牛、豚、鶏、どれか一つ食べられなくなるとしたら?

東京に住んでいます。
実家は東北です。
義実家は長野で、離れているのですが、義母方の親戚が東京にいる為、何か理由を付けて会う機会があります。
2ヶ月に1度位何かしらあり、会うのが憂鬱で嫌なのですが、これって普通なのでしょうか?
また、義母の親戚で集まる機会が多いのですが、義母の親戚の集まりって普通家族で呼ばれませんよね?(義父側だったら分る気がするのですが)
義母が強引で本当に困ります・・・。

実家のほうが核家族で、私が小さい頃も親戚の家に行ったり集まりがあまりなかったので、本当に嫌でたまりません。
また、実家の両親も年に1~2度会うか会わないかなので、義両親は強引に孫に会いに?来るので、不平等さを感じて嫌なのです。
私の周りでも、義両親・義親戚に会うのは年に1~2回だという人が多いので、どうして私だけ・・・と思ってしまいます。
義母から電話がある度、ビクビクして、集まる日には胃が痛くなります。

A 回答 (4件)

ご質問者さまと我が家と似ているかもしれません。


東京在住、義父母は長野、義弟は都内、義妹は埼玉に住んでいます。
私の実家は、東京から1時間半の所に母が一人暮らし(父は他界)です。
私は20年来続けているかなり多忙な仕事を持っているので、実家に帰るのは年に2、3回だけです。

結婚当初、旦那は2、3ヶ月に1度は長野に帰っていました。
義母は毎日のように、夜電話をしてきて私が会ったこともない義弟家族の自慢話?を一方的にしたり、頻繁に不必要な野菜を送ってきたり(はっきりいって迷惑でした)、私は不満が鬱積していました。
昼間は旦那が仕事の合間、義母に電話をし、夜は私の帰宅時間に合わせて義母が電話を毎日のようにしてくる・・・・。
義母は夫も健在、旦那には妹も弟もいるのに。

私は旦那よりずっとハードな仕事や家事で忙しくて、一人暮らしの母のところに近いのに帰れない、電話も思うようにできない。
そんな私を無視して旦那は高額なお金を使って新幹線で頻繁に帰る、自分の両親と蜜に連絡をとるのが当然のように考えている・・・。
その無神経さ、不平等さと、それを何とも思わない非常識な旦那家族に腹がたち何度もケンカになりました。
旦那との話しあいの結果、結論はこうなりました。
私は旦那の家族とは合わないので会わない。そのかわり、私の家族のところに旦那も連れて行かない。それぞれの親はそれぞれが兄弟と協力して面倒を見る。

お互いの家族同士、親戚同士が、うまくバランスよいお付き合いができることが一番よいことは当然です。
でも配偶者の家族や親戚との付き合いを無視して、自分の家族、親戚づきあいをいつも優先させると、ないがしろにされた方は不愉快ですよね。
私たちが決めた「きまり」は必ずしもよいものとは思いません。
ただ現時点では、お互いが不満なく生活できるひとつの解決手段にはなっています。
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この回答へのお礼

似ていますね。
でも、その付き合い方は私も良いと思います。
子供がいなかったら、私もそうすると思います。
でも、子供=孫がいるとそう簡単にはいかないのです。
向こうは孫に頻繁に会いたい=私は会わせたくないので、旦那と子供だけが義親戚の集まる会なんかに出席されたら、やりたい放題で更にイライラします。
困ったものです。

ありがとうございました。

お礼日時:2008/06/01 22:06

私の場合は逆で、私の親戚が近く旦那の親戚が遠いし、私のが親戚が多いのでよく(といっても最近はお盆とか正月とかくらいですが)集まります。


田舎ではないですよ、横浜です^^
親戚が多いところは自然と集まっちゃうものなんですよ。(私の両親とも兄弟が7人ずついますが、旦那の両親の兄弟は3人ずつです)
旦那の実家・親戚がいるところのほうがよっぽど田舎ですが、集まりはあまりありません。
なので私は助かってますが。
大勢のなか育っていると集まっても気にしない、というかそれが自然体なのです。
でもそういう中で過ごしてない方たちにとってはストレスですよね。
私の旦那もいってました。
なので、私の場合は旦那を親戚に合わせるのはせいぜい年1回(お正月)。しかも仕事が入ってたら連れて行きません(実家には顔だしてもらいますが)
旦那の親戚に会うときは必ず付いていきますが、せいぜい年1回くらいなものなので(1泊はしますが)、これで平等かなと。
だからtoromaroさんも頻繁に会うのが苦手なら、何回かは断ってもいいと思いますよ。
もちろん会うのが引けることを話すのは旦那さんだけで、親戚の方たちにはうまく旦那さんにいってもらう。と。
友達が遊びに来る、でもなんでも理由をつけてもらって。
旦那さんとお子さんだけ行ってもらう、っていうのはだめですかね。
お子さんが小さいとなかなか難しいかと思いますが。
親戚関係は頭が痛くなるものですよね^^;
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この回答へのお礼

