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労働は素晴らしいという哲学ー上部構造

やがては就職し労働力を売らないと食べていけないという階級の子弟が大学に進学する程度の余裕を持つにつれて労働は素晴らしいものだとする形而上学が発達する。

学問も法律や国家と同じく上部構造であり、学問も下部構造(生産様式)に従って規定される。

上記の見解についてどう思いますか?

A 回答 (4件)

まず、労働の形而上学についてですが、これは少しおかしいですね。

労働自体は、一義的に良い悪いの評価はできないでしょう。例えばカントも才能や能力について考察していますが、悪い労働と言う言葉が形容矛盾にならないかぎり、良い労働もあれば悪い労働もあると言う事でしょう。これは形而上学というよりは、一種の思想と言うのでしょうか、或いは風習や習慣、世間の空気と表現した方が良いのかもしれません。ちなみに、働かなければならないから、働くことは良い事だ、と言う構造は、ニーチェのルサンチマンですね。

下部と上部の件ですが、半分と言う表現が適切かどうかは分かりませんが、部分的には正しいのですが、部分的には間違ってもいるのではないでしょうか。昨今の市場の混乱は、社会的信用という上部構造の不安が、生産と言う下部構造を機能不全に陥れそうな強力な影響力を持っています。市場が上部構造かどうかは意見が分かれるのかもしれませんが。
生産体制が上部構造を規定するのは、生産と消費が直接結びついていた、いわゆる「資本主義的生産様式が支配的に行われている社会」に於いてですが、現在は「金融資本主義」の状況で、例えば日本における利益に関しても、生産よりも投資的な利益の方が優位になっているようです。

生産と消費を直接結びつけて、セーの法則(供給自体が需要を作り出す)が有効だった時代は、造れば売れる時代ですが、現在の先進国では、消費や需要を作り出さないと生産が出来ないという、逆転現象もあらわれています。生産力の過剰が生産力の影響力を削ってしまうと言う皮肉ですね。下部・上部の二分法は分かりやすい説明ですが、単純に一方的な影響力だけを強調するのは問題なのかもしれません。生産と消費と言う単純な構造ではなく、生産・流通・消費、或いは、シュタイナーだったか、決済と言うカテゴリーを加えたり、マスメディアによるプロパガンダの影響とか、まぁ、現在は「ゆたかな社会」「消費社会」「浪費」「複雑系の時代」ですね。

学問の問題が取り上げられていますが、私の個人的考えでは、上部・下部と言う分け方よりも、商品化の問題、一般に資本主義は、世界を商品で構成してその領域を拡大することによって成長するわけですが、以前から商品化できない対象は残っていたわけですね、ところが、余暇、教養といったものはすでに商品化していますし、臓器売買にいたっては身体さえも商品化されかねません、かってマルクスも人間だけは資本も生産が出来ないと考えていたようですが、商品化の勢いはマルクスの予想以上なのか、結局、すでに学問も商品になってしまったかどうかを分析すると言う方法もあるように思いますが。

商品化する学問に関しては、特許権等の利権が絡んで、分子生物学のDNA解析とかIP細胞でしたか万能細胞開発とか、宇宙開発・原子力関連に至るまで、学問と経済が一体化して、学問の商品化は進んでいるのではないでしょうか。まぁ商品と無縁な学問として、哲学には頑張ってほしいと言う願望はありますが、最近の哲学もちょっと怪しいですね。

誤解されるといけないので、一言付け加えて起きます。社会の構造は、発生生物学の知見との類比があります、受精卵が一時的に「鰓」が発生したり、尾骨や盲腸が残っているように、或いは、堆積した土壌が多数の層を構成して、そのほんのわずかな表面が有機体にとって非常に重要な位置を占めてくるように、血縁・民族・封建主義・重商主義・資本主義の残滓の上に、現在があると言う事です。下部構造が上部構造を規定している事実も残っていると思います。あくまでも、比喩ですが。
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う~ん、マルクスの理論とプロテスタンティズムの理論を融合した論理ですかね?



マルクスは、人間社会を「上部構造」と「下部構造」に分けてます。
んで、「上部構造」は「国家・法律・学問・哲学」を形成すると述べます。
で、「下部構造」は「人間の生産関係(経済)」であると捕らえます。
この下部構造は「ブルジョアジー」と「プロレタリア」の関係で構成され、それにより「生産力」が規定されていきます。
この「下部構造」の発展によって「上部構造」が規定されると考えます。

一方、「労働はすばらしいという哲学」はプロテスタンティズム(カルヴァン派)の考えです。
これは、宗教改革で有名なカルヴァンの唱えた論理です。
カルヴァンの予定説では、救済される人間は予め決定されており、人間の意志や努力、善行の有無などで変更することはできないと考えました
しかし、禁欲的労働に励み社会に貢献することによって、はじめて「自分は救われる」という確信に至ることが出来ると考えました。
マックス・ウェヴァーによれば、このカルヴァン派の考えが、労働に励むことに人を向かわせ、資本主義の発展に寄与したとされます。

>やがては就職し労働力を売らないと食べていけないという階級の子弟が大学に進学する程度の余裕を持つにつれて労働は素晴らしいものだとする形而上学が発達する。
>学問も法律や国家と同じく上部構造であり、学問も下部構造(生産様式)に従って規定される。

上部構造・下部構造に分けるのは、マルクス主義の考えですが、「労働はすばらしい」というのは、カルヴァン主義の考えですね。
つまり、お話の論理は、この二つの論理を組み合わせたモノですね。


>上記の見解についてどう思いますか?

歴史的に見て、「労働を他者に委ねた時代(奴隷を使役していた)」である古代ギリシア・ローマ時代や、「資本によって時間を買える」時代である産業革命以降などに、およそ「学問」と呼ばれる事をやってる人は「(肉体)労働」をしませんからね。(まぁ、「労働」をどう規定するかによって変わりますけどね)
法律も「経済関係」で決まることもありますしね。

ただ、それが全てかというと違いますしね。
上部構造(国)が下部構造(労働)を規定することもありますしね。
※例えば、戦争とか

まぁ、一つの社会の分析方法としては有効な考えかもしれませんね。
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家畜の発想です。

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形而上学も進学して学んだ上で生まれてのであればそれは上部構造の形成者に師事したものですよね?!



学問も法律も国家も上部構造形成者が作ったものですが影響を与える大半の人は下部構造者に他なりません。

下部構造者の統制の効率化ととれなくもありません。

下部構造者はその見識の狭さから身近なものにしか興味関心はもてません。その狭い世界の中でも最大限の喜びを得るために上部形成者から教えられたということではないでしょうか。

う~ん、深すぎてあっているのかもわかりません。
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