抽象表現主義の絵画が抽象的に「表現」しているものとはなんですか?
教えてください。

A 回答 (6件)

1950~60年頃、いわゆる『熱い抽象」と言われた絵画の潮流のことで、何かの具体的な、「もの」のイメージではなく、音楽たとえばジャズの即興演奏などのように、『色』『筆触』だとか『空間』の広がりだとか、いわゆるアクションペインティングなどの方法、によって、飛び散った絵の具や、オートマチックなアクションの軌跡などが、みる人にある種の表現主義的な『感情』や「新しい空間の体験」を感じさせるものです。

フランスのアンフォルメル、やオランダあたりの「コブラ」あるいは、アクションペインティングのジャクソンポロックなどをその範疇に入れると思うが、『抽象表現主義」というのは評論家の作った言葉なので、規定することは難しい、特にポロックなどは、単純な感情の爆発,開放ではない深い人間の本質に向かう、「内省」のようなものがあります。そして多くの「抽象表現主義」の作家は、いわゆる感覚的な『叙情』の世界に陥って活動をおえています。
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この回答へのお礼

分かりやすくてまとまった解説ありがとうございます。
yomodaさんが指摘してくださった「内省」『叙情』といったキーワードがとても興味深く、それについてもう少し詳しく伺いたい気持ちもありますが、この場では、なかなか難しいと思うので、自分でも調べてみたいと思います。
また何かありましたら別の形で質問させていただくかもしれないので、その時はまたよろしくお願いします。

お礼日時:2001/02/15 22:57

抽象画とは、表現方法として具象ではなく、抽象を採択した絵画のことです。


「何を表現しているか」ではなく「如何に表現しているか」です。

具象画だって、静物を描いているからといって、実際果物とか瓶などだけを機械的に表現しているだけじゃないですよね?
具象画だからとか抽象画だからという違いが表現内容の違いを表しているわけではないのです。

抽象画の始まった20世紀前半は、いかなる新しく、表現内容に忠実な表現方法があるかを模索していた時代です。(まあ今も昔も美術はこれに尽きるといっても過言ではないのですが)
いろんな試行錯誤があったんだねって感じです。

この回答への補足

すみません。疑問の書き方が不十分だったようです。抽象絵画一般ではなく戦後アメリカを中心とした、アブストラクト・エクスプレッショニズムについての質問でした。一般に「表現」は「再現」と違って、イメージとして見えないものをイメージとして成立させるということになるとおもいます。例えば抽象表現主義への影響が指摘されるシュールレアリスムでは、イメージを作り出すために、コラージュやフロッタージュ、デカルコマニーなどの非常に具体的で機械的方法を使いました。しかし出来たイメージは、その方法の単なる結果ではなく、「無意識」と呼ばれるものを表現しているとされたわけです。「無意識」は意識を越えた真の内面と捉えられていました。
しかし、それに対して、抽象表現主義でドリッピングや転写などの結果生産されたイメージは、どんな表現対象と結びつけられるのか?。というような疑問です。

補足日時:2001/02/14 15:58
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表現している対象が具体的なもの(人、コップ、椅子など)であったとして、そのものは作者の心の中で自由にイメージされ、そのイメージをカンバスの上にイメージどおりに描いたのが抽象画といえるでしょう。

ですから、抽象画は対象物がしばしばデフォルメ(素材の形態を意識的に変形すること)されて表現されるのです。
また、表現しようとしているものが作者の心の中のイメージだけだったとしたら、それは元々形のないものですから作者の心の中に描かれた形としてカンバスの上に描かれるのです。
ですから、何を表現しているかは作者しだいで、例えばピカソの「ゲルニカ」は空襲で苦しんでいる人々がピカソの心の中で彼なりにイメージされ、それを描いたものなのです。
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抽象絵画といっても作者によって様々な表現方法があります。


例えばモンドリアンという現代の様々なデザインに影響を与えた作家がいますが、
彼の作品展を見に行くと初期の具象的な絵画が、
だんだんと抽象的に変化していく様子が見えて興味深いです。
また、クレーやカンディンスキーなどといった
音楽をテーマとした作家もいて、その作品からはリズムを感じることができます。
音楽と言えば、音楽にも抽象的なものと具象的なものがありますね。
歌謡曲など歌詞があって歌手が歌うものは具象的
クラシックなど歌がないものは抽象的と考えたらどうですか?
作品を前にしたときに大事なのは
「何を表現したのか?」よりも「どう感じるか」の方だと思いますよ。
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たしかに絵によって違うものを表現しているわけですが、まとめて答えるなら「画家の内面」でしょうね。

もっとも、画家の内面は具象画にも現れます。両者がどういう関係か、ちょっと考えてみると面白いかもしれませんね。
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絵によって違うんじゃないですか?



