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目を閉じてもイメージがまったくもって見えません、真っ暗です。幼少時に見えた記憶もありません。唯一見えるのは夢のときだけです。悲しい限りです。
イメージとは「視点を合わせられる何か」とします

画家やアニメーターなどの中には脳内の鮮明なイメージを紙の表面に透過して、それをなぞるだけの人がいるようですが、
訓練しだいで出来るのか、その訓練はどのようなものか、習得にかかった時間を教えてください。
上のような人たちは模写は完璧らしいです。

それとどんな風に見ることができ、どのように写しているか詳しい説明もお願いします。

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A 回答 (4件)

私の場合は、最初のうちは、見えるというより感じるという感じでした。


紙やカンバスの上に像を感じて、それは、そこに筆を加える事でもやもやしていたところが、はっきりしてきます。
鉛筆と消しゴムのように、加えたり削ったりできるものや、クレヨン、パステル、油彩のような隠蔽力の高い画材の方がやりやすい気がします。
慣れてくれば、かなり早い段階から、イメージング出来るようになるようです。
目の前にあるものに付け加えたり変形させるといったイメージの仕方もあるかと思います。
そうなってきたのは、ハッキリ覚えていませんが、数年と言ったところではなかったかと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
わたしも感じるに近いかもしれません。

お礼日時:2008/06/15 00:39

右脳の勉強をした際に、イメージ力を養う訓練の方法として残像を利用するというものがありました。



でも、もっと簡単にできる方法もあります。
それは「写真記憶能力を養う」為の訓練ですが、訓練の途中でも簡単に頭の中に映像を浮かび上がらせられるようになります。
これは高齢者でも脳の体操として効果があるのものですから、ぜひ試してみてください。
試した人のほとんどが、すぐに実感できると言います。

まず、目の前の机などの上にある物(コップ・携帯電話・ハサミ・開いた本・時計など3~5品)を、数分ジッと見ます。
名前で覚えようとせずに、ボケーと見つめます。
目を閉じ、今見ていた机の上にある物の形を思い浮かべます。
思い浮かばなければ目を開けまたボケーと見て目を閉じ、物の輪郭を思い浮かべるようにします。
なかなか思い浮かばなくても繰り返すうちに形が浮かび上がってきます。
更に細部まで浮かび上がるまで繰り返します。
見る時間を短くし瞬間(数秒)見て、頭の中に映像が浮かぶようになる頃には、いろんなものを映像で浮かび上がらせることができるようになっています。
今まで見てきたものは右脳に記憶されているのですが、写真記憶を養う事でスムーズにそれを引き出すことができるようになるのです。

他に「いつも出入りしている玄関のドア」「自分の靴」「リビングのテレビ」など思い浮かべてみてください。
はっきりしないかもしれませんが、なんとなくでも面白いように浮かんできませんか?
机の上と違いすぐ確認ができないのですが、普段の生活の中で思い浮かべた物を意識して見るようにしながら、寝る時などに繰り返し思い浮かべているうちに鮮明な映像が浮かんできます。
また、頭の中で確認した映像は自由自在に変化させられるので、想像のものが浮かばないと思ったら「リビングのテレビ」をグニャグニャにしてみるなど楽しんでみてください。
どんどん、オリジナルの世界が広がると思います。

空想癖の人は、起きてて夢をみますよね?頭の中のイメージの世界です。
頭の中に、いろんな世界を広がらせる事ができるイメージ遊びは楽しいですよ。
目を瞑って、学校の正門に立ってみたり、お気に入りのショップに行ってみて楽しむことで、映像が鮮明になってくると思いますよ。

専門的に右脳を養う訓練もありますが、これら方法だと準備も教材も必要ないし、いつでもできるのでお勧めです。

イメージを絵などで表現する方法ですが、これは画力をつけなければ無理ですね。
デッサンなどの基礎を学んだり、ひたすら描き込んで、表現する腕を上げるしかありません。
模写も完璧に描ける画力があるから、鮮明に浮かぶイメージを表現できるのですもの、簡単ではないです。

一つだけ模写に関して効果を実感できた経験談ですが、写真記憶能力と同じですが、画力をつける事を含んだ訓練として、モデルを数分ジッと見て記憶を頼りにクロッキーする方法があります。
見る時間は、確か、7分、5分、3分、1分と、慣れてくるに従い、短くなりました。
学生時代、毎日描きこむうちに、激しい動きのスポーツを見てて、瞬間のポーズを記憶に写し込み、リアルに再現できるようになりました。
その最初のクロッキーで、映像をたどる中で、認識していなっかった背番号が見えた時は衝撃でした。サッカーのシュートの瞬間です。
あの頃、頭の中の記憶をクロッキーする事が楽しくて、自主的に毎日何枚も描いていたので、イメージ力も画力も鍛えられたのだと思います。

私は頭の中に浮かんだイメージを現す時に、透過やなぞるなどの意識をした事ないので、ご質問の方たちのレベルではないかと思いますが・・・
私の場合は、瞼の裏ではなく、脳と目の間ぐらい(はっきり場所はわかりませんが)に、はっきり映像がうかんできます。
でも目は閉じていない事が多いので、浮かんでいるイメージを、そのまま描き込んでいます。
仕上げの微調整はしますが、ほとんど下書きはしないです。

かなり長くなってしまいましたが、こんな事も参考になれば幸いです。
方向違いでしたらすみません。
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この回答へのお礼

すごいですね、夢が広がります。最終的にはドラクロワになるんですねw
成功例をイメージすると上達が早いってよく言われるので「映像→アウトプット」の方法はとても参考になります。
ありがとうございました。

お礼日時:2008/06/15 00:29

頭の中に何かが見えるようになる為の訓練とかは特別に した事ないですね。


物心ついた頃には、自然と出来ました。(忠実に写せるかは別ですが)
頭の中に見えるものは、現実に目の前にものがあるような立体的なものです。
それを、紙面に写す為には、手先の訓練(描き方)とかそういうものは必要だったような気がします。
忠実に写す為の訓練を積むに従って、頭の中のイメージに近づけられるようになりました。

