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婚約者が真如苑の信者です。
私は特別に何かの宗教を信仰をしていません。故に、彼の信仰心が理解できるか不安です。

真如苑って実際どんな宗教なのでしょう?
とても費用のかかる宗教なのですか?
修行とお金を支払う行為の関連性ってどういうことなのでしょう?
「接心」って実際どうなんですか?

私自身、ネットで色々調べて見ました。ウィキペディアも見ました。
ただ、こういった宗教って良い印象を持ってる方、騙されたなどと拒否反応を示す方両方いると思います。
どちらでも構いません、何でもいいので、お話聞かせて頂けると嬉しいです。

と言うのも、今後結婚したら、私はどう宗教と付き合っていけば良いのか心配だからです。
彼の家族全員信者で、さらに真如苑的にかなり位の高い身分らしいのです。彼は、私に強要もしないし、家族を何よりも大切にするのが教えだから、心配しなくて良いと言っていますが、そもそも信仰してる本人の発言なので、どれだけ客観性があるかも私には分かりません。

宗教心と、教祖(←正しい表現でないかもしれませんが)を信仰するのって、違うことな気がするんです。
なにも分からなさすぎて、不安なので、何かお答え頂けると非常に助かります。
よろしくお願いします。

A 回答 (5件)

こんにちは。


はじめましてっ
私も真如教徒です。

>とても費用のかかる宗教なのですか?
いえ、月200円で大丈夫です。
歓喜代(お布施のようなもの)をはらっていらっしゃるかたもいます。
これは本人の自由です。
間違ってはいけないのは、お金の量は関係ないと言うことです。
大金持ちの100万円より、小学生の100円のほうが尊いと私は思いますし。

>修行とお金を支払う行為の関連性ってどういうことなのでしょう?
一概には答えられませんが、やはり、もちろん教団もお金なしでは経営ができないと言うこともあります。
けれども、私たちの気持ちとしては感謝の気持ちとしておさめさせていただいています。お金じゃないですけどね!

>「接心」って実際どうなんですか?
接心とは、心の鏡、とよくいわれています。
顔に何かついてるとき、鏡をみなくてはわかりません
そのように、心のよごれをみせていただくものです。
また、私は一人、一人、欠点も違う中で、自分が今どこをなをしたほうがいいのか、ときずかせていただくものだと思います。
形式については知っているでしょうか?

すいません。ウィキペディアは私も見ました。しかし、内容は批判サイトよりはいいものの、悲しくなるようなものばかりです。
わたしは今回、答えに投稿させて頂きましたが、kk7382さまには、ネットではなく、旦那さまや周りの真如苑の人々を、信じていってもらいたいと思います。
教えにより、旦那様の今の性格があると思います。すべてではないですが…
私は真如苑にある不思議を頼って信仰しているわけではありません。
もちろん、不思議も感じますし、そのことについて感謝もします。
苦しくて、死にたくて、泣いていた時、仏様、教主様を思い、救われる。
そして、つらい事を乗り越えられるのは、確かなものだと思うんです。
旦那様もきっとそうして乗り越えたこともあると思います。
そんな教えだからこそ、旦那様もきっと信じていらっしゃると思います。
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真如教徒です。

まだ5年目ですが、お話させて下さい。
>修行とお金を支払う行為の関連性ってどういうことなのでしょう?

私が支出しているのは月々に、少なくて1000円、多くて4000円。平均すると2500円位です。
世間の中で生きるには、何をするにもお金がいり、信仰にお金がかかるのは、仕方ないと思っています。
ただし、お金を積んで現世利益を求める事は、教えに反します。

「お金を払うのが修行」では、まったく無いのです。
この世間が、そのまま修行の道場ですから、修業への感謝の一つとして、私はお金を支払っています。

>宗教心と、教祖(←正しい表現でないかもしれませんが)を信仰するのって、違うことな気がするんです

正直な話、私も最初、違和感がありました。
聖徳太子は、『篤く三宝を敬え。三宝とは、仏・法・僧なり』 と仰いました。
釈尊・その教えである仏法・それを今の世に説く僧侶。この三つは宝だ、と仰ったのです。
いま、私の心には、この三宝が一つになっています。