旦那だけ行って貰うのはいいのですが、子供は連れて行って欲しくない・・・というのは私の我がままでしょうか・・・。

頭が痛いです、本当に。

ありがとうございました。

お礼日時:2008/06/01 07:54

はじめまして。

以前の私と同じご経験をなさっていらっしゃるようなので、人事とは思えずお話させて頂きたくなりました。おそらく質問者様はまだお若くて、私の方が随分歳をとっていて、結婚歴も長いようですので、同じ悩みの先輩として何かご参考になればと思い、私の経験をお聞きくださればと思います。過去形でお話させて頂きます。長文になりますことをご了承くださいませ。私は実家が西日本で、夫の実家は東京都下です。夫は5人姉弟で、全員が東京都下に住んでいます、親姉弟たちはじめイトコ、ハトコといった親戚身内がものすごく仲が良くて、何かにつけてよく集まりました。仲が良いのはもちろん結構なことなのですが、その頻度が一般常識とかなりズレがありました。冠婚葬祭や大事な行事などで集まるのは当然のことでしょうが、普段でも、例えば日曜や祝日などの休日でも実家に行くのが当り前で、都下に住んでいる他の姉弟たち(&その連れ合いと子供たちも)ほぼ毎週日曜ごとに、また祝日があればその日も実家に集まっていました。私の家だけ都心にあったので、距離的にも都下にある他の姉弟たちのようにしょっちゅうというのは無理ですし、公務員やサラリーマンの他の姉弟たちと違って、自由業の私どもは日曜でも仕事が忙しければ出られませんし、何よりも私が病弱なのでそんなに頻繁に片道1時間半かかる夫の実家に行くことはきつかったのです。しかし最大の理由は、夫の身内たちとの価値観やレベルの大幅なズレから話も全く合わないし、終始下品で教養の無い話題で盛り上がる宴会的な空間と時間を共有することに疲れきってしまうのです。しかしこれは自分が選んだ結婚なのだからと(恋愛結婚でした)自分に言い聞かせ、できるだけ出かけるように自分なりに努力はしてきました。しかし夫の身内たちからすれば、「子どもなら親のことを心配して毎週実家に来て当たり前、来れないのなら電話でお伺いをたてるのが当り前」という「常識」があり、その「常識」を十分に満たさない私は「冷たい親不孝者」ということになっていきました。しかし当時、夫の両親はまだまだ元気で、しかも二世帯住宅で跡取りの息子家族と一緒に住んでいたのです。老人の単身暮らしというのではないのです。そこまで心配してしょっちゅうお伺いをたてる必要があるのでしょうか。また、親のことだけではありません。兄弟やその連れ合い、その子どもたちのことに関しても何かにつけて集まり、ふた言めには「親子なんだから」「兄弟なんだから」「身内なんだから」が口癖でした。
一方、西日本にいる私の両親は、娘が遠く東京にいて寂しいであろうに「寂しい」とか「帰ってこい」とか電話の催促など、一度もしたことはありません。子供には子供の生活があり、人生があるときちんと大人としての線引きをしておりました。自分の親をひいき目に見るわけではありませんが、現在でも子供に頼ったりしない「自立した老人」です。
お盆とお正月は唯一実家に帰省できるチャンスだったのですが、当然いずれも夫の実家に集まることが年中行事になっていましたので、帰省できず、実家にはそれ以外の時期で都合のつく日に帰省できればいい方でした。ちなみに夫の姉弟たちの連れ合いたちは皆、東京都下の出身なので、自分の実家にも普段からしょっちゅう行き来が出来るので、西日本出身の私だけがその点でも不公平でした。私も夫の実家へ行くとなると体調が悪くなり、ひどい時は実家にいる最中に大変な状態になり入院したこともありました。
そんな中で、結婚早々ものすごく驚いた「事件」がいくつかありました。その中でワースト3をお話させて下さい。
(1)まず、夫の一番下の妹の初産の時でした。普通のお産よりは少し難産気味で、輸血もいくらかはしたりして多少は大変ではあったのですが、そんなことはお産ではよくあることです。命にかかわるほどの状態だったわけでもありません。ところがいよいよ出産という夜、何と、夫の両親、本人(妹)の夫、←(普通はここまでの範囲が常識内だと思うのですが)それに、妹の姉弟全員とその連れ合い全員、妹の夫の両親と弟妹全員とその連れ合い、という総勢20名近い大人たちが個人の産婦人科医院に集まったのです。そして何をするでもなくただロビーで皆で待っていただけというものだったのですが、小さい個人の医院にそれだけの大人が押しかけて、病院側はもちろんのこと、他の患者さんにとっても迷惑な話です。もちろん私の常識の中にはそのような「非常識な常識」は持ちあわせておりませんので(それに距離的にも近いわけではありませんので)お産も一段落し落ち着いたら、お見舞いとお祝いを兼ねて、赤ちゃんも見せてもらいに行こうと思っておりました。義姉に立場としてはそれが妥当だと思うのです。すると翌日、夫の弟のお嫁さんから極秘に電話があり「全員が怒っている。大事な●子(←義妹の名)の初めてのお産だというのに、○子さん(←私の名)一人だけが来なかった。何て冷たい人で、常識の無い人だろうと言っている。今すぐ行った方がいい」と。呆れながらも仕方ないのですぐお見舞いとお祝いを持って義妹のところへ行きますと、そこに来ていた夫の母も義妹本人もあからさまに怒りの態度でした。そして「○子さんが来てくれるなんて思っても無かったわ」と皮肉たっぷりに言われました。その後も連日、大部屋の義妹のところへまた沢山の身内が押しかけたらしいのですが、他の診療科と違って、産婦人科は授乳などもありデリケートな場所です。病室への男性の見舞い客はせいぜい夫と父親くらいにしておくべきだと思います。この人たちにとって、とにもかくにもまずは「駆けつける」という形を作ることが一番大事なことらしく、それによって本当に相手が喜ぶかとか、相手の手助けになるかとか、逆に相手が迷惑するのではといったことは一切考えてなくて、単なる「自分たちだけの価値観による親切の押し売り」に過ぎないのです。もちろん火事見舞いとか災害のお見舞いのように一刻も早く駆けつけて手助けが要るような場合もあります。つまりケースバイケースなのです。それをわかっていない人たちなのでした。