参考になりますでしょうか?
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この回答へのお礼

見えたとしても写すための訓練があるんですね
ありがとうございました

お礼日時:2008/06/15 00:20

我が娘がそれに近い状態と思いますが、生まれつきかもしれません。


小学生ですけど、保育所時代から、その時の状況を正確に書いていましたから。
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この回答へのお礼

生まれたときは映像中心だと思います。
ひらがなを覚え始める頃からそういう能力は落ちるかと思います。
でも頭の中を描けるってすごいかもしれないです
ありがとうございます

お礼日時:2008/06/15 00:32

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Qイメージがうまくできない・・・。

私は普段から自分にはイメージ力が足りないなぁ・・・と感じていて、右脳を開発したい!と思っています。
それで右脳開発トレーニングの本を買ってみたのですが
その本の中に
「あなたの目の前に赤いもやもやが波うって浮かんでいると想像してください。」
とあるのですが、その「赤いもやもや」がまずイメージできません!!

イメージって目を閉じていても色がついて見えるものなのでしょうか??
他の人がどうやってイメージをしているのかってなかなか人に聞くこともできないので・・・
自分がイメージできているのかもよく分かりません。
イメージってどう見える(想像する)ものなのでしょうか??


文章力もなくて分かりづらくてすみません(>д<)

Aベストアンサー

趣味で小説を書いておりまして、イメージ力には自信があります!

ご質問者さんの質問内容やお礼のお言葉を読ませていただくと、なんとなく「文字」で物事を理解される方なのかな?と思いましたので(「赤いもやもや」、という文字を見て、文字そのものをイメージしてしまうのでは……?)、私からは他の回答者さんたちとは少々違う方角からのアプローチを試みたいと思います。

まず、イメージを脳の中に思い浮かべるにあたって最大の敵となるのは、「常識」です^^;ご質問者さんは、これを捨て去るところからはじめてはいかがでしょうか?
「『赤いもやもや』なんて、存在するはずがない」とか、「あまつさえそれが目の前で浮かんでる状況なんてありえない」という概念を、まず捨ててみましょう。

次に、この「赤いもやもや」を、ご自分の記憶の中から探し出そうとするのは、たぶんとても難しいことです。そして、記憶と論理性を司るのは左脳の分野ですから、例え記憶の中から「赤いもやもや」なる物体を引っ張り出せたとしても、それは右脳の開発にはあんまりならないのでは?と思います。

そこで、私の考えるオススメ方法ですが。

ご質問者さんが出された「赤いもやもや」を私なりにイメージしたとき、真っ先に浮かんできたのはお祭りでよく売っている「綿菓子」でした。食紅でほんのりピンク色に染まった「綿菓子」を買った、として、まずご自分の体験の中から似たような記憶を思い出してください。

1・あなた(は、ピンク色の綿菓子を持って)います。

普通のピンク色のわたがしの記憶はあると思いますが、次にこのわたがしが真っ赤に染まっているところを想像します。
理由は何でもいいです。食紅を大量に入れすぎたのだとでも考えましょう。
なお、「何故自分は綿菓子を持っているのか?」というところまで考えてはいけません^^;

2・あなた(は、)赤い(綿菓子を持って)います。

ここまではまだ左脳の力の方が強いかもしれません。ここから「現実にはありえない」想像をしてもらいます。

綿菓子を持っている右手(もちろん左手でもかまいませんが)を水平に前へ伸ばし、綿菓子が目の高さにあるところを想像します。想像できなければ、実際に割り箸か鉛筆を持って実際に動作してもよいかもしれません。

あなたはそこで、綿菓子に刺さった割り箸を右手で握ったまま、思いっきり下に下げます。
すると、綿菓子から割り箸がすぽっと抜けて、真っ赤な綿菓子だけが空中に残り、あなたの目の前でふわふわと浮かびます。
しつこいようですが、「綿菓子が空中に浮かぶはずないだろう」と思ってはいけません。

3・あなたの目の前に、赤い(綿菓子)が浮かんでいます。

さて、仕上げです。
綿菓子の原料は砂糖ですから、普通、触るとべたべたします。ですが、この「空中に浮かぶ赤い綿菓子」は、触ろうとするとタバコの煙が霧散するように「もやもや」してきます。
タバコの煙の性質を持った綿菓子に変化した、と読み替えてもいいでしょう。ただし、タバコの煙はそのうち空中で掻き消えてしまいますが、この「赤いもやもや」は左右上下に漂うだけで消えません。雲のように、気が付くと不定形の塊として集まってきます。

これが、私の考えた「赤いもやもや」です。

4・あなたの目の前に、赤いもやもやが浮かんでいます。

想像できましたか?
ここまでできたら、後は、綿菓子が波の性質に変化したと考えて、風に煽られ波打つところを想像してみましょう。
慣れてくると、食紅とか、タバコの煙とか、そういう具体的な物や理屈を抜きにして(つまり、上記の1から3までのステップをすっ飛ばして)「赤いもやもや」が想像できるようになると思います。そうすれば、その本の続きも読めるようになるのかな、と思います(ちなみに、私はその本は未読だと思います)。

これでもやっぱりダメで、それでも「イメージ力を付けたい!」とお思いなら……。

そうですね。ファンタジー小説をお読みになってみるのはいかがでしょうか?できれば、映画やアニメなどの、映像化された有名な作品が良いです。

例えば、ハリーポッターシリーズ。

まずは「映画を見ずに」原作の第1巻だけを読んでください。たぶん、ご質問者さんは文字を追うタイプの読み方をされる方だと思います。最初はそれで構いません。

読み終わったら、今度は同じ場面を映画で見てみましょう。DVDになってますから、レンタルで観ることができます。そこで、原作で読んだシーンがどんな形で映像化されたのかを確認します。