私は最初、哲学によってこの教えに出会いました。
ハイデガー・ヤスパース・ニーチェ・カント、そしてバタイユ・キルケゴール。
キリスト教は、聖書、M・ヴェーバー、内村鑑三。イスラムは、コーラン、そして井筒俊彦。仏教は、横山紘一、紀野一義。
そうして、つかんだ信念に、まったく別の道から登るのが、この教えだったのです。

会社の組織の中で、自らの事は後まわしにしても、まず他人を思いやれる人、他人のために、と渾身の努力ができる人は、
部下からも、上司からも信頼され、良い仕事をし、充実したサラリーマン生活を送ります。
「まず他人を」という信念を、道徳や、世渡りの術ではなく、
自らの確信として、心に深く感謝させて頂けるのが、この教えです。

今でも、哲学は面白くて仕方ないですし、
この教えによって、仏教美術のすばらしさを深く感受しました。
その、『生きる喜び』『生きる意味』を、また別の道から、この教えによって、私は確信できたのです。

ただ、とても気になるのですが、
あなたの婚約者こそ、あなたの問いへの、最高・最良の答えをお持ちだと私は信じています
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はじめまして。


めちゃんこバリバリの真如教徒です。頑張ってます。
智流学院(仏教について教えてくれるカルチャースクールのようなの。卒業すると僧階(お坊さんの位)が頂けます。)2年生です。
そういう立場からお話させて頂きますので、ご了承下さい。

費用は、入会金の200円と、月額200円。
年間2600円がかかります。
修行の中に「歓喜」というものがあります。これはお布施です。
お金を使用します。ですから、入会金・月額の他に、実際にお金を支払うこともあります。ちなみに金額は決まっていません。個人で決めます。誰かに「いくら払った?」と聞かれることはありません。
以前は、教徒の中から願い出て「毎月○○円歓喜させて頂きます」とお誓いする「歓喜制度」というのがありましたが、現在は外部からの誤解を避けるため、制度そのものが廃止になりました。
その他に、お護摩(火のお浄め)お施餓鬼(先祖供養)があります。
お護摩は1000円から、お施餓鬼は500円からです。
金額が高いかどうかはご自身でご判断下さい。
ちなみに海外の精舎・教徒はこの金額ではありません。日本は物価が高いですからね。

修行とお金を支払う行為の関連性ってどういうことなのでしょう、ということについてですが。
真如苑の歓喜とは布施波羅蜜であり、心の執着を取っていく修行です。お金って大事ですよね。命の次に、ともいえるかもしれません。お金があればおいしい物も食べられるし、旅行にもいけます。「美味しい物食べたい、旅行にいきたい」といった自分中心の「我」のこころをとり、命より大切なお金を仏様に捧げていく。そのとき、我が清まり、「他」へ心を向けていくことができるようになると思います。人様思いやる心を作っていく修行ではないかと思います。
大切なのは、喜びでさせて頂くことだと思います。お金を出すだけの行為は徳が毒になるだけです。好きなミュージシャンに贈り物をしたりする人もいるでしょう?あの気持ちと歓喜はとてもよく似ていると思います。無条件で相手に喜んで頂きたい。ミュージシャンはきっと、どんなに贈り物をしても返事の手紙はくれないでしょう。それでもプレゼントしたい。こういう気持ちと似てると思います。

仏教徒は、仏様のファンです。クリスチャンはイエス・キリストのファンでしょう。真如教徒は、真言宗醍醐寺97世大阿闍梨・真如苑教主伊藤真乗のファンなんですよ。宗教はそういうものだと思います。真如教徒は真如苑が好きなんです。だから法要にいったり、集会に行ったりするんです。

