明治になり、貨幣の単位が変わりました。
1両は何円、1文は何銭とされましたか?
またそれはいつのことでしょうか。

よろしくお願いします。

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A 回答 (4件)

>明治になって1両は何円とされましたか?



誰にも分かるように、1両=1円です。
当時は「金本位制度」ですから、国家が持っている金の量が硬貨の発行限度でした。
「この通過は、金と同じ価値がある。金の裏付けが有る」という意味ですね。
単純に1両を1円にしたので、当時の1両小判に含まれていた金の含有量を逆に算出hしたのです。

>1文は何銭とされましたか?

1文銭は、1厘銭です。つまり、1000厘=1円、10厘=1銭です。

>またそれはいつのことでしょうか。

1871年ですね。

余談ですが・・・。
南北朝鮮の通貨である「ウォン」は、日本の「円」をハングル語で読む発音です。中国も同様です。
アジアで初めて国際社会に入ったので、各国とも日本のシステムを導入した結果です。
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ご質問とは少し離れますが,少し加筆させていただきます.


回答No3の方の
>旧貨幣は明治20年代まで通用したようです。

とありますが,
厳密には1953(昭和29)年12月31日まで,
明治政府以来不足する通貨を補う目的で,
江戸時代の寛永13年から鋳造されていた,
『寛永通宝』を含む銭貨は,
『円未満の通貨の廃止』の法改正で,
翌1954(昭和30)年1月1日から,
正式な通貨としての価値が無くなっています.
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明治新政府は当初は、旧幕府の貨幣制度を踏襲し、二分金、一分銀、一朱銀、天保銭や紙幣(民部省札)を大量に発行しました。


しかし4進法で不便な従来の通貨制度を改め、明治4年に円、銭、厘の10進法の新貨条例を発布し、新円貨、新紙幣(民部省)を発行しました。
20、10、5、2、1円および50、20、10、5、2、1、半銭、1厘の貨幣。
明治5年から100,50、10、5、2、1円および50、20、10銭札。
前との整合性のため、1円の価値をほぼ1両に合わせたわけです。
1両は4000文であり、4文銭(銅貨)は1厘相当です。
明治7年徳川時代の旧貨幣を新貨幣相当額との交換が始まりました。
旧貨幣は明治20年代まで通用したようです。
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明治4年(1871)に円が制定されました。

この時に1500mg=1円とされましたが、これは当時の1両及び1$の金含有量に近く、実質的に1円=1両=1$となりました。

朝なので説明不足ですが、参考まで。
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よろしくお願いします。

Aベストアンサー

http://q.hatena.ne.jp/1156484521
http://okwave.jp/qa/q5360541.html

色々と参考に成ると思いますが。

>明治7年(1874年)の「巡査の初任給は4円」

で考えれば。
★この頃の「1円」は、現在の「4~5万円」くらい。

ですから「二千百円」と成れば、現在の『8千万~1億円』くらいの価値が有ったかも知れませんね。

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時代劇の大奥のシーンなどで、夜寝る時に着ている白い着物は、着物なのでしょうか、長襦袢なのでしょうか、それとも夜着とした全く別ものなのでしょうか?
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よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>時代劇の大奥のシーンなどで、夜寝る時に着ている白い着物は、着物なのでしょうか、長襦袢なのでしょうか、それとも夜着とした全く別ものなのでしょうか?

普通に「寝巻き」で良いのですよ。
また、「寝衣(しんい)」とも呼びます。

なお、良く菱形のような白い透けた柄がありますが、
「工事繋ぎ(こうじつなぎ)」や「紗綾形(さやがた)」多く用いられました。

紗綾形:
http://haruusagi.gozaru.jp/NewFiles/photoshop-pattern.html

Qお寺で住職に注意されたのですが

4年ほど前、京都の紅葉で有名なお寺に行った時の事。
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また「孔雀王という漫画で『アビラ ウンケン ソワカ』なんても言ってたな」とも。

すると遠くでそれを聞いていたご住職がとんできて
「そういう言葉をみだりに発してはいけない」
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そのお寺は紅葉のライトアップなどをしていて、観光地のお金儲けという様相が強かったので、そういう寺の住職が説教するとはよほど重大なあやまちを犯したのかと怖くなってしまいました。

それらの言葉はどんな意味があるのでしょうか。

Aベストアンサー

真言は、正しい時に正しく発音すれば言葉が実体化すると信じられているものです。

で、発音した言葉は正しくは無いのですが、言葉の意味を知らないものがむやみにマントラの類の音を発音するのはよくないと言いたったんじゃないか と。
間違えて発音しちゃって、それが時が合致していたら、その間違えた発音のことが現実化すると信じられているからじゃないかと。


だから、天皇は公の場で、ゆっくり文字を読み上げるんです。
天皇が発する言葉は神が発する言葉とし、「国民の幸福を」のはずが、「国民の不幸を」なんて間違えてしまったら、その通りになってしまう という感じ?