その上で、もう一度同じ原作を読んでください。文章を読んで、そこのシーンが映画でどんなシーンになっていたのかを「映像で」思い出すことができれば、だいぶイメージ力がついてきていると思います。
このとき、色も一緒に思い出せるようになるといいですね。講堂のろうそくの炎は何色だったか、とか、地下室の暗闇はどれくらい暗かったのか、とか。

ただし、最初に言ったとおり、「思い出す」という脳の働きは、左脳の分野です。映像化をさせた「思い出す」なら、右脳もだいぶ働いているとは思うのですけど。
なので、第2巻を読む時には、「自分が映画監督だったら、次はこの主人公にどういう演技をさせようか?」と考えながら読めるようになるといいです。
映画の映像は、映画監督や演出家が考えた答えの一つであって、絶対的な正解ではないからです。もし監督や演出家が別の人になっていれば、当然別の形の映像になっていたことでしょう。

長々と書いてしまいましたが、ご質問者さんのイメトレにほんの少しでもお手伝いができていれば幸いです。

なお、私は目は閉じていても瞑っていてもイメージできます。目を開けてイメージをしている間は、周りの風景を認識していないことが多いです。むしろ、目のピントがどこにも合ってなくて、「ぼけ~」っとできる状態になっています。
ここまでイってしまうと、「電波が降りている」と周りに思われてしまうので、気をつけましょう^^;

趣味で小説を書いておりまして、イメージ力には自信があります!

ご質問者さんの質問内容やお礼のお言葉を読ませていただくと、なんとなく「文字」で物事を理解される方なのかな?と思いましたので(「赤いもやもや」、という文字を見て、文字そのものをイメージしてしまうのでは……?)、私からは他の回答者さんたちとは少々違う方角からのアプローチを試みたいと思います。

まず、イメージを脳の中に思い浮かべるにあたって最大の敵となるのは、「常識」です^^;ご質問者さんは、これを捨て去るところか...続きを読む

Qまぶたを閉じると映像が見える。

布団に入りまぶたを閉じ少し経つと(1分程)、真っ暗闇の中心に映像がくっきり見えるときがあります。意識もはっきりしていて体を動かそうと思えば動かせますし目も開けられます。
寝ていないですし、夢でもありません。

これは何なのでしょうか?


↓以下詳細です↓

例えるなら、昔の映画のように一枚の写真のコマが何枚も連続で映し出され一つの映像になっている感じです。映像はカラーではありません。昔のチャップリン映画のうような感じと言ったほうが分かりやすいかもしれません。

しかし映画のうようといっても映しだされる一つの映像は、ほんの5秒程度でその5秒が繰り返し再生され30秒程でまた真っ暗闇に戻ります。そして、すぐまぶたを閉じるとまた映像が見えるときがあります。

映像の内容は、巨大で細かなパズルがものすごい速さで完成されていくものや、畑を耕す頭巾を被った二人の人間(性別不明)だったり、中世のヨーロッパ風の町の空中を飛び回ったりするものです。

これらの映像が見られるのは稀ですが、ここ数カ月で急にこのようなものが見られるようになったので気になり、質問させていただきました。兆候としては疲れているときに見えることが多いです。

ある心霊写真のように、物の影が偶然にも人に見えた、というような曖昧なものではありません。はっきりしているのでとても不思議な感覚になります。私としては嫌ではなくむしろ長い間見ていたい気持ちになります。

この現象はなんなのでしょうか?そして私のように、見えるという方いますでしょうか?

回答の方どうかよろしくお願いいたします。

布団に入りまぶたを閉じ少し経つと(1分程)、真っ暗闇の中心に映像がくっきり見えるときがあります。意識もはっきりしていて体を動かそうと思えば動かせますし目も開けられます。
寝ていないですし、夢でもありません。

これは何なのでしょうか?


↓以下詳細です↓

例えるなら、昔の映画のように一枚の写真のコマが何枚も連続で映し出され一つの映像になっている感じです。映像はカラーではありません。昔のチャップリン映画のうような感じと言ったほうが分かりやすいかもしれません。

しかし映画のうようとい...続きを読む

Aベストアンサー

「入眠幻覚」の一種かと思いますが、一分で覚醒と眠りの狭間に入るのなら「早や!」ですね。
まず、白昼夢という現象がありますが、人間は実際には割りとよくそれを見てるらしいです、「気づいてない」だけで。

通常、臓器の働きを人間は自覚しません。これはわかりますよね。 脳もまた臓器の一種には違いありません。(霊魂云々はこの場では論議しません)

脳の働きによる活動を「島」のようなものに例えれば、「自我」(通常の「自分」の精神)もあれば「無意識」や「寝てるときの夢」もあるわけです。
普通はこれらの島は隔絶されてるようなものですが、水面下すぐの浅い地面や深い地面のような状態で
波の具合(脳の活動状況)で地続きになったり、細く続いたり太く地続きになったりでも、「自覚の無い」だけで「活動」してるものでしょうが、多分それが目を閉じるのがきっかけに顕著になってると思います
(おれ自身は脳医学者ではないですが、素人程度ながらの知識はそれなりにはあるでしょう)


理屈をこねくり回しましたが要約するに・・・・・



「夢じゃない」というものの、「うたた寝」状態のとき、短時間でも夢を見やすいものですが

       「その状態に入るのが速い」


というとこではないでしょうかね

「入眠幻覚」の一種かと思いますが、一分で覚醒と眠りの狭間に入るのなら「早や!」ですね。
まず、白昼夢という現象がありますが、人間は実際には割りとよくそれを見てるらしいです、「気づいてない」だけで。

通常、臓器の働きを人間は自覚しません。これはわかりますよね。 脳もまた臓器の一種には違いありません。(霊魂云々はこの場では論議しません)

脳の働きによる活動を「島」のようなものに例えれば、「自我」(通常の「自分」の精神)もあれば「無意識」や「寝てるときの夢」もあるわけです。
普通は...続きを読む

Qイメージトレーニングのイメージの浮かべ方について

最近イメージトレーニングを始めました。
普段寝る前などの夜の時間帯にふとんに入ってやっています。
そこで1つ疑問があるため質問させていただきます。

イメージをするというのは、まぶたの裏にイメージの映像を作って見てることでしょうか。
つまりまぶたの裏をスクリーンにして見えていること。(イメージの映像はまっすぐ目線の先にあります)
これがイメージしているということなのでしょうか?