同じだったらみんなタイトルが一緒になりそうなもんですが。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。でも抽象表現主義の絵はタイトルも番号が付いているだけだったり、無題だったり、抽象的なものも多いです。仮に「女」というタイトルが付いていれば、その絵は「女」を表現していると考えていいのでしょうか。

お礼日時:2001/02/14 02:22

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Q「抽象」の意味

「抽象」の意味

「抽象」という言葉の意味がいまいちよく分かりません。
辞書には
「事物や表象からある性質、要素、共通性を引き出して把握すること。
また、把握して一般的な概念をつくること。」
と書かれていて、なんとなく意味は分かるのですが
実際に「抽象」という言葉が使われている文章に出くわすと
意味がよくわからないということが多いです。

例えば
「我々がテストを不愉快に感じる理由の一つは、個性や独自性をとなえた
私という一人の人間が、点数や偏差値といった抽象的なものに置き換えられてしまう
ところにある。」
という文中の「抽象」の意味は分かるのですが、
「behindは the reason behind his behavior(彼の行動の背後にある理由)
のように抽象的な意味で使われることがある。」
という文中の「抽象」は何を捨象していて、どんな共通の性質をつかんでいるのか
がよくわかりません。

おそらく「抽象」という言葉自体の本質がつかめていないと思うので
わかりやすく教えて頂きたいです。お願いします。

Aベストアンサー

「抽象的」の「抽象」が、普通辞書に載っている元の意味と違う意味で使われることはよくあります。

「日本において自動車が左側通行することは……」という表現の中の「において」は空間的なものですが、「数学において、数式のこのような変換は……」の「において」は空間的ではありません。そして、前者が具体的、後者が抽象的です。空間的なもの、見られるもの(日本の全体像は上空から見られます)、触れるもの、聞こえるもの等は具体的であり、そうでないものは抽象的です。behindも、空間的関係を表しているのなら具体的であり、そうでなければ抽象的です。

Q○○主義などと絵画を分類してくださいっ!!

絵画に限らず(益・不益はともかく)分類することが大好きなのですぃません・・・;

以下の人たちを分類するとすれば、
傾向としてどういう○○派、○○主義に分類できますか?

・ムンク
・クリムト
・佐伯祐三
・黒田清輝

お願いします!!!!!!

Aベストアンサー

ムンク ベルリン分離派 表現主義 象徴主義

クリムト ウィーン分離派 表現主義やアールヌーボーアールデコ
     の流れを汲む

黒田清輝 外光派 ラファエルコランに師事

佐伯祐三 藤島武二に師事とあるので外光派の影響を受けてつつ
     パリに行きフォービスムやエコールドパリに影響も
     受けている。パリ滞在中ヴラマンクと会っている。
     晩年の作品はフォービスムの影響が強い。

Q「漠然」と「抽象的」と意味は同じでしょうか?

抽象的
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/143386/m0u/%E6%8A%BD%E8%B1%A1%E7%9A%84/
漠然
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/175257/m0u/%E6%BC%A0%E7%84%B6/

意味を見比べてみると違うような気がします。

そして、
「漠然としていて抽象的だ」とはどういう意味でしょうか?
ようは「あいまいだ」と言う意味でしょうか?

Aベストアンサー

同じです。辞書によると、「抽象的」は'漠然としている'という意味です。

'あいまいだ' 'はっきりしない' でよいです。

「馬から落ちて落馬した。」「後で後悔した。」と同じく二重表現なので、簡潔さが求められる業務連絡などには使わないことです。

言葉遊びとしては楽しめます。「古の昔、武士の侍が~」という風に。

Q「ローレライ」の絵画

(1) ローレライビジターズセンターにあるという「ローレライ」の絵画を、
   ネットで見つけました。この絵は、どなたの作品なのですか。
   また、この絵をプリントアウトしたいのですが、鮮明に写っているものは、
   ネット上で、アップされているでしょうか。

(2) この他にも、「ローレライ」について描かれた絵は、あるでしょうか。

教えてください。   

Aベストアンサー

ご参考までに
    https://www.google.com/search?q=Lorelei&hl=en&client=firefox-a&hs=Yau&tbo=u&rls=org.mozilla:en-US:official&tbm=isch&source=univ&sa=X&ei=uVK0UKPSEMWdiAKyroHACA&ved=0CD0QsAQ&biw=1687&bih=784

Q「抽象」という言葉 意味のゆらぎが大きすぎませんか?

