

No.11ベストアンサー
- 回答日時:
No.10です。
補足をありがとうございました。もういちど、ご指摘の疑問点について考察いたしました。
質問者さんが満足行くように、きちんと答えられているかは解りませんが…。
「生かされている」ということは、自分以外の何者かの意志が働いていると言うことだとすると、人なり、生物なり、自然界なり、「何かと繋がっていること」と解釈できるのではないかと思います。
つまり、何らかの恩恵を互いに分け合って生きているということで、「相互扶助」、または、「共生」という関係がそこには成り立っていると言えます。
これに、積極的に関わりたいという意識が働くと、「生きたい」となり、関わりを絶ちたいという意識が働くと「死」を望むということになります。
「生きている」には、「生かされている」という受動性と「生きたい」という能動性と二つの性質があって、それぞれが絡み合っているのではないかと思います。
受動的になったり能動的であったりは、人生の中で移り変わり、どちらが優位に立つかは、その時々で変わるのだと思います。
赤ん坊や幼児の内はまだ受動的で、思春期や青年期は受動性・能動性どちらも兼ね備えていて、成年期に入ると仕事や家庭を持つようになり、能動性を求めたり求められたりして、壮年期では能動的であるのが理想だと言えると思います。
けれど、現実にはそうはならないことがあって、受動性も能動性も拒絶した状態が、「死」だと言えると思います。
「生かされている」というのは幼児や学童期の様に「受動的な立場」にあるときに適した言葉で、「生きている」というのは、自分が何者かであろうと強く自我意識を持って、自立しようという意志が強く働いている状態を言うのだと思います。
しかし、「生きている」という状態にあるときも、やはりそこには、「相互扶助」や「共生」という意識が関わっていて、「生かされているという意識を内包している」のだと思います。
何故かというと、全くの関わりを絶つと、人は生きてはいけないからです。
それは、「肉体的な死」であったり、「精神的な死」であったりだと言うことになると思います。
自ら「死」に向かっていく人は、「生きている」こと、即ち、「生かされている」などということが微塵も感じられなかったり、煩わしく思えているのではないでしょうか。
悩むことに疲れ果てて、絶望を強く意識すると、自分を取り囲む万物から縁を絶つ行為、「死」を選択するのだと思います。
それは、「相互扶助」も「共生」もない無の世界に入ることです。
たいへんタメになりました。
私は100%受動的に考えるものだと思っていました。
100%受動的に考えなくてはいけないのかと・・・
だから、しっくりいかなかったのだと思います。
ホントにありがとうございます。

No.13
- 回答日時:
No.11です。
再び考えてみました。
直接の答えにはなっていませんが、やはり、
「人とは、自分で選択したい生き物」なのではないかと思います。
生まれてくるときも、死ぬ時、死ぬ場所、死に方でさえ、そうでありたいと願っているのではないかと思います。
そして、「生きていたい」という思いを選択してこそ、「生かされている」と初めて言えるのではないかと思います。
この世に誕生することを、自分で選択したわけではないと誰もが思いがちなのだけれど、受精に辿り着く前に母親の胎内で誰もが競争していたわけで、自分の「今いるきょうだい」よりも、「限りなく今の自分に近いきょうだい」を蹴落として生まれてくるのだから、自我が目覚める前から、やはり誰もが生まれて来たいと望んでいたと言えるのではないかと私は思うことがあります。
もしかすると、ほんの僅かの差でゴール出来なかった自分の分身の方が出来が良く、親も喜んだのかもしれないなどと、子供心に思ったこともありました。
外の世界で駆けっこや勉強や、あらゆる場面で一番になった経験や実感がない人でも、母親の胎内の競争で一番になって生まれてくるのには、やはり、唯の偶然じゃなくて「生まれてきたい」という強い意識が働いていたのではないかと私は思うんです。知識のない、唯の一般人だからこそ、その様に考えてしまうのだと言われればそれまでですが…。