「接心」についてですが、これは精舎で「接心の頂き方ビデオ」を見て頂くのが一番いいと思います。

だんなさまが真如教徒とのことで、至極個人的な立場から言えば、ものすごく羨ましいです。なによりも家族は大切にされるでしょう。
それは、家族を大切にしなければ不思議と真如苑での祈りに影響がでるからです。そういうものなんですよ。真如苑の関係で、不快な思いをしたら「あなたはそれでも真如教徒なんですか」と行ってあげて下さい。
なにか気づくと思います。

どうぞ、皆さん仲良く過ごされますように。祈っております。
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はじめまして、kk7382さん


私は直接この宗教に関わった事がありません。
なので、件の宗教団体が所謂『カルト』なのかそうではないのかは別にして、

>修行とお金を支払う行為の関連性ってどういうことなのでしょう?
>宗教心と、教祖)を信仰するのって、違うことな気がするんです。

質問文に書かれた通り、貴方の率直な感想が正しいと思います。
上の貴方の感想が『正解』と私は思います。
この先、誰に何を言われようが、御自身を信じて下さい。
ネット、ウィキで調べた上で「わからない」と言うのは、
『彼に対する愛情』と『神様や仏様=宗教に対する批判のし辛さ』がフィルターになっているのでは?
いづれにせよ、結婚後に問題が大きくなります。

私の偏見と拙い経験から言わせてもらうなら、
本当に真っ当な宗教なら、ちょっと検索した程度で批判サイトや否定的な意見は簡単に出てきません。
安心したくてどんな活動をしているのか見に行きたくなると思いますが、
無駄な上にデメリット大ですので、辛くても外部から調べる様にして下さい。
中に入って調べようとしても、麻痺して余計に解らなくなります。

>彼は、私に強要もしないし、家族を何よりも大切にするのが教えだから、心配しなくて良いと言っていますが、

これも、今はまだ良いのですが結婚後守られるか?疑問です。

悪い場合を想定して書いていますので、脅かす様で心苦しいのですが、
本当に結婚するのは、この問題がハッキリ解決してからをお奨めします。
(結婚後の問題の解決は、今より一層難しく、若しくは不可能になります)

この辺は、過去の質問 http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2838592.html の回答No10さんが参考になると思います。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2838592.html
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昔真如苑だったことがあります。


末端の末端、しかもあまり熱心でなかった人間の話ですので参考になるかわかりませんが。。。

受験が迫ってまあ神頼みでもしとくかという感じで入信しました。

会費はよく覚えていませんが月数百円程度を年に一括払いだとおもいます。数珠なども買いましたが小遣いで変える程度、妥当な額でした。まあ安いのを買ったと言うこともあります。
地区の集会にも何度か出ました。正座してみんなでお経を聞いている感じで、内心退屈ではありましたが。

結局、高校を卒業する頃には興味もなくなり、会費払うのをやめて抜けました。(本来退会手続きがいるらしかったのですがしなくてもやめられました)
私の体験した限り、入るのも出るのも自由です。脅しのようなことは一切されませんでしたし、お金もかかりませんでしたのでその辺は好印象です。

勿論他にもいろいろあります。はまりだしたらお財布が保たないと思いますが、少なくとも自分の時は強要されませんでしたので。

ただ、やはり何人増やすと位が上がるといった制度はあります。そして熱心な人ほど強く干渉してきます。そういう人と関わると些かうざいです。

のめり込むとろくな事がないのは、どの宗教でも同じです。
(うちの近所に一人いまして、今はどうか知りませんが周囲を誘いまくっていたことがあります。皆さん一度は入るのですが、1年もすると多くがやめてしまうんです。興味がない人を誘うとそうなります。面白いですね。)

浸かってしまうと視野が狭くなりますから、是非入るべき、とは思いませんが、少なくとも深入りしない限りは特に危険と言うこともないでしょう。

とはいえ、やはり盲信している人は見ていて気持ちが悪いです。
朝夕にお経を唱えるだとか、私はやっていませんでしたがそんなこともあったと思います。育児のことを考えるとやはり幼少期からの刷り込みには賛成しかねますので、そのことを軸に話し合えば今後の方針が見えてくるのではないでしょうか。
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