表は観光地化していても、仕事上みんなの幸せを願う呪文を毎日お仕事として唱えてはいるんじゃないかと。



日本人は映画を観て「サノ〇ビッチとか」「アス〇ール」「ファ〇クユー」とかみだりに言いますが、それをもしアメリカ人に言ったら、ただじゃすまされない事態になってしまいます。
そういった禁句を、日本人がみだりに唱えているのを見て、アメリカ人は複雑な気持ちなんじゃないかと。
知らないからみだりに言えるわけで、時があっていたら、床に叩きのめされてしまうでしょう。

これが言葉の力の恐ろしいところ。


良い呪文であっても、厳かな言葉をみだりに使うってのは、価値を認めていないってことになり、、、、
例えば古代バビロニアあたりでは、神の名をみだりに唱えてはならなかったので、エルとかエールって神を代名詞で呼んでいたんですね。
意味は「我が主」。

ユダヤ人もそれにならって、エルと表記していたのですが、大贖罪をするときは大祭司は神を呼び出すために、神の真名を唱えていたらしいです。
7年に一度後継者に神の本当の名前を教えていたのだそうです。

一般人や他の聖職者にどうして教えなかったのかというと、その言葉をみだりに使われないためと、敵に名前を知られると、神が呪術で呪われてしまうから。



日本も昔<諱>というものがあったそうです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%B1

<これはある人物の本名はその人物の霊的な人格と強く結びついたものであり、その名を口にするとその霊的人格を支配することができると考えられたためである。>

遠山の金さんは、遠山金四郎景元が本名で、景元が諱。つまり景元が本人の本質を表した文字なので、親とか上司しか知らなかったってわけです。
敵に知られると、呪術で支配されてしまうと信じられていた。


ってことで、この文化の人たちが信じていることを部外者の人がみだりに使うって、よくないんじゃないかと。
例えば、日本人は子供をみて「かわいいなぁ」と左手でなでたりしても問題ないですが、インドでそれやったら、親は烈火のごとく起こる。
文化の違いで、あっちではとんでもないことになるわけです。

真言は、正しい時に正しく発音すれば言葉が実体化すると信じられているものです。

で、発音した言葉は正しくは無いのですが、言葉の意味を知らないものがむやみにマントラの類の音を発音するのはよくないと言いたったんじゃないか と。
間違えて発音しちゃって、それが時が合致していたら、その間違えた発音のことが現実化すると信じられているからじゃないかと。


だから、天皇は公の場で、ゆっくり文字を読み上げるんです。
天皇が発する言葉は神が発する言葉とし、「国民の幸福を」のはずが、「国民...続きを読む

Q明治20年代の100円の価値は 現代ではいくら?

昨夜、NHK で宮崎あおいちゃん主演の オペラ蝶々夫人の「蝶々さん」を

みてたのですが、100円で 娼妓に売られる、、という内容でしたが、

明治20年代の100円って 現在でのいくらくらいになるのでしょうか?

Aベストアンサー

たとえば『長崎県統計書 明治20・21年/長崎県』によれば、
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/807980/164
「精米(1石)…(明治19年)6円47銭1厘(明治20年)5円98銭3厘(明治21年)5円73銭1厘」、
一方『東京府統計書 明治21年/東京府』では、
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806568/116
「精米(1石)…(明治19年)6円39銭(明治20年)5円37銭(明治21年)4円98銭」と
若干地域差があります…

1石=10斗=100升=1000合=約180.39リットル、1合=約0.15kg、
0.15kg×1000合=150kgに基づいて一応単純換算してみますと、
「明治20年・長崎精米価格」…5.983円÷150=0.03988≒約0.04円/1kg、
当時長崎では100円で購入出来る精米が、100円÷0.04=約2500kg、
これを現在の精米価格400~500円/1kgに当て嵌めてみますと、
400~500円×2500=1,000,000~1,250,000円相当。

同様に「明治20年・東京精米価格」…5.37円÷150=0.0358≒約0.036円/1kg、
当時東京では100円で購入出来る精米が、100円÷0.036=約2777kg、
これを現在の精米価格400~500円/1kgに当て嵌めてみますと、
400~500円×2777=1,110,800~1,388,500円相当となって

精米換算では既回答者の皆様と同じく、概ね百万円余りの勘定にはなりますが、
現在の百万円と同等の価値と捉えるには無理があるようにも思います。

別な観点で捉えると、たとえば明治23年の長崎市での賃銭(賃銀)では、
『長崎県統計書 明治22・23年/長崎県』<163~165/322>
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/807981/163
「農作年雇・女・一ヶ月給料/<明治23年>(上)2円50銭(中)2円00銭(下)1円75銭」
「農作日雇・女・一日賃銭/<明治23年>(上)8銭(中)7銭(下)5銭」
「機織年雇・女・一ヶ月給料<明治23年>(上)5円00銭(中)4円00銭(下)3円50銭」
「下女・一ヶ月給料/<明治23年>(上)1円50銭(中)1円00銭(下)70銭」などから、
明治23年当時の100円は、長崎市での場合、
農作年雇女性(中)の50ヵ月分給料相当、機織年雇女性(中)の25ヵ月分給料相当、
下女(中)の100ヵ月分給料相当の価値があったとも言えます。

上記を単純に現在に当て嵌めてみますと、
農作業1ヵ月2万円、機織1ヵ月4万円、三食部屋付下女1ヵ月1万円、
果たして現在このギャラで働く女性はいるでしょうか?
現在なら日当でもおかしくない金額ですよね^^

以上のとおり 社会・経済構造や価値観に相当ひらきのある時代同士の比較は
結構難しいようです。

たとえば『長崎県統計書 明治20・21年/長崎県』によれば、
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/807980/164
「精米(1石)…(明治19年)6円47銭1厘(明治20年)5円98銭3厘(明治21年)5円73銭1厘」、
一方『東京府統計書 明治21年/東京府』では、
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806568/116
「精米(1石)…(明治19年)6円39銭(明治20年)5円37銭(明治21年)4円98銭」と
若干地域差があります…

1石=10斗=100升=1000合=約180.39リットル、1合=約0.15kg、
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     10厘(りん)=1銭(せん)
     100銭=1圓=1円
    下記をご覧下さい。語源は1ドルの100分の1の1セントです。音がセント(cent)に似ていて、鋤を意味する「銭(銭)」を流用したものです。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%AD

     大正時代の購買力は、#1さんのおっしゃる通りです。


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