しかし、少なくとも、誕生前の競争を勝ち抜く強さがないと誕生は出来ないということは事実で、母親の胎内でゴールを目指したのも事実で、生まれてきたのは半分は自分の意志だと言えるのではないかと思います。
意志の有る無しそのものは、私個人の推測で、確かめ様のないことではあるけれど、とりあえず、受精に辿り着いて生まれてきたからには、この世に存在して良いのだと許可が下りたのだと思うんです。
許可をくれたのが誰かというと、それも運あるいは神様とは言えるけれど、誕生までの競争を勝ち抜いてきたのは、今在る自分自身だと言えると思います。
その許可こそが「生かされている」ということだと思います。
昔、テレビで見たアフリカの何処かの貧しい村の男の子は、たった二歳なのに、一人で川から鍋を使って水を汲み、洗濯も自分でして一人で暮らしていました。
両親は、疫病で亡くなっているので、身の回りのことは極力自分でやるのです。
村の人達は、必要最低限のことだけ手助けしているようでした。
それにしたって、当時、小学生だったか中学生だったかの私には、二歳の男の子が一人で住んでいることも、水汲みでさえ一人でやり遂げているのが不思議でした。子供心に村人は冷たいとさえ思いました。
村には、日本の“なまはげ”のような行事があり、男の子の家にも“なまはげ”の様な扮装をした成人男性が現れて、男の子を追いかけて驚かしていました。
その男の子は恐れおののいて、
「お母さん、お母さん!!」と泣き叫んでいました。
独りぼっちで暮らしていても、短い間しか一緒にいられなかったけれど、母親のことはちゃんと覚えているのでした。
脅かし役の村の大人も その子が泣くと追うのは止め、少し困惑して、寂しそうな、けれど優しい笑みを浮かべていました。
村人は冷たいのではなく男の子を見守っているのだと、その表情から感じました。一人だから何から何まで手伝うのではなく、一人だからこそ強く育てようとしているのだと、それが、この村での子育てなんだと…。
当時は、そう言う考え方も愛情なのだと思いながら見ていました。
戦禍で目の前で両親を亡くし言葉も無くしたアフガニスタンの子供も、アフリカの二歳の男の子も、必死で生きているのは何故だろう?
親に不要だと、山に捨てられた日本の現代の子供も、生きようと必死で山の中を彷徨った果てに死んでしまった事件もありました。
でも、自分から死のうとする子供の話は、あまり聞かない…。
幼い子供ほど、そうであるのは、やはり生きたいという意志が強いのだと思います。前回の話と相反する様だけれど、確かに幼い子供は依存心も強いけれど、何者かである前に「生きていたい」という思いが大人よりも強いのではないかと私は感じています。
「生かされている」反面、この世に誕生するまでのレースを勝ち抜いてきた余力がまだあるのかもしれない。そう感じることが私にはあります。
おそらく、子供は何かと繋がっていたいという気持ちが強いのではないかと思います。大人だと少しだとしか思えない愛情でも、大きな物に感じられるのではないかと思います。子供は大人ほど欲張りではないから、少しでも愛情を受け取った記憶があると、感じ取ることが出来ると「生きていたい」と頑張れるのかもしれません。
大人になってからだと、到底生きていけないような地獄を見ても、子供が立ち向かえる強さを持っているのは、それがあるからなのではないかと思ったりします。けれど、子供は独り立ちするにはまだ弱く、庇護される立場なので、子供の「生きていたい」とは、「生かされていたい=生きていく許可が欲しい」ということになるのではないかと思います。
大人になると、それが無くなってしまうのは、希望がいつまで経っても叶わない虚しさを知るからかもしれませんね。
大人の方が欲が深いから、失望が大きいのかもしれません。
大人とは言わずとも、早くに諦めばかりを経験して、自分では何一つ選択の余地のない人生だった、もしくは選択も裏目にしか出なかったと思えると、生きてはいけなくなり、「死を選択する」ということになるのだと思います。
