痔になりやすい生活習慣とは?

私は今小説を書いています。

文章中に一行空けて書く場合があるのですが、
私は、時間の経過があった場合や
(朝から、夜。次の日など)
場所の転換
(内から外、またその逆)
の場合に行を空けています。

ただそうすると
読みやすくてわかり易いとは思うのですが、
少し余白の多いようにも見えます。

他の方の小説を読んでも
ほとんど行空けをしない方もいらっしゃれば、
行空けをよく利用している方もいます。

そこで質問なのですが
小説の行空けはどういう時に使うのがいいのでしょうか?
またあまり使いすぎるのはよくないのでしょうか?

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A 回答 (4件)

質問者様の仰る、場面転換ごとの行空けというのは、妥当な気がします。


いわゆる「大段落」ごとに行を空けて、段落の区切りを明示しているわけですよね。
読者に親切な書き方だと思いますが。
ただ、その場面転換があまりにも目まぐるしい場合、全体として「余白が多い」という印象になってしまうかもしれません。
そうでなく、場面ごとの書き込みがしっかりしていて、1大段落の長さも適当なのであれば、良いと思います。

パッと見た目に「空白」が非常に多いと、散文というよりは、詩のような印象を受けることがあるかもしれません。
書き手によっては、1文ごとに改行して行頭を下げ、1文=1形式段落のように扱う人もいるようです。
このような書き方では、縦書きにした場合、原稿の下部がスカスカに空いてしまい、内容の希薄な印象は免れないと思います。

ですが、最近のエンタテインメント一辺倒の文芸シーンの傾向から言うと、このような「下半分真っ白」みたいな行の埋め方は、読みやすい、取っ付きやすい、ラクに読める、サラサラ読んで結構ページが進む、などの理由から、むしろ好まれる場合が多いように感じます。
今時は、ギッチリと字の埋まったテキストははやらず、スカスカでもパッと見た感じに紙面が明るい印象を与える、空白の多いテキストのほうが主流なのかな、と思いますので、行空けの多用もあながち悪いことだとはいえないのではないでしょうか(私個人はあまり好きではないですが^^;)。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>最近のエンタテインメント一辺倒の文芸シーンの傾向から言うと……
その通りかもしれませんね。
時代の流れでしょうか?
確かに昔読んでいた小説は空白が少なく
最近のは、空白が多い印象があります

お礼日時:2008/03/11 00:21

「時間の経過があった場合や


(朝から、夜。次の日など)
場所の転換
(内から外、またその逆)
の場合に行を空けています。」

これが正しいかはまったくのケースバイケースです。
「謎のハガキがまた届いた。
 翌日も届いた。
 次の日は来なかった。
 しかし次は10枚来た!」
この場合日が変わっているからと言って空行を入れたら
緊迫感が失われます。
小説の完成品としてどのような印象を狙うかで変わります。
したがって一本の小説内で統一すると決めるのは
かならずしも正しくありません。
淡々としたシーンと緊迫した描写がひとつの作品の中に
ある場合も多いからです。
見易さわかりやすさが優先されるとは限らないし
見づらいことを効果的な演出とする場合も
あります。

この回答への補足

ありがとうございます。

つい小説内での統一を図ろうとしていました。
本の内容・流れも考えて
余白をいれたいと思います。

補足日時:2008/03/11 00:22
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こういうのは書き手の好みでしかありません。


あるいは、書き手のスタイルです。

余白が多いのは、最近の読者にとってはその方が読みやすいからでしょう。欧米の読者は段落が長いものを好むようで、翻訳はみな長いです。今の日本の作家でも長い段落を書く人はいますが、それはその作家のスタイルです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

やはり最近は余白が多い方が好まれているようですね。

翻訳は確かに長いですね。
正直少し読みづらいぐらいに

お礼日時:2008/03/11 00:22

1番の者です。


すみません、追加です。

一般出版物において、「下半分真っ白」の1文改行のスタイルが好まれているのは、世知辛い話、原稿料の関係かもしれませんね。
詰めて書けば原稿用紙換算で400字詰め1枚に収まるものを、1文ごとに改行すれば原稿用紙3枚は余裕で埋まるわけですから、原稿料は3倍。
これは使わない手はない、ということかな、と・・・
辛辣な見方でしょうか。
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Q400字詰め原稿用紙換算とページ設定について

小説の公募に応募しようと考えているのですが、400字詰め原稿用紙換算というのがよくわからないでいます。
今までは、単純に書いた文字数(余白は含まない)を400で割っていたのですが、どうもそうではないらしい・・・?ということに気づき、今頃になって慌てています。

400字詰め原稿用紙換算というのは、ワードだと、行数・文字数を「20、20」に設定して、そのとき何ページにわたって書かれているか、という枚数を言うのでしょうか?
そうなると、余白分も文字数としてカウントされている、という状態になるかと思うのですが、その考え方であってますか?
それとももっとややこしい計算をして換算するのでしょうか?

