父の月命日でお経(浄土宗)の合間、合間に
「がんにじょうらいしょしゅぜんぽんかいしつえこうとむろうれい(戒名)きじつついほくそうしんぼだい」とか
「また、ねがわくば当家先祖代々一族せんもうしょぶんれい
りくとくらくちょうしょうじょうど」とか
申しております。いつもお忙しそうにしているご住職には何といっているのか尋ねにくく、自分でインターネットで調べても、内容は意味を見つけることができませんでした。
浄土宗のお経でお詳しい方おられましたら、教えてください。
よろしくお願いいたします。

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A 回答 (1件)

こういうサイトは参考になるでしょうか。


おつとめのところをクリックしてみてください。
http://www.zenshoji.or.jp/fuku/
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この回答へのお礼

ありがとうございます。勉強になります。ただ、ずばりとはわからなかったというか、私が理解できていないのか…

お礼日時:2009/05/18 13:46

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Qなんで創価学会、立正佼成会は日蓮が念仏無間と説いて念仏を唱えたら地獄に堕ちると言っていたのに「何妙法

なんで創価学会、立正佼成会は日蓮が念仏無間と説いて念仏を唱えたら地獄に堕ちると言っていたのに「何妙法蓮華経」の念仏を唱えてるの?

念仏唱えたら地獄に堕ちるんじゃなかったのかよって思った。

創価学会員はみんなで唱える念仏がありますよね。

念仏唱えたらダメって日蓮が言ってたのになんで何妙法蓮華経の念仏を唱えているのでしょう?

Aベストアンサー

珍宝法蓮華経がお題目という、名目上念仏じゃないからじゃない。

Q一周忌、浄土宗、歌のお経?

最近、一周忌法要がありましたが、浄土宗のお坊さんにお経を上げてもらいました。浄土宗の日常勤行式で読むお経を主体に仏説阿弥陀経など45分ほどかけて読経をしていただきました。その後半で結構長いなんといい声で歌?のお経がありました。何か、お葬式で聞いたことのあるような、ないような節回し(ゆっくりとした寂しそうな感じで音が上がったり、急に下がったり)で、しかしご詠歌ではないと思います。あまりにいい声の歌のお経(日本語文ではないのでお経と思います)なので、一体なんというものなのかご存知の方おられましたら、お教えいただけますか。宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

声明(しょうみょう)ではないでしょうか

声明は仏教音楽の一つで、経文や仏をたたえる偈文、陀羅尼、仏名などに一定の音階を付けて唱えるものの総称です。
各宗派に独自の声明がありますが、ご質問から察すると浄土宗の声明ではないでしょうか

声明のリズムは日本音楽にも多大な影響を与えています。最近は各宗派の声明がCDで販売もされています。

Q天台宗だった六波羅蜜寺で隠れ念仏が行われたのはなぜ?

(1)京都・六波羅蜜寺は977年に比叡山の僧・中信が中興して以降、天台天台宗に属していたそうですが、桃山時代に真言宗智積院の末寺となったそうです。
寺院の宗派は簡単に変えることができるのでしょうか。

(2)六波羅蜜寺では年末に隠れ念仏が行われています。
これはかつての念仏弾圧から逃れるために密かに念仏を行ったことの名残だそうです。
念仏弾圧が行われたのは鎌倉時代だと思いますが、このとき六波羅蜜寺は天台宗です。
浄土宗の開祖である法然は、1204年に比叡山の宗徒に念仏停止を訴えられています。
比叡山延暦寺は天台宗であり、天台宗は念仏を快く思わなかったのではないか、と思うのですが
なぜ天台宗であった六波羅蜜寺において隠れ念仏が行われたのでしょうか。