それとも、日常で何かを思い出したときなどに、ふっと頭の中に映像が出ますよね。
例えば仕事の上司に怒られたことを思い出したとき、上司の顔がふっと頭の中に浮かんできます。
(頭の中で映像が出ている)
これをイメージしているということなのでしょうか?

イメージがなかなかうまくできません。
イメージが鮮明でないと効果はないのですかね・・・
どなたかアドバイスをお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
イメージトレーニングされているんですね。
私が始めたのは、小学生の頃からでした。

イメージの浮かべ方は、まぶたの裏に画像を作って見る
とういより、
日常で何か思いだしたときに、ふっと頭の中に映像が出る感覚がそうです。

それを意図的に行うことです。


ちょっと、目を閉じて、
日常で思いだすイメージを浮かべて見て下さい。

先ずは、怒られた嫌なイメージ。
そして、褒められたり、嬉しかった時のイメージ。

直ぐに浮かびましたか?


どちらも、実は心の目で見た過去の記憶によるイメージになります。
実は、人間は1秒間に何コマもの映像を心に記憶する事ができます。
これは、科学的にも証明されていることです・・・
(「ダイアネティックス」 Lロン・ハバード著)

過去の記憶は鮮明に浮かびませんか?


だから、この心の記憶のしくみを利用して
イメージトレーニングすると意図も簡単に上手く行きます。

先ずは、自分のイメージしたい理想にぴったりくる、
もしくは理想に近い在り方をしている人や物などを実際に見に行く事です。

何をイメージトレーニングされているか伺えませんでしたので、
置き換えて考えて頂けたらと思うのですが・・・

例えば、
フィギアスケートをしていて、上手く綺麗に滑れるようになり賞を取りたいのなら、
先ずは、実際に賞を取っている人のスケートを肉眼で見に行くことです。

そこで、理想の形を目に、その会場内の雰囲気、自分の感情と共に心に焼き付けます。
そして、観客が一杯になっている会場も心に焼き付けます。
そして、機会あれば、
また同じスケートリンクに行って、今度はリンクの上に実際自分が立ってみます。
そして、先に心に焼き付けた映像を、目を閉じて蘇らせます。

そうすれば、臨場感あるイメージが簡単に蘇ります。


だから、先ずはご自身の理想に近い人を実際に見に行くことが先です。
そして、その時湧いた感情と共に心に焼きつける!


真央ちゃんが不調から復帰しかなりの上達をとげたのも、
おそらく、イメージトレーニングの再構築の過程でバレエのレッスンを取り入れていたから、
理想の所作の持ち主であるバレリーナーの演技も実際に見られて
心のイメージとして焼きつけていると思います。


心の目に焼き付けたら、
次は、それを自分に置き換えられるような環境に行って目を閉じてイメージする。

例えば、スポーツ選手なら、
目標の大会のあるグラウンドに、誰も使用していない時に入らせてもらうとか。

プロのギターリストやピアニストなら、
舞台のある体育館やコンサート会場に入って、
舞台に上がって心の映像を蘇らせること。

スケートなら、
スケートリンクに上がって真ん中で心の映像を蘇らせること。


実は、ある有名な映画監督は、
小さい時、撮影場に使っていないセットがあったので、
そこで、実際に映画監督のような真似ごとして遊んでたようです。
すごい強烈なイメージトレーニングです。

今、プロで幼いころの夢を実現させている方々は、
意識しているかしていないかはわかりませんが、
同様な経験を小さい頃に何度かそういった経験しています。


ぜひ、まずは、沢山見て、感動を体感してみてください~
イメージトレーニングの成功祈ってます。

こんにちは。
イメージトレーニングされているんですね。
私が始めたのは、小学生の頃からでした。

イメージの浮かべ方は、まぶたの裏に画像を作って見る
とういより、
日常で何か思いだしたときに、ふっと頭の中に映像が出る感覚がそうです。

それを意図的に行うことです。


ちょっと、目を閉じて、
日常で思いだすイメージを浮かべて見て下さい。

先ずは、怒られた嫌なイメージ。
そして、褒められたり、嬉しかった時のイメージ。

直ぐに浮かびましたか?


どちらも、実は心の目で見た過去の記憶によるイ...続きを読む

Q模写する際の絵の記憶方法

イラストの上達手段、練習法の一つとして、
絵を記憶してから絵を見ずに模写する、という手法がありました

しかし文字や音は記憶できるのですが、
絵の情報を細部まで記憶する、ということがどうしても上手く行きません
何か良い方法はありませんか?