「抽象」「抽象的」という言葉はかなり様々なニュアンスで使われていると思います.私はこの言葉を「本質的な部分以外は切り捨てる」という意味だと考えています.例を挙れば「抽象的な猫」というのは毛の色とかは無視して,動物で4本足で・・・と一般的な猫の特徴のみに絞っていくことだと考えています.
しかし「抽象的」という言葉が「ぼんやりしてよくわからない」と同義で使われたり,他にもいろいろなニュアンスで使われていると思います.
そこで質問です.
1.私の「抽象的」の捉え方はあっていますか?
2.普段あなたは「抽象的」という言葉をどう使いますか?
3.なぜこんなゆらぎが生じるのでしょうか
どれか一つでも回答していただけたら嬉しいです. 

Aベストアンサー

1.の答
それで合っています。
2.の答
(a) の意味でも (b) の意味でも用います( (a)、(b) については後述)。
3.の答
ゆらぎの原因の一つは、(a) が失敗しやすいことにあります。


【解説】

「抽象」は、(幕末または明治期に)西洋語から取り入れられた翻訳語である。例えば英語では abstract (abstraction) となる。ab は「~から離れて」の意の接頭辞、tract は「引く」であるから、「抽象」の本義は次のようになる。

『大辞林』(三省堂)から「抽象」
事物や表象を、ある性質・共通性・本質に着目し、それを抽(ひ)き出して把握すること。その際、他の不要な性質を排除する作用(=捨象)をも伴うので、抽象と捨象とは同一作用の二側面を形づくる。(引用終り)

「抽象」のこの意味を (a) としよう。ご質問文中の「本質的な部分以外は切り捨てる」は「捨象」に相当するが、「抽象」とともに「同一作用の二側面」である。したがって、捉え方としては合っていると言える。

次に、「抽象的」という言葉に「ぼんやりしてよくわからない」の意味もあることは、ご質問者のおっしゃる通りである。これを (b) としよう。また、私としては、普段「抽象」を (a) の意味でも (b) の意味でも用いる。
ある言葉に、本来の意味と、そこから転じた(派生した、通俗的な)意味があることは珍しくない。もっとも、「その派生は当然」という場合と、「その派生は逸脱」と見なされる場合とがあるだろう。「抽象」についてご質問者は、(b) の意味で用いるのは一種の逸脱だと捉えていらっしゃるのかも知れない。それに対し、私は (a) から (b) の意味が派生するのは当然と考える。
その理由は、西洋で「抽象」が背負っている歴史にある。元々は西洋語だから、西洋でのいきさつを見なければなるまい。
ホワイトヘッド(1861-1947)は、「西洋哲学史はプラトン(の対話篇)の脚注に過ぎない」と喝破した。

The safest general characterization of the European philosophical tradition is that it consists of a series of footnotes to Plato.(引用終り)

「The safest」と形容していることからも分かるように、ホワイトヘッドは奇を衒ってこれを言ったのではない。手堅く慎重に言っても、西洋哲学はプラトンの脚注だというのである。そのプラトン哲学の中核を成すのは、師のソクラテスから受け継いだ「イデア」論だった。周知のように、プラトンの弟子がアリストテレスで、のちにアリストテレスの学問はキリスト教神学を補強するために採用され、西洋中世を支配した。近代以降にまで影響を残している。彼はプラトンのイデア論をそのまま引き継いだのではなく、批判した上で、いわば総合化した。
イデア論は、「存在するとはどういうことか」(存在論)、「認識するとはどういうことか」(認識論)という問題に、ある種の透徹した解決を与える。また、それに対する強力な反論も生れた。いずれにせよ、真(まこと)にホワイトヘッドの言うとおり、プラトン哲学、なかんずくイデアをめぐる論考は西洋哲学史を貫く重大テーマなのである。