(3)上記の記述において間違いがあれば指摘いただければ幸いです。

Aベストアンサー

>>寺院の宗派は簡単に変えることができるのでしょうか
寺が衰微した時期に復興した僧侶、あるいはパトロンによって宗派が流動的に変わる事はよくあります。

六波羅蜜寺の場合は近くにある智積院の勢力が伸びた事も一因とされます。また修験的な山岳信仰への回帰も指摘されます(『修験と念仏』91頁「都市に下りた念仏聖」)。

>>六波羅蜜寺では年末に隠れ念仏が行われています
念仏弾圧で誤解されるのは、弾圧されたのは法然一派の立てた「専修念仏」、つまり自戒作善を必要とせず弥陀一仏のみに帰依するという教義に基づく念仏です。
念仏そのものは大乗仏教での基本的修行であり、中世の仏教では南都や叡山、高野などの各宗派で念仏は行われています。念仏は「仏を念じる」ことであり、特に阿弥陀如来を念じる念仏が代表格となります。
しかし、法然一般の立てた「専修念仏」はそれまでの念仏と異なり、各宗派から仏教の破壊、異端として批判され、弾圧されます(『沙石集』をお読みになれば、当時の専修念仏批判がどのような視点であったかがお分かりになると思います)

当時の六波羅蜜寺は天台教学に基づく浄土信仰の寺院ですから、法華経と念仏三昧により法会が修され、六波羅蜜寺周囲は他界信仰とも結びつきます。
寺側も文人貴族との関わりのみならず、積極的に民衆の信仰を受け入れる事で寺勢を高めます。
踊り念仏は極楽往生という面のみではなく、除災招福や鎮魂などの土俗信仰、民俗信仰とも深く結びつく信仰ですから、いわゆる専修念仏的な視点のみで捉えてしまうと、分かりにくい面もあるでしょう。
つまり信仰における建前と本音の部分とでもいいましょうか…
 専修念仏は批判するが、民衆の念仏信仰へのパワーは受け入れる…
 専修念仏を信仰するが、現世利益や他の神仏の信仰も捨てない…
この両者の思惑が一つになった面も考えられるでしょう。
また現在の有名寺院の表面的説明では妙にロマンチックに語りがちですが、もっと当時の信仰は土臭い物でもあります。

参考文献として、五来重『踊り念仏』、上田さち子『修験と念仏』(平凡社)を一読されてみてはどうでしょうか。

>>寺院の宗派は簡単に変えることができるのでしょうか
寺が衰微した時期に復興した僧侶、あるいはパトロンによって宗派が流動的に変わる事はよくあります。

六波羅蜜寺の場合は近くにある智積院の勢力が伸びた事も一因とされます。また修験的な山岳信仰への回帰も指摘されます(『修験と念仏』91頁「都市に下りた念仏聖」)。

>>六波羅蜜寺では年末に隠れ念仏が行われています
念仏弾圧で誤解されるのは、弾圧されたのは法然一派の立てた「専修念仏」、つまり自戒作善を必要とせず弥陀一仏のみに帰依する...続きを読む

Q17年も月命日にお坊さんにお経を上げにきてもらって

祖母が17年前に亡くなりました。

その後、長男である父の我が家に仏壇を置いています。
(父は5人兄弟ですが、他の兄弟は近所でもないので月命日には来ません)

それからというもの、毎月、月命日(下旬だったのと、我が家は商売をしているので毎月最終日曜日の10時~14時の間)にお坊さんに来てもらってお経を上げてもらっています。

我が家は普段、あまり掃除をしなく全員片付けが苦手なので、その日は朝から母が、「片づけて!片づけて!」と大騒ぎしています、、、。

お経は20分程度で、3000円と和菓子(200円ぐらい分)を包んで渡しています。

バチがあたるかもしれませんが、たったこれだけで3000円でお菓子付ってぼったくりに近いような無駄な気がします、。

こんな事を毎月17年もしているってちょっとおかしいような気がするのですが・・・。

母が朝からうるさいのも鬱陶しいし、もう止めてもいいと思うのですが、ずっと続けるみたいです。

ずっと続けないとバチがあたるのですかね?

