痔になりやすい生活習慣とは?

詩の定義ってありますか?
あったら、原典を教えていただきたいのですが。
よろしくお願いします。

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A 回答 (1件)

詩とは文学の一分野、それ以上の定義はないでしょう。


詩、それは人の心に起こる感興をあるリズムで歌い上げたものであり対象は人、物、風景などこの世の事物の全てです。詩を分類することは出来ます。中国の漢詩に対して和歌或いは新体詩、歌う対象によって叙事詩、抒情詩、劇詩など。詩の形式によって定型詩、自由詩など。我々が日常聞いているあらゆる種類の歌(民謡、演歌、ポップ、ラップなど)の歌詞も詩です。

詩とは何か、もし権威ある回答(説明)を求めているのであれば権威ある国語辞典を参照してください。詩の一形式の定義を求めているのであれば、同じように辞典に解説があるでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2002/12/24 19:42

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Q詩人の皆さんに尋ねますが、良い詩の定義とは一体何なのでしょうか?

詩人の皆さんに尋ねますが、良い詩の定義とは一体何なのでしょうか?
何を書けば、どういう風に書けば良い詩になるのですか?
ポイントがあれば教えて下さい。
あと、詩と歌詞というのは全く別物なのですか?
よく、こんなものは歌詞であって、詩ではないとか批評する人がいますが、その違いがいまいち解りません。
その違いを教えて下さい。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

あいにく私は詩人ではなく、単なる一詩歌ファンにすぎません。

>詩人の皆さんに尋ねますが、良い詩の定義とは一体何なのでしょうか?
>何を書けば、どういう風に書けば良い詩になるのですか?

これは自信をもって断言いたしますが、「良い詩」は例外なくリアリスティックです。
したがって、「良い詩」を制作するには、とにかくリアリズムを心掛けること、モノ・コトをあるがままに、できるだけ正確に描き出すことを措いてほかにはないと思います。

これは何も詩に限ったことではなく、小説は言うに及ばず、絵画等の美術にしても、音楽にしても同じはずでして、古来、優れた芸術作品はいずれもリアリスティックであったと説明するしかないと思います。
と言うか、詩にしろ、芸術にしろ、その誕生事情について、《美》とかという、誰もちゃんと説明できないくせしてやたら使いたがる曖昧な語に惑わされずに考えるなら、そもそも外界(環境世界)の正確な認識(リアリズム)を目指したものに他ならないはずですし、第一、そうでなければ、その根本的な存在理由(=生活に役立つこと)も消滅してしまいますからね。

そして、人間が生活環境の中ではじめて出遭ったモノ・コトを前にして、自分の知っている出来合の言葉が役に立たないこと、にもかかわらず、何とかこの新しいモノ・コトをぴたりと言い表したくて試行錯誤するうちに口をついて出てきた言葉、これこそが本当の意味での《詩》だと思います。
その意味で、詩とは、こういう言葉の誕生事情に根ざした人間の認識の営み、つまり生きていくための基本的な営みそのものと言うことができるかもしれませんね。

ということで、詩の言葉とは、人間にとって最もリアリスティックな言葉であり、人と外界(モノ・コト)と言葉とが三位一体になった瞬間に発せられた言葉であると説明するしかないような気がします。

なお、「良い詩」を作る上で一等陥りやすいワナは、「素直に思ったまま書く」という耳触りの良い、しかも何ら具体的な説明になっていない俗説です。
なぜって、私をも含めたたいていの人にとって、「素直」とは、自分が何に囚われていたり、支配されていたり、流されていたりしていて、なおかつそうと全く自覚していないことを意味しているはずですから。

>あと、詩と歌詞というのは全く別物なのですか?

「詩」とは中国語でして、和訳すれば「うた」になります。
「うた」とは「うたふ」の連用形で、もともと「訴ふ」とか「打つ」とかという言葉と同類だったと考えられます。
このような切実な気持ちを引き摺りながら身体から発せられた言葉は、すべて「うた」になるしかないような気がします。

あいにく私は詩人ではなく、単なる一詩歌ファンにすぎません。

>詩人の皆さんに尋ねますが、良い詩の定義とは一体何なのでしょうか?
>何を書けば、どういう風に書けば良い詩になるのですか?