わざわざ、再び考えてくださってありがとうございます。
no.11の回答で十分、しっくりできたのですが、お礼が遅くなってごめんなさい。
自分一人でしたら、このような考えにも及びませんでした。
確かに、そうですよネ。同感させられます。
ありがとうございます。
No.12
- 回答日時:
これは哲学のスレで扱うべきテーマだと思います。
私の関係した宗教ではよくこのことが言われました。
私達は自分の力だけで生きているのではなく、(大きな外力によって)生かされているのだ。そのことを信じ、謙虚に受け止めて、日々を感謝の気持ちで生きていかねばならない。
大体そういうようなことだったと思います。
何人もの方が詳細に書かれていますし、私自身もその通りだと共鳴できる内容もあります。微妙ですが科学的な面からも納得しようと思えばできるのかもしれません。
これは一面考え方というか、価値観の問題だと思いますので、しっくりと心に収まる人も居れば、そうでないひともいるのは当然だろうと思います。
私も質問者様に近い思いを持っているものです。でも、いずれそういった考えを受け入れて心底から安心できればいいんだがと思ったりしています。

No.10
- 回答日時:
例えば、私もあなたも、先祖の誰かが、子を持つことなく亡くなっていれば、この世には存在しません。
もちろん、両親が出会っていなくても、生まれてきてはいません。
お母さんが妊娠中、事故に巻き込まれたり、産院で受け入れて貰えなかったら、誕生することそのものが難しくなってしまいます。
生まれてくる その直前も、医師や助産婦さん、お母さんが病院に行くときに利用したタクシーの運転手さん、様々な人の手を借りていることになります。
誰かが欠けただけで、この世に生まれてくること自体が難しくなってしまうのです。
もっと大きなことを言えば、太陽、そして、地球に海と大気や森がなかったら、命は誕生していません。
地球は人間のために海や森や食料を用意してくれていたわけではありません。
だけれど、沢山の命が生まれ、生かされてきました。
長い進化の過程で地球に生かされてきた生物も、栄えたり、滅んだりしていきました。
中には、天敵が滅んで栄えた生物もいたでしょう。
数が増えすぎたり、気象の変化に順応出来なくて滅んでいった種もあったでしょう。けれど、人間は滅ぶことなく地球に生かされています。
人間が地球に無茶なことをしでかして、環境破壊を推し進めたり、資源を枯渇させなければ、まだまだ人間は生かして貰えます。
どんな生物も互いに共生して生きています。
生かされていると言う言葉のなかには、「運よく、生きながらえている」
そう言う意味もあるでしょう。
でも、生きている以上、やはり何かの力や助けを借りているんです。
文明世界を離れても、水や食料は確保できるかもしれない。
でも、どうやって生きていけばいいのか、その思考する自分自身を形作ってきたのは、人と人との関わりです。
両親や、学校の先生、恩師、先輩達、友人…。
様々な出会いがあったから、今の自分がいるんです。
今の自分を形作ってきた、祖先までも遡る知恵は、代々受け継がれてきたものだし、自分の体も受け継がれてきたDNAから出来ています。
「途切れることなく続いてきた、命と知恵、想い が自分にも繋がっている」そのことが、生かされていると言うことに他ならないのだと思います。例え短命であったとしても、やはり、生きている間は、地球を含めた誰かに生かされているのです。
この回答への補足
ご丁寧に回答していただきありがとうございます。
貴方様のおっしゃる事は、すごく理解できるんですネ。
もっともだと思います。
ただ、それでも尚「生かされている」とは思えないのです。
「生きる事が出来ている。死なずに今まで生きてこられた」とは思えるんですが・・・。
人は「死」を自ら選択する事が出来る。そして、その選択をする人もいる。これって「生かされている」人が出来る事なんでしょうか?