一般的にはどれぐらい続けるのですか?ずっと続けるものなのですか?

Aベストアンサー

何宗でしょう。我が家は真言宗ですが、月命日に僧侶を読んで読経を唱え
て頂く事はしていません。月命日には家族が個人個人で仏壇に手を合わせ
て拝む程度です。お父さんは相当に信心深い方なのでしょう。悪い事とは
言えませんが、少しは家族の迷惑も考えるべきではないでしょうか。

相当に信心深い方のようですから、家族や親戚が何を言っても耳を貸さな
いでしょうね。お父さんが亡くなるまで月命日の読経は止めないでしょう
ね。もしかしたら遺言で月命日には僧侶を招いて読経を唱えるように書面
に書き残されるかも知れません。

これはお父さん抜きで御寺と相談し、御寺からお父さんに説得して頂いた
方が確実かも知れません。ただ御寺も年に36000円の収入があるので
すから、御寺としては損になるので素直に了承して貰えるかは疑問です。

どうしても止めないと言うなら、月命日には自宅ではなく御寺で読経を唱
えて頂きましょう。この時に出向くのはお父さんだけで構わないと御寺か
ら伝えて頂くのも方法です。

月命日に僧侶に来て頂いて読経を唱えて頂く家庭は少ないです。稀だと言
って間違いではないでしょう。ただ宗派によって教えも違うので一概には
正しいとか間違いだとは言えません。疑問であるなら御寺で説明を受ける
べきです。

御寺に御越し頂くのは一般的には、1回忌法要、3回忌法要、7回忌法要、
13回忌法要、33回忌法要、50回忌法要、100回忌法要です。
ほとんどの家庭では33回忌法要で法要は終わりにされます。
後は御盆前に御仏をお迎えするための読経は年毎に行われます。

要は供養しようとする気持ちの問題です。仏壇に手を合わせるだけで十分
に供養になります。他界された方の事を忘れずに、時々で構いませんから
思い出す事でも供養になります。

何宗でしょう。我が家は真言宗ですが、月命日に僧侶を読んで読経を唱え
て頂く事はしていません。月命日には家族が個人個人で仏壇に手を合わせ
て拝む程度です。お父さんは相当に信心深い方なのでしょう。悪い事とは
言えませんが、少しは家族の迷惑も考えるべきではないでしょうか。

相当に信心深い方のようですから、家族や親戚が何を言っても耳を貸さな
いでしょうね。お父さんが亡くなるまで月命日の読経は止めないでしょう
ね。もしかしたら遺言で月命日には僧侶を招いて読経を唱えるように書面
に書き残さ...続きを読む

Q京都 化野念仏寺と愛宕念仏寺について教えてください

京都の化野念仏寺と愛宕念仏寺に行こうと思うのですが
嵐山、嵯峨野は、紅葉、桜の時期たくさんのいいお寺があるので
化野念仏寺と愛宕念仏寺まで行けません。

やはり紅葉、桜の時期の方がいいのでしょうか?
なんでもいいので情報、アドバイスお願いします。

Aベストアンサー

愛宕念仏寺(おたぎねんぶつdら)は、もとは京都東山区松原町弓矢町にありましたが、大正11年に山林の寄附を受けて現在地に移築したものです。寺伝によると、聖徳太子の発願により建立といいます。住職が絶えて久しかったこともあって寺宝なども散逸しましたが、前住職西村公朝師が入山依頼復興に努力し、特に石刻の五百羅漢の自作寄進をすすめ、平成3年11月には1200羅漢達成の法要が執行されました。羅漢さんの寺として有名です。
 化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)は、化野は昔は東山の鳥辺野と共に葬送地として有名な土地で、明治後半以降、荒廃していた建物が先ず営繕され、ついで境内も整理を加えられ、墓地は小石を敷きつめて広い賽の河原とし、この辺り一帯の土中に埋没していた中世期の無慮の墓碑や石仏など八千体を掘り出しここに整列し、無縁墓が作られました。近年では、8月23日、24日夜に行われる千灯供養が有名で、全国各地からの参詣者が多く、テレビ・新聞で全国に報道されています。両方のお寺とも紅葉、桜以外で有名です。