私は教養がないから大雑把なことを言うが、「イデア」は「具体物から抽出した本質」という一面を持っているだろう。もうお気付きになっていると思うが、「イデア」は「抽象」とつながっている。しかも、イデア論の説くところによれば、そのイデアこそが真の存在である。
これに対しては、すぐに反論も思い浮かぶだろう。例えば、次のように。

個々の具体物は現実に「存在」しているが、「本質」は抽出の仕方により、人によって違いがあるかも知れず、観念的な不確かなものである。それを「真の存在」と言われても。

そう、(a) に言う「抽(ひ)き出して把握すること」は、しばしば失敗するのではなかろうか。ご質問者は猫の本質を例に採っているけれども、それでは人間の本質は何だろうか? 「動物で2本足で……」というのは、生物的な種としての「ヒト」の特徴に過ぎまい。そんなことで、人間の本質を言い当てたことになるだろうか? 人間の本質とは、例えば理性を持っていること? では、理性とは何?
人間の最大の関心事は人間であって、他ならぬその「人間」について (a) が困難ならば、「抽象」など当てにならないということになる。実存主義哲学はおそらくこの辺に注目し、「少なくとも人間に関しては、『現実存在であること』が『本質』に先立つ」と説いた。
わざわざそんな主張が現れたのは、西洋の伝統的なイデア論において、「本質は現実存在に先立つ」と考えられていたからだ。イデアこそが確実なものであり、現実世界はいわばその影に過ぎず、あやふやなものだと言っていた。だから、影ではなくイデアの方を認識するのが真の認識だ、と。前述したように、これは存在論と認識論に関する「ある種の透徹した解決」でもあった。
しかし、それとは逆に実存が本質に先立つならば、本質を抜き出そうにも、一通りとは限らないということにもなるだろう。その際の抽象化の失敗は、無知や怠慢によるものではなく、不可避なものである。

以上、イデアだのプラトンだの何言ってんだ、と思われたかも知れないが、要するに「なぜ (a) は失敗するか」を説明してみた。もっと一般的に言えば、「抽象には虚偽が付きまとう」ということである。
もし、「本質」が確かに本質であるなら、「ぼんやりしてよくわからない」とは正反対に、はっきり・くっきりしているはずだ。しかし、本質を取り出すのはそうそう簡単ではないので、下手に取り出した「本質」を基に論じても、しばしば現実から遊離してしまう。ゆえに、「抽象」「抽象的」が (b) の意味を持つのは当然と考えられる。
また、そこから通俗化して、「抽象」をもっぱら (b) の意味で用い、本来の (a) の意味を忘れたような人も増えた。これは語義の「ゆらぎ」とも言えるが、揺らいだ原因は単に恣意的なものではないのである。

1.の答
それで合っています。
2.の答
(a) の意味でも (b) の意味でも用います( (a)、(b) については後述)。
3.の答
ゆらぎの原因の一つは、(a) が失敗しやすいことにあります。


【解説】

「抽象」は、(幕末または明治期に)西洋語から取り入れられた翻訳語である。例えば英語では abstract (abstraction) となる。ab は「~から離れて」の意の接頭辞、tract は「引く」であるから、「抽象」の本義は次のようになる。

『大辞林』(三省堂)から「抽象」
事物や表象を、ある性質・共通性...続きを読む

Q「冬の星座」の歌詞で「ものみないこえる」とは?

文部省唱歌としておなじみの「冬の星座」の歌詞について、お尋ねします。
一番の歌詞は次の通りです。
「木枯しとだえて さゆる空より
 地上に降りしく 奇(くす)しき光よ
 ものみないこえる しじまの中に
 きらめき揺れつつ 星座はめぐる」
http://www.utagoekissa.com/fuyunoseiza.html

古文調の歌詞ですが、辞書などを見ればたいがいの言葉の意味がわかります。
しかし、ここで出てくる「ものみないこえる」の意味だけはどうしてもわかりません。ネット検索してみましたが、私にはその意味を説明しているサイトが見つかりませんでした。学校では一度くらい説明してくれたのでしょうけれども、恥ずかしいことに全く記憶に残っていません。
そこでこの曲に詳しい方に、意味を説明していただきたいと存じます。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

者皆憩える

人々がみんなくつろいでいる
という意味です。

Q「抽象」の意味

抽象(ちゅうしょう,abstraction)という
言葉の意味を簡単に分かりやすく教えて下さい。

Aベストアンサー

補足に対する答えです。

?おいくつなのでしょうか?