Aベストアンサー

少し模写について、僕の意見を申します。模写は、模写をしようとする「絵画」を見ながらするものと思います。例えば、モナリザを模写しようと思えば、モナリザの写真か、展示してある美術館に行って現場で見て制作するものだと思います。(余談ですがモナリザは厳重に管理、保管されているので常時展示されてはいません)多分、画家達のあいだではこの方法が古来からの定番だとされてます。

模写は、お手本になる絵と同じ様に描くことが目的ですので、見ないで模写するとは不可能かと思います。オリジナルのダ・ヴィンチの筆使いや画肌(マチエール)、顔料や絵具を細部にわたり再現することで技術を我がものにするわけです。ですから、制作中は頻繁にオリジナルを見るので記憶は使わないでしょう。模写をしたいのであれば、「絵」を見ないんじゃなくて、かなり頻繁に見て皺やヒダの一本まで同じ様に描きましょう。

僕もイラストを趣味で描きます。左上のプロフィール画像は僕の作品です。質問者様は「模写」と言ってますが、単に「絵を見ずに、その絵と同じ様に記憶で、思い出して描く」ということでいいのではないですか?そうであれば、対象の絵を見ずに記憶で描くのですから、全ての絵を描く人の重要な能力の一つです。記憶を使うのですから、そこにはもう描き手の解釈、誇張(デフォルメ)が自然に入り込み、描く時には筆や絵具の嗜好が加わり、描き手自身の作品になります。

記憶で絵を描くのは、非常に難しいです。元になる、真似る「絵」だけを見るのでは、足りません。ありとあらゆる物を観察して自分の脳裏に焼きつけます。人の動き、車、山や川、建物の構造、道路や階段…きりがありません。それらを見て、時間が経って、次に3次元の記憶を2次元に置き換える。記憶を駆使して、絵画の理論(遠近法、透視法等)をもって制作するわけです。

いつでも考えますよ。水平線に建物が道路に直角で地面から何センチ上から見てるのか?とか。消失点は2個か3個か?とか。そうゆうすべてのものが記憶から徐々に形をとりはじめて「絵」になっていくんです。ともかくよく見るしかありません。後、物理的数学的な考え方が必要。例えば、腕を曲げた絵を描こうとして、うまく肘が描けない。記憶じゃだめで、写真や自分の肘を曲げてみたり…。で、描いてもなんか変。それで、棒を2本考えてハの字にしてみると、曲がらないことに気付く。曲げる所に小さい三角を作らないとハの字にならない。その原理でいえば、パワーシャベルなどの長いアームの曲がりも同じ。フライドチキンのもも肉で、中にある骨も同じ。曲がるところに小さい三角。

まだまだ参考になる物の見方はありますが、きりがないので割愛いたします。物を見る癖をつけることですね。おおまかな原理をつかんで中身の細かいところを把握する。建物と生き物は難しいですよ。いつでもどこでも見て考える。これしかないかな。

少し模写について、僕の意見を申します。模写は、模写をしようとする「絵画」を見ながらするものと思います。例えば、モナリザを模写しようと思えば、モナリザの写真か、展示してある美術館に行って現場で見て制作するものだと思います。(余談ですがモナリザは厳重に管理、保管されているので常時展示されてはいません)多分、画家達のあいだではこの方法が古来からの定番だとされてます。

模写は、お手本になる絵と同じ様に描くことが目的ですので、見ないで模写するとは不可能かと思います。オリジナルのダ・...続きを読む

Q絵が上手い人に質問。イメージ力はどれ程ですか?

ここでのイメージ力、想像力は、一度覚えた映像をどれほど強くイメージできるかです。
「画像が頭にぼんやり浮かぶ」、「鮮明に頭で浮かぶ」、「視覚的に見るのと同じように目の前にイメージできる」、というようにどの程度強くイメージできるかを教えてください。
デッサンの上達などで像をイメージする能力はどこまで鍛えられるのか聞きたいです。

Aベストアンサー

こんばんは

質問がちょっと難しいですが答えてみると・・

たとえば、じゃあ分かりやすいところで
あなたの持っている携帯電話をイメージしてください。

と言われて、どれくらいイメージできますか?


要は、見る力を鍛えるためにデッサンの練習をします。

不意打ちでイメージした人はぼんやりとしかイメージできないと思いますが


では、その携帯電話を20回30回とデッサンした人だったら

不意打ちでぼんやりイメージした人以上に、、

ここは良く擦れてて汚れてるんだよ、とか
ここはガラスだから、、こんな感じで光が反射して、むしろ真っ白な感じなんだよ、とか
ここは平行に角張ってるんだけど、、ここはちょっとずれてるんだよ、、とか。
やっぱり知ってるだけに違うわけなんですよ。


でもって、じゃあ次に・・

この携帯電話のニューモデルを自由に自由にイメージしてください。としましょう


まあもう分かりますよね

練習してる人は、イメージデッサンを繰り返しながら、ぼんやりを修正しつつ
最終的には明確に頭の中で存在しない携帯電話をリアルに見ることができるでしょう。


でもって、、デッサンなどで現実的なモノの見え方を把握していない人は
あんまりリアルにはイメージできないでしょう。



ちなみに、ここでいうイメージ力は、表現力とも言っていいかもしれない感じで、

それ自体がいいとか、あんまり良くないとかとは別の部分です。
こんな雰囲気の・・・とぼんやりしていても、、いいものは良かったりするんです。



しかしながら、、たとえば、本当に携帯電話のデザイナーだったりすると
その表現力のスキルがないと、せっかく良い「ぼんやりしたイメージ」があっても
設計図はできないわけです。

∴ 設計図ができるほどイメージできるようになります。

こんばんは

質問がちょっと難しいですが答えてみると・・

たとえば、じゃあ分かりやすいところで
あなたの持っている携帯電話をイメージしてください。

と言われて、どれくらいイメージできますか?


要は、見る力を鍛えるためにデッサンの練習をします。

不意打ちでイメージした人はぼんやりとしかイメージできないと思いますが


では、その携帯電話を20回30回とデッサンした人だったら

不意打ちでぼんやりイメージした人以上に、、

ここは良く擦れてて汚れてるんだよ、とか
ここはガラスだから、、...続きを読む

Q脳の中で、「画像・映像」をイメージする部位はどこ?