参考URL:http://www.otagiji.org/page004.html

愛宕念仏寺(おたぎねんぶつdら)は、もとは京都東山区松原町弓矢町にありましたが、大正11年に山林の寄附を受けて現在地に移築したものです。寺伝によると、聖徳太子の発願により建立といいます。住職が絶えて久しかったこともあって寺宝なども散逸しましたが、前住職西村公朝師が入山依頼復興に努力し、特に石刻の五百羅漢の自作寄進をすすめ、平成3年11月には1200羅漢達成の法要が執行されました。羅漢さんの寺として有名です。
 化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)は、化野は昔は東山の鳥辺野と共に...続きを読む

Q院号付きの戒名から、院無しの戒名への変更

院号付きの戒名から、院無しの戒名への変更
院号付きの戒名から、院無しの戒名への変更は、単純に「院」の字を取り去るだけで良いのですか?
九州から関東へ、住居を引っ越したので、お墓も浄土真宗のお寺から、真言宗のお寺に、引っ越します。
亡き父は、浄土真宗のお寺で院号の戒名をいただいていました。
ところが、新しい真言宗のお寺では、戒名に院号があると、法事や付け届けの「額」が1.5倍ほどになるとの説明が、住職からありました。
母は、子供たち(私のこと)の出費が増えることを気にし、戒名から院号を取り去ることを、考えています。
そこで、質問なのですが、院号付きの戒名から、院無しの戒名への変更は、単純に「院」の字を取り去るだけで問題ないですか?
まもなく、墓石に戒名を彫るため、アドバイスいただけると助かります。
ちなみに、墓石も出来上がるため、お寺さんの変更は、できません。

Aベストアンサー

戒名は、院号・道号・位号に大きく分けられます。
例えば、〇〇院●〇●〇居士(大姉)の戒名だったとします。
この場合、〇〇院の部分が院号になり、寺院に貢献した人に寺院が敬意を表す意味で授けられます。
本来は、寺院を寄贈するぐらいの貢献が必要ですが、ある程度の貢献をした人に授けられます。
最上級の院号は〇●〇院殿のように、殿が授けられますが、昔の殿様や社会的地位が高かった人にしか授けられません。
(最近では、山本五十六元帥や田中角榮元首相)
次に●〇●〇の部分が道号になります。
宗派によって特徴がありますが、生前の名の1~2文字入れて授けられます。
最後の居士(大姉)が位号になります。
成人男性は居士や信士、女性は大姉や信女が一般的ですが、宗派によって若干違いがあります。
位号の最上位は、男性は大居士、女性は清大姉が授けられます。
ご質問の院号は、院の文字を抜くだけではなく、〇〇院を付けない事になります。
院号が付かない戒名は、寺院に貢献してないと解釈されるので、法事のお経も簡素になりますから、お布施額や付け届けの額が少なくて良い事になります。

戒名は、院号・道号・位号に大きく分けられます。
例えば、〇〇院●〇●〇居士(大姉)の戒名だったとします。
この場合、〇〇院の部分が院号になり、寺院に貢献した人に寺院が敬意を表す意味で授けられます。
本来は、寺院を寄贈するぐらいの貢献が必要ですが、ある程度の貢献をした人に授けられます。
最上級の院号は〇●〇院殿のように、殿が授けられますが、昔の殿様や社会的地位が高かった人にしか授けられません。
(最近では、山本五十六元帥や田中角榮元首相)
次に●〇●〇の部分が道号になります。
宗派に...続きを読む