また、応募原稿を郵送するときは、読みやすい設定に直して印刷してしまってもよいものでしょうか?
「20、20」の設定だと読みにくい表示になってしまうのですが・・・。

それと、ワードのページ設定を開くと、「文字数と行数の指定」というところに、「行数と文字数を指定する」「原稿用紙の設定にする」があると思うんですが、どちらを選択した方がよいのでしょうか?
やはり原稿用紙の設定にした方がいいのかとも思うのですが、この二つの違いがよくわからないため不安です。

いろいろと質問してしまいましたが、教えていただけるとありがたく思います。

小説の公募に応募しようと考えているのですが、400字詰め原稿用紙換算というのがよくわからないでいます。
今までは、単純に書いた文字数(余白は含まない)を400で割っていたのですが、どうもそうではないらしい・・・?ということに気づき、今頃になって慌てています。

400字詰め原稿用紙換算というのは、ワードだと、行数・文字数を「20、20」に設定して、そのとき何ページにわたって書かれているか、という枚数を言うのでしょうか?
そうなると、余白分も文字数としてカウントされている、という状態にな...続きを読む

Aベストアンサー

400字詰め原稿用紙換算というのは例えば「400字詰め原稿用紙10枚程度」として説明しますが、単純に400×10=4000文字と考えればいいようですが、実際に原稿用紙に書き込まれる分にはそれ以上も以下もありません。

が、これだけワープロなどが普及した現代では「換算」としないと書き込める条件に個人差=不平等が生じかねないのです。

実際に以下のことを実験としてやってみて下さい。
どこでも文字が沢山あるサイトからでも多量の文字をカット→貼り付けでワープロ画面に取り込んでください。
それを文字数、行数とも20文字×20行とした場合のページ数がちょうど10ページ最終行で終わる文章であったとして、今度はその文字列を40文字×10行に切り替えてみてください。同じく最終行で終わりましたか?

両者とも一枚400文字の用紙に書かれたものでありながら、結果は違ってくるはずです。何が起きたのかと言いますと、「。」句読点のあとは改行する小説等の文章スタイルの場合、その句読点のあとに残る空きマスの数が原稿スタイルによって違ってくるからなのです。

つまり文字数、行数の設定によっては沢山の文字数を書き込めもすれば、逆に少なくしか書き込めない場合もあり得るのです。
先の説明は4000文字程度のわずかな文字数での実験ですが、これが原稿用紙何十枚、何百枚という量でとなりますと設定次第では原稿用紙10数枚の違いとなって出てもおかしくはないでしょう。
極端な話が、1文字×400行を10枚なんて文章を書けば句読点であろうが1文字以上の空白行は一切発生せず、目一杯4000文字の文章を書き上げることが出来るわけです。
ワープロですと小さな文字で見栄え良くかける分、1行の文字数も多く設定できますよね?となると句読点以降の空きマスも多くなりがちとなります。

そこで公募、コンテストなど一定の条件の下で競い合っていただく場合、その辺の不平等感をなくすために、どんな設定で書こうとも総量として「400字詰め原稿用紙換算で何枚程度」とするのだと思います。

ましていずれプロの執筆家となられた際には、お仕事の出版社からは具体的に一冊の書籍や雑誌の中の「○ページ分」が今回の依頼、なんて場面も多々あるのだと思います。
ある程度の求められる文字総量を意識した執筆も求められるのではありませんか?