人間の脳の中で、記憶や想像によって 映像・画像を出力している部位はどこなのでしょうか?
名称と、できれば部位のわかる参考画像があれば助かります。

Aベストアンサー

こんにちは。
我々の視覚情報といいますのは、後頭葉で知覚処理されたあと、二つの経路に分かれ、それぞれ側頭葉と頭頂葉で認知、記憶されます。
「物の色や形」、あるいは「顔や模様」といった情報は「腹側視覚路」を通って側頭葉連合野に送られます。これとは別に、「物の位置や配置、動き」などは背側視覚路から頭頂葉連合野に入力されます。
頭頂葉には身体全域から「体性感覚情報」が入力されてり、ここでは常に自分の身体や姿勢などを基準とした「三次元空間座標」が作られています。そして、この頭頂葉の三次元座標を使って物の位置や配置を把握することを「空間認知」と言います。
側頭葉連合野では色や形などを基に顔や模様といった認知・識別を行っています。ですが、頭頂葉の三次元座標を使って空間認知を行わなければその位置や配置は愚か、見える方向も特定できません。つまり、我々の視覚イメージというのは「側頭葉の形態認知」と「頭頂葉の空間認知」が連合することによって作られているということになります。

我々の視覚情報といいますのは知覚処理の過程で「色や形」「位置や配置」という別々の成分に分けられています。ですから、視覚記憶というのもそのまま側頭葉と頭頂葉の機能によって別々に保持されていることになります。では、これを思い出すというのは、その記憶情報がそれぞれの連合野に引き出されることによって再び視覚情報として認知、連合され、脳内に再構築されるということです。
昔見た情景がそのまま思い出せるのは、その背景や配置などが連想記憶として保持されているからです。では、見たこともない、記憶にない情景を想像するというのは、その組み合わせは脳内で後から自在に変更することができるということです。ですが、この視覚認知と連合はそれぞれの視覚連合野の機能を使って行われています。ですから、仮にそれが架空の想像イメージであったとしましても、脳内では見ているのと同じ処理が行われているということになります。
空想と現実の区別が付けられるのは、そこで適切な状況判断が行われるからです。ところが、眠っているときはこの状況判断ができませんので、夢と現実の区別が付けられなくなります。

重箱の隅を突くわけではありませんが、#1さんのご指摘通り、この脳内に構築された視覚イメージを「出力」と呼ぶのはやはり不適切です。まず、脳内で出力と言いますのは、厳密には前頭連合野以降の運動出力や言語運動出力に限られ、各感覚連合野から前頭連合野に至る経路は全て「入力処理」ということになります。
確かに我々は、見た物、あるいは記憶にあるものを視覚イメージとして脳内に捕らえています。ですが、これを出力としてしまいますと、脳がそこに出力した画像を見ているのはいったい誰なのかということになってしまいます。
実は、これは哲学者や科学者の間で古くから議論されてきた有名な難問です。ですが、科学的にはまだきちんと解明はされていいないのですが、果たして、我々の脳内にそれを見ている別な人格が存在するというのはやはりおかしいというのが現時点での暫定的な見解です。このため、近年では専ら、それはイメージ出力ではなく、入力処理過程に現象として発生する「意識や認識」として扱われています。

こんにちは。
我々の視覚情報といいますのは、後頭葉で知覚処理されたあと、二つの経路に分かれ、それぞれ側頭葉と頭頂葉で認知、記憶されます。
「物の色や形」、あるいは「顔や模様」といった情報は「腹側視覚路」を通って側頭葉連合野に送られます。これとは別に、「物の位置や配置、動き」などは背側視覚路から頭頂葉連合野に入力されます。
頭頂葉には身体全域から「体性感覚情報」が入力されてり、ここでは常に自分の身体や姿勢などを基準とした「三次元空間座標」が作られています。そして、この頭頂葉の三...続きを読む

Q頭の中で自由に人体を動かし描けるようになりたい

私の描く絵はほとんど漫画絵です。子供の頃から顔ばっかり描いてきたので、顔しか描けません。それでも、何だか平面的なかんじです。

デッサン力をつけよう!と思いいろいろ検索もしましたが行き詰ってます。

とにかくひたすら模写、という事で、あるサイトにあった方法、「ニッ○ンのカタログのモデルを模写する」を初めてみようと思いました。
しかし、これではいつまでたっても「模写した格好」しか描けませんよね?気付けば、模写したモデルの、腰に手をあてたポーズばかり上達してました・・・。

自分の思うままに描けるようになるためには、人体を立体的に意識でき、頭の中で自由に動かせなければ意味が無いんだと思うのです。

しかし!これがさっぱりなのです!よく紹介されてるサイト↓
ttp://www.asahi-net.or.jp/~zm5s-nkmr/
も拝見したのですが、私には高度すぎるのかさっぱり理解できませんでした・・・・。

立体を意識するためにはどうしたら良いのでしょうか? 紙の上の人物じゃなく、生身の人間をデッサンできれば良いのでしょうがなかなか容易なことではありません。

3Dとしてイメージする、それを紙におこせるようになる・・・・そうなりたいのですが、何からはじめてよいものか途方に暮れています。

出来れば、順を追って修行できるようなサイトか本などあれば良いのですが。Aが上達したら、B、次はC・・・というかんじで、全てやり終えたころにはばっちり!
・・・そんな都合の良いものは無いですかね?

私の描く絵はほとんど漫画絵です。子供の頃から顔ばっかり描いてきたので、顔しか描けません。それでも、何だか平面的なかんじです。

デッサン力をつけよう!と思いいろいろ検索もしましたが行き詰ってます。

とにかくひたすら模写、という事で、あるサイトにあった方法、「ニッ○ンのカタログのモデルを模写する」を初めてみようと思いました。
しかし、これではいつまでたっても「模写した格好」しか描けませんよね?気付けば、模写したモデルの、腰に手をあてたポーズばかり上達してました・・・。

自...続きを読む

Aベストアンサー

連続になりますが、とても気になったので回答をつけます。

質問者様は、まず、「自分を信じる」努力から始めるべきかも知れないと思いました。

>ところで・・・これをやっていると、左手しか描けないってことになるのでしょうか、やっぱり。
>一体、独学でどこまで出来るものでしょう・・・?

