きなどに機体が影響されるため、旋回性能も要求され、さらに海上を飛行する関係で、長い航続距離も必要になります。
そのため、必然的に局地戦闘機や陸上戦闘機に比べ、高速性能や上昇力が劣る事になります。
低速での安定性が求められるため、高速戦闘機のスピットファイアを空母仕様としたシーファイアは、離着艦時の事故で、たいてい半数は使えなかったそうですし、P-51などは、陸上基地であってもオーバーランが多発して、空母搭載など夢物語でした。

陸上戦闘機は、空母運用という事を前提にしない戦闘機ですから、高速戦闘機、長距離戦闘機、重武装戦闘機など、その特性を生かせる戦闘機が作れました。
    • good
    • 5

零戦は軽戦闘機であり、(対戦闘機用)


重戦闘機ではありません。(対爆撃機用)

その両方をこなす機体を作成するのは当時の日本の技術力では不可能であったのです。

二式重戦闘機もぱっとせず、4式戦の開発と共に姿を消します。

陸軍3式戦程度であればその両方をこなせますが、当時の日本の技術力では液冷エンジンの性能を完全に引き出す整備能力が不足していました。

時代は2000馬力級、加給器付きで高高度まで短時間で要撃可能。
戦闘機戦をもこなす機体を必要としていました。

海軍では、
川西は紫電の開発を要請。
主脚程度で済むのですぐに認可が下りました。

しかし、他の回答者の指摘通り
中胴翼は視界が悪く成功とは言い難い物でした。

川西は、主翼以外の設計見直しを要請しますが認可されませんでした。
烈風の開発の見込みが立たないので急遽認可が降り、発動機の開発成功もあり、成功した機体となったようです。

しかし、空戦フラップは水銀が酸化してすぐに動かなくなるなど不満も多くありました。
    • good
    • 3

>この二つってどう違うんですか?


どう違うのかを探すより、どこが同じか?を探すほうが早い。
どこが同じか?というと、両方とも旧日本海軍が装備していた単発戦闘機というくらいです。
それ以外はすべて違うと思ってもいいです。
    • good
    • 1

まず、メーカーが違う。

紫電は川西、零戦は三菱。
次が発動機、紫電は1900HPだけど、零戦は1000HP級。
後の艦上戦闘機の烈風が2000HP級であったことを考えると、17年~18年にはこのクラスの発動機が必要であったことは確かである。
紫電は#1さん言われるように、水上戦闘機のフロートを取り外して、陸上戦闘機に改造したけど、中翼(正面から見て胴体の中央に翼がついてる)だったため、脚がながくなりよく折れた。そこで改造して低翼機にしたのが、紫電改(改造と言うより、新しく作ったという方が近い)
小回りの効く川西(主に水上機メーカー、有名なのは2式大艇)だったのでできたという評もある。
どうして紫電がこれほどもてはやされたか。この機には、空戦フラップという機構がついていて、巴戦などで相手より小回りがきき、かつ大馬力エンジンによる高速も可能であったことです。
源田サーカスで有名な源田司令が率いた343空は有名ですが、この部隊に主に配備されました。
    • good
    • 5

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

gooドクター

人気Q&Aランキング