(2)私が結婚2年後に盲腸の手術をした時のことです。盲腸程度のことで例によって全員が押しかけてくると、病院にも迷惑がかかるので「お見舞いはあとで落ち着いてからにしてほしい」旨を夫に丁重にお願いしてもらったので、それは何とか守ってくれました。術後の経過も順調で、予定通り1週間で退院しましたが、いくら盲腸程度とはいえ、やはりメスをいれて手術した直後なのですから、退院翌日はまだ腹帯を巻いて、お腹をかばうように前かがみの姿勢でやっと歩いている状態です。静かにゆ~っくりの動作でやっとこさ最低限の身の回りのことをするのが精一杯でした。ところが退院翌日の正午ぴったりに夫の親、姉、上の妹、弟の嫁、妹の子供3人(当時全員幼児)、弟の子供2人(全員幼児)の11人が家に、しかも突然アポなしでやって来たのです。私はまだ寝巻きを着て休んでいる状態でした。本人たちは平然と「お見舞いに来たわ~」と言って上がりこみ、当時2DKの狭いマンションの1部屋いっぱいに11人がひしめき合っている状態。しかも一番目が離せない年齢の(2~5歳)の幼児たち5人はおもちゃだ、お絵かきの紙ちょうだいだの、お水ちょうだいだのと夕立が来たような大騒ぎ。大人たちは悠長におしゃべりに興じています。そんな中、私は大急ぎで(といっても傷口をかばうので急げません)服に着替えて、お茶とお菓子の用意です。しかもちょうど正午というまったく非常識な時間帯(術後でなくても人の家を訪問するのに昼時は避けるのがマナーでしょう)に来ておいて、「○子さん、お昼は何か出前をとってもらうから気にしなくていいわよ」とのこと。だったらどこか近くで食べてから訪問すべきですが。そうはいっても私の性格上、出前というのも気が引けるので、台所に立って簡単な食事を作ることにしました。ご飯を炊き、親子丼とお吸い物を作り、香の物を添えて出しました。ずっと前かがみでお腹を押さえながらスローモーな動きで一連の作業をこなしました。その間、大人たちはおしゃべりし続け「手伝おうか」の一言もなし。嵐のようにやって来て嵐のように去っていきました。(1)でも書きましたが、お見舞いとは相手を気遣うことではないのでしょうか。この人たちのお見舞いとはそうではなくて、とにかく「行ったのだ」という形を作ること、即ち儀礼のみの意味合いなのだとまた改めてわかりました。