物事や現象にはいくつかの側面があります。
たとえば「勉強する」という行為を取り上げても、「塾に行く」「3時間勉強する」「毎日書き取りをする」「英作文と長文読解は必ずやる」等などの全てが「勉強する」ということなのです。

「そんな成績でどうするの?」といわれたときに、「明日から頑張って勉強します」と答えることってあると思います。

しかし、「頑張って勉強する」ということは具体性に欠けているのです。言い換えると、この答えは抽象的なのです。
「明日から一日3時間は英語の勉強をします」
「明日からは必ず30分間は書き取りをします」
このように「頑張って」はどのように頑張るのか、「勉強する」は何を勉強するのかまで言って初めて具体性を持ってきます。

「ねえ、どうしてこんなになっちゃったの?」と訊かれて、「いあや、大きなものが落ちてきたんだよ」と答えた場合も、この「大きな」という表現だけでは分からないのです。
ボーリングのボウルくらいなのか、オートバイくらいなのか、マンションくらいなのか、富士山くらいなのか
、このように人間が考える大きな物全てを「大きい」と表現するのが抽象です。

「君たちにこれから必要なものは勇気です」という表現の中の「勇気」も抽象です。
「危険をかえりみずに人を助ける行為」「人前で物事をはっきり言えること」「いやなことは嫌ということ」「高いところから飛び込むこと」「深夜にお墓まで行ってくること」など等、これらの事全体を「勇気」と言い表すことも「抽象」なのです。

人にものを伝えるときや、文章で考え方を伝えるときには、「何を」「どのように」をきちんと伝えると、抽象的表現ではなく、具体的表現に変わってゆきます。

このように、物事が持っている幾つかの側面や性質全部を言い表す「表現」を抽きだして使うことが【抽象】なのです。

最後に、回答者は質問者の方の理解力や年齢、職業など全く分かりません。
特に「大人ではない場合」は、一言「私は小学生です」「高校生ですが」などと明記されることをお勧めいたします。

補足に対する答えです。

?おいくつなのでしょうか?

物事や現象にはいくつかの側面があります。
たとえば「勉強する」という行為を取り上げても、「塾に行く」「3時間勉強する」「毎日書き取りをする」「英作文と長文読解は必ずやる」等などの全てが「勉強する」ということなのです。

「そんな成績でどうするの?」といわれたときに、「明日から頑張って勉強します」と答えることってあると思います。

しかし、「頑張って勉強する」ということは具体性に欠けているのです。言い換えると、この答え...続きを読む

Qミレ-作の「オリビア」という連作の絵画について

オリビアという名前の絵なんですが、数点の連作でオリビアという
女性の日常生活を描いていて最後に絵の中でオリビアが死んでいる姿を
描いて終わるという作品です。
本の出版がありました。
たしか作者はミレ-だったと思うのですが(ドラクロアかどうかは不明)
詳細な情報が知りたいです。
また、その情報があるHPなどがあればとも思います。
ご教授お願いいたします

Aベストアンサー

前回のご質問のときも書きこませていただいたmamboです。ミレーらしい、ということがおわかりになったんですね。私もこのミステリアスな話に興味を持ち、真相をぜひ知りたくて、時々調べています。何かヒントがないかな、と手元にある「西洋美術史」という本をぱらぱら見ていたら、気になる絵が載っていました。ミレイの「オフィーリア」(1852年、英国テートミュージアム蔵)。見方によっては死に顔にも見える。それに、「オリビア」と「オフィーリア」、ちょっと聞いた感じ似ている。おっしゃっていたミレーとミレイ、まったくの別人ですが、名前がそっくり。ミレイは、John Everet Millait、ミレー(落穂拾いで有名な)は、Jean-Fransois Millet。remonpakiraさんは、この話をどなたかから聞いたのですか?どこかでお読みになったのですか?もし、聞いたのだとしたら、この辺の推理はあたっているかな、と思います。
ミレイの「オフィーリア」について、インターネットで調べてみたら、興味深いエピソードが載っていました。ミレイはラファエロ前派の画家ですが、エリザベス・シダルという女性をモデルにハムレットのオフィーリアが自殺しようとしているシーンを描きあげました。この女性、実は、同じラファエロ前派のダンテ・ガブリエル・ロセッティという画家の妻で、彼はシダルをモデルに多数の作品を描いています。そして、その後、シダルは自殺か事故かわからない理由で亡くなり、ロセッティは彼女の追悼の意味をこめて、彼女をモデルに、これまた有名な「ベアタ・ベアトリックス」という作品を描きます。

以下が私の推理です。

オリビアという女性の連作→オフィーリアという絵のモデルになった女性の連作(ただし、違う画家によって描かれた)
作者はミレー→ミレイ
死に顔→死んでいる設定の絵
死に顔の絵で終わる→死後、彼女の絵がかかれた(彼女をモデルに描いた絵はこれ以降ない)

う~ん、やっぱり、違うかなあ?