400字詰め原稿用紙換算というのは例えば「400字詰め原稿用紙10枚程度」として説明しますが、単純に400×10=4000文字と考えればいいようですが、実際に原稿用紙に書き込まれる分にはそれ以上も以下もありません。

が、これだけワープロなどが普及した現代では「換算」としないと書き込める条件に個人差=不平等が生じかねないのです。

実際に以下のことを実験としてやってみて下さい。
どこでも文字が沢山あるサイトからでも多量の文字をカット→貼り付けでワープロ画面に取り込んでください。
それを文字...続きを読む

Q小説原稿の冒頭に……

小説を応募したいのですが、
学校の作文みたいに本文原稿の一行目にタイトル・名前をつけるべきか、
別に表紙を作ってタイトル・名前を書くべきか、どちらのほうが一般的ですか?
(それについての記述は応募要項にはありませんでしたので)

また、そういうのがわかりやすく書かれている本があれば
教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

本文にタイトル・ペンネームがいりますし、表紙にもタイトル・ペンネームがいります。
表紙をつけるから、本文原稿にタイトル・ペンネームがいらないというものではありません。
#1さんの書かれているのは、小説を書き上げてからの作業ということになります。

小説の書き方
http://www.osaka-c.ed.jp/matsubara/KADAI/28KI/Kadair14.htm
作家でごはん!執筆の基礎
http://sakka.org/lesson/
小説の書き方講座
http://www.feel-stylia.com/rc/creative/

上記サイトを見ていただくと判るように、本文原稿を書くにもルールがあります。
1行あけて、2行目に上から3マスあけてタイトルを書き、次の行に下1~3マスあくように名前(ここはペンネームで良い)を入れ、数行(だいたい3行くらい)あけて1マス下げて本文を書き始める。
というのが、小説を書き始める1枚目の正しい原稿用紙の使い方になります。
書き上がったら、表紙とあらすじを書き、表紙には、タイトルと本名とペンネームに出版社の応募要項に書くように指示されているもの(略歴など)を書かなくてはなりません。
そして、表紙・あらすじ・本文原稿を綴じて応募となります。
上記サイトで、大体のことが判るかと思いますが、サイト上に参考文献なども紹介されていますので、それを入手して読むのも良いかもしれません。

蛇足として、女の子向けライトノベル雑誌のコバルトにて、昔、原稿用紙での小説の書き方講座の特集があった時は、
1行あけて2行目を上から5マス目からタイトル。1行あけて、4行目に下1マスあくように名前を入れ、3行あけて8行目に上1マスあけて本文を書き出す。
という解説をしていたことがありましたが、ちょっとイレギュラーな感じなので、あくまでも参考に。

本文にタイトル・ペンネームがいりますし、表紙にもタイトル・ペンネームがいります。
表紙をつけるから、本文原稿にタイトル・ペンネームがいらないというものではありません。
#1さんの書かれているのは、小説を書き上げてからの作業ということになります。

小説の書き方
http://www.osaka-c.ed.jp/matsubara/KADAI/28KI/Kadair14.htm
作家でごはん!執筆の基礎
http://sakka.org/lesson/
小説の書き方講座
http://www.feel-stylia.com/rc/creative/

上記サイトを見ていただくと判るように、本文...続きを読む

Q字下げしますか?

小説で一番最初が鍵カッコで始まる場合は字下げじますか?それとも鍵カッコの場合は一番最初でも字下げしないんでしょうか?

Aベストアンサー

とりあえず現状では、カギ括弧に関しては字下げしない、というのが一般的なようです。今の小説をみわたして、字下げしているものはないですよね。

かなり昔の文学作品をみていると、しているものもまれにみかけますが。
でもしていないものもあるようです。

そう考えるとする必要はない、というのが一般的な認識じゃないでしょうか?
私もしませんし。

ちなみに#4の方がいわれている 。」の話ですが。
こちらはきちんと文法で決まりがあって、」はそれ自体が文章を閉じる意味を持っているので、。はつけないというのが決まりです。ですので普通はつけません。

しかし小説の場合、ある程度は文法もある程度は裁量に任させるところもあるので、たまに

「あ。」

といったような短い台詞で、敢えて。をつけているものなどもみかけますね。恐らく間を表現してるのだと思います。

Q純文学の定義って何ですか?