Q真の念仏とは踊ることではないのか

 
真の念仏とは踊ることではないのか。
踊りなきして念ずることが出来よーか。  
真に念ずればその姿は踊りとなり芸術の域に達するはずである。
真の念仏とは念仏踊りではないのか。
 

Aベストアンサー

ANo.6です。

被災地で読経して回るのも、反原発デモに参加するのも、売国政治家に罵声を浴びせるのも「踊り」のうちだ。個々の信念に基づき、それぞれのやり方で踊れば良い。形式に囚われる必要は無い。

ちなみに、私の実家は東北地方で寺をやっていて、去年は炊き出しやら被災者の受け入れやらで割と忙しかった。せめて暖かいオニギリを届けてあげたかったけど、支援団体側から温いメシは痛むのが早いから、冷え切らせてから送ってくれと言われた時は悲しかったな。

でもそれはウチの寺だけがしていた訳ではない。密かに陰徳を積むのが日本仏教のスタンスだから、黙ってはいるけど、出来る事や、やるべき事は、どこもやっていたよ。

仏教は実践してナンボ。僧侶達は見えない所で、今日も踊っている。

Q浄土宗ですが仏壇の向きで教えてください

浄土宗ですが仏壇の向きで教えてください。北向き以外はいいですか?

Aベストアンサー

宗派に関わらず、どちらを向いても構わないと言うのが私らの地域での考え方です。
確かに北向を忌み嫌う風習は有ります。
それを回避するために家自体が東西南北からずらして建てます。
そうすると仏壇を置くのもずれます。ですので、北向はありません。

その上で、質問主様の地域の浄土宗では、どうなんでしょう?
北北東とか、方角に北と入る向きをダメとしているのか、北がダメなのか?確かめる必要が有るかと思います。

昔風に言うと、障子の敷居に包囲磁石をのせて、敷居と針が同じになったら、その家自体がダメな建て方。
そこまで見るか、向きを表すときに北と言う字が入ることがいけないのか、そうなれば東から南を通って西までの範囲に仏壇を向けなくてはならなくなって、かなり自由度が狭くなりますね。

Q観想念仏と口称念仏

観想念仏と口称念仏は同じですか?
それとも違いますか?

Aベストアンサー

観想念仏と口称念仏は同じですか?

念仏の形態の違いだけですね。同じですよ。やってみればわかります。仏をイメージできれば観想念仏、出来なければ唱えれば良いだけでしょ。どちらでも同じ結果ですね。

Qお墓について、困っています。代々の墓に今度結婚する兄嫁の先祖お骨を一緒に納める事は出来るのでしょうか

今度 兄が結婚します。
相手の家にお墓がありますが、一人っ子で結婚後お墓を守る人が居なくなってしまうため、こちらの代々の墓と一緒にしたいと相談されています。
父は、いいんじゃないか と暢気に言っていますが、どうなんでしょうか?
全く違う家が一緒の墓に入れるものでしょうか?
同じ区画内に新たに墓を立てるといった方法もあると思うのですが、そんなに広くないし..。
お墓は、市営の墓地にあります。(お寺の境内ではありません)
アドバスがありましたら宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

坊さんです。宗教上、仏教上特に問題はありません。
ただ、墓地使用契約上等の関係で、寺院墓地なら宗派が異なると典礼権の関係で納骨不可。
霊園等納骨後も何の宗派でも良いところや公営墓地等の場合には、墓地使用者から見て納骨できる親族の範囲が使用契約や自治体の条例で定められており(墓地により異なる)、その範囲に入ればOKですが範囲外なら不可。となります。
したがって、ご質問のケースでは、市営の墓地なので、当該自治体の墓地使用条例に拘束されますので、市の墓地管理担当課に問い合わせるしか答えは出ません。今度結婚する兄か兄嫁が墓地使用者なら可能性はありますが、いずれかの両親が使用者の場合には親族間ではないので不可のはずです。


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