選択の余地なく「生かされ」、選択できる「死」がある・・・。
選択できる死があるのだから、人は「生かされている」のではなく、自らの意思で「生きている」ように思えて仕方ありません。
ごめんなさい。理屈っぽくて、ただ、しっくりと理解したいだけなんです。
No.9
- 回答日時:
長々と書くのもあれなので、手短に。
たぶんその言葉をおっしゃった方は、
「お前は一人じゃ生きていけないんだから、周りの人たちに(家族、友達、その他もろもろのあなたの人生に関わる人に)感謝しなさい。」
ということを伝えたかったんだと思います。
No.8
- 回答日時:
こんにちは。
これは「我々人間は自分の意志で生きているのではない」ということです。
少なくとも、我々は自分の意志で生まれてきたのではありません。ですが、自我というものが確立できたならば我々は「生きる意志・生きる意欲」というものを自覚することができます。このため、この「生かされている」というのにどうしても感覚的な矛盾を覚えるわけですが、果たして、ここでこの世の全ての生物には「生きることが自然の摂理として定められている」というのは人類に哲学が発達して以来ほぼ変更しようのない観測事実であります。そして、これは恐らく神様か誰か他の何かが決めたことであり、何処から見ても我々が自分の意志で決めたことではありません。従来、どの哲学でも概ねこのような考え方が基となっており、恐らくこれが最も一般的な解釈ではないかと思います。
そして現在、科学の世界では更に客観的な捕らえ方が進んでおり、果たして近年の生物学では元より我々の脳内に「自由意志」そのもの存在を認めることができないという話になっています。
神経系といいますのは環境からの入力を基に情報処理を行い、状況に応じた身体反応を出力するための動物の機能です。我々はあたかも自分の意志でもって行動を選択しているように思われますが、実際にはこれも環境からの入力に応じた神経系の出力結果に過ぎません。我々は行動を選択しているのではなく、選択させられているのです。そして、上記で触れました「自我の確立」とは、ここではそれは生まれた個体が意志を持つことではなく、生理学的には我々の脳がこのような「環境との相互作用を行う能力の発達」を指します。
学習機能を持つ中枢系では、過去の学習結果を基に、能動的により価値の高い行動を選択することができます。ですが、この学習結果といえども元々は生後環境からの入力を基に獲得された価値観でありますから、これによってどのような判断が下されるのかというのは、結局、自分の決めたことではありません。学習といいますのは動物が与えられた生後環境に適応するために行われるものです。従いまして、それは我々が生まれ育った環境に従うための価値観であり、自分が何を望むのかさえも残念ながら自分の意志で選んだのではないということになるわけです。更に加えるならば、我々は他人の意見に対して自分の意志を通しているのではありません。我々の意志は他人の意見によって働かされているのです。
そして、「ご飯を食べたい」「Hがしたい」「死ぬのは嫌だ」、このように、こちらの価値観(本能行動)といいますのはみな我々が生まれる前から定められていることです。ですから、その反応様式は個人の好みに関わらず全人類に共通であり、生涯に渡って変更することができません。
このように、我々人間は「自然の摂理・生命の意志」によって生かされているというのは、これは太古の昔から論じられてきたことであり、ほぼ全ての科学・哲学がそれを否定していません。では、我々に生きることを定めた「生命の意志」とはいったい何かといいますと、これは神様ではなく、科学的には「自己組織化現象」と呼ぶことになります。
生命を始め、気象・地殻変動などあらゆる自然現象は無数の物質が寄り集まることによって生み出されます。物質ひとつひとつでは何も起こりませんが、それが一箇所に集められますと、そこには様々な化学反応や相互作用が発生し、同一の物理原則に従って「一定の再現性」を持つことになります。
このように、複数の物質が集まることによって誰が手を加えるでもなく特定の性質が再生されることを「自己組織化」と言います。つまり、自己組織化というのは特に神様が手を加えなくとも自然と発生するものなのです。そして、これによって再生され続けるのが生命であり、神経系の情報伝達といえども、それはここで行われる単なる化学反応の結果に過ぎません。従いまして、如何に複雑な生命現象であろうともそれは定められた物理法則に従って繰り返される脈動でしかありませんので、このように捉えますと、果たしてそこに自由意志の存在を認めるというのはどうにもできなくなってしまうわけです。
但:ここで述べました「自由意志」といいますのは脳科学における生物学的な解釈であり、物理学で扱う「不確定性原理による自由意志の開放」とは全く別の概念ですので、念のためご了承下さい。
科学的に回答してくださり、ありがとうございました。
とても興味深い回答で何回も読まさせていただきました。
最初、読んだ時は“怖い・・”と思いました。
このように考えた事も、言われた事も今までなかったので、
「自己組織化現象」自分でも知らべてみたいと思います。
No.7
- 回答日時:
まず、今の自分があることに感謝しなさいという意味ですよーきっと
綺麗事を言ってるようですが、ほんのちょっと感謝の意を持って実際言葉を伝えれば、兄弟喧嘩、親子喧嘩、ひいては国内外紛争は減るんぢゃ~?