(3)結婚間もない頃のある平日のお昼どき、またもや突然アポなしで「近くまで用事があって来たから」と夫の両親、夫の妹とその友人、夫の弟の嫁、の5人がやって来たことがあります。人数的には盲腸の時の半分とはいえ、私の全く見ず知らずの面識のない人までを事前に何の話も無く、当り前のように連れてきたことに驚きました。面識の無い人を連れてくること自体は構いませんが、それなら事前にひと言「こういう人を連れていくけどいいかしら」くらいはあって然り。彼女たちの常識では「兄弟の家なんだから遠慮は無用。兄弟の友達はみな友達。つまり夫の妹の友達は私にとっても友達であり、身内同然」ということらしいです。その時もお昼時でしたので、すぐ昼食の準備をし(盲腸の時より手早くできましたが)お茶菓子がなかったので近所に買いに走りました。皮肉をこめて「いらっしゃるならひと言おっしゃってくだされば、もうちょっときちんとおもてなしが出来ましたのに」と言うと「兄弟の家なのにそんな堅苦しいこと抜きよ。身内でしょ」との答えが返ってきました。この時はたまたま私は家にいましたが、もし外出していたり、あるいは他の来客が来ていたり、また、具合が悪くて寝込んでいたりしたかもしれません。人の生活やスケジュールもお構いなしに突然やって来るというのは、その後も当り前のようにありました。

以上、3つほどお話させて頂きましたが、どちらかというと質問者様へのアドバイスというよりは、私のストレス発散のための愚痴を聞いて頂いたといった方がぴったりかもしれませんね。本当に申し訳ございません。これらは何十年の結婚生活の中でのほんの一部に過ぎず、全部お話しだしたらきりがないのですが、以上のようにこの人たちの感覚では、兄弟や親戚というものは深く固い絆で結ばれたものすごい結束のあるもので、そこにはプライベートやプライバシーという言葉は存在しないらしく「親しき仲にも礼儀あり」という言葉も彼、彼女らの辞書にはないのだということが段々とわかってきました。
しかしいくらそんなことを声を大にして言ってみたところで、相手方は数でまさっているので(夫の身内たちは関東周辺にいっぱいごろごろしていて取り囲まれていますが、私の身内は皆西日本です)何の効果もなく「○子さんの言ってることはおかしい。あんたは非常識だ」になってしまいますから、私の立場としては何も異論を唱えず、相手に合わすしかなかったのです。しかし長年そんなことを積み重ねていきますと、元々があまり体が丈夫でない上に、益々ストレスか溜まってきて、どんどん具合が悪くなっていきました。その間も「仕方がない。私が選んだ人(に付いてまわる)親戚なんだから。誰のせいでもない。泣き言は言えない」と自分の胸の中だけで悶々としながら耐えてきました。当然そんな精神状態は明らかに体をむしばみました。ある日、すごい難病を発症し(治療法もない病気です)どうにもならない状態になりました。医師の診断も「長年にわたる強度のストレスからくるもの」でした。
これを機についに私は決心しました。もう我慢するのはやめようと。それから私は夫の身内とのお付き合いは、相手には合わせず、自分の感覚と常識と生活のペースでやっていく、それが相手にとって不満足なものであったとしても、私は私の生活と体を優先する、と決めました。何も表立って相手と喧嘩をするわけではありません。できることはできる、できないことはできないとはっきりと意思表示をし、NO!と言う、それに対して相手が何か言ってきても無視する、悪者になっても一向にかまいませんということです。相手に合わせ、いい嫁になろうとするのはやめようと。相手は感覚が土台から違うのです。人種が違うといってもいいでしょう。話し合って分かり合える人たちなら、その努力も惜しまないのですが、努力して分かり合える相手ではないのです。世の中にはそういう人たちがいっぱいいます。自分たちの感覚と価値観が一番正しくて、それ以外の考えや価値観はすべておかしいと思っている人たちです。そういうタイプの人たちに対しては努力しても無駄ですし、努力も徒労に終わってしまいますので、しない方がいいでしょう。虚しくなるだけです。結論としましてはわりきることです。「この人たちとは人種が違うんだ。外国人なんだ」と思うことです。もしくは「異星人なんだ」と思うことです。そう思えば楽になります。そして決して仲良くやっていこう、いい嫁になろうと思わないことです。そういう人たちとはスタート時点ですでに違う方向に向いて進みだしているのですから、いくらがんばっても交わる、歩み寄ることは出来ないのですから。このような私の意見は一般的には、あるいは人の道からすれば良い意見ではないのはわかっています。誰とでも仲良く、親子兄弟、身内も仲良く、というのが道徳的には正しいことですから、それを放棄しなさいとか、努力しない方がいいというのは世間からはお叱りを受けるようなアドバイスだということはよくわかっております。このサイトでもこれをお読みになった人から非難の声が上がるかもしれないことも承知の上で、それでもあえて私はこのようなアドバイスを書かせていただきました。世の中、綺麗ごとだけではどうにもならないことがいっぱいあります。最終的には自分の体が一番大事です。体をこわしてまで努力し、我慢することはないということです。お陰さまで、気持ちを切り替えてわりきったら、どんどん病気も快方に向かっていきまして、いまではすっかり元気になりました。難病になる前から病弱だった体そのものも以前よりかえってうんと元気になりました。精神が肉体に及ぼす作用ってこれほど大きいのかとつくづく驚いております。質問者様はまだお若く、これから未来ある人生が待っています。このようなことでご自身の人生をつまらないものにしてほしくはないです。こんな長文の愚痴が何かのお役になてれば幸いでございます。どうかご自分を大切になさって下さい。お幸せな未来が待っていますようにお祈り申し上げております。最後まで拝読頂きましてありがとうございました。
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この回答へのお礼