これは自信をもって断言いたしますが、「良い詩」は例外なくリアリスティックです。
したがって、「良い詩」を制作するには、とにかくリアリズムを心掛けること、モノ・コトをあるがままに、できるだけ正確に描き出すことを措いてほかにはないと思います。

これは何も詩に限ったことではなく、小説は言うに及ばず、...続きを読む

Q詩と散文などの違い

高校生の頃から、詩、俳句、短歌などを作って、同人誌のまねごとをして遊びましたが、よく考えてみると、それらについて正式な教育は受けたことがありません。最近考えるのは、詩って何だろうと言うことです。俳句などと違って字数の制限はありませんし、長いものになると40ページを越えるものもあると聞きます。散文などと詩では、何が違うのでしょう。詳しい方にお答えいただければ嬉しいのですが。

Aベストアンサー

 言葉の元来の意味で言えば、韻文とは「定型詩」のことであり、散文とは『定型詩以外」です。日本の伝統的な韻文は、(広義の)「和歌」(「今様歌」「連歌」なども含む)「俳句」「川柳」「都々逸」などであり、これは音数や使える語などに規定がありました。特に和歌は、音数以外にも、漢語を使ってはだめだとか「馬」は俗語だから「駒」を使えとか、非常に細かい制約の中での創作だったのです。
 明治になって西洋流の詩が輸入されたわけですが、欧米でいうpoetryとはまさに韻文で、一行の音数やら頭韻・中韻・脚韻やらの規則が厳然としたものでした。40ページを超えるような詩ですら、ひたすら音数と韻を守って書かれているわけです。こんなのは日本語ではことばの仕組みとして無理でしたので、せめて音数を一定にするといったくらいの制約の中で書けばよかろうという感じで新しい「定型詩」が生まれました。もちろん、定義からして「和歌」「俳句」なども「定型詩」の一種です。なお大正から昭和にかけて、日本語でも厳密に脚韻を踏んだ定型詩を作る運動として「マチネ・ポエティック」という運動があったそうですが、成功はしませんでした。話が飛びますが、現代のラップ音楽の歌詞は、あれは音数に制約があってかつ韻を踏んでますから立派な定型詩というべきですね。マチネ・ポエティックの失敗は、20世紀末になって達成されたとも言えるわけです。
 話を戻して「自由詩」は、一行の音数にも、韻にも何らの制約をなくしたものです。これは伝統的な「韻文」の定義を根底から覆すものですから、形式的には「散文」に属すると言うべきものです。実際に「自由詩」のことを「散文詩」と言うこともあります。形式的には小説やエッセイなど他の文体と区別することは不可能ですので、ある文芸を見て「自由詩」と判断するか「小説」と判断するかは見る者の主観でしか決められません。何を以て詩情とするか何てのは、決めようがないことです。
 なお論文や説明文などを散文ということはないようです。
 まとめますと次のようなところです。

韻文(定型詩)  和歌
         俳句
         川柳
         都々逸など
         狭義の定型詩  文語定型詩、ラップ音楽など
境界上      自由詩(散文詩)
散文       小説・エッセイ・紀行文など

 言葉の元来の意味で言えば、韻文とは「定型詩」のことであり、散文とは『定型詩以外」です。日本の伝統的な韻文は、(広義の)「和歌」(「今様歌」「連歌」なども含む)「俳句」「川柳」「都々逸」などであり、これは音数や使える語などに規定がありました。特に和歌は、音数以外にも、漢語を使ってはだめだとか「馬」は俗語だから「駒」を使えとか、非常に細かい制約の中での創作だったのです。
 明治になって西洋流の詩が輸入されたわけですが、欧米でいうpoetryとはまさに韻文で、一行の音数やら頭韻・中...続きを読む


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