小説を大衆小説とか純文学とかってカテゴライズしますよね。
大衆小説=エンターテイメントと捕らえると、小説の娯楽としての性質上すっきり理解できるのですが、純文学というのが何なのか良くわかりません。
江戸時代の娯楽としての歌舞伎が現代では古典芸能になったように、明治時代の大衆小説としての文芸が現代の純文学になった。
つまり、明治大正昭和的雰囲気の小説のことを指すと考えていいのかなとも思ったのですが、なにか分類の定義か指針があれば、教えてください。

Aベストアンサー

大衆文学ってのは近代の枠の中でやってるもの。
純文学ってのは常に形式を壊していくもの。

とすれば一応の定義はできるかも。
この場合の近代というのは脱構築と対応する意味での近代ということで。

でも純文学の定義って難しいんじゃないすかね。
第一に純文学って誰にでも書けるものというわけじゃないから、そうした客観的なものさしをつくれないし。

あ、あと念のため言っておくと、芥川賞は純文学を担保するものじゃないですよ。
芥川賞がそういうベクトルに機能したのは戦後のごく一時期だけです。
だって最近の、石原が審査員をやるような芥川賞なんて
獲りたいやついるか?って感じだろうし。
ほとんど意義を失ってるみたいです。

Q教会における懺悔室について

教会にある懺悔室について詳しく知ってらっしゃるもしくは詳細がわかるHPや小説の抜粋等ありましたら教えてください。
必ず知りたいのは<懺悔室にも閉館時間はあるのか><どんな内容でも絶対に神父は意見を言わないのか>です。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

懺悔という制度は、キリスト教でも、たぶんカトリック特有のものだと思います。(ちなみに私は、元カトリック教徒) プロテスタント教会の信徒さんに聞いたら、そんなものはないと言ってましたから。
カトリック教会では「懺悔」とは言わず、「告解(こっかい)」と言ってましたが、今は「ゆるしの秘蹟」と言ってます。

ヨーロッパ諸国を初め、外国のことはよく分かりませんが、私が所属していた日本のカトリック教会では、復活祭(イースター)の前と、降誕祭(クリスマス)の少し前に、教会では「黙想会」というものがあって、そのときは、聖堂で神父の話を聞いて、その後、皆、私語を慎んで黙って祈り、自分の生活や信仰を顧みたりして、さらにその後、神父のいる部屋にひとりずつ入って行って、自分の犯した罪を告白していました。

ただ、これは教会側で設定された告解の日であって、普段の日でも、どうしても告白したい罪等があれば、個人的に申し出れば、神父さんには応じてもらえると思います。

昔は、月に2、3回は告解したものなのに、今は皆、告解をあまりしなくなって、たるんでいる・・・と嘆き怒っていたお婆さんの信者さんをよく見かけましたよ。


大きな規模の教会には懺悔室というようなものが、ちゃんと普段から設置されていますが、小さい教会にはそんなものはありません。私の所属教会でもそうでした。

ただ、教会の中には事務室や、会議に使える小さい部屋や、食堂なんかがありますから、告解をするときは、神父さんがそれらの部屋に入って待っておられて、信者はそこの前に並んでひとりずつ入って行きます。
入ると、神父と信者が顔を合わせないように、一枚もののついたてのようなものが立っていて、その真ん中へんに小さな小窓のようなものがありましたが、細かい網が貼ってあって、お互いの顔は見えなくなっていました。
演劇の舞台なんかで使われているドアだけのセットみたいなものを想像してもらったらいいと思います。
そのついたてをはさんで、罪を告白していました。

ただ、先ほども書きましたが、比較的大きな規模の教会には告解するための部屋がもともとあって、そこに入ると、教会によって造りは少し異なると思いますが、パチンコ屋の景品交換所とか、昔のラブホテルのキーを渡すフロントみたいに、壁で仕切られていて、その壁に小さい窓のようなものはあるけれど、お互いの顔が見えなくなっていて、壁を挟んで話します。

ただ、いくらついたてがあっても、いつも逢っている神父さんと信者さんなら、信者さんの声とか話し方でその人が誰か分かる場合がありますでしょう。そうすると、たとえば、とんでもない大きな罪を告白しちゃったわはいいけれど、次の週からその神父に逢いづらいとかいうことになり兼ねないので、先に書いたような教会が設定している年2回の告解のときは、そこの教会の神父さんはよその教会へ行き、そこの教会には、また別の教会の神父さんが来たりします。そうすると、神父も信者も知らない同士だから、声を聞いても、神父さんが「ああ、あの人だな」なんて
分からないでしょう。


