痔になりやすい生活習慣とは?

いつも狙われて被害に遭っているのは弱い老人や子供や女性などおとなしい無抵抗の人ばかりですね。
どうせ人殺すならヤンキーとかチンピラヤクザとか暴走族とかロクデナシの不良学生とかそういう類のクズ的人間を殺せばいいのにナゼ弱い人ばかり被害に遭うのでしょうか。

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A 回答 (8件)

> いつも狙われて被害に遭っているのは弱い老人や子供や女性などおとなしい無抵抗の人ばかりですね。



それはそうでしょう。
なにしろ、狙われて被害にあっているから弱くて無抵抗だと判定されているのですから。

実際問題として、激しく抵抗したとしても、被害にあったり殺されたりした場合、抵抗した→抵抗むなしく云々、という形になり、弱いことにされますし、弱いどころかものすごく強い人はそもそも襲われても被害にあいません。なので、結果的に、無抵抗で弱い人が被害にあっているという構図は成り立ちますが、実際どうだかはケースバイケースとしかいいようがありません。

戦争でも何でもそうですが、弱いほうが負けるのではなく、負けたほうが弱いと「認定される」のです。


> ヤンキーとかチンピラヤクザとか暴走族とかロクデナシの不良学生とかそういう類のクズ的人間を殺せばいいのに

こういった人たちを十把一からげにくず人間というのはちょっと偏見が過ぎるかな、と思いますが、多分、「ヤンキーとかチンピラヤクザとか暴走族とかロクデナシの不良学生とかそういう類のクズ的人間」であっても、狙われて殺害されでもしたら、善良だったり、学生なら成績優秀だったり、義侠心に富んでいたりすることになるでしょう。

そういった意味で、クズ的人間は絶対に被害にあわないのです(なにしろ、被害にあった瞬間からクズ的人間ではなくなるのですから)。


時々不思議に思うのですが、日本では、殺された被害者はなぜ善良で温厚な人だと、なぜ無条件に信じられているのでしょうか。

一般の人はみんな善良で温厚な人ばかりというわけでもなさそうですし、善良で温厚な人だけを選んで被害を与えるような何かの組織があるようにも思えません。それなのに、なぜ、善良で温厚な人ばかりが被害にあうと、信じるのでしょうか?

もちろん、善良で温厚な人ばかりではないことはみんなわかっていて、でも死んだ人のことを悪く言わないという文化があるからだ、という解釈は、当然成り立つと思いますが、時折、善良で温厚な人たちばかりが被害にあっていると心のそこから信じているらしい人を見かけるので、非常に不可思議でならないのです。
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 先日の無差別殺傷事件では現役警察官まで被害者となっていますが。

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>いつも狙われて被害に遭っているのは弱い老人や子供や女性などおとなしい無抵抗の人ばかりですね。



そうとも限りませんよ。無抵抗というよりは、突然襲われたら若い男性だって刺されます。気づいたらもう指されていた、という感じです。普段街中で襲われようなんて思っていませんから、その対策や準備などしていませんので、頑強な人でも不意打ちされたら刺されます。先日の通り魔も殺されたのは若い男性ですし。

殺人願望の人なんて精神的におかしい人も多いので「選んで」いないことも多いでしょう。ヤクザなんてそうそう歩いていないでしょうし。多少「分別」がある人なら女子供ではなくあえて男を狙うケースも多いでしょう。

殺人願望魔という概念がよくわかりませんが、あくまで殺人願望魔=通り魔とした場合の話です。
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勝負師じゃないから。


No2さんと同感です。
戦いから逃げ出した人間は、同じ戦えない弱者しか目に入らない。
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ヤクザはわかるけど、ヤンキーとか暴走族とかロクデナシの不良学生はひどくない?俺も嫌いだけどね。



弱いものには強く、強いものには弱いのが基本ですが、
弱い人ほどその傾向が強いらしいです。
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通り魔事件では裁判で被告側の弁護人が、犯人が精神的に病んでいることを常套文句にして減刑を訴えることが御馴染みになりましたが、そんなニュースを聞くたびに非常な違和感を覚えていました。



 だいたい殺人という極悪な犯罪を犯す人間のほとんどが精神的に平常なわけがないはずであって、裁判で精神状態の云々を引き合いに出すこと自体が非常識だと考えます。

 それを考えれば、あなたが言われるようにほとんど弱いものばかりを標的にすることが多い通り魔犯罪は精神的に病んでいるというより、逆に冷静な判断力を持って事に及んでいるとしか考えられません。

