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自分は人生においてもっとも大切なことは

「期待値を追うこと」

だと思っています。

たとえば、
勝率が10%で、掛け金が9倍になるようなギャンブルと
勝率が90%で、掛け金が1.2倍になるようなギャンブルでは
私は後者を選びます。

ちなみにこれは期待値の単位をお金と考えると
期待値が前者より高くなるからです。

ですが、ここで期待値の単位をギャンブルとしての楽しさと考えると
前者を選んだほうがいいでしょう。

人間は決して期待値をお金のみで考えているわけではないと思います。

お金、時間、家族、友人、地位、名誉、アドレナリン…

期待値の単位としてあげれば無数にあると思います。

人間はそれらすべての要素を踏まえて最大期待値の行動をとっているのだと私は思っています。

これらを漠然とまとめるとしたら、
私は「幸せ度数」という言葉を思い浮かべます。

「人間(というかすべてのオブジェクト)は幸せ度数を期待値の単位としてそれが最大となるように行動するものである。」

と私は信じています。

このことにある程度同意理解してもらえる人に質問なのですが、

この漠然とした存在の「幸せ度数」というのは人間にとって一体なんなのでしょう。

私の意見として直観的には、
ミクロではアドレナリンとかエンドルフィンの分泌
マクロでは子孫を残す
というようなことを思い起こすのですが、

とても、すべての人間の行動を説明できるとは思えません。

それでは、本当の期待値の単位「幸せ度数」とはなんなのでしょうか?

A 回答 (2件)

「幸せ度数」その最大化を求めて、人は生きる。

と、その通りだと思うのですが、
>勝率が10%で、掛け金が9倍になるようなギャンブルと
>勝率が90%で、掛け金が1.2倍になるようなギャンブルでは

>期待値が前者より高くなる

これはその通りです。でも、期待値だけでなく、一攫千金をねらう人・期待値が低くても、リスクを冒しても、大金をつかみたい人がいる。でしょ?
質問者さんが、アドレナリン、と表現する人なのですが、
金融工学で、Risk Lover と呼ぶ、危険に魅せられたチャレンジャーの存在をぬきにして、
株・競馬・パチスロ・ヘッジファンドetc.が生息する世界を、語れないと思います。社会って、そんな人もいて成立してる、でしょ?

次に、
>直観的には、
>ミクロではアドレナリンとかエンドルフィンの分泌
>マクロでは子孫を残す
>すべての人間の行動を説明できるとは思えません

いやいや、凄い発想です。私は、すべての人の行動を説明できる、と思います。
前者は、個人レベルの、自己実現・生きがい・生命の歓喜です。性のエクスタシーも、当然これで説明できます。
後者は、遺伝子を受け継がせる、という行動で、人は単独では絶対に生きられないから、民族共同体レベルでの、伝統の文化・生きる意味の提示です。
太古の原始社会から、人はこれらの、ミクロ・マクロの「幸せ度数」を必死に、ギリギリに選択し行動して、生をつないで来た。私も、そう思っています。

つまり、アイデンティティ論によって、
ミクロの前者は、青年期までの、自己実現・仕事をする喜び
マクロの後者は、大人になった以後の、社会への貢献・子供や青年を育成する喜び。として総括できる。
質問者さんも、そう思いませんか?

多様な人がいて、そんな多様な人を、一つに結びつける『民族の紐帯』
それこそ、アイデンティティです。エリクソンとヤスパースを、私は敬愛して、そう信じているのです
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質問者の方の考えは理解できます。

同意はしませんが

とりあえず、幸せ度数とはマクロでは子孫を残す のような発言は不快に感じる方も多い可能性が高いので そういうことはあまり言わない方がいいと思います。


まあ、あえて統一した「幸せ度数」があるとすれば

“自己満足”

じゃないでしょうか?
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