告解する部屋に閉館時間はあるのかということですが、基本的に、やっぱり夜9時とか10時になると、教会の門自体が閉められて、神父さんも就寝しちゃうので、普通だと
ずっと開いているわけではないと思います。
ただ、もう、どうしても今夜中に告白したいのです!と電話入れて懇願でもすれば、その切羽詰まり具合によっては夜中でも応じてくれることもあるのかもしれません。
しかし、基本ややっぱり教会の門を閉めた時点で、告解の部屋も閉まるということになりますでしょう。

あと、神父は告白されたことを絶対に、ほかに漏らしてはいけないというのは、厳守されていると思います。
神父は個人的な意見も特には言わないです。ただ、罪の告白を聞いて「では悔い改めの祈りをしましょう」というようなことを言われて、一緒に祈祷文を唱え、「同じ罪をおかさないようにしましょう」と言われるくらいです。
と言うか、告解の台本みたいなものがちゃんとあって、信者はここでこう言って、それに対して神父はこういうように言うというのが、すでに定型であるんですよ。ただ、その告白する罪のところが各々個人で違うだけで、あとは台詞が決まっているので、その通り言って終わりです。

神父は「告解」のときに、あれこれ意見は言わないですが、たとえば「私は殺人を犯しました」とか「強盗を働きました」とか言う、明らかに法的にも犯罪のことを告白されたら、警察に通報したりしてはいけないことになっていますが、その本人に「自首しなさい」と説得するそうです。これは、現役神父に聞きました。


日本はキリスト教の人口自体がものすごく低いので、映画でも適当なものが思い浮かびませんが、フランスやイタリアなどのカトリック信仰国では、映画にも告解しているシーンがよく出てきます。
たとえば、大ヒットしたイタリア映画「ニュー・シネマ・パラダイス」や、リュック・ベッソンが監督して、ミラ・ジョヴォビッチが主演した「ジャンヌ・ダルク」なんて映画には、告解のシーンが出てきますから、一度、ご覧になってください。あと、サスペンス映画の巨匠、ヒッチコックの映画の中に「私は告白する」という映画がありますが、これは、先ほどの話ではありませんが、信者に「殺人を犯したことを告白されてしまって、苦悩する神父の話
です。
いずれもレンタルビデオ店に行けば、ビデオがありますから見てみてください。

長文になりましたが、参考になりましたでしょうか。まだ、分からないことがあれば聞いてください。

懺悔という制度は、キリスト教でも、たぶんカトリック特有のものだと思います。(ちなみに私は、元カトリック教徒) プロテスタント教会の信徒さんに聞いたら、そんなものはないと言ってましたから。
カトリック教会では「懺悔」とは言わず、「告解(こっかい)」と言ってましたが、今は「ゆるしの秘蹟」と言ってます。

ヨーロッパ諸国を初め、外国のことはよく分かりませんが、私が所属していた日本のカトリック教会では、復活祭(イースター)の前と、降誕祭(クリスマス)の少し前に、教会では「黙想会」...続きを読む

Q400字詰め換算枚数とは?

文学賞などに小説を応募する際の質問です。
多くの賞の応募規定に「ワープロ原稿は400字詰め原稿換算枚数を明記」とあるのですが、この正確な意味とは何でしょうか?

質問集を検索してみたところ、http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1722848.html
が最も私の質問の答えに近かったのですが、ここでも最終的に意見が分かれています。
つまり
(1)ワープロで20×20字の書式で書いたときの枚数(この場合、改行したときの空白スペースも原稿量に含まれます)
それとも
(2)ワードの機能の「文字カウント」などを使って算出した総文字数を400で割ったもの(例えば90,000文字なら225枚)なのか。
どちらが正しいのでしょうか。
文学賞によって違うのでしょうか。

他のサイトを見てみると(2)の方法は「タブー」との回答もありましたが、正確なところがわかりません。(ちなみに私はこれまでずっと(2)の方法をとってきました)
どうか教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

既に回答が出ていますが。
(1)の方法で計算するのが正しいと思います。

その理由としては、応募規定に、
「ワープロ原稿は400字詰め原稿換算枚数を明記」
とあることからも分かると思います。
わざわざ、「原稿用紙に書いた場合の枚数に換算して、その枚数を書け」と言っているわけですから。
先の回答にもありますが、単なる文字の羅列ではなく、空白も含めての作品ですから、原稿用紙の枚数に換算せよということになるのだと思います。