あると思います
No.6
- 回答日時:
自分をありのまま受け入れることができれば、良くなる。
生き易くなる。全てうまくいく…。そして、自分をありのまま受け入れようと、やっきになる。
しかし、受け入れようという意志があるうちは、本当に受け入れることはできません。
悟りを得るために修行をしているうちは、悟れない。禅の修業と一緒です。
それで、そういうものが落ちて、やっと何かが変わってきたことに気づいたその時、
まるで自分とは別の「意志」が、そこに導いてくれたように感じたことがあります。
自分があれだけやっきになってもできなかったことなのだから、
別の何か大きなものがあるのではないか、と感じたのです。
そんな時「自分は生かされている」という言葉が浮かびました。
No.5
- 回答日時:
人が生きるためには、自己の生きようとする意志が必要です。
さらに、自己の知恵や健康な肉体なども必要です。
しかしそれ以外に、「自己の力が及ばない様々なもの」が必要です。
自然環境や他人など、自分以外のいろいろなものです。
「運」も自己の力が及ばないものです。
もしかしたら、自己の力が及ばないもののことを「運」と呼ぶのかもしれません。
「自分が今日まで生きられているのは、運のおかげ」と認識すれば、
そのとき、自分は「生かされている」のだということができます。
結局は、各自が「生をどのように捉えるか?」という問題です。
例えば、「運のおかげもあるけれど、でもやっぱり、
自分が毎日死なないように頑張っているから生きていられている」と捉えれば、
「生かされている」けれど、かなり「自分で生きている」という見方になります。
同一の事実でも、見方や考え方が異なれば、違ったものとして把握されます。
見方や考え方の問題は、まさに宗教が扱う問題だといえますね。
どんな捉え方も可能ならば、自分にプラスになる捉え方をすべきでしょう。
もしも、「生かされている」と捉えることで、自分に無力感を感じたり、
他人にべったりと頼りきるような依存心を持ってしまったらマイナスになります。
そうではなく、「自己の力が及ばないもの」に感謝の心を持ち、
その価値を認めることで、自分にプラスとしていけるのならば、
そのように考えるべきでしょう。
「俺のおかげでお前らは生きているんだ」などと考えている傲慢な人は、
本当は「生かされている」のだと自覚し、少しは謙虚になるべきであり、
逆に、他人のスネばかり齧って生きている依存的な人がいたとしたら、
「人間は基本的に自分の力で生きるもの」と認識したほうがいいといえましょう。
この回答への補足
ご丁寧に回答していてだきありがとうございます。
>「自分が今日まで生きられているのは、運のおかげ」と認識すれば、
そのとき、自分は「生かされている」のだということができます。
認識できるのですが、それでも尚「生かされている」と思えないのです。
この平和な日本に生まれた事、戦争のない時代に生まれた事、両親のおかげで五体満足で生まれてきた事、大きくなれた事、、、当り前のように毎日を送れる事、これって、すごく「運のおかげ」と思えます。
貴方様がおっしゃるように感謝できるのですが、「生かされている」とまでは思えないのです。「死なないで運よく生きながらえている」今を生きていられるとは思えるのですが・・・
理屈ぽくってごめんなさい。ただ、しっくり理解したいだけなんです。
No.4
- 回答日時:
少なくとも自分の意思で生まれてきたのではないということでしょう。
親に対して「産んでくれって頼んだわけじゃない」という定番の反抗の言い方があります。確かに自分が現在存在するというのは自分の意思から始まったことではないと思います。もうひとつ、われわれは心臓の動かし方を知らなくても心臓はちゃんと働いています。胃でも腸でも肝臓でも腎臓でも同じです。こういうことも生かされているということではないかと思います。虫などは自分が生きていることも自覚していないけれども生きています。お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!
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