上達すると信じて努力する人と、半信半疑のまま努力する人とでは、同じ時間・同じ枚数・同じ課題をこなしても結果は明らかに違います。
他力本願で、何か棚からぼた餅のような都合の良いことを探す方にばかり気がいくのは自分の力を信じていないからではないですか?
そういう方にはよく見られるのですが、最初から「やってみたけどできなかった」ことを想定して言い訳を用意していますよね。
「独学だから無理」「これしか練習材料がないからこれしか描けるようにならない」
そんなことはありません。
左手しかモデルがないからって、左手しか描けなくなることはありません。
目も鍛えられる、と前の回答に書きましたが、数をこなすうちに、描く手だけでなく対象を観察する目も養われます。
目が見たものをうまく表現できるように手に伝達することができるようになっていきます。

と、それだけではなんなので、資料をご紹介いたします。
服の下がどうなってるかわからない…とのことなので。
マール社という、画集や技法書の出版社から、「ポーズカタログ」という本が出ています。
また、美術出版社からも、漫画家・江口寿史氏の監修でポーズ集が出ています。
他にも、同様の出版物はありますよ。

最後に。
>それが、プロの画家じゃなく、目の前にモデルもいないのにさっさとあたりをつけて書き上げてしまう人がいらっしゃるんです。
練習しなくても早く走れる人はいます。
早く泳げる人もいます。
歌のうまい人もいます。
そういう方もいる、ということです。
だからって、誰でもそうであるわけではないんですから、少しでも近づくよう努力するのですよ。
(他人から見て出来ると思う人は、他人が思う以上に努力もしているものです)

連続になりますが、とても気になったので回答をつけます。

質問者様は、まず、「自分を信じる」努力から始めるべきかも知れないと思いました。

>ところで・・・これをやっていると、左手しか描けないってことになるのでしょうか、やっぱり。
>一体、独学でどこまで出来るものでしょう・・・?

上達すると信じて努力する人と、半信半疑のまま努力する人とでは、同じ時間・同じ枚数・同じ課題をこなしても結果は明らかに違います。
他力本願で、何か棚からぼた餅のような都合の良いことを探す方にばかり...続きを読む

Q皆さんはどこまで鮮明に頭の中にイメージを浮かべることが出来ますか?

例えば林檎を頭の中に浮かべるとします。
皆さんは、目を閉じて暗闇の中に林檎を思い浮かべようとした場合、
どこまで鮮明に思い浮かべることができますか?

私は、「りんごりんご」と強く意識しても、
思い浮かべることができません。
色や匂いどころかシルエットも浮かび上がりません。

実は、イメージトレーニングというものに手を出そうと思っているのですが、
こんなに描写力がないのは私だけなのだろうかと
不安に思い、質問させていただきました。

Aベストアンサー

単純に、一表現者として。

現実のりんごをイメージする事にどういう意味があるのでしょう? 実際にあるものをどうしても忠実に描きたいなら、実物を見ればそれで済みます。解決策があるだけマシですよ。
実物を見ずして対象物を忠実に描く事に、自分はそんなに意味があるとは思えませんね。確かに製作時間の節約くらいにはなるでしょうが、その人の表現の幅が広がるとか、センスが研ぎ澄まされるとか、作品が優れたものになる等という事とは、ほぼ無関係です。(勿論、実物を見ずして人間の想像とアレンジだけで「実物を越えた表現」をする事なら、アートにおいて意義のある事だとは思います。)


表現において本当に難しいのは、「実際に無い事象」あるいは「今まで無かった表現」を形にする事ですよ。
ファンタジーや仮想は特にその代表例で、これは本当に発想力や想像力を必要としますね。自分の思考を削られる程のハードな作業です。
さらに、それを人に伝えられる「作品」という形にする事は、その何百倍も難しい事です。
それを考えれば、りんご1つをあるがままに描くなんて、たくさんある表現の中の些細な壁の1つでしかないかと思いますよ。

単純に、一表現者として。

現実のりんごをイメージする事にどういう意味があるのでしょう? 実際にあるものをどうしても忠実に描きたいなら、実物を見ればそれで済みます。解決策があるだけマシですよ。
実物を見ずして対象物を忠実に描く事に、自分はそんなに意味があるとは思えませんね。確かに製作時間の節約くらいにはなるでしょうが、その人の表現の幅が広がるとか、センスが研ぎ澄まされるとか、作品が優れたものになる等という事とは、ほぼ無関係です。(勿論、実物を見ずして人間の想像とアレンジだ...続きを読む

Q勝手に映像が頭に浮かぶことはありますか?

たぶん脳の仕組みに関わると思うので、科学のカテゴリかもしれませんが、イマイチしっくりくるものがなかったので心理学のカテゴリに書きました。
昔から、何の前触れも無く頭の中にぽんっと映像があらわれることがあります。だいたい過去の記憶で、昔住んでいた町の駅前の風景とか、
よく通っていた道とその周りの景色とか、とりとめのないものです。何か思い出に残るような「シーン」ではなく、大して特徴も無い場所や建物の静止画が何のきっかけも、連想もなく現れます。人は出てこないと思います。最近、「え、なぜ今、あの場所がでてきたの?」と、自ら思い出しもしなかった場所が浮かぶのがすごく不思議なのです。周りの人に聞いたらそんなことは起こらないらしいのです。別に困っていませんが、同じような人がきっといると思って質問しました。そういう人はいますか?
これは、脳の仕組みかなにかと関係があるんでしょうか?