経験を元に、ありがとうございました。
お断りしても、義母は「いいじゃないの」と言い返してきます。
年の分だけ根性が座っているのでしょうかね・・・。

自分が悪になってもいい、異星人と思えば良い、これは父にも言われました。
「自分の家族の生活を第一に考える」事を大切に、NOをはっきり言える人間になりたいと思います。

お礼日時:2008/06/05 15:02

こんばんわ。


お気持ち、すごくよくわかります。
私はずっと田舎暮らしで主人とも同じ地域なのですが、私の実家もあまり親戚の集まりとかなく、主人の実家は本家のため良く親戚の集まりがあって、初めはとても嫌でした。

今でも新年会、お盆、忘年会と年に必ず3回は集まり、その他にも何かしら理由をつけて親戚が集まります。
しかも義父の兄弟が多く、総勢で20名になることもあります。
(遠方の親戚はわざわざ2~3泊していきます)
そして義父は全てにおいて手料理でおもてなしが当たり前な人なので、私と義母はその前日から料理の支度に追われてしまうし、当日も気を遣うし、とても嫌でした。

最近は慣れてきてなんとなくわかってきたんですが、義父も義母もそうやって親戚が一同に会す、ということは当たり前の事だと思っているようです。
昨今、家族離れが進んでいて親戚ですら遠縁になってしまっていて、私もそうでしたし、恐らく質問者様もそうだと思うんです。
(うちの義姉も離れていますが嫌なのか、集まりにはほとんど来ません。)
家に人を呼んでおもてなしする、親戚が集まり気兼ねのない食事をする、というのは、ある意味田舎の方々の楽しみなのかもしれませんね。

質問者さまの義母さまもそうなのかもしれません。
孫の成長を見るのも楽しみの一つでしょうし。
恐らく会わないでいるからこそ余計会うのが嫌、ということはあると思います。

あまりにも頻度が多く大変なのでしたら、何度かくらいはお誘いをお断りしても良いのではないでしょうか?(今回は仕事で・・・等)

田舎物の意見で参考にはならないかもしれませんが・・・がんばってください^^
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

>家に人を呼んでおもてなしする、親戚が集まり気兼ねのない食事をす
>る、というのは、ある意味田舎の方々の楽しみなのかもしれません

同感です。私の両親は孫は可愛いですが、自分達の趣味(海外旅行)で頭がいっぱいなので、程よい関係でいれます。実の両親でも密に付き合いたいとは私は思わないので。
失礼な言い方かもしれませんが、田舎の方は、親戚が集まる位しか楽しみがないのかなぁとも思ってしまいます・・・。

ありがとうございました。

お礼日時:2008/05/31 23:37

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