(2)の方式、つまり何文字書いたかを問題にするのであれば、「文字カウントによって算出された総文字数を明記せよ」という規定になっているはずです。

Q小説を書くときのワードの設定

小説を書こうと思っています。ゆくゆくは新人賞などに応募しようと考えています。

そこで小説を書くにあたりマイクロソフトのワードの設定をどうしなければならないか、またどのようにすると書きやすいか教えてください。

解説サイトのリンクを張っていただけてもありがたいです。できるだけまとまっている者がいいです。

Aベストアンサー

特に字数行数の指定がなければ、たとえば40字×30行のページ設定で書くと1ページが1200字になります。これを400字詰め原稿用紙3枚と計算します。換算枚数はこれでOKです。
計算で出した枚数は、実際に20×20で書いたときの枚数よりやや少なくなります。もし規定枚数ぎりぎりまで書く必要があったら、ページ設定をいったん20×20に変更してみると正確な枚数がわかります。(「元に戻す」ボタンで戻ります)

あとは個人の好みもありますが、ワードの縦書き表示で1行を40字に設定すると、パソコンによっては1ページ全体が画面におさまらずはみ出してしまう場合があります。これが使いにくいようだったら、お使いのパソコンの画面サイズに合わせて自分で見やすい字数に設定して書くといいでしょう。
ページ設定はあとからいくらでも変えられます。書くときは横書きにして、印刷時に縦にするという手もあります。

Qかぎ括弧 のあとの句読点

小説などでは、台詞のかぎ括弧の最後には「。」をつけないのが一般的だと思います。
では、地の文でかぎ括弧を使う場合、台詞以外の場所で、強調の意味で
かぎ括弧を使う場合は、句読点はどうするべきでしょうか。

A・俺は確信した。花子は間違いなく、霊感を『持っている』。(かぎ括弧の後につける)

B・俺は確信した。花子は間違いなく、霊感を『持っている。』(かぎ括弧の中につける)

C・俺は確信した。花子は間違いなく、霊感を『持っている』(何もつけない)

どれが正しいでしょうか。回答をお待ちしております。

Aベストアンサー

カギカッコと「。」の関係。

 一般的なルールは、Aです。
 ただし、Aが「正しい」わけでも、BやCが「間違い」というわけでもありません。一般的な文章の場合も、厳密なルールはありませんし、小説の場合はなおさらです。
 詳しくは下記をご参照ください。
 1)2)3)が関係箇所です
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11103685081

以下は一部の抜粋(重言)。
================引用開始
1)段落全体がカギカッコなどで始まりカギカッコなどで終わる場合は句点をつけない
例 「きょうは予報がはずれてひどい雨降りでした。あしたは晴れるでしょう」
※一般の新聞や雑誌はこうなっている。しかし、教科書の類いはこういう場合も句点をつけている。その影響と思われるが、マンガのセリフの場合も、小学館は句読点をつけていることが多い。他社は句点も読点もつけていない。ほかに句読点をつける流儀にしている出版社があれば教えてください。

2)段落の途中に句点があり、その直後にカギカッコなどが続いて段落末がカギカッコなどになった場合は句点をつけない
例 天気予報は、何度も同じことを繰り返していた。「あしたは晴れるでしょう」

3)段落の最後の文がカギカッコなどで終わる場合でも、その直前に主語があり、文末のカギカッコなどのあとの述語(「と語った」など)が省略されているときは句点をつける
例 気象予報士は苦笑しながら「あしたは晴れるでしょう」。
この数日の予報がはずれつづけているだけに、さすがに自信のなさそうな口ぶりだった。================引用終了

かなり前に書いた下記も参考になるかと思います。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7413058.html

カギカッコと「。」の関係。

 一般的なルールは、Aです。
 ただし、Aが「正しい」わけでも、BやCが「間違い」というわけでもありません。一般的な文章の場合も、厳密なルールはありませんし、小説の場合はなおさらです。
 詳しくは下記をご参照ください。
 1)2)3)が関係箇所です
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11103685081

以下は一部の抜粋(重言)。
================引用開始
1)段落全体がカギカッコなどで始まりカギカッコなどで終わる場合は句点をつけな...続きを読む


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