Aベストアンサー

私もたまにあります。
不特定のいろんな場所で何かを思い出すのですが、ひとつだけきっかけがはきりしていることがあります。
空気の臭いです。
説明するのはとても難しいのですが、そのときの温度・夕食の準備のようなにおい・湿り気その他いろんな状況が特定条件でそろったとき、”ふっ”と35年くらい前の子供の頃の風景が浮かびます。
そのほかにも違う風景(というか記憶の一部)が別の条件の時に出てきますが、そのきっかけは不明です。

私の推測ですが、
おそらく膨大な記憶は忘れている物も含めて記憶としては残っているのではないかと思います。
それを辿るキーワードみたいなものが、五感で感じるものでかつ単純なものになっている場合、たまたまよく脳内で記憶に繋がってしまうのかも知れません。
そういう経験が多い記憶ほどさらに学習されてもっと出てきやすくなってしまうのではないかと考えます。

Q”絵がうまい”科学的に解明すると?

よろしくお願いします。”絵が上手い”というのは、科学的に説明できますか?先天的な脳の特質(才能と呼ばれるのでしょうか)として、学術的に説明されるものでしょうか?

上手い絵、才能のある絵といっても広域ですが、ここでいう”上手い絵”は、写実性、基本のデッサン力の安定性をさします。

自分は物心ついた時から、物の形をなぞるのがわりと得意で、いわゆる”リアルな絵”というものをある程度は描くことができました。好きこそものの上手なれなのか、素質があったから楽しくて好きになったのか、絵を描く職に就いています。ちなみに父も美大で洋画の講師をしています。

ふと、絵を描く能力、見たものを写し取る能力などをつかさどる分野が脳内にあり、そしてそれは遺伝したり、また発達・未発達があったりするものなのかな、と疑問に思いました。

音楽の分野に”絶対音感”というものがあるように、先天的に絵の才能をつかさどる脳機能はあるのでしょうか?芸術としての良し悪しはさし除いて、科学的なご見解を承ります。

Aベストアンサー

こんにちは。
質問者さんの絵の才能は幼年期の環境から身に付けたものであり、遺伝でもらえるような代物ではありません。素晴らしいことだと思います。
私の友人は子供の頃からずば抜けて絵が上手く、美大へ進み、とうとう本物の画家になってしまいました。斯く言う私は絵を描くことが大の苦手なのですが、何故か楽器の演奏がけっこう得意です。
この友人との決定的な違いは、友人の家には漫画の本が山ほどあったということです。片や、私は子供の頃に漫画本を買ってもらったことはほとんどなかったのですが、母親が音楽好きで家にはたくさんのレコードがりました(ステレオセットがまだ珍しい時代です)。友人は自分の才能に磨きを掛けてプロになったわけですが、私には私に与えられた環境があったのだと思っています。

絵の才能が視覚機能に関係するものであることは言うまでもありません。ここでは視覚情報を処理し、運動機能によってそれを的確に再現する能力が要求されます。従いまして、絵が上手いというのは以下の三つの脳機能に裏付けられます。
「視覚処理能力:視覚連合野」
「空間認知機能:頭頂連合野」
「描画技能:大脳基底核、小脳」
このような機能には遺伝的な体質による能力の個人差はあると考えられます。ですが、脳といいますのは学習する臓器であるため、それが先天的な能力として才能に反映されるのは極めて僅かでしかありません。

脳といえども遺伝的な個人差があります。ですが、そこは産まれたときにはほとんどが白紙状態であり、先天的な能力を発揮するどころか、逆に生後学習が行われなければ何もできる状態ではないのです。
因みに「絶対音感」といいますのは先天的な能力ではなく、これは生後学習によって獲得されるものです。「学習臨界期」といい、ある程度の年齢を過ぎ、脳の聴覚神経が完成してしまうと幾ら訓練をしても習得することができなくなります。
視覚にも学習臨界期があり、視覚形成期にある程度の視覚学習を行いませんと、物の形が認識できなくなるという「視覚音痴」になります。もちろん、通常の成長ではこのようなことはまず起こりませんが、少なくとも視覚の発達においては遺伝的な体質よりも幼年期の学習環境の方が遥かに重要であることは間違いないです。

「視覚処理」といいますのは見たものを分類する作業であり、形の識別や色彩感覚などが含まれます。この機能の個人差は比較的大きいと思いますが、最終的な優劣は環境や訓練によって幾らでも変わってしまいます。
「空間認知」では視覚処理された色や形に位置関係の把握が行われるわけですが、果たして脳内でこれができなければ絵は描けません。これにも個人差というのはあると思いますが、絵を描くひとが物の大きさや角度を正確に把握するためには当然それなりの訓練が必要となります。
では、このような視覚情報を基に筆を動かしているのは実は大脳皮質の運動野ではなく、小脳や大脳基底核に学習された「熟練運動記憶」というものです。我々の腕の関節は七軸が自由に動きます。逆に言いますと、線引きやコンパスを使わずに直線や円を描くのはほぼ不可能ということです。視覚情報を基にこの七軸の関節を上手くコントロールしているのが小脳の熟練運動記憶です。ですから、大脳皮質で幾ら考えても絵は上手くなりません。読んで字の如く、この能力は繰り返し使われることによって精度が向上します。当たり前ですよね。

ひとそれぞれに才能の異なるのは、それが幼年期の学習環境にあるからです。これにより、親の才能は子供に譲り渡されます。質問者さんは与えられた環境から才能を身に付け、鍛錬を続けてきたのだと思います。
もちろん、親からもらった遺伝子が与えられた環境に適していたために才能が開花したという考えを否定することはできないです。ですが、昔たいへん偉いひとが「1%の才能と99%の努力」と言いました。ならば、それがどのような生後環境であったとしましても、残りは99%の可能性ということになります。

こんにちは。
質問者さんの絵の才能は幼年期の環境から身に付けたものであり、遺伝でもらえるような代物ではありません。素晴らしいことだと思います。
私の友人は子供の頃からずば抜けて絵が上手く、美大へ進み、とうとう本物の画家になってしまいました。斯く言う私は絵を描くことが大の苦手なのですが、何故か楽器の演奏がけっこう得意です。
この友人との決定的な違いは、友人の家には漫画の本が山ほどあったということです。片や、私は子供の頃に漫画本を買ってもらったことはほとんどなかったのですが、母親...続きを読む


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