 ともあれ彼らが社会的弱者ばかりを狙うもっとも大きな要因は、やはり殺人願望という第一番の欲望を満たしたいからでしょうね。やり返されそうな相手を選べば、逆に自分が怪我をしますからね。彼らのほとんどは人を殺すことはなんとも思わないのに、自分はたとえ指先でも切るようなことがあれば大騒ぎをするような意気地なしの、しかも卑劣な人間ですから。

 警察にしてもこのような通り魔事件の現場では、警察官の銃の使用制限を大幅に緩和して欲しい思うばかりです。つい先ほどのニュースでは、当時駅周辺を警戒していた8人の警察官は、無線機どころか銃さえも所持していなかったと言っていました。もう何をいわんかです(-_-;)

 もし今後も今回のような通り魔が頻繁に出没するようなことがあれば、個人的には国会議事堂か官庁街に出没して欲しいと願うばかりですが、削除されると困りますので、あくまでもブラックジョークということでお許しください(笑)
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 この連中がしたいのは、「殺すこと」であって「戦うこと」ではないからです。



 一方的な殺戮がしたいんですよ。
 毛沢東やスターリンのような。
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反撃されないからです。


無抵抗な人というよりは、抵抗出来ない人を狙っていると思います。
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Qなぜ通り魔は弱者ばかりを狙うのか?

最近、頻繁に起こっている、痛ましい通り魔(無差別殺人)事件ですが、逮捕された容疑者は口を揃えたように「世の中が嫌になった」「誰でもよかった」「死刑になってもいい」などと供述しています。

だったら、なぜ罪もなければ敵対もしていない通行人ばかりをわざわざ狙うのでしょうか?
死ぬ気があって、誰でも殺せる勇気があるのなら、犯罪を生業としている組織の事務所や、テロリストの拠点などを捜して思い切り暴れようという発想もあってもいいのではないでしょうか?
(殺人の容認ではありません、例えば、の話です)

なぜ、自分より弱いであろう一般人を傷つけようと決め、そして実行してしまうのでしょうか?

理屈が極端で、危険であることは承知で書かせていただきました。
ただ、そういった通り魔の心理というものをどう解釈してよいのか、ご存知の方がいらっしゃいましたら教えてくださると幸いです。

Aベストアンサー

ときどき危険な状態になる者からです。今は薬投与のおかげで落ち着いています。
まず「誰でもいい」という点について。
本当は誰でも彼でも同じに見えるというのが本音です、一人一人違う尊い命という見方ができません。「若い女」「オタク」「おやじ」みんな十把一絡げにしてしまいます。たとえば「若い女」といってもいろいろです。でも通り魔はそういう見方ができにくいのです。
やくざや喧嘩の強い人はもとから視界に入れていません。弱い者なら自分が痛い思いせずに殺せると考えるのです。

「世の中がいやになった」系
世の中とはいいますが基本自分の目にはいる苦難だけのことをいいます。他の人が苦労して勝ち取った栄光を理解できずやっかみばかりが強い、こんな感じです。
自分をいじめる(狭い)世間=世の中。もちろん自分をいじめるものとは自分に不都合な現実のことで具体的に誰かにいびられることではないかと。

「死刑になってもいい」
これは後先考えていない状態の時に言える台詞です。小学校を襲った故宅間死刑囚は特別変わっていると言えます。
いざ死ぬ段階になったら見苦しく暴れることでしょう。

私は犯罪を犯さないために薬だけではなく「自分を守ってくれる人」を思い出す。「世の中そんなに悪くない」とぶつぶつ呪文のごとくとなえる。等の方法で押さえています。

でもときどき真っ白になります。そのとき私は通り魔になるかもしれません、正直怖いです。
少しでも参考になれば幸いです。

ときどき危険な状態になる者からです。今は薬投与のおかげで落ち着いています。
まず「誰でもいい」という点について。
本当は誰でも彼でも同じに見えるというのが本音です、一人一人違う尊い命という見方ができません。「若い女」「オタク」「おやじ」みんな十把一絡げにしてしまいます。たとえば「若い女」といってもいろいろです。でも通り魔はそういう見方ができにくいのです。
やくざや喧嘩の強い人はもとから視界に入れていません。弱い者なら自分が痛い思いせずに殺せると考えるのです。

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