テレビ東京の「美の巨人」でミレイとロセッティが過去にとりあげられたらしく、サイトを見つけましたので、ご参考までに。この時代の画家のことは、今回初めていろいろ読んで知りましたが、人物関係が込み入っていて、調べれば調べるほど、おもしろい事実がわかりそうで、おもしろかったです。いつか本も読んでみたいです。(週間美術館という雑誌の18号がまさにミレイとロセッティの特集だそうです)

http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/020427.htm

http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/001223.htm

前回のご質問のときも書きこませていただいたmamboです。ミレーらしい、ということがおわかりになったんですね。私もこのミステリアスな話に興味を持ち、真相をぜひ知りたくて、時々調べています。何かヒントがないかな、と手元にある「西洋美術史」という本をぱらぱら見ていたら、気になる絵が載っていました。ミレイの「オフィーリア」(1852年、英国テートミュージアム蔵)。見方によっては死に顔にも見える。それに、「オリビア」と「オフィーリア」、ちょっと聞いた感じ似ている。おっしゃっていたミレーとミ...続きを読む

Qこの世で、一番恐ろしいものはなんですか?(抽象的な意味で)

この世で、一番恐ろしいものはなんですか?(抽象的な意味で)
僕は、「自分」自身が一番恐ろしいと思います。

Aベストアンサー

>この世で、一番恐ろしいものはなんですか?(抽象的な意味で)

        ↓
元気な時は「エゴ」
弱っている時は「死」

どちらも予測不能で自分自身でもコントロールが難しいから。


それって
結局は、質問者様の仰っている「自分」なのかも・・・

Q「マルドロール」開店に反対した超現実主義者

1930年モンパルナスのバー「マルドロール」の開店に反対して、シュールレアリストたちの暴力事件が起こった。ルネ=シャールが負傷した。

と読みました。

(1)どうしてシュールレアリスト達は反対したのですか?何が気に食わなかったのでしょうか?

Aベストアンサー

開店に反対したというより、「マルドロール」という店名に一部のシュールレアリストたちが反発したということです。「マルドロール」とは、ロートレアモン著『マルドロールの歌』の主人公の名で、ロートレアモンは当時シュールレアリストたちに賞賛されていました。店主が親しいシュールレアリストたちに新しく開店するバーの名前を相談したところ、シュールレアリズム詩人デスノスの発案でこの名がついたとされています。
この事件の背景には当時のパリのシュールレアリストのグループの主義主張・活動方針を巡る分裂と対立があります。シュールレアリストのリーダー的存在だったアンドレ・ブルトンは出版物などで反対派を激しく非難攻撃しており、デスノスは彼と対立する立場にありました。
ロートレアモンの崇拝者であるブルトンは、「マルドロール」という命名に、自分たちへの揶揄を感じたようです。デスノスにそこまで悪意があったのかは不明ですが、シュールレアリストたちの対立とブルトンのロートレアモン崇拝とマルドロールの開店とを結び付け皮肉った記事が雑誌(新聞?)に載り、それを見て激怒したブルトンは、仲間十人ほどで開店2週間ほどのマルドロールに乱入、怪我人を出す乱闘になってしまったというのがこの事件です。
以上、清岡卓行『マロニエの花が言った』(新潮社)で読みました。

開店に反対したというより、「マルドロール」という店名に一部のシュールレアリストたちが反発したということです。「マルドロール」とは、ロートレアモン著『マルドロールの歌』の主人公の名で、ロートレアモンは当時シュールレアリストたちに賞賛されていました。店主が親しいシュールレアリストたちに新しく開店するバーの名前を相談したところ、シュールレアリズム詩人デスノスの発案でこの名がついたとされています。
この事件の背景には当時のパリのシュールレアリストのグループの主義主張・活動方針を巡...続きを読む


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